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三兄弟の事件簿~この恋はミステリー~ 作者:愛田美月
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第十五章 犯人を探せ

 本が多いせいだろうか。この部屋は少し黴臭かった。

「ふむ、なかなか良い具合だ」
 重厚な応接セットのソファ ーに座った少年が、老人の声に反応して振り返った。
 老人が自ら車椅子を操ってこちらに来ようとしていることに気づいて、腰を浮かす。
 立ち上がろうとした少年を手で制し、老人は器用に車椅子を操作してソファーの真横につけた。
「さあて、いくつ推理が披露されるかな。君の友人達にも頑張ってもらいたいねぇ」
 春名光は楽しそうな様子の老人に、微笑んで頷いた。
 そのまま視線を、この応接セットに不似合いな黒い機械の山に向ける。
 山といっても機械全てを重ねてあるわけではない。樫の木でできた重厚なテーブルの上一杯に、黒い機械が広げられていた。
 先ほど、使用したマイクと、放送装置。ミステリー会の会場となっている食堂を映したテレビのモニターが四台と――こちらは二段に重ねてある――スピーカーが置いてある。
 ここは、昼間訪れた一条氏の書斎だった。
 老人、一条慎太郎は、スピーカーから聞こえた『私は犯人ではありません』という私市の声に反応して画面を覗きに来たらしい。
 食堂では、調査再開が茂山によって申し入れられ、また参加者達が部屋の中を調べ回っている。
 画面の中に、空の姿を見つけて、光は憮然とした。
 左上のモニターの上方に空が映っている。空は壁の端に置かれた大きな壺の中を覗いていた。

 なぜだ。なぜそんな所を覗いている。まったくもって意味がないじゃないか。

 光は知らず知らずの内に、画面の中の空を睨んでしまっていた。
 膝の上に置いていた手で、ズボンを握り締める。

 近くにいれば、馬鹿と言ってやれるのに。
 先輩に良い所みせたいんじゃないのか!
 あ、海。絵画の裏を見ても何もないだろう。
 こいつらは二人揃って何をやっているんだ!

「光君、大丈夫かね」
「え?」
 突然聞かれて、我に返った。
 老人が心配そうに自分を見ている。
 光は不審に思って、首を捻った。
「苦しいんじゃないのかね。随分呼吸が乱れておるが」
「あ……」
 言われて気づいた。喉がぜいぜい鳴っている。自覚した途端に咳が零れて、慌てて口元を手で押さえる。
 老人に背を向けるようにソファーの上で体を捻った光は、背を撫でられる感触に身を竦ませた。
「まだ、治っておらんのだねぇ。お友達が心配かね」
 光の背を撫でながら尋ねた一条に、首を横に振ることで答えた。軽い喘息の発作だ。薬を使うまでもなく、静かにしていれば直に治まるだろう。
「引き離すようなことになって悪かった。今回はイレギュラーだ。次からは、お友達と一緒に参加できるよう取り計らうからな。寂しいだろうが、もう少しの辛抱だ」
 慰めるように老人は言う。
 光はただ首を横に振った。
 そんな、寂しいわけがない。小さな子どもじゃないのだから。
 そう反論したいが、呼吸すらままならない今は無理だ。
 光の喘息の発作は、精神的なものが大きく影響しているという。
 いわばストレスを感じているときに出やすくなる。
 ストレス、今、ストレスなんて……。
 感じていないと考えて、ふと気付いた。
 この発作の原因は、あの二人だ。あの二人の行動を見ていて、ストレスを感じていなかったか。
 光は、画面に映る空と海に目を向ける。
 一条氏の前で無様な姿を見せてしまった。
 二人とも、あとで覚えてろ。



 空は突如走った悪寒に、背を震わせた。
「うおっ。なんかブルった」
 己を抱きしめるようにして、声を上げた空に、傍らにいた海も頷く。
「俺も……」
「まあ、風邪ですか?」
 空と海は気遣わしげに問うた千鶴に、さあ? と首を傾げて見せた。
「たぶん違うと思いますけど」
「何だったんだろうな」
 知らぬところで、光に恨みを買っているとは思わぬ二人であった。
 まあ、逆恨みだが。



 ゲームはまだ続いている。
 未だに犯人が明らかになっていないのだ。
 現時点で、探偵になったのは二人。容疑者になったのは、一人だ。
 計算が合わないようだが、容疑者は私市が二度指名されていた。

 二人目の『探偵』は、一条健介だった。
 一条健介は『犯人』が私市の背後にあるカーテンの裏にマネキンを隠し、テーブルの上に置いたと主張した。
 健介が伊吹を使って、開けさせたカーテンの奥は、出窓になっていた。確かにマネキンを座らせておくくらいのスペースがある。
 この時の私市の反論は短かった。
 瀬戸の時に張り切り過ぎて疲れたのだろうか。などと、空は思ったが、本人に聞いていないので本当の所は分からない。
 私市の反論はこうだ。

『それで、私はどうやって電気を消したんですか?』

 一条健介は答えられなかった。



 時刻は八時三十六分。開始時刻から一時間が経過していた。
「うーん。ヒントになりそうなもん、全然ないな」
 千鶴と楽しい仲間達で、部屋のあちこちを探してみたが、特にこれといって何もなかった。空も千鶴も落胆の色を隠せない。
 私市はというと、飄々とした態度で事の成り行きを見守っている。参加者のほとんどに、『犯人』と目されていると分かっているのだろうか。
「やっぱり、一条健介さんが言っていたとおり、犯人は窓の所にマネキン隠してたのかな」
 空が、誰にともなく問うと、千鶴は首を傾げつつ私市に目を向ける。
 私市は千鶴の視線を受けてどことなく楽しそうな顔で首を傾げる。
「さあ、その可能性はなくもないかもね」
 どっちなんだ。と、空は私市に半眼を向ける。
「私市さん、本当に犯人じゃないんですよね」
 念を押す空と私市の視線が交錯する。
 私市は微笑んだ。
「もし犯人だとしても、犯人だなんて答えたら、その時点でゲーム終了だよね」
 まあ、それはそうだろうとも。
 空は、小さく息を吐いた。
 なぜだろう。この人の相手は妙に疲れる。
「電気はどうやって消したんやろうな」
 声に振り返ると、思案顔で、海が考え込むように右手の指で顎を摘まんでいた。
「あれじゃね? リモコン。最近リモコンで消せるんだろ電気」
 思いつきで言ってみる。ちなみに、空の家のほとんどの電気は、紐を引っ張って点けたり消したりするタイプだ。
「まあ、それはよい考えですわ」
 千鶴が賛同の声を上げる。
 だが、すぐに何か思いついたようにはっとしたあと、眉尻を下げた。
「ああ、駄目ですわ。ここの電気は、ドアの横にあるスイッチで消していますもの」
「えぇ! ってことは、電気消すにはドアの所まで行かなきゃいけないってことか」
 あの時。全員が座っていたのに、そんなことできるわけがない。
 電気が消えた時、誰も立ちあがってはいなかった。
 では、犯人は事前に、ブレーカーに仕掛けをしていたのだろうか。
 ブレーカーを落とす仕掛けなんて、空には考えもつかない。
 空は、無性に頭を抱えたくなった。
 千鶴先輩がいなければ、頭を抱えながら、唸っていただろう。
「先輩、もう一度整理してみませんか?」
 海に声をかけられ、千鶴は心得たとばかりに頷くと、ポケットに手を入れた。
 ポケットからメモ帳を取りだした時、小さなボールペンがポケットから零れ落ちた。
「あら、落としてしまいましたわ」
 随分と落ち着いた声を出して、千鶴は落ちたボールペンを拾おうと、一歩足を踏み出し、あろうことかそのボールペンを蹴り飛ばした。
 ボールペンは勢いに任せてコロコロと転がっていく。
「えぇー」
 まるでコントのような光景に、空と海は思わず声を上げていた。
 千鶴はあら、あら、あらとボールペンを追いかけて、テーブルの前で立ち止まった。
 ボールペンがテーブルの下へともぐり込んでしまったのだ。
「あ、俺取ります」
 膝を突こうとした千鶴に声をかけ、空はテーブルへ小走りに近寄ると、テーブルクロスを片手で少し持ち上げた。頭をもぐり込ませる。椅子の置いていない場所だったので、もぐりこむのは簡単だ。
 テーブルの下に顔を出した途端、何かが当たった。
 片手で払って、ボールペンを拾うと、改めてそれを見る。
 白い、リボンといおうか、テープといおうか。そんな物が垂れさがっている。一部が天板に貼り付けてあり、左右が同じ長さ程、垂れ下がっていた。
 垂れ下がっている部分は、左右それぞれ三十センチちょっとくらいだろうか。
 どうやら、この長いテーブルクロスのおかげで、誰もコレの存在に気づかなかったらしい。
 空は白いそれをしげしげと見つめ、手で触れて、その正体に気づく。邪魔になるだろうと、垂れた端を持ち上げて、くっつけておいた。
「でもコレ何に使うんだろう」
 まあ、何かに使うんだから、くっつけてあるんだろうな。と、一人納得してテーブルの下からでる。
「ああ、すみません。空さん」
 千鶴が近寄ってきたので、立ち上がって握っていたボールペンを渡す。
「えらい長いこともぐってたな。すぐ見つかからへんかったんか」
 海に尋ねられ、空は、いやと答える。
「変なもん見つけてさ。何だこれと思って見てたんだよ」
「変な物って?」
 私市の問いに答えると、私市はにやりと笑った。
「ふーん。それ、ヒントになるかもね」
「え?」
 空は、私市の言葉に、思わずテーブルを見る。
 あれがヒント?
 この謎の?
 空は口元に拳をあてた。視線をテーブルの下方に向ける。

 そう言えば電気が消えた時。悲鳴の間から変な音が聞こえた気がした。
 それは、まさしくあれの音だったような気がする。
 そして、長いテーブルクロス。あれが目隠しになるとしたら……。
 よし、これなら行ける、行けるかも!

 空は先輩と海に今ひらめいた事を伝えてみた。
「なるほどなぁ。それやったら、確かにマネキン隠せるわ。やるやん空」
 爽やかな笑みを浮かべて海が賛同する。
「空さん素晴らしいですわ」
 愛しの千鶴先輩の賛辞に胸が躍る。
 うっとりと、先輩の賛辞を頭の中で、何度もリプレイしていたら、不意に背後から手を取られた。
 何と思う間もなく、勝手に右手が上がる。

「謎は解けた!」

 背後から、声が響き渡る。空は、腕を上げさせられたまま、出来る範囲で振り返った。
「き、私市さん?」
 今、あなた、なんとおっしゃいました?
 そう、目で訴える。驚きすぎて、言葉が出なかったのだ。
 私市は、呆気にとられている海と千鶴に笑みを見せ、空の耳に口を寄せた。
「さあ、頑張って。探偵さん」
 楽しげな声が、空の耳を擽った。

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