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三兄弟の事件簿~この恋はミステリー~ 作者:愛田美月
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第二十六章 朝ごはんと絵になる風景

 ほんのお遊びのつもりだった。
 退屈な毎日の中にふってわいた刺激。
 その程度で終わるはずだった。
 湖に浮かぶダチの死体から、手元に視線を移した。暗さに慣れた目に映る手は、濡れていた。
 後悔はしていない。
 あいつは、弱かったんだ。
 罪を背負って生きていけるほど、あいつは強くない。
 黙らせるためには、殺るしかなかった。
 せっかく手に入った大金を投げ捨てて、警察に自首だと? 冗談じゃない。
 俺は絶対に、逃げ切って見せる。
 例え、仲間の全員を殺すことになったとしても。



 藤沢と瀬戸は受付にいた。
 空達が座っていた席の横に、学校などでよく見かける長机と折り畳み椅子を設置し、簡易の受付としたのだ。
 受付の二人の前にある長机の上には、小さな鍵が並んでいる。
「はい。回答用紙受け付けました」
 相変わらず顔色の悪い藤沢が、空の差し出した回答用紙を受け取った。
 今度は藤沢の隣に座る瀬戸が、空達に話しかける。
「えーと。千鶴と愉快な仲間たちチームは全部で五人だったよね。この中から好きな鍵を5つ取って、テーブルの上に置いてあるバスケットを開けてください。その中に朝食が入っているので受付終了時間の三十分後までに食べ終えてください」
 朝食と聞いて、一気にテンションの上がった空の横で、千鶴はじっと藤沢に目を向けていた。
「あの、祐一さん」
 千鶴がためらいがちに男の名を呼んだ。
「何だい千鶴ちゃん」
 藤沢の千鶴に向けた笑顔が、どことなくぎこちないように見えた。
「なんだか、顔色が悪いように見えますわ。体調がすぐれないのではありませんか?」
 心配そうに問いかける千鶴に、藤沢は虚をつかれた顔をした。
 空は、鍵に伸ばしていた手をとめて、千鶴に同意した。
「確かに、俺も朝から思ってました」
「いや、ぜんぜん。そんな、本当に何にもないよ」
 藤沢は片手を上げて横に振って見せた。何かあったのかとは聞いていないのに、何で焦ってんだろこの人。と、空は思ったが、千鶴の反応は違った。
「よかった、何ともないのなら、本当によかったですわ」
 心底安堵したようにほっと胸をなでおろしている。
「あ、そうだ。千鶴ちゃん。これ、会長から」
 そう言って藤沢は、千鶴に紙袋を渡す。受け取った千鶴の手が少し下がったので、思ったよりも重かったのだろう。
「先輩、鍵どれがいいですか?」
 千鶴がなかなか藤沢から目を離さないので、気を引くために声をかけた。
 千鶴は我に返ったように空を見る。
「え? ああ、えっと。全部私たちで選んで良いのでしょうか」
「じゃあ、一応海たち呼んでみます?」
 そう聞くなり、空は三人を振り返って自慢の大声を披露した。



 結局光は面倒くさがって、鍵を取りに来なかったので、光の分は海が選んだ。
 次いで、瀬戸に言われた通り、テーブルに置かれている南京錠付のバスケット選びに移った。
バスケットに付いている南京錠にも、鍵にもペンで色が付けられており、その色を見ればどの鍵でどの南京錠があけられるか分かるようになっていた。そのことに目ざとく気づいたのは、言わずもがなの光だった。
 おかげで、一つ一つ開錠できるか調べる必要がなくなって助かった。少しでも早く朝食にありつきたいというのが、今の空の心境だ。
 南京錠を外して、バスケットの蓋を開けた瞬間、食欲をそそる良い匂いが鼻孔をくすぐった。
「うわっ、うっまそう!」
 心の声が口から洩れた。
 バスケットの中には、サンドイッチが入っていた。トーストされたパンに、レタスや、ローストチキンや、トマト、ベーコンなどたくさんの具がはさんである。具と具の間にもパンが挟んであるので、かなりの大きさだ。
 三段重ねになっているからか、崩れないようにということだろう。お子様ランチに刺さっているような旗に見立てた楊枝がさしてあった。
「でっかい、サンドイッチだなぁ」
 感嘆の声を上げた空の横で、光がげんなりしたように息を吐き出した。
「何で、朝からクラブハウスサンド……」
 見ただけで胃もたれしそうだと思っているのが、珍しく顔に出ている光であった。
「おいしそうですが、こんなに食べられるでしょうか。それに、とても食べにくそうですわ」
 千鶴は少し困惑気味である。
「もう少し食べやすいように、切ってもらってきてあげるよ。千鶴ちゃん」
 私市は、千鶴のバスケットを持って、瀬戸のもとへ向かった。



 お預けをくらっていたぶん、食欲は増していて、空はあっという間に平らげてしまった。ほぼ同時に海も食べ終えて、若いっていいなぁと私市を羨ましがらせた。
 空達と同時に食べ始めたはずの千鶴は、お上品に食べているせいか、まだ三分の一も減っていない。
「とってもおいしいですわー」
 だが本人はいたって幸せそうに、クラブハウスサンドを頬張っている。
 光はやはり食べきれず、残した分は当然ながら、空と海がありがたくいただいた。
 食べ終えた私市は、まだ問題を解いている秀香や他の参加者達の方へ行ってしまった。秀香の隣の席に座って、秀香にちょっかいをかけていたかと思えば、倉橋の席の横に座って、何か小声で話しかけていた。

 空と海が光の分を食べ終えたあとも、千鶴はようやく残り半分に達しようかというところだった。
「あ、そうですわ。お待たせしている間に、見ていただこうかしら」
 千鶴が手に付いたパンくずを払ってから、先ほど藤沢に手渡された紙袋を、椅子の後ろから取り出した。
 膝の上に寝かせた紙袋の中から、取り出されたのは一冊のアルバムだった。
「これは?」
 尋ねた空にアルバムを手渡しながら、千鶴はにっこりとほほ笑んだ。
「紫陽花が咲いている時のお屋敷の写真が入っているんです。せっかくですからぜひ見ていただきたくて、おじい様にお願いしましたの」
「へぇ」
 俺のためにそんなことをしてくれたなんて。という感動が胸にあふれる。だが、感動しすぎて、言葉に詰まってしまい何も口にすることができなかった。無念だ。
 空は、千鶴に促されるままアルバムを開いた。
 綺麗に並べられた写真の中には、幼い千鶴の笑顔がいっぱいだった。
 これはもう、眼福すぎる。
「あ、ここではありませんわ。もっと後ろです」
 そう言って千鶴が、呆けたようにアルバムに見入っていた空の手から、アルバムを取り上げてしまった。
 ガーンと思っても、千鶴に待ったをかけることができない空である。
 パラパラとアルバムをめくっていた彼女の手が止まった。
「ありましたわ。紫陽花とお屋敷の写真です」
 もう一度、千鶴からアルバムを受け取った。
 雨の風景がそこにはあった。
 白い館の手前に、青い紫陽花が見事に咲き誇っていた。だが、その情景はどこか物悲しくもある。
「おー、ほんまに絵になるなぁ」
 空の傍らからアルバムを覗いていた海が、声を上げる。
「あ、本当。綺麗ですね。雰囲気あるし」
 空も慌てて、同意する。
 千鶴は嬉しそうに、こくりと頷き小さく口を開いて、サンドイッチにかじりついた。
「あ、これ。あれや。ほら、食堂に飾ってあった絵と同じアングルちゃう? この写真」
 海が、腕を伸ばして、一つの写真を指さした。
 海の指さした写真を見ると、湖と、湖畔を囲むように生えている木々。そして、その足元に、たくさんの紫陽花が咲き誇る姿が映っている。
「そうだっけ、こんなアングルだっけ?」
 はっきり言って、空は食堂にあった絵をちゃんと見ていなかったので、うろ覚えだった。
「絶対そうやって、もっと晴れた日に書かれたもんやったけど、こんな感じやったって。なあ、光」
 海が我関せずというようにそっぽを向いていた光に声をかけた。
 彼は面倒くさいのか、ゆっくりと海に向き直った。
「何?」
「まーた、聞いてへんかったんかい! ほら、この写真、これ、食堂にあった絵のアングルやんな」
 海は空の膝の上に乗せられたアルバムを手にして、光に見えるように胸の前に掲げて見せた。
 光は眼鏡の奥の瞳をゆっくりと動かし、ああと小さく声を上げた。
「右端の一番上の写真か?」
「そうそう、それそれ! やっぱそうやんな」
 瞳をきらめかせた海に、そうだなと光はうなずいてから、身を乗り出すようにして、件の写真に顔を近づけた。
「ていうか、光。いつ食堂の絵なんて見たんだよ」
 空はどこか胡散臭いものを見るような目で光を見ていた。
「瀬戸さんにアイスコーヒーをかけられた後」
 空の問いに答えたものの、光は写真から目を離そうとしなかった。
「どうしたん? この写真になんかあるんか」
 いい加減、アルバムを下したい海が声をかけると、ようやく光がアルバムから離れた。
「いや、この写真の紫陽花、赤いなと思って」
「赤い?」
 空は海からアルバムを受け取って、光と同じように、右端にはさんである写真に顔を近づけた。
 確かに、殆ど青と言うか紫というか、そんな色の中に、赤っぽい色の紫陽花がある。
「ほんとだ。ここら辺だけ赤い」
「ほんまや」
「食堂の絵には、赤い紫陽花なんて描かれてなかった」
 光は、写真から千鶴に視線を移した。
「先輩。あの絵が描かれたのは、この写真が撮られた後ですか、それとも前ですか」
 何で、そんなこと気にするんだろう。空は不思議に思いながら光を見たあと、千鶴に顔を向けた。
 千鶴は、ちょうどクラブハウスサンドを齧った直後だったらしく、少し待ってくださいとでも言うように、片手のひらを光に向けた。
 千鶴の咀嚼は長かった。
 間が持たなくなってきた海が口を開こうとしたとき、千鶴が言った。
「お待たせしましたわ。食堂の絵は、写真が撮られるより前に描かれた物です。私のおばあ様が晩年に描いたた物ですわ。今から、二十五年程前でしょうか」
「前ですか。どうも……」
 千鶴に礼のような言葉を吐くと、そのまま光は顎に手をやって目を伏せた。
「なあ、何考えてんの?」
 空が尋ねたが、光の耳には入っていないようだ。
「なあ、光って!」
 自慢の大声で呼びかけると、光が眉間に皺を寄せて空に目を向けた。
「うるさい。なんだ」
 空は、ぷうっと膨れっ面をして光をじと目で睨む。
「うるさい言うな。お前が呼びかけても答えないからだろ。何考えてんだって聞いてんの」
「いや、大したことじゃない。何でここの辺りだけ赤いのかと思ってただけだ」
「そんなんたまたまだろ。うっかりこの辺だけ、赤いの植えちゃったとかそんなとこだろ」
 空の言葉に、光は曖昧に頷いた。
「おばあ様は、青系の紫陽花を好んだと聞きますから、きっと絵を描いたときにピンク色を青色に変えたんですわ」
 千鶴が言えば、きっとそうだというように空が大きくうなずく。
 光はにこにこしている二人から目を逸らした。
「色を変えたのはドジョウだと思うけどな……」
 光の謎の呟きが耳に入った空と千鶴は顔を見合わせる。
 二人の脳裏には、どんぐりと出会うあのドジョウが浮かんでいた。
「ドジョウ? 確かに、あの湖の近くにどんぐりの生る木がありますから、コロコロと湖に落ちる可能性はなくもありませんが。ドジョウって、湖に住んでいるんですか?」
 千鶴の発言は激しく童謡の影響を受けていた。
「どうやって、ドジョウが花びらの色変えるんだよ」
 光は、目を細めて空を見た。
「何だよ」
 空が身構えると、光は馬鹿と言う代わりに、首を横にふった。
「いや、二人は似た物どうしだと思っただけ……」
 この発言に空の顔は一気ににやけたのだった。
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