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ウォーターボーイズ
作:tensuke



2.受験生


「のぉぼるぅ〜 またプール?」
「ああ 金子は?図書館?」
「うん・・・そのつもりだけど・・・プールってまだ佐藤コーチいるの?」
「えっ?」

僕はいきなりその名前を出されてちょっと狼狽えた。
何故 彼の名前を聞いてそわそわと何か後ろめたい気持ちにも似た気分になるのか
自分でもよく判らなかった。
「ああ 大学卒業して専属コーチでずっといるみたいだよ」
みたいだよ・・・自分でも何故そんなそらぞらしい言い方をするのかよく判らない。
ただ 金子がどうしてそんな事を急に言い出したのか それが気になって仕方がなかった。

「そーなんだ 俺も昇と一緒に水泳続けてればよかったなぁ・・・」
「え・・ああ ああ そう・・そうだな」
金子は僕と違って 1年生で一緒に入ったスイミングスクールで最初から随分と優秀だった。
僕が佐藤コーチの腕に抱っこしてもらっている2ヶ月の間に
金子は次々と進級テストに合格して 沢山の認定の缶バッチをもらい
僕がようやく水に顔をつけられるようになる頃には すっかり上級クラスに混ざっていた。
そんな訳で 金子は早々と 小学校の高学年でスイミングスクールを辞めていた。

「今度 昇がプール行く時 見学に行ってもいい?」
「見学?・・・別にいいけど・・・」
「やったぁ じゃ 今度ね ばいばい」
金子は笑顔で手を振って図書館の方へ歩いていった。
僕は 金子が言った 見学という言葉と佐藤コーチの名前がやけに頭にこびりついて
一体どういうつもりなのか 気になって仕方がなかった。
プールに着くまで ずっとその事ばかり ぐるぐると結論のない思考に浸っていた。

「昇っ!前見てないと危ないぞっ!」
ジムの入り口で後ろから肩を叩かれて 僕は我に返った。
振り向くとそこにいつもの爽やかな笑顔があった。
「佐藤コーチ・・・」
「おぅっ!今日も泳ぐのか?毎日エライなぁ〜」
「はい・・・習慣・・みたいなもので・・」
「そうかっ! じゃな」
彼は白いポロシャツに短パン 素足にサンダルといったいでたちだった。
入り口付近にいた 他のジム会員たちにも笑顔で挨拶をしながら
彼はスタッフルームへ入っていった。

僕はその日 朝から 実は少し身体がだるかった。
試験最終日と言うこともあり 無理をしてでも学校へは行ったものの
本当はプールへ行くのは 今日はやめておこうかと思っていた。
でも 金子に声をかけられて ついプールへ行くと応えてしまい・・
そのまま 本当にプールへやってきてしまった。
少しぼんやりとしながら 僕はロッカーで水着に着替えプールへ出た。

フリーで泳ぐ人のためのコースには僕の他に誰もいなかった
僕はゆっくりとしたストロークのクロールで泳ぎ始めた。
50メートルのターンをして少しした頃 僕は身体がずっしりと重くなり
手足が思うように動かなくなるのを感じた。
(・・・やばいっ?)そう思った時には 僕は上から何かに押さえ付けられたように
ごぼりと水を飲んで 水中に沈んだ。 
苦しくて もがきたいのに身体が動かない。
うっすらと開いた僕の目に ゴーグル越しに誰かの顔が迫るのが見えた。
なんだか懐かしい気持ちになる腕に抱えられた。
僕の意識はそこでとぎれた。

目が覚めた時 僕はジムの救護室のベッドに寝かされていた。
まだ水着のままで タオルケットを掛けてもらっていた。
救護室の女性が「大丈夫?」と僕に水をくれた。
「・・・僕・・・」
「風邪でもひいてるのかしら?少し熱があるみたいよ 無理しない方がいいわね」
白衣の女性は僕に優しい笑顔でそう言った。
「すみませんでした」
「佐藤コーチが運んでくれたのよ 帰りに挨拶していきなさいね」
「・・・はい ありがとうございました」

僕は救護室でジムのバスローブを借りて シャワー室へ向かった。
まだ少しふらふらする足取りで 頭もぼんやりしたままだった。
何とかシャワー室にたどり着くと僕は水着のまま頭から熱いシャワーを浴びた。
目を閉じて熱いお湯を浴びながら 僕は再び軽い目眩に襲われた。
膝からがくりと崩れ落ちそうになった時 僕はまたあの腕に支えられた。
「おっとっ・・大丈夫か?」
彼だった。

「・・・す・・すみません」
「そこにタオルがあるから 着替えて座って待ってろ 家まで送ってってやるよ」
「えっ・・いや・・大丈夫です」
「ばかいえっ そのままふらふら帰ったら途中で車にはねられるぞっ 待ってろ」
「・・・はい・・・」
僕は言われた通り 入り口あたりにかけてあったタオルを肩から羽織った。
「あ・・・でもこれ僕が使っちゃったらコーチは・・」
いいかけて振り向いた僕の目に 水着を脱いでシャワーを浴びるコーチの姿が映った。
僕はその後ろ姿に魅入られたように視線が外せなくなった。

広い肩 綺麗な筋肉となめらかな肌に覆われた見事な逆三角形の精悍な背中
そして細い腰に続く 引き締まって形のよい尻と そこから伸びるすらりとした長い脚
なんてキレイなんだろう・・・・
いつか美術館で見たことがある ギリシャ彫刻の彫像のようだ。
黒くて柔らかそうな髪が濡れてその端正な顔にかかる。
僕の視線に気づいてか シャワーのしぶきの中でふと彼がこちらに目を向けた。
僕は自分の顔が熱くなり 火照り きっと真っ赤になっているに違いない と思った。
それでも僕は彼から目が離せなかった。
「すぐ終わるから」
彼はただそう言った。

「昇の家の住所はっ・・と・・」
彼は車のナビに僕の住所を入力していた。
「すみません・・・ご迷惑おかけします」
「なに言ってんだか ちょうど今日はもう俺のクラスないし 帰り道だよ」
「・・・ありがとうございます」
彼の車高の高い大きな車の助手席は見晴らしが良く快適だった。
僕は相変わらず顔が熱くてなんだか照れくさかった。
彼の裸を見てしまって赤くなっていると思われるかと・・・。
「昇 絶対 熱出てるぞ 顔赤いし さっきもふらふらしてたし
明日はプール来るなよ 受験生が体調崩したら洒落にならないぞ」
彼はハンドルを握り 前を向いたままそう言った。
僕は小さく「はい」と応えるのが精一杯だった。

「ありがとうございました」 僕は彼の車を降りながら頭を下げた。
「おうっ! 大事にしろよ」 彼はにこっと笑った。
その時 玄関を開けて僕の母が出てきた。
「佐藤コーチ!ご無沙汰しておりますっ!なんだか昇がご迷惑をおかけして・・」
どうやらジムから先に連絡が入っていたらしい。
コーチは車のエンジンを止めると運転席から降りて母に頭を下げた。
「いえっ こちらこそ 昇君が体調悪そうなのに気がつかなくて申し訳なかったです」
「まぁまぁそんなぁ〜 ね 佐藤コーチ 晩ご飯食べていらっしゃいよ(笑)」
「えっ?いいんすか?嬉しいなぁ〜 ホントに?」
こういうところがこの人の可愛いところなんだと思う。
僕の母も 当然 この若くてハンサムなコーチの大ファンである。
彼は家の前に車を止めなおすと にこにこと僕らに続いて家に上がった。

父の帰りは毎晩遅く この日も母が携帯のメールで佐藤コーチの事を伝えたが
よろしく伝えてくれ との返信があっただけで 夕食は僕と母とコーチの3人で食べた。
母はジムからの電話の後 急遽追加したらしい ちょっと豪華なおかずを用意していた。

「佐藤コーチ おいくつになられました?」 母の問いかけに
「27になりました」 彼は口いっぱいにほおばっていたモノを急いで飲み込むと応えた。
「まぁ〜っ!でもそうよね あの昇がもう15ですものね・・・」
「K大の付属を受験されるそうですね」
「ええ どうなのかしらね ギリギリ圏内ってこの前の模試で判定でてたけど・・」
「佐藤コーチ 卒業生なんだって」
「あらぁ!そうなの?優秀でいらしたのねぇ!」
「いやいや そんな事はないですけど あそこは水泳部もありますし 楽しいですよ」
「昇!佐藤コーチの後輩になれるように頑張らなくちゃ!」
「・・・判ってるよ・・・」
僕は正直あまり食欲もなく 二人の会話をぼんやりと聞きながら
箸で皿の上のおかずをただ なんとなくつつきまわしていた。

佐藤コーチは気持ちの良い食べっぷりで 母が用意したおかずをきれいに平らげた。
食後にコーヒーでもとすすめる母に丁寧に礼と辞退を述べると
彼は「昇君もまだ辛そうなので 早く寝かせてあげて下さい」と言って
僕に「またな」と手を振って帰って行った。
彼の車が走り去るのを母と二人で見送った。
そのあと 僕は自分のベッドであっという間に眠りに落ちた。
夢も見ず 夜中に起きる事もなく 僕は翌日の昼まで爆睡した。
明け方 様子を見にきた母が 僕の額をさわって熱がある事を確認し
学校へ欠席の届けをしてくれていた。
僕は学校を休んで 部屋で寝て過ごした。

夕方近くなって 携帯に金子からメールが入った。
今日の授業の分のノートは後日コピーで渡すから心配しないように
という内容だった。 簡単な礼のメールを返信した。
母が作ってくれたお粥の夕食をなんとか食べて 僕はその日も早々と寝床に潜り込んだ。
熱が下がり 少し楽にはなったものの まだ身体がだるく 頭が重かった。

うつらうつらしかけた時 また携帯にメールの着信音がした。
見ると それは同じクラスの女子からのメールだった。
彼女は僕にバレンタインのチョコレートをくれた女の子達の一人だった。
メールは 昇君が休むと女子達がみんなとても心配している 早く元気になって下さい
そんな内容だった。
僕なんかのどこが「格好いい」とか「可愛い」とか言われるのか さっぱり判らない
僕はぼんやりと 昨日目撃してしまった佐藤コーチの後ろ姿を思い出していた。
格好いい男っていったら ああいうのだろ・・・
いつの間にか 僕は睡魔に連れ去られた。












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