1.プロローグ
あさぎ色の空には、白いクレパスでなぞったみたいな雲が広がっている。
雲ひとつない突き抜けるような紺碧の空には、畏怖を感じるから、私はあさぎいろの優しい青が一番好きだ。
午後のひと時、小難しい考えなど振り払って、ただ空を眺める。
――こんなに空のいろがきれいなのに、どうして私は、今ここにいるんだろう。
コツコツとチョークが黒板にあたる音が、少しずつ意識の片隅を侵食してくる。
重なるように教師のよく通る声が聞こえてきて、思いは現実に塗り替えられた。
私は、姿勢を正して前を向くと、広げたテキストの綴じしろを手の平でぎゅっと押さえ、黒板に書かれた文字を追った。
ここ恵成予備校四階の教室が、今の自分の居場所である。
私は……大学受験に失敗したのだ。
◇
合格者発表の掲示板に私の番号はなかった。
ひときわ大きくドキンと動悸を打つ胸。
きゅっと心臓が痛くなった。
さっと掲示板を視線でなぞっただけだったから……。
だから見落としてしまったに違いない。
私は人混みを掻き分けて、更に掲示板に近づいた。
あらためて、ひとつひとつ順送りに番号を確認しながら、ゆっくりと視線を下に落としていく。
けれど、そこに自分の番号は見当たらなくて。
何度見直しても私のひとつ前の受験番号の後ろには、私の番号よりも大きな数字が記されていた。
番号がそこにない。この大学に私は受け入れられなかったと言う事だ。
―― 十八歳にして経験したはじめての挫折。
合格発表の場は、非情にも明暗をはっきりと浮き彫りにしてしていた。
ところどころ聞こえる合格者の喜び合う声がちくちくと胸を刺す。
別世界の人たちを背に、一人私は足取りも重く大学を後にした。
「長い人生だもの。そんな事もあるわよ」
応接セットのテーブルで、慰めの言葉を吐く反面、はぁとため息をつく母。
これからの事を憂いているのだろう。
「ちなみ。気を落とすんじゃないのよ」
母と並んでテーブルを囲んだ姉が言う。
ストレートで大学合格した姉に私の気持ちがわかるものか。
それでも……家族なりに気を使っているのだろうとは思うけれど。
その時の私は、何をどう言われてもなんの慰めにもならなくて。
ショックだけが頭の大半を占めていて、素直に人の言葉を聞く余裕なんてなかった。
思えば、あの合格発表の日の空もぽっかりと雲が浮かんだあさぎいろだった。
あれから二ヶ月。
現実を受け入れて落ち着きを取り戻した私は、今ではすっかり予備校生の顔になっている。 |