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三兄弟の事件簿~この恋はミステリー~ 作者:愛田美月
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第四十一章 背景

 妙な具合になったもんだ。
 虻は、首の後ろの汗を右手で拭って目の前の建物を見上げた。
 虻の目に映る建物は、馴染み深い様相を呈している。
 それもそのはず。ここは、警察署。と、いっても、虻の働く美晴署ではないが。警察署の建物などどこも似通っている。
「虻さん。あの人ですか?」
 隣を歩いていた寺坂が声をかけてきた。
 声の主が指し示す方を見れば、禿頭の男がこちらに気付き片手を上げるところだった。
 虻も口元に軽く笑みを浮かべて片手を上げて見せた。



 署員が行きかうフロアの端に設けられた応接用のソファーに、虻と寺坂は並んで腰かけた。
 二人の前のソファーには、禿頭の男が座っている。
 この男は虻と同期だ。虻と同様に強面だが、体格は虻と違ってひょろりと細い。すっかり年を取って、若いころには見事な黒髪があった頭はすっかり禿げ上がり、顔にも皺が随分増えた。
「六年ぶりぐらいか。すっかり年くっちまったな」
 と、虻が言えば。お前もなと返された。二人してにやりと笑いあっていると、隣の寺坂に虻さんと名を呼ばれた。
 早く本題を切り出せということかと察しを付けたのは、目の前の男も同じだったようで、早速口火を切ってくれた。
「二十年前の事故なんて、今更調べてどうすんだい」
 二十年前、別荘の近くで起こった水難事故の捜査に携わっていた刑事の一人が目の前のこの男だった。
「現在起こっている事件に、関係するかもしれないんです」
 寺坂が律儀に答える。
「ふーん。あの奥さんが復讐でもおっぱじめたか?」
 独り言のような呟きを聞きつけて、虻が声を上げる。
「奥さん?」
 虻たちが調べ上げてきた、ミステリー会関係者の中に奥さんと呼ばれるような人物が思い当たらない。
「亡くなった大学生の母親だよ。事故がおこってから毎日のように、署に押しかけて来て、息子の死は事故じゃない。誰かに殺されたんだって喚いて、そりゃもう大変だった。いっつも旦那が迎えに来て連れ帰ってたんだが……」
 そこまで言って、男ははっとしたように目を見開いた後、禿頭を撫でて、苦笑いを浮かべた。
「いや、あの母親が復讐なんてむりか……」
「どういうことです?」
 寺坂の問いに、男は禿頭を下げて、大きく溜息をついた。
「いや、なぁ。あの奥さん。自殺したんだわ」
「自殺、ですか」
 寺坂の問いに、男は俯けていた顔を上げ頷いた。
「ああ。だいぶん鬱な状態になっていたみたいでなぁ。可哀そうだったわな」
「やりきれんなぁ」
 虻がそう感想を漏らす。
「まったくだ」
 しみじみと男が同意した。
「その被害者の母親はなぜ、息子は自殺じゃないと言っていたのですか」
 寺坂の問いに、男は上を向き、目を細めて考え込むようにしていたが、思いだしたのか寺坂に勢いよく向き直った。
「あれだ。息子は、一度溺れかけたことがあって、水恐怖症気味だったんだと。そんな息子がいくら酔っていたからって、自ら泳ぎに行くはずがないと。そんなことを言っていたな」
「自殺した大学生はカナヅチだったんか。確かに疑問もつわな」
「だがなぁ、虻。一緒に酒飲んでた大学生たちが、皆証言したんだ。マル害が飲み過ぎたから夜風に当たってくるっつって外に出たってな。マル害は泳ぎに行ったわけじゃない。散歩に出て、恐らく足を滑らせて湖に嵌ったんだろうと。そういう結論だったんだ」
「なるほど」
 寺坂が呟いたあと、しばらく虻と二人で口をつぐんだ。それぞれ、頭の中を整理しているのだろう。
 そんな二人を、男も黙って見守った。
 先に、口を開いたのは寺坂だった。
「そうだ。これ、確認してもらえますか。この男誰だか分かりますか」
 そう言って、寺坂は背広のポケットから写真を一枚取り出して、目の前の男に差し出した。
 男は写真を受け取って、シャツの胸ポケットに入れていた眼鏡をかけた。
「ああ。マル害の父親だ。随分年くっちまったが、間違いねぇ」
 寺坂は男から返された写真に目を落とす。
 そこには、ミステリー会関係者の一人が映っていた。 



 地下の食糧庫から、遊戯室へと戻った空達は、瀬戸の用意したビュッフェ形式の夕食をとった。
 遊戯室にもともとあった、本来はカードゲームに興じるために置かれたであろう机の上に、色とりどりの料理が並べられた。洋食だけではなく、カボチャの煮つけや、ひじき煮などの和食もある。
 いつもであれば、周りが引くほどの食欲を見せる空と海は、先ほどうけた驚きが抜けず、いつもの半分ほどしか食べられなかった。半分と言っても、光よりは食べているが。

 各々食事が終わり、瀬戸と茂山によって食後のお茶が用意される。
 空もカップを受け取って、兄弟並んでソファーに腰かけた。千鶴と私市はいつの間にか席をはずしている。
 遊戯室にいるのは、空達三人と秀香、伊吹、茂山の六人だ。そういえば瀬戸も姿を消している。食事の後片付けでもしているのだろう。彼には悪いが、用意された料理の半分以上が残ってしまった。後片付けも大変だろう。
「にしても、ほんまお前の言う通りやって、めっちゃびびったわ」
 小声で、海がソファーの真ん中に座る光に話しかけた。
 ずっと話す機会をうかがっていたに違いない。
「俺も。何で分かったんだよ」
 空が海に同意すると、光はカップを手にしたまま、軽く肩をすくめてみせた。
「もしかしたら、と思っただけさ」
 光にしては珍しい答えだ。
「ふーん。俺なんて、思い付きもしないけどな」
 空が感心の声を上げたときだった。不意に影がかかった。
 目の前に誰かが立ったのだ。
「あなたたち、一体なんの話をしているの」
 空が顔を上げるより早く、声が降ってきた。
 そっと顔を上げた先には、秀香の怒ったような顔があった。
 怖い。
 腰に手を当てて、仁王立ちしている秀香は妙な迫力があった。
「何か隠しているでしょう! 悟も、千鶴も、こそこそこそこそと部屋を抜け出して。あなたたち、理由知っているわね。吐きなさい!」
 一喝されて、空と海は縮み上がった。
 その真ん中で、平然と秀香を見上げていた光の視線が、秀香の後ろに向いた。
 その直後、ドアが開く。
「秀香さん。廊下まで、声が聞こえてきましたよ。何を怒鳴っているんです」
 部屋に入ってきたのは、私市だった。彼に文句でも言おうとしたのか、秀香がすかさず口を開いたが、彼女は声を出さずに息を飲んだ。
 私市の後ろから入ってきた男を見たからだろう。
 私市の後ろから部屋へ入ってきたのは、行くへ不明だった男。
 藤沢祐一だった。
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