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極地の憂鬱3
作:鋳金ダラ



第五章 定義なんてくだらない



 オランダ・バーグ。
 この街の地下に置かれている西洋の魔術組織【世界魔術文明保存機構】の本部は恐ろしく広い。組織自体、七〇〇〇を越える部署を抱え、その内、六五〇〇以上の部署がここにオフィスを構えている。組織全体の構成員は八万を越えると言われ、名実共に西洋最大級の魔術組織である。
「ふぅぁわわあわああわああわわわわああああぁぁ―――ッ!」
 その本部の歩廊に、漆黒のロングコートが靡き、奇声が木霊する。
「うるせぇな。欠伸ぐらい静かにやれよ」
「そんなぁ、堅いことぉ言わないのぉ。朝はぁ苦手なのよぉ……」
 存在感抜群銀髪小柄少年・アレウス=カロッサスが毒気付き、
 ブラウン髪にニット帽女・オリビア=ヴィリアムスが再度欠伸をかます。
「だってぇ、いろいろ資料整理でぇ大変だったぁんだってぇ……」
「夜だからってテンション上がって資料破り捨てて隊長に怒鳴られたのは何処の何奴だ?」
 あれから、一週間が経過した。
 一週間が経過したにも拘わらず、事態は一向に進展していなかった。
 二人が所属している特務部隊【分捕りは早く、略奪は速やかに来る(マヘル・シャラル・ハシュ・バズ)】の隊長、世界崩壊ラストオーダーが一四六課所属の警察部隊【機械仕掛けのデウス・エクス・マギーナ】に協力を要請、現在【機械仕掛けのデウス・エクス・マギーナ】から選りすぐりのメンバーで編成された四個小隊と合同で調査を行っている(というのは名目上で、実際は彼らの指揮下で動いている)ものの、突破口すら見つかっていなかった。
 実際、二人も目立った成果を上げられずにいた。
 各方面に散らばっている顔馴染みに声はかけているのだが、それらしき情報もない。めぼしいものは直接聞き込みに回ったりするも、今回の件には全く関係なかった。
 要するに、手詰まりなのである。
「隊長ぉ。アレウスにあんな不気味で気色悪い物ぉ造れなんて言ったりしてぇ、本当に一体何ぃ考えてるのかなぁ……」
 ボソリと、オリビアが呟く。
「……俺は、アイツが嫌いだ」
「でもぉ、結局隊長の頼み聞いたんだよねぇ……。最後はリオーナに頼まれて」
「……、」
 パキリと、アレウスの拳が鳴った。
「男の嫉妬はぁ醜いよぉ?」
「黙れ」
 ピシャリと両断。
「でも隊長はぁ、私たちと同じ匂いがする。―――過去を悔やみぃ、復讐を誓った人間の匂いがする。それはアレウスもぉ感じたでしょ?」
「―――まあ、な」
 だからこそジジイは私たちの上司にしたのかも、そうオリビアは静かに言う。
 殺す。
 全身全霊を賭け、そう誓った相手を思い出しながら。


     一


 食堂で、世界崩壊ラストオーダーは一人カウンターでコーヒーを煽っていた。
(にしても、凄い食堂だな……)
 席はざっと見ただけでも二〇〇〇は越えるかもしれない。
 さらにメニューも泣きたくなるほど豊富(実際、コーヒーだけでも五〇種類あった)で、びっくりするほど安い。そのためか、昼時を過ぎたにも拘わらず席の半分以上は埋まり、皆々楽しそうに談笑に耽っていた。
 世界崩壊ラストオーダーは料理人何人いるんだろなぁとぼんやりと考えながらカップの底に僅かだけ残っていたコーヒーを飲み干すと、丁度視界の端にようやく見慣れてきた金髪カール少女・リオーナ=オルフェニスタが実に不機嫌そうな顔のまま、紅茶と見るからに甘そうで巨大なパフェをトレーに載せて運んでくる様子が映った。
「あー、隊長はコーヒー党なんですかー」
「んあ?」
「ちっ。この反逆者が」
「は? テメェいきなりなんなんだ?」
「私はThe Boston Tea partyを忘れはしない」
「? ……ああ。お前は英国出身だっけか?」
「あれは紅茶と我が国への冒涜ですー」
 一七七三年一二月一六日、米国・ボストンでイギリスからの過酷な課税に激怒した米国人たちが停泊中の英国商船に侵入し、紅茶の積荷を海に投げ捨てたあの事件―――それが『ボストン茶会事件(The Boston Tea party)』である。
(う〜ん。愛国者ってヤツか?)
 身近にそんな精神を持った人間はいなかったものだから、世界崩壊ラストオーダーにとってちょっとしたカルチャーショックだったのだが、とりあえず会話を続けることにする。
「アレって確か、英国が制定した……」
「茶法ですー。東インド会社が新大陸で茶を独占して販売できるって法律ですー」
「独立戦争の前哨戦か」
「……結果的にそーゆー評価が多いですねー」
 恨み辛みを語るような低い声に、世界崩壊ラストオーダーは苦笑し、リオーナはやけ食いでもするかのように力強くパフェにスプーンを突き刺した。
「話は変わりますけどー、いいんですかー? なんか全然進展無いんですけどー」
「別に。敵さんも中々手強いってだけさ」
 世界崩壊ラストオーダーは吐き捨てるように言い、コーヒーのお代わりを貰うべく立ち上がる。
 が。
「―――隊長は、組織に属してたこと無いんですかー?」
 その一言に、世界崩壊ラストオーダーは、ん? と思わず固まった。
 そんな世界崩壊ラストオーダーを見ながら、リオーナは淡々と続ける。
「私はちょっと家庭事情に難有りでー小さいときに組織に保護されてそれ以来ずっとこの組織の中で生きて来たんですけど……」
 リオーナの声に、世界崩壊ラストオーダーは席に戻る。
「幼い私はまだ魔術に目覚めたばかりでしたから組織で生きるには大変だったんですよねー。組織は実力至高主義ですから一回でもドジれば即左遷なんてざらですー。組織で生き残るには『武功』と『コネ』が最重要ですから上官に気に入られるためにいろいろしましたよー。いくら魔術師だろうと組織の庇護下じゃないと生きていけませんからねー」
 手の中で銀のスプーンを遊ばせながら、
「今回はその『武功』を収めるにはこれとないチャンスですー。普通だったらもっと真剣で、血眼になって夜も寝ずに調査に励むはずですー。なのに隊長はどうしてそんなに悠長にしてられるんですかー?」
「別に悠長にしているわけじゃねぇよ。やれることは全てやったし、後は敵さんが動くのを待っているだけ。―――まあ、俺は組織にいたことねぇからよくわかんねぇけどさ『組織』ってヤツは『個』を時に殺し、時に手懐け、時に切り捨て、そうやっていくつもの『個』を犠牲にしないと生きていけないもんだろ? それこそ車がガソリンを消費して走る、人間が肉を食って生きる、それと同じようにな」
「……、」
「そりゃな、確かに組織で『地位』はあって損はしないと思う。けどな、それは組織だけで生きるって前提で、だ。俺は組織に全てを捧げるために魔術師になったわけでもねぇし、俺は俺なりの目的があってここにいる。んで俺の目的には出世はあんまり関係ねぇから、成り上がろうとも思わないだけなんだけどな」
 聞くなりリオーナ=オルフェニスタは呆れたような溜め息一つ、無言のままにパフェへスプーンを突き刺し、世界崩壊ラストオーダーは改めてコーヒーのお代わりに立ち上がろ



 
「第七課所属【分捕りは早く、略奪は速やかに来る(マヘル・シャラル・ハシュ・バズ)】隊長『ケープ=ヴィステリア』とリオーナ=オルフェニスタだな?」



 
 漆黒のスーツ、それも二メートルぐらいの大柄男がコーヒーのお代わりに向かおうとしていた世界崩壊ラストオーダーの目の前に立ち塞がった。
「―――えっと、どちら様?」
 世界崩壊ラストオーダーはその男と面識がない。なのでリオーナ関係かなと彼女にヘルプを求めた世界崩壊ラストオーダー。が、彼女も面識がないようで首を傾げ、パフェの中に入っていた輪切りバナナを掬い出そうと格闘していた。
「第七課所属【分捕りは早く、略奪は速やかに来る(マヘル・シャラル・ハシュ・バズ)】隊長『ケープ=ヴィステリア』とリオーナ=オルフェニスタだな?」
 鋭い眼光にドスを利かせ、大柄男は機械的に先程と全く同じ台詞を繰り返す。
「……そうですけど、どちら様で?」
 大柄男は、世界崩壊ラストオーダーの言葉を確認するように数秒の間を置き、やがて懐から黒革製の手帳を取り出し、それを世界崩壊ラストオーダーに提示。そのまま大男はスーツの襟を口元に引き寄せる。その手帳の紋章、それには見覚えがあった。
「【機械仕掛けのデウス・エクス・マギーナ】? ああ、いつもお世話になって、」
「確認。配置A,配置C。プラン通り行動開始。配置B,D、E、全入り口を封鎖」
「あの、いったいこ、」
「第七課所属【分捕りは早く、略奪は速やかに来る(マヘル・シャラル・ハシュ・バズ)】隊長『ケープ=ヴィステリア』とリオーナ=オルフェニスタ。スパイ容疑により拘束を許可されている」
 瞬間。
 二人の周囲で、今まで談笑していた『だけ』の、ただ食事を取っていた『だけ』の人々が一気に立ち上がり、きびきびと出口を封鎖する、世界崩壊ラストオーダーとリオーナに迫る、といった行動を見せた。それは何とも、刑事ドラマで見たような一コマだった。
「速やかに我々に応じればお前らに危害を与えない」
 こりゃ参ったと、世界崩壊ラストオーダーは頭を人差し指で掻き、脅えてるんじゃないだろうかとリオーナに視線を送るが、リオーナ=オルフェニスタはパフェの輪切りバナナと格闘していた。完全無欠に無視している。
(マジかよ……)
 と、状況が状況だけに、ガックリ項垂れるほど悠長にしているわけにもいかない。
(―――まさか、ここまで早く動くとは想定外だな。準備は万端。多数に無勢。仕方ない……、後はなるようになれ、か)
 直接、世界崩壊ラストオーダーとリオーナの二人を取り巻く【機械仕掛けのデウス・エクス・マギーナ】の人員は一〇人。
 間接、世界崩壊ラストオーダーとリオーナの二人を取り巻く【機械仕掛けのデウス・エクス・マギーナ】の人員は一五人。
「リオーナ」
「イエッサー」
 刹那、リオーナがタンッ、と座ったままタイルを足の裏で叩く。
 取り巻く【機械仕掛けのデウス・エクス・マギーナ】の面々はコンマ数秒リオーナの足下に気を取られ、世界崩壊ラストオーダーはその隙を見逃さなかった。
「球体は、眩い光を放つ」
 世界崩壊ラストオーダーは、イメージ。両手にお手玉ほどの球体を浮かべ、
「伏せろ!」
 光が、弾けた。
 その光は一瞬にして周囲を呑み込んだ。
 

     二


 ロングコートが、はためく。
「隊長ッ!」
「なんだッ!」
 リオーナは、太股に巻き付けてあるガーターベルト状のガンホルスターから拳銃を乱暴に引き抜く。
「どーしてこんなことになってんですかッ!」
「知らんッ!」
 全力で走りながら、叫び合う。
「知らんって、何しちゃってんですかッ!」
「うるさい―――、って前前前ッ!」
 先程の大柄男と同じ漆黒のスーツで身を固めた数人が前方から殺到、その手には淡く緑の光を放つ警棒を握っていた。
「っち、奴らマジですよッ!」
 走りながら、リオーナは諸手に握る拳銃の引き金を軽快に絞った。
 銃撃、悲鳴。
 交互に響く二つ音はやがて一つ音に束ねられ、歩廊に数十の漆黒が倒れ伏す。
「リオーナッ!」
「何ですかッ!」
 横たわり、呻き声を上げている黒を軽快に飛び越えて、
「殺してないだろうなッ!」
「百発百中魔弾を嘗めないでくださいッ! ちゃんと足撃ってますからッ!」
 リオーナは右の拳銃から弾倉を捨て、腰回りから新たな弾倉を取り出す。
「隊長ッ!」
「なんだッ!」
「これからどーするんですかッ!」
 弾倉を装填し、銃身を引く。
「んあああああッ! 今から考えっから適当に敵あしらっとけッ!」
「さっさとしてくださいよッ!」
 混乱を極めた二人の逃走が今始まる。


     三


 ドサッと。
 土嚢を落としたような音を立てて、男が意識を散らして沈んだ。
「……最悪だ」
 倒した男が握っていた、警察部隊【機械仕掛けのデウス・エクス・マギーナ】装備の一品『対魔術師捕縛用警棒』を足で蹴り飛ばし、うんざりしながらも、どこか諦めたように言い渋り、銀髪小柄少年・アレウス=カロッサスは目の前の光景に嘆息、同時に、男に見舞った拳を解く。
 アレウスの目の前には黒スーツに身を包んだ【機械仕掛けのデウス・エクス・マギーナ】の隊員たち。
 現在地は、もしかしたら何か記録が残っているかも知れないと足を運んだ資料室。
 今まで一緒に調査していたのに一体全体どんな経緯を経たのか知らないが、何故だか敵になってしまった【機械仕掛けのデウス・エクス・マギーナ】の面々は完全武装の上、人数も半端ない。
 味方はアレウスの若干後ろに控えているブラウン髪のニット帽女・オリビア=ヴィリアムス、ただ一人。
「オリビア、テメェも協力しろよ!」
「ごめんねぇ。まだ昼間だからぁやる気ぃ出ないのよぉ」
「この昼行灯ッ!、状況を見ろ、状況を!」
「ごめんねぇ。まだ日が落ちてないしぃ」
 オリビアはこの期に及んでさえ、見事な昼行灯っぷりを発揮しているためにまず戦力として数えられない。
 絶望的だな、と毒気付き、敵勢を一瞥する。
 前方からジリジリとアレウスらを壁際に追いつめる【機械仕掛けのデウス・エクス・マギーナ】の面々。
 彼らの武装は様々だが、やはり【機械仕掛けのデウス・エクス・マギーナ】標準装備の特殊警棒を己の得物にしている者が多いようだ。
(俺らの逃走経路、敵の補給路は……)
 出入り口は完全に封鎖、出入り口を押さえられたならば【機械仕掛けのデウス・エクス・マギーナ】側は応援部隊を自由に供給することが可能だ。さらに、こちらが抵抗すれば抵抗するほど【機械仕掛けのデウス・エクス・マギーナ】側の人数もネズミ算のように増え続けるだろう。
(それに、オリビアはまだ使えねぇ。現状、俺がやるっきゃない)
 ならば。
(敵部隊の増援到着スピードを上回る早さで敵を片付け、さっさと逃走することがベスト)
 目を閉じ、冷静に組み立て上がる最良のパターン。
(日没まで四時間ちょい、か。その時間まで耐えるって線もあるが、無理だな。俺の体力が保たねぇ。長期戦はパス。戦局的にも出し惜しみもできねぇ)
 静かに目を見開き、ジーンズのポケットから一枚の護符を二本の指で挟むように引き抜き、謳う。



 
「ヘーパイストス」



 
 瞬間、アレウスの背後、その空間に一線が入り、グパッと二本の腕がその割れ目をこじ開ける。
 地の揺れ、大気の震え、それすら一切無しに淡々と引き裂かれた空間から筋肉質で屈強そうな腕、男前な面構え、麻布のような材質で出来た衣を身体に巻き付け、そして奇怪な『足』。その『足』は滅茶苦茶に折れ曲がり、あちこちから瘤が出、それが地を踏まなければ『足』と認識できないくらいの異相の『両足』が地を踏んだ。それは人の形、一八〇程度の背丈だが、絶対に人とは思えない。デザイン的にありえないほどに狂った下半身に、デザイン的にありえないほど整った上半身。ビジュアル的にも幾何学的にも生物学的にも心理学的にも、ありとあらゆる方面で『バランスがおかしい』それはゆったりと空中を飛び、アレウスを敵から守るように布陣した。
「久しぶりねぇ、アレウスがぁそれ出すのぉ」
「……お前がさっさと動いてくれりゃコイツの出番なんてねぇのによ」
 と、アレウスは腕をクロス、刹那、ハーパイストスの一〇の指先が一斉に『折れた』。否、潜水艦のハッチを開けるように『開いた』。
「付き合ってる暇はねぇ。さっさと終わらすからな」
 言明、同時にハーパイストスの『開いた』指先から金色の鋭利な針が延び、
「嘆け、ハーパイストス」
 躊躇無く、秩序を因循する黒の軍勢に突進した。


     四


「隊長ー」
「どうしたよ、リオーナ」
「何でこんな状況に陥っちゃったんですかー?」
「さぁ?」
「私、ちゃんと言われたように適当に敵あしらいましたよー?」
「確かにな〜、うん。お前は俺の指示通り良くやってくれたよ」
「ですよねぇ……」
「だなぁ……」
「で、思ってたんですけどー」
「何だ?」
「どーして隊長は魔術使わないんですかー?」
「あ〜、今は使い時じゃないと思うんだ」
「この狭い歩廊で一個中隊クラスの敵に完全包囲されたのにー?」
「ああ」
「なるほどー」
 刹那、両者は地を蹴って空中に躍り出た。
 寸刻前、世界崩壊ラストオーダーとリオーナ=オルフェニスタの二者が立っていた場所が炸裂、更に炎弾がいくつも叩き込まれる。
「今を使い時じゃなくていつ使い時なんですかッ!」
 拳銃を乱射、彼女の魔弾が【機械仕掛けのデウス・エクス・マギーナ】の隊員に命中し、次々と地面に沈めながらリオーナは鬼神の如き形相で怒鳴り散らす。
「発動条件が限られてんだよッ! 一対一じゃないと真価発揮しないのッ! それと集中しないといろいろイメージ出来ないのッ! ―――炎、それは球体と為す!」
 世界崩壊ラストオーダーの片手に小さな炎の球体が灯り、それを包囲部隊に差し向けるも、パシュンと彼らが握る特殊警棒で掻き消された。
「ショボ」
「……、頼む。黙れ」
 空中展開、そして二名は天井に双脚を一瞬だけ触れさせ、
「俺が行く。援護してくれ」
「イエッサー」
 その一瞬にて交わされる台詞、世界崩壊ラストオーダーは一気に天井を蹴った。
(訓練された魔術師相手に白兵戦挑むなんて、俺も狂ったな)
《同意》
(黙れ、よ)
 普段は口を挟まない、寡黙な内なる『天帝』に悪態を一つ、リオーナの銃声、魔弾によって空中で無防備だった世界崩壊ラストオーダーに襲いかかろうとしていた【機械仕掛けのデウス・エクス・マギーナ】の隊員が悲鳴を上げて沈み、空白地点が生まれたその隙に世界崩壊ラストオーダーは着地。撃たれた隊員が振るうはずだった、床に転がる特殊警棒を掴み取り、背後から襲いかかるリオーナの魔弾から逃れていた隊員が振るう特殊警棒を受け止め、足払いも早々に、
「空中浮遊、三つの球体、其れは炸裂する」
 イメージ。
 世界崩壊ラストオーダーから溢れ出た内なる『天帝』の魔力がピンポン球程度の大きさを持つ球体を創り出し、イメージ通り炸裂する前に、自身を脅かす炸裂の衝撃を出来るだけ和らげようと漆黒のロングコートを自分の身体に巻けるだけ巻き付け―――三つの球体はほぼ同時に炸裂。無防備だった半分以上の隊員が吹き飛び、壁なり床なりに叩き付けられ、特殊警棒、その他武器を地面に転がし、悶絶、運良く炸裂を回避できた隊員も、リオーナの魔弾による正確無比の援護射撃により次々と倒されていった。
《見事》
(これでも母さんに叩き込まれた身なんでね)
 内から聞こえる『天帝』の感嘆に気分を良くしながらも、警戒を解くことはない。
「リオーナ、サンキュ」
「いえいえー。援護射撃は慣れてますからー」
 カシャッと、左右に握る拳銃から弾倉を捨て、腰回りを漁って二丁握ったまま器用に新たな弾倉をセットしていた。
「お前よく二丁持ちながらマガジンセットできるな……」
「そうですかー? 練習したら誰でも出来るようになりますってー」
「そんなもんか?」
「そんなもんですー」
 そう、魔弾の射手は笑って見せ、
「さて、そろそろかな。……怪我するなよ?」
「そんな心配は無用です。私を誰だと思ってんですかー? 」
 世界崩壊ラストオーダーは護符を一枚取り出し、指で挟んだ。


     五


 その異形なる者は、血の海の真ん中に悠然と立っている。
 諸手を、指先に宿っている鋭利な銀の針を紅に染め、異様な足で立っていた。
「チョロいな」
 その異形な者・ハーパイストスの後ろで不敵に笑うアレウス=カロッサス。
 と、ファイリングされた資料が並んでいる木製本棚に身を預けながら観戦していたオリビア=ヴィリアムスのパチパチと気の抜けた、聞きようには馬鹿にしたような拍手が彼の耳を打った。
「さすがはぁ、ヨーロッパ最強の人形使いぃ、アレウス=カロッサスとぉハーパイストスねぇ」
 人形使い。
 人形使い(マリオネッター)とは文字通り、操り人形で敵を討ち果たす魔術師を指す。
 その中で人形使いは大きく二つに区分される。
 一つは、魔糸マシと呼ばれる魔力で紡ぎ上げた不可視の操り糸で直接使役する『術者依存型人形セミマトン』。
 一つは、魔糸を使わずに予め術者にプログラムされた通り動く『完全自立型人形オートマトン』。
 前者、術者依存型人形セミマトンタイプは戦闘状況に合わせ、術者が柔軟に対処することが出来る。が、その分術者は人形を操作することに集中しなければならないため、戦闘中に無防備になることが非常に多い。また、術者依存型人形セミマトンタイプの人形を操ることは容易ではない。即座の戦況判断と同時に要求される絶対的な手先の器用さ、自分の身を守りながら戦わなければならないために、人形使いの中でも絶対的に数が少ない。
 一方、完全自立型人形オートマトンタイプは創り上げてさえしまえば術者が直接操る必要はない。完全自立型人形オートマトンタイプは打ち込まれたプログラムに忠実に行動するのだから、術者は完全自立型人形オートマトンタイプの人形とコンビを組んで戦うことだって可能だ。欠点らしい欠点を強いて言うならば、どうしても機械的にプログラムされてしまうため、咄嗟に柔軟な動きが出来ないことぐらいだ。しかし、そんなことを考えても完全自立型人形オートマトンタイプは十分強く、人形使いと名乗る魔術師の多くはこの完全自立型人形オートマトンタイプの人形を使用している。
「アレウスもぉ、隊長にあげたみたいな完全自立型人形オートマトンにすりゃぁもっと強くなれるのにぃ」
「うるせぇよ。つか、この隙に……」
 ギュワンッ、と。
 猛烈な勢いで四つの影、狼のようなフォルムを持つ影が突っ込んできた。
「わぉ。こりゃ監察もぉ本気みたいねぇ。魔導兵器までぇ投入してくるなんてぇ」
「魔導兵器っつーても所詮人形、俺の敵じゃねぇ」
 嘲笑しながら、アレウスはオーケストラの指揮者のように右手を反すように振り、彼と魔力で錬成された不可視な魔糸で繋がれた異形な人形・ハーパイストスの右腕が観音開き、
「ファイア」
 アレウスは右中指をクイッと引く。
 刹那、ダンダンダンダンッと、リズミカルな号砲と共に空中へと躍り出た四つの円筒形は火線を描き迷うことなく正確に四つの狼型の無人兵器に着弾、大袈裟な爆音が戦場たる狭い資料室いっぱいに響き渡った。
「お見事ぉ」
「感心してる暇なんてねぇだろが、さっさと逃げるぞ!」
 業を煮やしたアレウスは左人差し指からハーパイストスに伸びる魔糸を切断し、投げ縄の要領でグダグダ五月蠅い昼行灯・オリビアに巻き付けると、力任せに引き寄せた。


     六


 二人の男女が本部の歩廊を歩いている。
「少々騒がしいようだが、何事かね?」
 俄に慌ただしくなってきた本部の不穏な気配に、着古したクラシックスーツにシルクハット、傘のような茶色のステッキを握る老紳士は強めの口調で先を歩いている女性に声をかけた。
「報告に寄りますと、リバー=サイバティック第一四六課課長旗下【機械仕掛けのデウス・エクス・マギーナ】六個中隊がスパイ容疑の重要参考人の任意同行を求めたところ、参考人側が抵抗し逃走。現在、リバー=サイバティック課長の指揮の下、逃走した参考人を全力で追跡しているとのことです」
「ふむ」
 満足そうに老紳士は頷いて、
「重要参考人の名簿は解るかね?」
「報告によりますと、第七課所属【分捕りは早く、略奪は速やかに来る(マヘル・シャラル・ハシュ・バズ)】構成員・ケープ=ヴィステリア、リオーナ=オルフェニスタ、アレウス=カロッサス、オリビア=ヴィリアムス、以上四名です」
「……ふむ。荒れるな」
 独り言のように囁き、その老紳士は軽笑した。












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