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三兄弟の事件簿~この恋はミステリー~ 作者:愛田美月
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第三十六章 失恋

 空は、晴れ晴れとした笑顔を見せる千鶴を見ても、心の靄が晴れない自分に戸惑いを覚えた。
 どうしてだろう。頭が働かない。
 それはきっと、さっき先輩が言ったあの言葉のせいだ。
 予感で胸の鼓動が嫌な音を立てている。
 空は一度唾を飲みこみ、恐る恐るといった態で千鶴に問いかけた。
「先輩、あの、お慕いしているというのは……」
 その言葉に千鶴は赤面した。頬に手をあて、伏し目がちに口を開く。
「あら、嫌ですわ。私ったら、恥ずかしいですわ。つい口を滑らせてしまいました」
 急に照れ出す千鶴を、空は複雑な思いで見つめた。
「やっぱり先輩、藤沢さんのこと好きやったんですね」
 空を横目で見つつ、最後の確認を取った海に、千鶴は大きく頷いた。
 頷いてしまった。
「はい。小さいころ、お友達の輪に上手く入っていけなかった私に、本当によくしてくださったんです。友達が欲しいと泣く私を面倒くさがることなく相手にしてくださって。お友達ができるように、たくさんのアドバイスをくださいました。その頃から祐一さんは私のヒーローであり、想い人なのですわ」
「想い人……」
 千鶴の言葉を繰り返した空の体が傾いだ。
 海が慌てて肩を掴んで支える。おかげで、後ろにひっくり返ることは免れたが、身体に力が入らない。一瞬、本当に気が遠くなりかけた。

 千鶴先輩に、好きな人がいたなんて。

 失恋の二文字が、思い浮かべたくもないのに、頭の中をめぐる。
 よくよく思い返してみれば、そういうサインはいたるところにあった気がする。
 でも、気のせいだ、そうに違いないとずっと目を逸らしてきた。
 目を逸らしたところで、現実が変わるわけでもないのに。
 このまま、悲しみの沼に引きずられそうになり、空は大きく頭を振った。

 今は、それどころじゃない。
 悲しむのは、あとで、いくらでもできる。
 好きな女が弱っている時に、力になってやれない男なんて、男じゃねぇよな!

 空は無理やり気合いを入れて、千鶴に向き直った。
「先輩、聞きに行きましょう」
「え?」
 千鶴が戸惑いの声を上げるのもおかまいなしに、空は立ち上がって、千鶴の手をとった。
「藤沢さんに、ちゃんと、真実を聞きに行きましょうよ。俺も先輩の言うように、藤沢さんが人を殺すことができるような人だなんて思いません。だから、ちゃんと違うって確かめに行きましょう」
 空の力強い声に、千鶴の顔から戸惑いは消えた。空につながれた手を、千鶴が握り返す。
 彼女も立ち上がり、二人そろって部屋を出て行った。

「すごい、青春を見た気がする」
 私市がぼそりと呟いた。
 そんな私市を横目で見やった後、海は光に声をかける。
「どうする?」
「とりあえず、二人を追いかけようか。僕も藤沢さんが何を言うか聞きたい」
「そうやな」
「じゃあ、俺も一緒に行こうかな」
 私市が便乗し、話しがまとまったところで、三人も空達の後を追いかけることにした。



 空と千鶴が手を繋いだまま部屋を飛び出して、さてどこへ向かおうかと考えた時。
 階上から大きな声が降ってきた。
 男が何か怒鳴っている。
 空と千鶴は顔を見合わせ、階段の方へと足を向けた。



 階上につくと、左手の方から怒鳴る声がはっきりと聞こえてきた。二人は左手の方に歩いて角を曲がった。
「お、お、俺のことなんてどうでもいいんだ!」
 そう声を上げたのは、伊吹だった。どうやら先ほどから聞こえてきていた怒鳴り声は伊吹の物だったらしい。
「ど、どうしたんですか。伊吹さん」
 空は戸惑いの声を上げる。
 気の弱そうな伊吹でもあんな大きな声が出るのかということも驚きだったが、その彼が怒鳴りつけていた相手が、今から会いに行こうとしていた藤沢祐一だったことにも驚きだ。
「祐一さん。これはどういう」
 空の傍らから、千鶴も祐一に声をかける。
「おっ、俺は分かってるんだからな。健介を殺したのがあんただってこと!」
 どこかびくつきながらも、大声で藤沢を指さした伊吹は、すがるような目を空達に向ける。
「き、聞いてくれよ、こいつさっきから変ない言いがかりばかりつけてくるんだ。でも、それを聞いて分かったぜ。こいつが健介を殺した犯人だってことが」
 途中で勢いづいてきたのか、言い終わったときにはどうだと言わんばかりの顔になっていた。藤沢に指をさしながらふんぞり返ったせいで、大きな腹を突き出すことになった。空の頭の中に、一瞬狸の置物が思い浮かび、それどころではないと頭を振る。
「言いがかりってどういう内容なんですか」
 淡々とした口調が空の背後から聞こえてきた。
 振り返るとそこには、空の二人の弟と、私市が立っていた。
 伊吹はあわあわと視線を彷徨わせてから、口を開く。
「ど、どんな内容って、それは、あの……」
 途端に、さっきの勢いは衰え、しどろもどろないつもの伊吹に戻る。
「私の母親の話ですよ」
 藤沢が静かに声を上げた。
 皆の注目を集めながら、藤沢は語る。
「二十年前、私の母が失踪しました。ただいなくなっただけではなく、家政婦として働いていた家の金を盗んだという疑いをかけられて……」
「おじい様のセカンドハウスで起こった窃盗事件のことですわね」
 千鶴が補足する。言われて分かった。
 ついさっき聞いた、二十年前の事件。
 私市が言っていた居なくなったお手伝いさんというのが、藤沢の母親だったというのか。
 二十年前の事件に関わっている人間がまた増えたことに、空はただ驚いた。
「不破という男が、会長を訪ねて来ました。二十年前、あなた方が何をしたか。公表してほしくなければ、金を払えと脅しに」
「お、俺は、知らない。む、無関係だ! お前の母親が、あの、し、失踪した家政婦だっていうなら、お前の母親が犯人なんだろう。俺たちに罪を擦り付ける気か」
 ひどく焦った様子で、伊吹が吠えた。
「違う! 母さんは犯人じゃない。不破も言ったんだ! 金を盗んだのは、家政婦じゃない。あんたの娘とその仲間だって。証拠だってあると。この、別荘に」
 ぐっとも、うっともつかない音が伊吹の喉から洩れた。
 その直後、第三者の声が割って入った。
「それで? その証拠とやらは見つかったのかしら」
 声のした方に、この場にいた全員の視線が向かった。その視線の先に居たのは秀香だった。いつの間に空達の背後に来たのだろうか。
「ひでかぁ」
「情けない声をださないで。見つかってはいないのよね」
 彼女の名を呼んだ伊吹を一喝しておいて、再度藤沢に問う。
 藤沢は悔し気に唇を噛みしめる。
「見つかるわけがないわ。そんな証拠なんてありもしないのだから。変な言いがかりを付けないでちょうだい」
「言いがかりなんかじゃない。実際に、あなたたちはここに集まった。初めて会った振りまでして。この別荘が欲しかったんだろう。他人に渡したくなかった。他人にわたると不都合があるからだ。それがここに証拠があるっていう証じゃないか」
 藤沢が声を張り上げた。彼のこんな声を聴いたのは初めてだ。感情をむき出しにしている今の彼は、とても苦しそうだった。
 空の横で、千鶴も同じように苦しそうな顔をして、胸に手を当てている。
「俺はただ、ただ、真実が知りたいんだ。どうして母さんはいなくなった? なんで、窃盗の汚名を着せられることになったんだ? 何で、何で、何でって、この二十年ずっと、ずっと考えてきた。それがようやく分かりそうになったと思ったのに……」
「そうやって、健介にも詰め寄ったの?」
 秀香が、冷ややかな声で、遮った。声音と同じ程に冷たい目で藤沢を見つめながら。
「昨日、最後に健介に会ったのはあなたよね」
 藤沢はこの言葉に、明らかに狼狽の色を浮かべた。
「健介があなたを呼び出した。そうでしょう? その時に、今のように健介に詰め寄りでもしたのかしら。そうして、勢い余って健介を殺してしまった。違うかしら」
「そんな! おば様。そんな訳、祐一さんが健介おじ様を殺してしまうなんて、そんな訳ありません」
「千鶴は黙ってらっしゃい!」
 秀香が千鶴を一喝する。
 普段の千鶴なら、ここで口を閉ざしていただろう。だが、今は、ここで黙るわけにはいかない。
「祐一さんはそんなこと、できる人じゃありません。祐一さんは、優しい人です。私は祐一さんを信じています。絶対にそんなこと……」
「いいんだ、千鶴ちゃん」
 言い募る千鶴の言葉を遮った者があった。
 彼は、もう一度呟いた。
「もう、いいよ。千鶴ちゃん。ごめんね」
「え?」
 なぜ、祐一が謝るのか分からなかった。
 なぜ、苦笑めいた表情をしているのか分からなかった。
「昨日、見ていたんだろう? 俺が、健介さんの部屋から出てくるところ」
 千鶴は息を飲んだ。
「どうして……」
 そう言うだけで、精一杯だった。
「スカートの裾が壁からはみ出してたよ」
 曲がり角に隠れていたつもりだったのに、祐一には御見通しだったということか。だから、千鶴の方に歩いて来なかったのか。
「でも私は、祐一さんを……」
 信じています。そう言いたかったのに、言わせてもらえなかった。祐一が遮るように声を上げたから。
「俺なんだよ」
 そう言った後、小さな声で、ごめんね千鶴ちゃんと、藤沢は呟いた。
「俺が、健介さんを殺したんだ」
 藤沢の告白が、この場に静寂をもたらした。
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