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三兄弟の事件簿~この恋はミステリー~ 作者:愛田美月
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第二十九章 ミッション達成

 ザクッザクッという音が響いていた。
 湖を囲う木々のさらに奥から聞こえてくるようだった。
 音を頼りに進んでいくと、男が一人必至に穴を掘る後ろ姿が見えた。
 もうずいぶん掘り進んでいるらしく、彼の腿より下は穴の中へ隠れてしまっている。
 その姿を見守る人物は、木の影に隠れて様子を見ながら、幹に置いていた手をきつく握りしめた。



 秀香は父が書斎として使っている部屋のドアをノックした。
 先に父の寝室を尋ねたが、そこに父の姿はなかった。
 今度もノックに対する返事はない。
 どこに行ったのだろうと思いながら、秀香はドアを開けた。
 古い本の独特のにおいがまず鼻を刺激した。
 あまりこのにおいは好きではない。部屋の周りを囲むようにある本棚に、どことなく圧迫されているような気がしてしまう。
 本の虫である父との違いを思い、口元が勝手に皮肉な笑みを形作る。
 秀香はドアを後ろ手に閉めると改めて部屋を見回した。
 やはり父の姿はどこにもない。
 そういえば、今日は一度も姿を見ていない。
 一体どこへ行ったのか。
 秀香は溜息をついた。
 そして、視線はゆっくりと重厚な机の後ろにある金庫へと向かった。
 壁に埋め込まれるようにして設置された大きな金庫だ。ダイヤル式のようで、鍵穴もあることから、二重にロックできるものなのだろう。金庫の横には当たり前のように作り付けの本棚が占拠している。
 父の言う通りに、ミッションをクリアしたところで、この苦しみから解放される訳ではない。
 分かっている。
 だが、全てが露見することは絶対に、絶対に避けなければならない。
 そのためなら、どんな馬鹿げたことだって、やるしかないのだ。
 秀香はもう一度溜息をついた。父がいないのなら、ミッションを遂行しておこう。
 そう思ったのだ。
 金庫の前にしゃがみ、金庫のハンドルへ手をかける。ハンドルを下へ押し下げようとしたが、動かない。鍵がかかっているのか、ダイヤルだけで開くのか。二重ロックされているとお手上げた。
 秀香は、金庫のハンドルから手を離し、頬に手をやって考えた。視線は鍵穴とダイヤルを行ったり来たりする。
 ダイヤルの番号は、なんとなく察しがついていた。だが、その番号で開いてしまったら、もう否定できなくなる。
 ダイヤルにかけた手が震えている。
 まずは右へ三、続いて左へ五とダイヤルを回していく。そして、最後の数字に合わせる。
 カチッと音がした。
 ダイヤルから離した右手で、ハンドルを押し下げる。
 今度は難なく下がった。
 握った腕を引くと、扉が手前に開く。
 ドアの隙間から何かが出てきた。
 それは、どう見ても人の手の形で……
 秀香は我知らず、悲鳴を上げていた。



 少し冷たい海風が砂浜を通り抜けた。
 千鶴と私市が砂浜に何やら奇妙な絵を描いている。そこから数メートルあけて、空たち三兄弟は円を描くように座っていた。ズボンに砂が付くのもお構いなしである。
「みぃ~どり~のぉ~シックスティーフォー。謎のおっとこぅ」
 光が城を作るのを手伝ったら、問題を解いてくれるというので、空と暇を持て余していた海は砂と格闘していた。
「ワワワワ~」
 ついつい、自作の歌を口ずさんだら、海が乗ってきた。空は、気分よくさらに声を上げた。
「あ~あ、みどりのぉシックスティフォ……」
「うるさい」
 歌の途中で、光が割って入った。海とそろって光を見ると、ただでさえ不機嫌だったのが、さらに不機嫌になっている。
「なんなんだ、その変な歌は」
「え? だから、言ってんじゃん。緑のシックティーフォーって」
「空のミッションやろ」
「なぜ歌う」
 光が当たり前の問いを発した。聞かれたところで、何となくとしか言えない。
「それより、俺これ手伝ってるけど、おまえちゃんと答え分かってるんだろうな」
 空がむくれて問うと、光は少しずつ城の形になりつつある砂山をいじりながら答える。
「当たり前だろ。そもそも、何が分からないのかが分からない。答え書いていあるようなものじゃないか。海だってもう分かってるよな」
「おう」
 あっさりと海は頷く。
「はぁ? おまっ。分かってるんだったら、なんで教えてくんないんだよ。さっさと教えてくれたら、これ手伝わなくてもよかったのに」
「えー、空俺に聞かんかったやん。それに、俺砂遊びとか久々やったからちょっとやりたかってんもん」
 ぷうっと海が頬を膨らませて、唇を尖らせる。
「そんな顔したって、可愛くないんだからな」
「いやいや、可愛いのは空や……」
「誰が可愛子ちゃんだ、コラ!」
 空が海の手首を掴んで、思いっきり握りしめる。
「痛い。砂粒ついてて、ざりざり痛いって」
「服掴まなかっただけ、ありがたく思え」
 言って、手首を離してやる。水を含んだ砂がつくと服が汚れると思って、服に触るのを遠慮してやったのだ。
「空、掛け算」
 二人の攻防を無関心そうに眺めやっていた光が、突如声を上げた。
「は? 掛け算って」
「一×一は?」
「二」
「足してどないすんねん」
 海がまっとうなツッコミを入れる。
 光の視線が氷点下のような冷たさになったので、空はまたもやむくれてみせた。これは、照れ隠しでもある。
「急に言うから間違えたんだろ。答えは一」
 光は肩をすくめて、すぐにまた問題発する。
「三×三は?」
「九」
「八×八は?」
「六十四。あれ? 緑のシックスティ―フォーってこれ関係ある?」
 ふと思いついて問うと、光は当たり前だというように頷いた。
「関係なかったら言ってない」
「八×八。あ、ハッパロクジュウシ。ああ、緑の葉っぱってこと?」
 聞くと、海が頷く。
「今回のは、前のよりも確実にレベル低いやんなぁ……って、光! そこ水かけ過ぎや。ほら、崩れるやん」
 海は光の持っていたぞうさん型のじょうろを取り上げた。中に入っているのは海水だ。受付に置いてあった一つだけ持ってきていいという道具で、光はなぜかこれを選んでいたのである。
「うるさいな。仕方がないだろう。こんなのしたことないんだから」
 少し拗ねた口調の光に、空と海はにんまりとした笑顔を向けた。
「うそ、したことないの砂遊び? おっくれってるぅ」
「うちらなんか、もう十年以上前に経験済みやでぇ」
 空と海は顔を見合わせ「なぁ」と言いあう。
「わるかったな。こんなの、経験なくたって生きていける」
 光がぼそっと呟く。水をかけ過ぎて、少し崩れたところに、砂を足している光を空と海がじっと見つめる。
「何だよ」
 視線が痛くて光が聞くと、空と海は先ほどの、からかってやるぞという気満々の笑顔とは違い、やけに嬉しそうに笑っている。
「いや、そうそう。生きていけるよな。こんなのやってなくても」
「ほんま、ほんま。生きてける。生きてけるってな。それに、何やこれ、童心に返ったみたいでええやんな。生きてへんかったらこんな初体験できひんもんなぁ光」
 光は頬を染めて、顔を下向けた。
「もう、なんだよ。お前ら恥ずかしいな」
「いやぁ。光から生きていけるなんて言葉を聞くと嬉しくてぇ」
 本当に歌いだしそうな程ウキウキとしている二人を見て、何ともいたたまれない気持ちになる光だった。
 あの時、もし、死んでいたら。
 数か月前の出来事が脳裏をかすめる。
 きっとこのむず痒い感情も知らなかったし、こんなばかばかしい初体験もできなかった。
「まあ、感謝してるよお前らには」
 光の呟きは波音に吸い取られ、二人の耳には届かなかった。



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