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三兄弟の事件簿~この恋はミステリー~ 作者:愛田美月
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第三十五章 千鶴の告白

 伊吹が部屋を後にし、残されたのは空達三兄弟と千鶴、そして私市だった。
 空はずっと俯き加減で黙っている千鶴の顔色が悪いことに気付き、声をかけたいのだが、彼女の雰囲気がそうさせてくれない。何か物凄く思いつめている様子だった。
「お爺さんが心配?」
 空の代わりという訳ではないだろうが、千鶴に声をかけたのは私市だった。
 千鶴は、随分間をあけてからゆっくりと、立っている私市を見上げて、こてんと首をかしげた。
「……心配?」
「それとも他に気にかかることでもあるのかな?」
 優しく尋ねた私市の顔を、じっと見つめたあと、夢から覚めたように千鶴は瞬きした。
「あ、いいえ。いえ、あの、心配ですおじい様が。一体どこへ行ってしまったのかしら」
 何だか取り繕ったように聞こえる。千鶴の憂いの原因が他にあるように思われた。
 千鶴以外の四人が、どことなくすっきりしない顔で千鶴を見つめているが彼女はまた、暗い表情で黙り込んでしまった。
「秀香さんも、あんまり心配してへん感じやったよな。実のお父さんが居なくなったっていうのに」
 海が感想を述べた。秀香さんもと言ったのは無意識なのか、ある意味千鶴へのあてつけなのかは分からない。
「でも、なんか、あの人。そう簡単に死ななそうな気がするんだよな。なんか大物って感じで」
 空が何となくのイメージを口にする。
 それには、私市と海が確かにと頷いた。
 あの老紳士が、そう簡単に人に誑かされたり、手をかけられたりするはずがないと、何の根拠もないのに思ってしまう。
 実際に行方が分からないにも関わらずだ。
 冷静に考えてみれば、車いすの老人が行方をくらませたのだから大騒ぎしてもいいはずなのだ。ましてや殺人事件があった直後なのだから。
「まあ、これだけ探しても見つからないんだ。あの人のことだから、もう少しすれば、ひょっこり姿を現すんじゃないかと思ってしまうんだよな」
 私市が呟いた。独り言めいていたが、空達にはしっかり聞こえた。
「健介さんだけで、終わるのかな」
 突然、光の抑揚に乏しい声が聞こえた。空は、光に視線を向ける。
「何が?」
 光は空をちらりと見たが、答える気はないらしく、すぐ様私市へ顔を向けてしまった。
 空がむくれた顔をしたが、顔を背けてしまった光は気づいていない。
「健介さんの死因、分かりますか」
 この問いに私市は困ったように頭を掻いた。
「うーん。頭に大きなたんこぶがあったくらいで、これといった外傷はなかったからね。ちゃんとした死因は詳しく調べてみないと分からないな」
 私市の答えに、光はあっさりですよねと返し、話しを聞いていた空を拍子抜けさせた。
「分かってんなら聞くなよ」
 ついツッコミを入れると、今度は念のためだよと言葉が返ってくる。
「実際の死因はおいておいて、見た目は水死のようでした」
「へーそうなんや。なんや、めっちゃ酒臭かったんは感じたけど。俺たちの所から見たら、よう分からんかった。ただならぬ感じなんは分かったけど」
 空は海の横でうんうんと頷く。
「そう言えば、藤沢さんが……」
 光がそう言いかけた時だった。ずっと俯き加減で黙っていた千鶴が、スイッチを入れたおもちゃのように急に顔を上げた。
「祐一さんは何もしていません!」
 千鶴の声は結構な大きさで部屋に響いた。悲壮な顔で光を見やる千鶴に、これは何かあるなと空達が思ったのは無理もない。
「祐一さんが、あんなこと、するはず、ないんです」
 途切れ途切れに、千鶴は訴えた。千鶴の声はしりすぼみに消えていく。空達は顔を見合わせた。
「先輩。どうしたんですか」
 つい、空はそう聞いてしまっていた。
 千鶴ははっとしたように、目を見開きごまかすように下を向いてしまう。
 空は軽く息を吐き出した。
 今日は朝からずっと千鶴に元気がないことは分かっていた。その原因が、藤沢にあるだろうことも。
 千鶴が藤沢を気にしている。そんな事実が嫌で、目を逸らして来たけれど。
 千鶴は、何か知っているのだろうか。健介が殺されたことにまつわる何かを。そして、きっとそれに藤沢が関わっている。
「先輩は、何を知っているんですか」
 空が口を開く前に、光が尋ねる。空は、それに続いた。
「先輩。今日ずっと藤沢さんのこと、気にしていましたよね。俺、気づいてたんです。ずっと気にして、元気がなかったこと。俺、先輩が心配なんです。だって俺っ!」
 先輩が好きだからと言いそうになって、口をつぐんだ。慌てていいかえる。
「……俺、先輩の友達じゃないですか。先輩が、悩んでるのとか、苦しんでるのとか見るの嫌なんですよ。心配事があるなら、話してください。頼りないかもしんないけど、俺、聞くくらいはできますから」
「空さん……」
 そう名を呟いて、千鶴は軽く頭を下げた。
「ありがとうございます。私はよいお友達を得ましたわね」
 頭を上げた千鶴の顔には、淡い笑みが浮かんでいた。
 空も微笑み返す。
 そこに割って入ったのは、光の声だった。
「先輩は、藤沢さんが何をしたと思っているんですか?」
 淡々とした声音に、千鶴の表情が固まる。
 先ほどの千鶴の発言は『祐一さんは何もしていない。あんなことするはずがない』と否定の言葉が並んでいたが、本人がどこかで疑っていなければ、そんな発言は出ないはずだ。
「私は……。信じたいんです」
 千鶴は両手でキュロット端をきゅっと握りしめた。何かに耐えるように身体を固くして。
「信じたいのに、恐ろしいことを考えてしまう自分がいるのですわ」
 千鶴は大きく息を吸って吐き出した。
「昨夜のことです。私は祐一さんとお話をしようと、祐一さんを探していました」
 千鶴はそこで一旦言葉を止めた。また大きく深呼吸をしてから話しを再開する。
「二階の、空さんたちのお部屋の方とは反対側の廊下で、祐一さんを見ました。しかもひどい顔色で、とても慌てて、あるお部屋から出てきたのです」
「その部屋ってもしかして」
 空の言葉に、千鶴は頷く。
「はい。健介おじさまのお部屋ですわ」
 やっぱり。そう思ったが声が出てこなかった。なんといえばいいのか分からない。戸惑いの隠せない空の耳に次の千鶴の声が届く。
「その時は、きっと健介おじさまに嫌味なことを言われて落ち込んでいるのだろうと思ったのです。声をかけた方が良いかどうしようか迷っている間に、祐一さんの姿を見失ってしまいました」
「見失ったというのは? 健介さんの部屋は二階の左側の真ん中だったよな」
 私市の問いに千鶴は頷く。
「私は階段を上がってすぐの左側の角から、祐一さんの様子をうかがっていたのですが、祐一さんはこちらとは反対の方向へ歩いていかれて」
「一階におりるんやったら、遠回りやんな」
 海の発言に、確かにと空も同意する。
 廊下はロの字形になっている。千鶴とは正反対の方向へ行ってしまったというのなら、わざわざ一階へ降りるのに、空達の部屋の前を通り過ぎて階段へ行かなければならなくなる。千鶴のいる方向へ行った方が階段は近い。
「私も不思議に思いまして、少しためらってから、祐一さんを追いかけたのです。でも、角を曲がったところに祐一さんはいませんでした。結局廊下を一周しましたが、どこにも見当たらなくなってしまったんです」
「よっぽど、早く歩いたか走ったのかな」
 空が言うと、千鶴も分からないというように首を振った。
「今朝お見かけしたときも、祐一さんの顔色は優れませんでしたし、心配で心配で。そうしたら、おじ様があんなことに」
 両手の指を口元で組んで千鶴は言う。
「あんなひどいこと、祐一さんにできるはずがないと思う反面、昨夜の祐一さんの姿が頭に思い浮かんで消えてくれません。私はどうしたら……」
 千鶴の言葉が途切れた。
 空は少しの間千鶴を見つめた後、大きく息をついて、千鶴に声をかけた。
「先輩。もし、もしですよ。藤沢さんが犯人だとしたら、先輩はどうしたいですか」
 千鶴は口元に当てていた手をどけて、驚いた顔で空を見た。
 たっぷりと間をあけてから、千鶴は答えた。
「もし、もしも、祐一さんが犯人なら、自首してほしいと思います。きちんと罪をつぐなってほしいです。そして……」
「そして?」
「待っていると伝えたいと思います。私は、祐一さんがきちんと罪を償うまで、待っていますと」
「千鶴ちゃん……」
 私市が千鶴の名を呼んだ。千鶴は私市から光、海と視線を移し、最後に空に目を合わせて告げた。
「私が祐一さんをお慕いしている気持ちは、きっとこの先何があっても変わらないものですもの。それに今、ようやく気づきました。祐一さんは意味もなく、人に危害を加える人ではありません。もし、本当に祐一さんがおじ様を害したのであれば、それ相応の理由がきっとあります。もちろん、許されることではありません。でも、私一人くらい、祐一さんを許す存在がいても良いと、そう思うのです。空さん、気づかせてくれてありがとうございました」
 そう言った千鶴の顔には決意した者の笑顔があった。

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