挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
三兄弟の事件簿~この恋はミステリー~ 作者:愛田美月
10/42

第九章 意外な人物

 六時十分前に空と海はそろって、大食堂に入った。大食堂というだけあって、かなり広い部屋だ。 
 高い天井から大きなシャンデリアが三つもぶら下がっていた。
 窓には白いカーテンがかかり、外の景色を閉ざしていた。壁に、絵が飾られている。視力のよい空には、その絵が千鶴の言っていた、湖の絵であることが知れた。とても細かく、繊細に描かれた森の中の湖は実際の光景と遜色なく美しい。
 壁際にいくつか調度品が置かれ、この広い室内に、テレビでしか見たことのないような、長いテーブルが鎮座している。染み一つない、白いテーブルクロスが目に鮮やかだ。
「空さん」
 先に部屋に来ていた千鶴が、手を振ってくれている。千鶴の席はテーブルの右端の方だった。彼女の祖父は、彼女から見て、左斜め横に座るのだろう。皿やフォークが用意されている。全員を見回せる席、上座というやつだろう。西洋ファンタジーでいえば、王様が座りそうな席だ。だが、そんなことより、今は千鶴である。
 空はやに下がって、手を振り返した。
 会長の秘書だという藤沢祐一に案内されて、空は上座から見て右側の席まで歩く。上座から一番遠い席とその横に海と空は座った。椅子の座り心地は良いが、テーブルクロスが長すぎて、邪魔だった。こたつ布団のように、ひざにかけてみようかとも思ったが、どうするのがマナーなのか分からず、やめた。テーブルの上には、名札と食器があった。ナイフやフォークが用意されているのは、海の座る場所までだが、テーブルの長さでいえば、三分の一くらいの位置だ。
 千鶴と同じ列なのは嬉しいが、これだと、全員が席に着いたら、千鶴の食事している姿はあまり見えないだろう。少し、いや、かなり残念だ。
「あら? 光さんはどうされたのですか」
 千鶴が空達の傍までやってきて、小首を傾げた。空と海は顔を見合わせる。
「千鶴ちゃん。光さんは少しお疲れになったようでね。部屋でお休みだよ」
 答えたのは祐一だ。光のことを光さんと呼んだのは、千鶴の呼び方をまねたからだろう。
「まあ。大丈夫でしょうか」
 心配げな顔をする千鶴の頭に、祐一が手を置いた。
「大丈夫。千鶴ちゃんが心配するようなことは何もないよ」
 優しい手つきで頭を撫でられた千鶴は、はにかんだ笑顔を見せる。
 空はこの光景を前に、何をすることもできずに心の中で叫んだ。
 ギャー! 先輩の頭撫でてるー。
 しかも、先輩嬉しそうだー。
 俺だって、先輩の頭なでなでしたいー!
「空、藤沢さん睨みすぎやで」
 睨んでいるつもりはなかったが、海に耳打ちされ、慌てて目をそらす。
 藤沢は、千鶴の頭から手を離すと、空達に会釈してその場を辞した。
 千鶴もおじい様を迎えに行ってきますわ。と、藤沢を追いかけるように、すぐにその場を離れてしまった。実に残念である。もっと一緒にいたかった。
 名残惜しく、千鶴の出て行ったドアを眺めていた空の耳に、海の言葉が届く。
「光、ちゃんと連絡しとったんやな」
 ここへ来る前に光の部屋へ寄ったのだが、顔を出しもせず、疲れたから食堂へは行かないと、にべもなくあしらわれたのである。声の調子はいつもと変わりなかったので、さほど心配ないだろうと、二人で話して食堂へ来たのだ。
「だな。あいつ家が関わる時はマメだよな」
 空は改めて部屋を見回す。男女数人が既に席に着いていた。千鶴以外に顔を見たことがあるのは、茂山くらいだ。彼は給仕役なのだろう。上座に一番近い左側の席に座っている女性と、その横に座る男性にお茶を出していた。男女とも、三十代位に見える。女性は女優のような華やかな美人だった。茶色く染めた長い髪をアップにしている。どことなく不機嫌そうに見えるのは、気のせいだろうか。
 彼女の隣に座るスーツを着た男性は、澄ました顔でお茶を飲んでいる。女の機嫌など気にした様子はなかった。
 彼から見て、左斜め前の席にもう一人座っていた。空の横。光が座る予定だった席を一つあけて、座っていることになる。
 こちらは中年の男性だ。顔はそうふっくらしているわけでもないのに、腹だけが異様にでていた。いわゆる肥満体形だ。着ている服は普段着のようだが、品が良い。男の前にもお茶のカップが置かれていた。彼はそのカップの中に、これでもかと砂糖を入れている。
 甘党の空でもあんなに砂糖は入れない。口の中がじゃりじゃりしそうだ。
 ぜったいメタボだよ。と、空は失礼だが、事実であろうことを思った。

 入口のドアが開く音を聞いた。反射的に顔を向けると、祐一が一人の男を伴って入って来るところだった。
「え? 私市さん!」
 声を上げたのは、海だ。勢いよく立ち上がったので、椅子が音を立てて傾いだ。空は慌てて、椅子をおさえる。危なかった、先輩の家の椅子を危うく傷モノにするところだった。
 傾いだ椅子を戻して、再び扉の方へ目を向けた。
 名を呼ばれた男も、驚いた顔をしている。
 空も男を知っていた。
 刑事だ。
 せっかく整った顔立ちをしているのに、会うたびに気だるげな表情をしている。本当に刑事か? というようなミーハーな部分も、以前ある事件に巻き込まれた際に、事情聴取で見ていた。
 その事件で知り合って以来、何故か海とは親交があるらしいが、どのくらい親しいのか聞いたことはなかった。
 彼もミステリー会の参加者なのだろうか。
 現役の刑事なのに。まさか、別荘欲しさに仕事を休んでこんな所に来ているのでは。と、疑念が深くなる。
 空の中で、私市に対する評価が一つ下がった。
 もともと高くない評価が、勝手に下げられたことなど分かるはずもなく、私市は朗らかな表情になった。
「やあ。まさか、こんな所で君達と会えるとはね」
 私市がこちらに近づいてくる。空は軽く会釈した。テーブル越しに私市と二人は相対した。
「それはこっちの台詞ですよ。何で、こんな所にいてはるんですか? 私市さんもミステリー会に参加するんですか」
 勢い込んで聞く海に、私市は朗らかな態度を崩さなかった。
「ああ。強制参加なんだ。まいったよ。ミステリー会の主催者は俺の大叔父でね、断るに断れなかった」
 あれ、まともだ。と、空は思った。何度か彼と接して、私市は変な人という印象を持っていたからだ。 空は、さっき下げた評価を一つ上げた。結局はプラスマイナスゼロだ。
「お知り合いですか」
 意外だというように、私市と空達を交互に見比べているのは藤沢だ。私市は彼に意味ありげな笑みを向けた。
「ご想像におまかせするよ」
「え?」
 戸惑う藤沢に、私市はたたみかけた。
「それとも、聞きたい? どうしてもっていうなら、ここで教えてあげてもいいけど。どうする? 俺達の関係、知りたい?」
 私市は藤沢を見つめた。口元には意味ありげな笑みが浮かんでいる。
「いや、あの……」
 藤沢は言葉に詰まってしまった。
 私市が変な含みを持たせるからだ。
 困惑を浮かべる藤沢の顔をしばらく眺めたあと、私市は満足そうに頷いた。さらに困惑した藤沢よそに、ちょっと挨拶してくるよと、私市は空達に手を上げて歩きはじめた。祐一が慌てたように彼の後に続く。
「あの人ってやっぱり何か変」
 空は率直な感想をもらした。



 私市は、茂山と美女のいる方へ向かった。
 にこやかに挨拶した私市に、女性は冷え冷えとした視線を向けた。
「あなた本当に来たの? ずうずうしいわね。意地汚くて嫌になっちゃう。他の家の者はみんな辞退したっていうのに」
 女の声は少年二人にもはっきりと聞こえた。空はむっと眉間に皺を刻む。海も隣で、珍しく不機嫌な表情だ。
「秀香さんは、いつも自分に正直ですね。それでこそ、秀香さん。素晴らしい」
 私市はにこやかに、拍手までして見せて、秀香が口を開く前に続けた。
「心配無用ですよ。僕はあなたのお父様がどうしてもとおっしゃるから来たんです。別荘にもミステリー会にも興味はありません。別荘なんてもらっても、僕は持て余しちゃいますからね。まぁ、もし僕がもらうことになっても、格安で秀香さんに譲ってさしあげますよ」
 私市はにこやかに言いきった。秀香と呼ばれた女は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「やっぱり意地汚いじゃないの」
 棘のある声を耳にしたからか、女の隣に座っていた男性が漸く反応した。
「秀香。そろそろやめろ。一般参加のお客様もいらっしゃるんだ。一条家の品位が疑われるぞ」
 秀香は隣に座る男性を一睨みし、次いで近くに座る男や、空達に視線を送ったが、すぐにそっぽを向いてしまう。
 なんだあの女。と、思った空だが、口にはださなかった。
「なぁ、あの感じ悪いおばはん。ここん家の娘なんかな?」
「あ?」
 すっかり不愉快になっていた空の返事は短く柄が悪かった。
「さっき、私市さん。あなたのお父様ってあのおばはんに言うとったやんか。つまり、先輩のお祖父さんの娘ってことやろ」
「ああ、そっか」
 海に言われるまで、まったくもって気づかなかった。
 空は彼女を一瞥して。
「典型的な我儘お嬢様って感じだな」
 と、実に素直な感想を漏らした。
 二人が話をしている間に、私市は祐一に伴われて、秀香を取りなした男の正面の席に座った。
「あ、あの席か。可哀相」
 つい同情してしまった空である。あの席の近くではなかった事に少しだけ感謝した。気まずいに決まっている。私市の隣に座る男は実際、気まずそうな顔をしてお茶を飲んでいた。
 空は失念していた。私市の席が、愛しの先輩の隣だということを。
「ふーん。この席順。上座とか、あんまり関係ないんかなぁ」
 海が呟いたので、空は何? と、聞き返した。
「ん? やから。上座とか下座でいうと、娘やったら普通二番目やろ? でも、あのおばはんが座ってんのって、順番的に三番目ちゃうん」
「へー、そうなんだ」
 なんとなく、王様席が上座だろうと思っていたが、他に順番があったのか。と、空は感心しつつ、何でそんなこと知っているのだろうと、海を見る。
「あれ? 違ったっけ。まあ、別にええか。どうでも」
 どうやら記憶は曖昧だったらしい。結局、その話題はここで打ち切りになった。


cont_access.php?citi_cont_id=556025590&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ