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三兄弟の事件簿~この恋はミステリー~ 作者:愛田美月
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第三十三章 二十年前の事件

 茂山と瀬戸が、夕飯の準備をしてくると言って出て行った。こんな状態になっていても、仕事を忘れないのはさすがというところか。
 藤沢は残って空になったカップの回収を始めた。

 私市は、垂れてきた前髪を軽くかき上げて、話し始めた。
「二十年前の同日。二つの事件が起こった。その事件は二つとも、一条家に関わるものだった」
 そう前置きした私市に、三兄弟はほぼ同時に頷いて見せる。
 私市はそれを見て、軽く微笑むと、少し考えるような表情をしてから続けた。
「まずは……ここにいる三人が関わっている事件の方から話そうか」
 私市は秀香、倉橋、伊吹を順に見やった。
「好きにしろよ」
 諦めたように、倉橋が吐き捨てた。
 私市は頷いて、空達に顔を向けた。
「二十年前。この別荘に泊まりに来た大学生が六人いた。六人はここで酒を飲み酔いつぶれた。その翌日、近くの湖で、ここで酔いつぶれていたはずの六人の内の一人の遺体が発見された」
「えっ。あの、もしかして、その六人の内の三人がここにいる秀香さん、倉橋さん、伊吹さんですか?」
 空が尋ねた横で、私市の返事を待たずに光が発言する。
「健介さんと、ここに来るはずだった不破という人もその六人の内の一人、ですか?」
「ああ。ここに泊まりに来ていたのは、その五人と、彼らと同じ大学に通っていた青年だった」
「殺された……訳やないですよね。さっき水難事故って言ってはったし」
 私市は頷いて続けた。
「そう。事故死と判断された。死亡した青年の血中アルコール濃度が高かったことから、相当酔っていたと思われる。酔ったまま湖まで行き、足を滑らせて湖に落下。というのが警察の見解だ」
 痛ましい事故だと思う。若者にありがちな、羽目を外した結果だったのだろう。だが、どこか釈然としない。空はなぜ釈然としないのかが分からず首を傾げた。
「もう一つは?」
 光が、考え込むように顎に手を当てて、促した。
「その水難事故と同じ日。と言っても、こっちの事件の方が時間的には早いのかな。とにかく同じ日に、一条氏……つまり、このミステリー会の主催者だが、その一条氏のセカンドハウスに泥棒が入った」
「泥棒?」
「泥棒ですか!」
「ああ、そんなに驚くことか?」
 空と海が声を上げたことに、私市も驚いたらしい。
 私市の質問に空と海は顔を見合わせた。
「いや、だって、なあ」
「健介さん亡くなったし、もっとこう、すごい事件なんかなと勝手に想像してたんで」
 海の言葉に、空は大きく頷いた。
 水難事故の話を聞いた時、釈然としない思いを味わったのも、多分このせいだ。
 つまり、こんな風に思うのはいけないのかもしれないが、人ひとりが亡くなるきっかけになるほどの、事件や事故とは思えないのだ。
「空、海。まだ最後まで聞いてない」
 光が、静かに声を上げた。
「あ、そうか」
「私市さん、すんません。続けてください」
 海が促し、私市はそれに頷いた。
「事件が起こったのは、水難事故と同日だが、発覚したのはその翌日だった。セカンドハウスにある金庫が開けられ、中に入っていた現金五千万円が盗まれた」
「ご、五千万?!」
「セカンドハウスに五千万。すっげー」
 五千万と聞いても、ピンとこない。照り焼きハンバーガー何個くらい買えるかな。と、どうでもいいことを考えそうになった空をよそに、光が質問をする。
「なぜ、そんな大金を?」
「どうやら、翌日にセカンドハウスで絵画を購入する予定があったらしい。先方が振り込みではなく、現金でほしいと言ったとかで、その日だけ、銀行から降ろしたお金をセカンドハウスの金庫へ入れていたらしい」
「五千万の絵って、どんなんなんやろ」
「想像つかねぇな」
 海と空の思考が逸れはじめたが、私市はかまわずに先を続ける。 
「他に、絵画が三点と、壺が一点。絨毯が一点盗まれていたようだな」
「絨毯が盗まれたんですか?」
 光が反応を示した。
「ああ、記録ではそうなっている」
「その絨毯も高いのかな」
「ああ、きっとめっちゃ高いんやで」
 二人が小声で話している横で、光が再度質問をする。
「そうですか。他には何かありますか?」
「セカンドハウスに勤めていたお手伝いの女性が一人、その日から行方不明になっていていまだに見つかっていない」
「じゃあ、その人が犯人……」
 空が言いかけた時。ガチャンと音がした。
 音のした方を見ると、空になったカップの回収を始めていた藤沢が、手を滑らせ、カップをカートの上に落としたらしい。だが見る限り、割れてはいなさそうだ。
「も、申し訳ありません」
 藤沢は恐縮したように、皆に詫びた。
「いえ、大丈夫ですか」
 私市がおおらかに尋ねると、失敗したせいか青い顔で問題ありませんと藤沢が応じる。
 私市は藤沢から、空達に向き直り首を傾げた。
「どこまで話したっけ」
「お手伝いの女性が行くへ不明でいまだに見つかっていないというところまでです」
 即座に答えたのは、光だ。
「そうか。なら、それで全部だな」
「え! 全部ってどういうことですか」
 空が思わず声を上げると、私市が答える前に光が口を開いた。
「空、うるさい。全部は全部だろ」
「だって、それじゃ、何で健介さんが殺されんだよ。水難事故の方はまだしも、セカンドハウスだっけ? その事件なんて、健介さん無関係じゃん」
「そんなこと僕が知るわけないだろう。知っているとしたら……」
 言いながら、光の視線は伊吹、秀香、倉橋の順に動く。
 最後に視線を向けられた倉橋は、不快さを隠そうともせず、光を睨みつける。
「俺たちが何を知っているって?」
 不機嫌な低い声に、空と海がびくっと肩を震わせたが、光は意に介した風もなく即座に返答した。
「健介さんが殺されるに値する理由です」
「……そんなもん知るか。こんな茶番には付き合ってられないな。俺はもう部屋に戻る」
 倉橋は、大股でドアへと向かいだす。
「ちょ、ちょっと夢路。不破や健介を殺した犯人が近くにいるかもしれないんだよ。一人じゃ危ないって」
 伊吹が止めに入る。倉橋はドアノブに手をかけ、肩越に振り返った。
「ここにいる誰かが犯人かもしれんだろうが。いや、その可能性が高い。外部の人間が健介の遺体を食堂に運ぶなんてできるか? できねぇだろ。なら、一人で部屋にこもっていた方が安全だ。お前たちがここに残って互いを監視してくれていることだしな」
 じゃあなと言い残し、倉橋は部屋を出て行ってしまった。
 空は海と顔を見合わせる。
「倉橋さんって結構自分勝手な人だったんだな」
「ほんまに。昨日会話した時とは別人みたいや。昨日は猫被ってたんやろうな」
 二人がこそこそと話をしていると、今度は秀香が立ち上がった。
「私も部屋へ戻るわ。ここにいても、どうにもならないし。明日、警察が解決してくれるでしょう」
 そう言って深いため息を吐くと、彼女もドアの外へ向かう。
 それに慌ててついていったのは、伊吹だ。彼はこちらには一切かまわず、秀香の名を呼びながら彼女の後を追っていった。
 藤沢も、参加者たちが話しをしている最中にカップを回収し終え、倉橋よりも早くそっと部屋を後にしていたので、今やこの遊戯室は空達だけとなっていた。
「私市さん。部屋に返してしまってよかったんですか? 返さへんほうがよかったんとちゃいますか」
「まあ、彼らが落ち着いたころにもう一度声をかけてみるよ」
 そう言って、私市はドアの方へと視線を向けた。その目にいつもの眠そうな気配はなく、どこか、鋭く光っているように見えた。
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