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三兄弟の事件簿~この恋はミステリー~ 作者:愛田美月
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第二十五章 証言の検証

 爽やかな風が空達の間を吹き抜けた。潮の香りが風にのって、空の鼻をくすぐった。
 風をやり過ごすためだろう。千鶴が目を細めて髪を手でおさえた。
 そんな千鶴の様子を呆けた顔で眺めている空の横では、光が証言の書きだされたノートに目を落としていた。
 彼は、やおら視線を上げると、傍らに座っている海にノートを押し付けた。
 ついで、面白くもなさそうに鼻を鳴らす。
「お、なんや? もう分かったんか」
「まあな」
「すごいな、瞬殺やん」
 素直に関心して見せた海に、変わらず無表情で光は頷いた。
「すごいですわ、光さん。どうすればそんなにすぐに分かるんですか?」
 おっとりと千鶴に尋ねられて、光はちらっと空に目をやったあと、答えた。
「考えれば分かります」
 いつも冷たい口調だが、今回は輪にかけて冷たい声音だった。
 空がむっと眉を寄せ、海が冷や冷やしながら見守る中、千鶴はにっこりと笑顔になった。
「なるほどですわ。私、考えてみますわ! 空さん、頑張りましょうね」
 千鶴は、胸の前で両の拳を握り、頑張りましょうのポーズをとる。今にも、光に食って掛かりそうだった空は、一気に笑み崩れた。



 回答用紙をもらってからすでに三十分が経過しようとしていた。
 空と、海と、千鶴は三人頭をつき合わせるようにして、千鶴の膝の上に置かれたノートを覗き込んでいた。
「うー。わっかんねぇ」
「あー、やから、あれやろ。鍵は、バスケットの中か、秀香さんの部屋の中やろ?」
 海の唸るように言われた声に、空が軽くくってかかる。
「だから、どっちだよ」
「それが分かったら唸ってへんねん」
「それもそうですわね。それに、もしかしたら、光さんが嘘つきさんかもしれませんわ」
 千鶴が頬に片手を当て、おっとりと声を上げる。
 空と、海は顔を見合わせた。そして、空が先に目を離して、千鶴に言った。
「えっと、先輩。光が嘘つきだとすると、嘘つきが一人じゃなくなります」
「え?」
 千鶴がゆっくりと首をかしげて見せる。
 海が、ノートに書かれた証言の一つを指さした。
「ここ、秀香さんが、藤沢が言っているのは嘘って言ってますよね。てことは、秀香さんがほんまのこと言ってるとしたら、藤沢さんが嘘をついてることになるんです。もし、光が嘘ついてるとしたら、嘘つきは二人になってしまいます」
 逆でも同じこと。藤沢が本当のことを言っているとしたら、藤沢が嘘をついていると言った秀香が嘘をついていることになる。つまり、嘘をついているのは、秀香と藤沢のどちらかしかありえないのだ。
 千鶴はしばらく頬に手をあてて、首をかしげていたが、不意に胸の前でぽんと手を打った。どうやら、海の言ったことがようやく意味を伴って脳に到達したらしい。
 海の言う通り、今回の場合、嘘つきは秀香か藤沢のどちらかということになるのは間違いない。ただ、そのどちらが嘘つきかといわれても、よく分からないのだ。
「他の証言がいまいち、確信に迫るものがないんだよなぁ」
 空のぼやきに、海と千鶴が頷く。そして、千鶴は何かいいことを思いついたとでもいうように声を上げた。
「こうしてはどうでしょう。嘘をついているのは、秀香さんか、藤沢さんのどちらか。鍵はバスケットの中か、秀香さんのお部屋のどちらかにある。と、回答するのは!」
 空と海はまたも顔を見合わせた。互いにひきつったような笑みを交わす。
 先輩、それ答えになっていません。
 と、空も海も思ったが口には出さなかった。口にだしたのは別のことだ。
「先輩、もうちょっと考えましょう」
「おい、光。三十分たっただろ。ヒントくれよ、ヒント」
 空が光に向かって呼びかけた。

 光は空達と少し離れた場所に、私市と向かい合うようにして椅子に座っていた。
 彼の手にはトランプがある。早々に答えを出した私市と二人、トランプで暇つぶしをしていたのである。ちなみにこのトランプは、私市がどこからともなく取り出したものだ。



 光は手にしていたトランプを私市に渡すと、空達を手招いた。自分が動こうという気はないらしい。
 空達はいそいそと椅子を手に、光達のもとへ行く。
 椅子を思い思いの場所へ置くと、空達は席に着いた。最初に集まった時と同じような位置関係だ。
「嘘つきは秀香さんか藤沢さんのどっちか、ってとこまでは分かるんだけどさ。そっからが、なあ」
 空に同意を求められ、海が頷く。
「秀香さんの場合でも、藤沢さんの場合でもどっちでもありな気がすんねんけど」
 弱り顔で頭を掻く海の後に、千鶴が続いた。
「そうですわ! きっと、秀香さんと藤沢さんのどちらの可能性もあるというのが、答えですわ」
 喜色満面の千鶴に、私市が優しく笑いかけた。
「斬新だね。千鶴ちゃん」
 それほどでも。と、千鶴はまんざらでもなさそうだ。どうやら褒められたと思ったらしい。
 海が口元に手をやって、俯いた。肩が震えているところを見ると、また笑いをこらえているらしい。千鶴は海の笑いのスイッチを押すのがとてもうまいようだ。
「空も、どっちでもありと思っているわけか」
 光に尋ねられ、頷く。それに、光は溜息で答えた。
「はぁ。よく見て考えてみろ。どちらか一方は、他の人の証言をみれば成り立たないことが分かるから」
 空達三人は、えっと声をあげてノートの上に頭を寄せる。
「分かりましたわ! 空さんの証言と私の証言から考えますと、ランチボックスの中にあるのは南京錠の鍵ですわ」
「ということは?」
 私市が結論を促す。
「ですから、秀香さんの部屋に食堂の鍵があるんですわ」
 おおー! と、空と海が拍手をする。それを受けて、千鶴は照れたように、両頬に手を当てた。
「先輩の説だと、矛盾が生じますが」
 冷静な指摘が光からなされる。
「矛盾?」
 要領を得ない顔の三人に、光は軽く眉を顰めた。
「先輩の説だと、南京錠の鍵がバスケットの中に入っていますよね。だったら、藤沢さんは本当のことを言っていることになります」
 ノートの証言を読み直した海が、声を上げる。
「あ、ほんまや。藤沢さん、鍵としか言ってへんわ。もし南京錠の鍵が入ってるんやったら、これも鍵やから、藤沢さんが言ってることが嘘にはならへんわ」
「え? じゃあ、秀香さんが嘘を言ってることになるってこと? てことは、秀香さんの部屋に鍵はない? じゃあ、どこにあんの」
 空の頭の中はもうぐちゃぐちゃだ。
「まあ、本当ですわ。……なら、きっと、バスケットの中に入っていたのは南京錠の鍵ではないのですわ。他の何かです」
 確かに、バスケットの中に鍵が入っていると断言しているのは、藤沢だけである。瀬戸もバスケットの中身について語っているが、バスケットの中に朝食以外の物を入れたのは……と言う具合に、中に入れられた物については言及していない。
 今度の千鶴の説ならば、矛盾は生じないのではないだろうか。
 空たちが答えを待っていると、光が首を横に振った。
「それでも、まだ矛盾が残りますよ。秀香さんが鍵を隠すためには、鍵を所持していなければなりませんよね」
 言われてみればその通りである。確か、秀香が鍵を受け取っているところを見たという証言があったはずだ。
 空はノートを確認する。
「秀香さんは、鍵受け取ってるよ。倉橋さんが証言してる。秀香さんが鍵を受け取ったところを見たって」
「そう。そこが矛盾してるんだ。私市さんの証言を見てみろ」
 言われて、私市の証言を確認する。
 私市の証言がこうだ。

『秀香さんと藤沢さんが、鍵の受け渡しをしていました。私の他には、周りに人はいませんでした』

「あ、ほんまや。おかしいわ、これ」
「えー、どこが?」
 光の言う矛盾がどこか分からなかった空が声を上げた。
「やから、ここ。私市さん言うてるやん。秀香さんと藤沢さんが鍵の受け渡ししてる時に、私市さん以外、周りに人はいなかったって」
 空は口元に拳を当てた。空が何かを考える時の癖である。空は、もう一度倉橋の証言を口に出して読んでみた。
「秀香さんが、鍵を受け取ったのを目の前で見ていますぅ? あ、ほんとだ。よく考えてみたらおかしいな。これ」
 空にも分かった。光の言わんとする矛盾。
 つまり、私市が目撃した鍵の受け渡しが、藤沢から秀香に鍵が渡った現場だとしたら、倉橋が目の前で秀香が鍵を受け取ったところを見ることができる訳がないのである。
 なにせ、秀香と藤沢が鍵の受け渡しを行っている際、私市以外、周りに人はいなかったのだから。
 もし、倉橋、もしくは私市が嘘をついていると仮定すると、嘘つきは一人ではなくなる。つまり、私市も倉橋も本当のことを言っているということになる。

「もう分かっただろう。皆の証言をもとに、時系列に並べてみると、まず、海の証言から食堂の鍵を閉めたのは、倉橋さんということになる。食堂の鍵を閉めた倉橋さんが、秀香さんに鍵を渡した。倉橋さんが秀香さんに鍵を渡したんだから、倉橋さんの、秀香さんが鍵を受け取ったのを目の前で見たという証言は本当だということになる」
 光は、要領を得ない顔をしている千鶴からペンを借りると、ノートに倉橋と書き、その名の下に下向きの矢印を書きこんだ。ついで、矢印の下に秀香と書いた。どうやら、鍵が倉橋から秀香へ渡ったことを示しているらしい。
「次いで、私市さんの証言にあるとおり、秀香さんと藤沢さんの間で鍵の受け渡しが行われた。この場合、鍵を持っていたのは秀香さんだから、鍵を受け取ったのは藤沢さんと言うことになる」
 光は秀香と書いた下に下向きの矢印を書き足したあと、藤沢の名を書いた。
「つまり、この時点で、鍵は藤沢さんの手に渡っているから、秀香さんが自分の部屋に鍵を隠すことは不可能である。よって、秀香さんの証言が嘘ということになる」
 空は、感心して息を吐いた。確かに、この流れで行けば矛盾はどこにもない。
「なるほどな。てことは、答えは、嘘をついているのは、秀香さん。鍵はバスケットの中にある。になるのか!」
 海が預かっていた回答用紙を取り出すと、光が持っていた千鶴のペンで、答えを記入した。
 それを黙って見ている千鶴に、私市が声をかける。
「千鶴ちゃん。まだ、腑に落ちないって顔をしているね」
「はい。証言では鍵、としか言っていませんし、もし南京錠の鍵だったときはどうなるのかしらと、ふと思ってしまいまして」
 どことなく不安そうな表情の千鶴に、光がポーカーフェイスを向けた。
「大丈夫ですよ先輩。最初で、茂山さんが言っていたのを憶えていませんか?」
 千鶴は首を傾げた。千鶴の反応は想定内だったのだろう。空が相手だったら、確実に厭味ったらしく溜息を吐く場面であったが、特に表情を変えることもなく、言葉を続けた。
「茂山さんはこう言ったんです。台詞は全て、紛失した食堂の鍵にまつわるものです。台詞を頼りに鍵のありかを推理してください……と。なので、今回の場合は、鍵と言えば、食堂の鍵と同義なんですよ」
 光が話終わったあと、たっぷりと間をあけてから、ゆっくりと千鶴の顔に笑みが広がった。
 どうやら、やっと納得してくれたらしい。
「先輩、答え、提出しに行きましょう」
「はい」
 空と千鶴は回答用紙を提出するために、二人仲良く連れ立って、藤沢のもとへ駆け出したのだった。
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