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三兄弟の事件簿~この恋はミステリー~ 作者:愛田美月
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第三十一章 知り合いですか?

 ワインの匂いがきつく香る室内。
 大きなテーブルの上に本来あるはずのない遺体。
 そして……。
 光は、遺体から目を離し、顔を上げた。
 彼の立つほぼ正面の壁に、赤く大きな文字が書かれていた。
 スプレーか何かで、書きつけたのだろう。
「ミッション。二十年前の真相を探れ」
 光は口に出して読み上げた。
「二十年前……」
 彼の傍らに立つ私市が光の声に反応し、呟いた。
 その時、彼らの背後で動きがあった。どうやら誰かがまた駆けつけてきたらしい。
「皆様、こんな所に集まられて一体どうされたのですか」
 声からして、秘書の藤沢祐一だろう。
 光が振り返ると、尻餅をついたままの格好の伊吹の近くで、藤沢が立ち尽くす姿が見えた。
 彼が何か小声で口走ったが、いかんせん小さい声だったので光の耳にまでは届かない。
「か、会長を呼んできます」
 今度ははっきりと藤沢の声が届いた。
 藤沢が走り去るのを見送った後、私市が言った。
「とりあえず、一旦部屋を出よう」
 私市に促されて秀香と共に部屋を後にしながら、光はもう一度室内を振り返った。
 つい昨日まで元気にしていた健介の遺体。部屋の惨状。
 それらを記憶にとどめるように、一度見回して、光は私市とともに食堂の扉を閉めた。



 滞在二日目にして、初めて通されたのはいわゆる遊戯室という部屋だった。
 全体的に茶色などのシックな色でまとめられた内装。
 大きなビリヤード台が二つ並んで据えられている。他にも革張りのソファーが二つ、カードゲームなどに興じるためだろうか。テーブルや椅子が数セット置かれていた。
 食堂程ではないがそれなりに広い部屋だ。
 こんな時でなければ、映画のセットのようなこの部屋にテンションも上がっただろうが、今はそうもいかない。
 大きなビリヤード台に駆け寄ることもなく、空は先輩を気遣いながら近くにあったソファーへ二人で腰かけた。
 さらに、空の横に海と光も座る。
 大きなソファーは四人が座ってもまだ余裕があった。
 私市は、空達の前に立ち天井を仰いでいた。何か考え事でもしているのか、いつもよりも表情が硬い。
 秀香は憔悴しきった様子で、テーブルの席に座っていた。
 空達のほぼ向かいの壁際には、狸腹の伊吹が座り込んでおり、そこから少し間をあけて、倉橋夢二が腕を組んで壁に背を預けるようにして立っていた。
 いずれもその表情は硬い。怯えた様子の伊吹とは対照的に、倉橋は太い眉を内によせ、どこか苛立った雰囲気だ。
 入口付近には、所在なさげな瀬戸と、藤沢が立っている。
 この部屋にいるのは、これで全部だ。

 茂山は、藤沢が駆け出したあとすぐに現れ、事態を察し藤沢のあとを追うように一条氏を呼びに行った。
 だが、居ないのだ。
 一条氏がどこにも。
 女性を残し、二人一組で館の中や外までも捜したが、見つからない。
 そして、見つからないのはそれだけではなかった。
 書斎の金庫へ入れられていたという参加者から集めた携帯電話等の通信機器までが消えたのだ。
 明らかに犯人の仕業だと思われた。理由は簡単だ。外部と連絡を取らせないため。
 ご丁寧に固定電話の線までが切られていた。

 部屋に茂山が戻ってきた。彼は、カートに乗せて持ってきたカップを瀬戸や藤沢と共に配って回った。
 受けっとったカップには、湯気を上げる紅茶が入っている。
 千鶴が口を付けたので、空もそれに倣う。
 暑すぎないお茶は、香りと甘みを口に運んでくれる。
 どうして温かい飲み物というのは、どこかほっとするのだろう。
 紅茶を二口程飲んで、ほうっと息を吐いた時だった。
 私市が茂山に声をかけた。
「茂山さん。警察に連絡は取れましたか」
 茂山は無念そうに首を横に振る。
「旦那様は、私達の携帯電話も没収されておりましたから。この仕事が終わるまでと言うことで、皆様の携帯と一緒に金庫にしまっていたのですが……」
「紛失していたと」
 私市が語を継いだのに、茂山が頷く。
「だ、誰かがクルーザーで警察を呼びに行けばいいんじゃないかな」
 上ずった声で提案したのは、伊吹だった。誰かが、ということは自分で呼びに行く気はないらしい。
「申し訳ありませんが、クルーザーは今ここにございません」
 すかさず答えたのは茂山だ。
「え?」
「明日迎えが来ることになっています」
 どうやら、昨日のクルーザーは参加者を運んだあと、港へ帰って行ったらしい。
 部屋に重苦しい沈黙が広がった。
「じゃあ、死体と一晩過ごせってこと?」
 恐怖に引きつったような声を上げる伊吹に、秀香が食って掛かった。
「健介でしょ、死体なんて呼ばないでよ!」
「ご、ごめんよ。秀香。でも、やっぱり、気味が悪……ごめん」
 伊吹は秀香の眼光の鋭さに気付き、首をすくめて謝る。
「ていうか、死体より気にしなきゃならないのは犯人だろうが。おまえら、ほんといつもずれてるよな」
 苛立たし気に、倉橋が吐き捨てた。昨日夕食の時、にこやかに話している時は気づかなかったが、こうやって不機嫌な様子を見ていると体格がいいこともあり、随分迫力がある。
「皆さんはお知り合いだったんですか」
 ふいに、空の近くから声が聞こえて驚いた。
「……何を言ってんだ」
 倉橋が凄むように言って相手を睨んだ。睨まれた光は平然とした様子でもう一度口を開く。
「昨日も思っていたんですけど。皆さんお知り合いですよね」
 光が皆さんと表現しているのは、おそらく秀香と伊吹、そして倉橋だろう。
「そんな訳あるか、俺はこいつらとは昨日初めて会ったんだ」
「そ、そうだよ。ひ、秀香とは健介を通して何度か顔を合わせてるけど、この人とは昨日が初対面だよ」
 といいつつ、隣に立つ倉橋を見やる。倉橋は頷いた。
「ああそうだ。俺は、ここに来るのもこいつらに会うのも昨日が初めてだった」
 妙に必死に言い募る倉橋に、光は首をかしげて見せた。
「でも、さっきいつもとおっしゃいました」
「ああ?」
「お二人に向かって、いつもずれているとおっしゃたでしょう」
 あっと声をあげたのは、倉橋ではなく伊吹だった。うっかり声をあげたことに焦ったのか、口元を手で押さえて、倉橋の横顔をうかがう。
 しゃがんでいる伊吹の顔を見下ろして、倉橋はちっと舌打ちした。
「そんなことは、今はどうでもいいだろうが。重要なのはそこじゃない」
「そうでしょうか」
 倉橋に反論したのは、先ほどまで沈黙を守っていた私市だった。
「あなた方が、知り合いであることを隠していた。それは、今回の件と何か関係があるのではないですか」
「いい加減なことを言わないでちょうだい。私達は、知り合いなんかじゃないって言っているでしょう。そんなことより、あなた警察でしょう! 早く、健介を殺した犯人を捕まえて頂戴」
 秀香が、私市に食って掛かる。
「二十年前」
 突然、光が話に割って入った。
 その声に顕著な反応を示したのは、三人だった。
「え?」
 と、声を上げた秀香。肩を大きく震わせた伊吹と、声に反応して顔を上げた倉橋。
 光は大きく反応を示した三人の顔を順に見ながら口を開いた。
「食堂の壁に書かれていたミッションですよ。二十年前の真相を探れ。どういう意味なんでしょうね」
 倉橋らが光の問いに答える前に私市が茂山に声をかけた。
「茂山さん。あれは、もともと予定されていたミッション用に書かれたものだったんですか」
 茂山は頷いた。
「ええ、あれは旦那様のご指示で書いた物です。ただ……」
「ただ?」
「ミッションの内容は、私どもも聞いていないのです。ですが、旦那様は決してこのようなことを企てられる方ではありません」
 一瞬の沈黙の後。動いたのは、倉橋だった。
 彼は秀香の座る席に向かって声を張り上げた。
「おい、秀香! お前の父親が犯人なんじゃないのか。二十年前のこと、何かで知って、それでこんな、ミステリー会なんて茶番を言いだしたんだろ。おかしいと思ったんだよ。俺たちを陥れるために集めたんじゃねぇのか。醜聞が広がる前に、無かったことにしようとして俺たちを……」
「黙りなさい!」
「だれが、黙るか! 俺はこんな所で殺されてなんかやるもんか。あんなじじい、こっちが先に殺してやる」
 物凄い迫力で言い切った倉橋は、秀香から目を逸らし、部屋中を見回すように声を張り上げる。
「おい、じじい! どっかで聞いてんだろ。俺たちを殺そうったってそうはいかねぇからな。絶対に見つけ出して、先に殺してやる」
「いいかげんになさい! あなた自分が何を言ったか分かっているの?」
 秀香は立ち上がって、倉橋の太い腕を掴んだ。そこで、やっと参加者たちの視線を一身に集めていることに気付いたらしい。誰の目からも視線を逸らすように床に目を落とす。

 語るに落ちるとはこのことか。

 やはり、光の言うように倉橋は秀香と知り合いだったらしい。しかも、二十年前に何かがあったことも匂わせた。
 健介が殺されたことにも、二十年前の出来事が関係しているのか。
 真相が分かるのはまだもう少し先のようだ。

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