第3話 月下の奇術師
パタン
虚しい音が自室に響き渡る。
ドアにもたれ、哀はもう一度、顔を手で覆い・・・声を殺して涙を流した。
――――するとそこに、バサリと、布の揺れる音がした。
ハッとして顔を上げた哀の前には・・・
月夜に浮かびあがる、白いスーツにマント。
かぶっているシルクハットもまた白く、モノクルで顔を隠している。
シニカルな笑みを浮かべる彼は・・・
「こんばんは。お嬢さん」
だんだん近づいてくる・・・怪盗キッド。
哀の手を取り、軽く口づけるキッド。
ふとした瞬間、紅いバラの花が手元から現れた。
どんどん出てくるその花は、やがて束となり、どこから出したのか柔らかく白いレースでくるみ、リボンを結わえ、哀に差し出した。
「・・・・・・」
「どうぞ。これは私の気持ちです・・・受け取って下さい」
哀は、その真紅の花束をそうっと受け取ると、「ありがとう」と呟いた。
「ところで、小さな姫君?どうして泣いているのですか・・・?」
片方の目はモノクルで見えないが、見える瞳には優しい光が灯っていた。
「・・・べつに」
「べつに、はないでしょう?涙は、悲しい時か、嬉しい時に出るものです」
開いた窓から月の光が差し込んでいる。
小さく揺れる、白いカーテン。
それをぼんやり眺め、哀は答えた。
「・・・嬉し泣きなんか、したことない」
そう、嬉しいことなんて。
今までの人生の中で、何一つなかった。
悲しみや、寂しさ、憎しみばかりに囲まれてきた。
キッドは「そううですか・・・」と小さく返した。
哀と同じ目線になるように、キッドはしゃがんだ。
「・・・・あなたは・・・綺麗な瞳をしていますね・・・・・」
キッドの顔が間近に迫る。
とっさに哀は、キッドの顔を振り払った。
「や、やめてっ・・・私なんて・・・」
「へぇ・・こんなに美しいのに。自分の魅力に全然気づいてないんですね・・・」
しばらく哀の顔をまじまじと見てから立ち上がる。
「・・・泣いている理由は、また次に会った時・・・教えて下さい」
人差し指で少しシルクハットのふちを上げ、シニカルな笑みを浮かべると、「それでは。もう時間なので」と言った。
少し黙っていた哀が口を開いた。
「待って」
キッドは振り向く。
「また・・・会えるの・・・?」
そう言った哀の顔は、月の光に照らされ・・・美しかった。
「ええ。もちろん。」
優しくそう言うと、キッドは窓を飛び出して行った。
闇の中に白いハングライダーで飛ぶキッドは、あの時の哀の顔が、頭から離れなかった。 |