6.覚醒そして自覚
6.覚醒 そして 自覚
僕の風邪はなかなか完治せず しつこい咳に悩まされているうちに
季節はいつの間にか制服を冬服にかえた
僕は11月の半ば頃までプールへ行けずにいた
その間 学校に僕が恋におちるような美少女の転校生もなく
ただ単調な受験生の日々が続いていた
咳がでるだけで身体は元気なのに 医者は泳ぐ事を許してくれなかった
身体がみるみるなまっていくようで 僕はかえって勉強も捗らなくなっていた
ようやく医者の許しが出て ジムのプールへ顔を出したのは
もうコーチと寿司を食べに行ってから2ヶ月半近くもたってからだった
「のぼる君!久しぶりじゃない 具合よくなったの?受験勉強してる?」
受付の顔見知りの女性が笑顔で迎えてくれた
僕はロッカーのキーを受け取りながら「おかげさまで」と応えた
そうしながら 僕は無意識に佐藤コーチの姿を捜していた
フロントの近くにはその姿はなかった
僕は少なからずがっかりした気分になりながらロッカーへ向かった
水着に着替えてプールへ向かった
プールでは夕方の子供達のスイミングスクールが行われていた
フリーのコースに入りながら 子供達の方を見ると 担当のコーチが2人
一人は佐藤コーチ そしてもう一人は見慣れない若い女性のコーチだった
僕は二人が子供達と楽しげにレッスンをしている様子をぼんやりと眺めた
彼が僕に気づく事はなかった
当たり前だ・・・大事な子供達を預かっているレッスン中なのだ・・・
彼は真剣に仕事に取り組んでいるのだから・・・僕になど気づくハズもない
僕はなんとなく身体が重いのは 随分と長いこと泳いでいなかったせいだと思った
それ程 僕のクロールのストロークは鈍く キックも力がなかった
僕は1000メートルを泳ぎ切るのがやっとだった
それも いつもよりも随分とタイムが悪かった
間をあけると泳げなくなるもんだなぁ・・・などと思いながらプールから出た
丁度 スクールの子供達が二人のコーチに向かって終了の挨拶をしていた
ニコニコと笑顔で子供達を見送る彼を見た
隣りにいた女性のコーチが彼の背中を笑顔で軽く叩くのが見えた
僕の胸にずきんとした痛みが走った
一瞬 息が止まったような苦しさに驚いた
僕は すごすごとシャワー室へむかった
「のぼるっ!来てたのか?風邪しっかり治したか?」
シャワーを浴びている僕の背後から彼の声が降ってきた
「あっ・・・はい・・なんとか・・・」
僕はシャンプーを流しながら振り向かずに応えた
「俺 今日もう終わりだから送ってってやるよ」
「えっ・・・マジ?」
「マジ(笑) 着替えたらフロントで待ってろよな」
「うん」
僕は急になんだかそわそわとした気分になった
だがその気分は長くは続かなかった
僕は彼の車の後部座席におさまっていた
助手席には 先ほど子供達のスクールで彼と一緒にレッスンをしていた
あの若い女性のコーチがいて 彼と楽しそうに話しをしている
僕がプールを休んでいる間に新しく入ったコーチなのだそうだ
「ちょうど昇の家までの通り道だから一緒に送っていく」
と彼は言っていた
彼の恋人なのだろうか・・・僕はその女性の化粧気のない
それでもとても可愛らしい顔を 斜め後ろから眺めていた
「ありがとうございました また明日」
女性のコーチはそう言って 彼と僕に笑顔で手を振って
途中の駅前ロータリーで車を降りた
改札へ向かってゆくまでに彼女は一回だけ振り向いて彼に手を振った
彼は彼女が改札に消えるのを見届けてから車を発進させた
「さってと 次は昇んちまでなっ」
彼はにっこりと後部座席の僕に向かって ミラーの中で微笑んだ
僕の胸がまたきゅっと痛んだ
(恋人なんですか?) 僕は彼にそう聞きたくて でも聞けなかった
27歳のこんなに格好いいヒトに恋人がいたって何の不思議もない
だけど・・・聞けなかった 聞きたくなかった
そうだよ と笑顔で応えられる事が怖かった
なんで怖いんだ? 僕がそれで何故ショックなんだ? 何故?
僕は情けないことに この期に及んでようやく自分の気持ちに気がついた
そうか・・・僕は彼の事が好きなんだ・・・佐藤コーチの事が 好きなんだ
そう気がついた途端 運転席の彼の後ろ姿がせつなくなった
ジムのシャワールームに備え付けられた シャンプーの香り
僕と同じ匂いなのに 僕には彼の髪がとても良い香りに思えた
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