第四章 まるでそれは壮麗な賛美歌のようで
「……何がどうなったらこんな状況になるんだ?」
世界崩壊は呆然自失気味に呟き、改めて状況理解に努めようとする。
リオーナ=オルフェニスタに連れてこられた一四六課のオフィス内。
リオーナの説明によれば、この一四六課は組織の法を司る警察部隊【機械仕掛けの神】が所属している課―――つまり警察機関である。
けれども。
刑事部屋のような緊張感漂うオフィス内で、二人の少年少女が向き合っていた。
「来るな、汚れる、産業廃棄物」
「あぁあんん……、ポリ公だからって調子のんじゃねぇぞ……」
少年はリオーナと同じぐらいの年齢。無造作に黒髪が真っ直ぐ伸び、目元を完全に隠しているために表情窺い知ることは難しかった。
「お前が、襲来した、お陰で、厳粛な、空間が、腐る。失せろ」
「ハッ、テメェが罪のない善良構成員をバカみたいに誤認逮捕してるせいで組織全体腐らしてるくせに何をほざくよ」
バチバチと火花を散らす両者。
凍り付くオフィスで働く課員たち。
アレ、リオーナお前キャラ変わってね? と、目を点にする世界崩壊。
「お前、一回、殺した方が、世界平和の、ためだな」
「ああ? 売られたケンカ買うぞゴラ」
おいおいちょっと待とうよ、お前ここに入る前に「石像のよーに佇んでますからー」とか何とか言ってただろ? 何処が石像だよ、そんな喧嘩腰じゃ立派にメルキ○の入り口守ってる怪物ゴーレム(妖精の笛を吹くと眠ってくれる彼)クラスじゃねぇかよ、と。声にならない叫びを放とうとする世界崩壊だったが、
「ヴォルバーグ」
世界崩壊の背後から、咎める声が聞こえた。
予測しない事態が連続してそろそろ精神的苦痛を覚えてきた世界崩壊は、ギギギギギと錆びた人形の首のような音を立て、一方、当事者である少年少女はギュバンッ! と超高速で「ああん? 今忙しいんだよ、邪魔すんなあっち行けや」的な意志が詰まった目でその声の人物を睨み付けた。マフィアもびびるその二人に果敢にも一石を投じたその男は、驚いたことに髪を赤く染めた二〇代ぐらいの見るからに柔和そうな青年だった。
「止めるな、リバー。男には、やらねばならぬ、時がある」
「テメェなんか返り討ちだゴラ」
はぁ、と。
苦労人オーラ全開のその赤髪男は、溜め息混じりに掌を少年少女に向けた。
「詩人は歌う。リオーナ=オルフェニスタ、グレイス=ヴォルバーグ、離れろ」
適当な言葉を乗せたような、それは鼻歌のようなメロディー。
瞬間。
それは劇的且つ強烈な変化だった。
独りでに、二人の間合いが開いた。
しかし、二人は一切動いていない。
動いたのは二人の間合い数メートルの『空間自身』だった。
まるでそれは空間を無理矢理広げ、大胆にも空間自身を歪めてしまったような。
「な、……」
世界崩壊の頭が、理解することを止めた。
同時に、世界崩壊の身体が凍り付く、
「なんでもないですよー、隊長ー」
リオーナ=オルフェニスタが平然とふて腐れながら適当に腕を組んで、
「こいつは知ってること利用して何でも好きなよーに出来るバケモノなんですからー」
は、と思った。
「リバー、いらない、マネを」
その声は、今さっきまでリオーナと火花を散らしていた少年だった。
彼もリオーナと同じく、ふて腐れたようにそっぽを向いていた。
「部下にまでバケモノ扱いされるとはね」
けれど、つまらなそうにその『通称・バケモノ』は、世界崩壊に歩み寄り、ニッコリと右手を差し出した。
「お騒がせして済まない。僕の名前は、リバー=サイバティック。一四六課の課長をやってる。以後お見知り置きを」
「課長……ってことは」
「うん。僕はこの【世界魔術文明保存機構】の法を司る【機械仕掛けの神】を統括させてもらってるよ。ところで、君はどちら様かな? たぶん初対面だと思うのだけど……」
「あ、……いや」
世界崩壊は迷った。
果たしてここで自分たちの正体を明かし、自分たちに与えられた任務内容を口外してもいいものだろうか。
(ジジイは警察機関と、……なんだっけ。あの―――【我が主と共に(インマヌエル)】か。この二つが怪しいって言ってたけどな……。ま、用心することにこしたこっちゃねぇわな。適当にしゃべってごまかそ……)
「俺は、新入りで……、えっと、本部内をいろいろ案内してもらって……」
「ああ、新入り君だったのか。どうりで記憶にないはずだよ」
あはははは、と絵に描いたような穏やかな人格者特有の笑い方をリバー=サイバティックは振りまいた。それは少し出来すぎたセオリー通りの展開だったものの、ホッと胸を撫で下ろす世界崩壊。
が、
「何言ってんですかー? 私たちは情報もれ、」
「リオーナッ!!!」
不審者を見るような目で、のこのこと近寄ってきたリオーナ=オルフェニスタに「どーしてくれんだよ、キサマはっ!」と心の奥底で叫びながら、世界崩壊は彼女の腕を掴んで包み込むように捕獲する。その間、三秒も満たず。想定外の展開にリオーナは顔を真っ赤にして、
「(な、何すんですかー、隊長! い、いきなり、だ、だだ抱き締めないで下さいよ!)」
「(バカ野郎! 誰がテメェみたいな幼児体型に発情すっか!)」
「(……殺しますよー?)」
「(黙れ、ともかく警戒しろ! ジジイは警察か【我が主と共に(インマヌエル)】の人間が怪しいって言ってただろうが!)」
そんな完全無欠に怪しい二人に、リバーはさっきの笑いを収めて、
「で、君たちは何のために我々を訪ねてきたのかな?」
「あ〜、ちょっとした問題で……」
しどろもどろの世界崩壊。
「問題? 君たちは何か法に反することでも目撃したというのかな?」
「隊長ー。協力してもらった方が良いと思いますよー? 知名度も武功も全く無しの私たちじゃ取り合ってくれる人間なんて一握りですしー」
リオーナの言葉を受け、世界崩壊は力なく笑って言った。
「スイマセン、込み入った話なのでどっか別室でお話ししたいんですけど?」
一
極東の小さな島国の首都圏に、とある都市はある。
その都市は『紅玉市』と呼ばれ、都心から四十キロ圏内に位置する内陸の紅玉市は県下有数のベッドタウンとして機能していた。
街全体を挟むように東側を神灯川、西側を雪洞川が流れ、紅玉市駅や大手大型銀行を含む行政施設が集中している中央地区、それを取り囲むよう、大型デパートや娯楽施設が集中している商店街が、さらにそれを取り囲むように真新しい住宅地が。という造りになっている。
そんな紅玉市の中心街、俗に『繁華街』と通称されている地区(正式名称は紅玉三丁目)から歩いて数分の所(正式な住所は紅玉一二丁目)に、県立病院はあった。
この県立病院は、最新の設備も整っており、専門医を多く抱えている。大概の病気、怪我、手術なら問題なくこなし、近年騒がれている医師不足を感じさせない大変優秀な病院だった。さらにはベッド数も豊富なため、多くの入院患者を抱えている。
藤崎美鈴は、そんな入院患者の一人だった。
黒と茶がバランス良く混じったナチュラルなショートヘア。人懐っこそうな黒い瞳。身長一五五ぐらいのわりと小柄で、現在は入院患者の一員なのだが『見た目』どこにでもいそうな女子高校生だ。
少女が入院しているのは外科病棟。原因は、物理学などの科学を根本から完全完璧見事に全力でしかも堂々と正面からスルーした『バケモノ』と一戦交えたからである。ちなみに、彼女・藤崎美鈴は、魔法と殺意と憎悪渦巻く『非日常の世界』の住人であり、彼女たちの概念から考えると、こういう戦闘の結果である『ただの』重傷は日常茶飯事だった。
《ねぇ。美鈴……》
と、ベッドに座って大人しく読書に勤しんでいた美鈴に苦笑気味に声をかけるのは、彼女の相棒である十二天将・朱雀。
背がスラリと高く、現役トップモデルでも敵わない抜群のプロポーションの持ち主で、そのしなやかで妖婉な小麦色の身体に纏っているのは薄っぺらな羽衣のみ。豊満な胸元に一枚、もう一枚は引き締まった魅惑的な腰元に巻いてあるが、どちらもさらりと軽く巻いているだけでかなりきわどい部分まで大胆に露出されている。夜目の利く黒猫のような金色の瞳を輝かせ、赤銅色の、太股まで届いてしまいそうな豊かな髪を頭角で一挙に縛り、細かい乱れなど一切気にせず豪快に下ろしていた。普段は口元にキセルを咥えて噴かせているのだが、場所が病室だと言うことで遠慮してくれているらしい。
「どうしたの?」
《アンタ、何本花瓶割れば気が済むのよ?》
「さあ」
《さあって……尻拭いするのはいつも私なのよ?》
いい加減にしろ。
もう勘弁してくれ。
二つの感情が絶妙に交じり合った朱雀の強面にも美鈴は一切動じず、淡々と目下の課題である読書に集中していた。
「仕様がない。だって。他に武器がないんだから」
彼女が使うベッドの横、つまり朱雀が立っている隣には名門進学お嬢様学園・白蘭女学院の制服に身を包んだポニーテールの少女が頭に漫画のように大きな瘤を作り、周囲には砕けた花瓶らしき陶器の破片を派手に散乱させて死んだように倒れ伏していた。
《いつもこの……えっと、…………》
「進藤ゆかり」
《ゆかりを外に運び出して割れた花瓶片付けて、他の病室から代わりの花瓶盗み出すのは至難の技なんだからね。しかも変な噂にもなってるし》
朱雀たち、十二天将はこの世―――人間界の住人ではない。彼女らは神の住まう世界、天界の住人だ。つまり簡単に言ってしまえば、朱雀は力の大小こそあるものの(天界の中では中位相当)正真正銘の神様なのである。しかし、下界に降りた朱雀らは『存在するだけ』で『日常の世界』を大きく狂わせてしまう(天界ではそう地位や力は高くないものの、それが人間界に降りてくると絶大な物になるのだ)ほど強大だ。
故に、この世で発現できる能力を彼らは常に力をセーブしなければならなかった。
その一環として非常事態以外で、人間界に余計な影響を与えないために、自身の気配、存在、力を隠匿・隠蔽の術式『不見の術』を自身にかけている。
「知ってる。夜な夜な花瓶が空を飛ぶ『花瓶限定ポルターガイスト』。看護婦さんが言ってた」
美鈴は、手に持つ文庫本で口元を隠して、
「確かに。不見の術を展開してる朱雀の存在は見えない。だけど術式の対象外である花瓶は見える。だから空を飛ぶ、か。……面白い」
《そこ、含み笑いをすな》
朱雀は額に手を当てて、
《全く。笑い事じゃないんだから》
深い溜め息を付いて、
ふと、二人は眉を寄せた。
「ねぇ」
《わかってる》
匂いがする。
他でもない『非日常の世界』の匂いが。
「なんか。叱られるような事した?」
《さあねぇ。たくさんありすぎて見当も付かないわ》
そう、二人は溜め息混じりで病室の入り口を見る。
「あまり、歓迎されていないようだな」
鉤鼻に、深く顔に刻まれた皺。茶のトレンチコートを着ている白髪交じりの老人男性がそこにいた。
《仕方がない。幼い美鈴ちゃんをなってないと叱り付けたのは紛れもない、健太郎なのだから》
白髪交じりの老人の背後に控えていた彼は、人間ではなかった。
背丈は一八〇前後。人間の年齢に換算するならば、二〇代後半と言ったところだろうか。紫の長髪、神主のような白い衣を纏い、左手には使い込まれて痛みが相当激しい錫杖が握られていた。
老人は、『藤崎の陰陽師』居石健太郎。
青年は、十二天将、地の吉将・貴人。
《久しぶり、ね。確か、……五年前、雄也と殺り合ったとき以来かしらね》
《そうなるな、朱雀。月日が経つのは早いものだ》
二人の異界者は過去を懐かしみ、
「私でも『殺せなかった』藤崎雄也が死ぬとはな。驚きだったよ」
その二人に『藤崎の陰陽師』居石健太郎はしっとりと頷く。
《で、ご両人はどうしてこんなところに?》
「なに。ただのビジネスだ」
投げ遣りっぽく言うは、居石健太郎。
「ビジネス?」
《そうさ。美鈴ちゃん。今、いろいろ重要な局面でね、君たちにも協力して貰おうと思ってたんだ》
キザっぽく貴人は言う。
《……また『身内』を殺して大金、ってパターン?》
「そう警戒するな。朱雀」
《雄也を殺して大金、って依頼を喜んで受けたアンタに警戒なんか解けるわけないでしょ。美鈴を殺すんだったら粛々と予防させていただくけれど?》
朱雀の前髪に、火の粉が舞い、美鈴のシーツを寸分焦がす。
《もう少し、淑女になったらどうかな?》
《貴人。黙っとかないと燃やすわよ》
「―――結局」
待ちくたびれたように、美鈴が切り出す。
「何しに。来たんですか?」
「東洋陣営の宰相様のご命令を実行するためにな」
陰陽師の老人は、孤高に呟く。
二
世界崩壊とリオーナ=オルフェニスタが連れてこられたのは【世界魔術文明保存機構】の秩序を司る一四六課のオフィス内に設けられた応接スペースだった。
スペースは清潔に保たれ、真ん中には小さな机。その机を挟むようにして配置されている二つのソファー。一見、普通の会社にある応接室と大差ないのが、注意深く気配を探れば、空間全体に『遮音』と『対魔術防御』の結界が張られている魔術要塞のような応接スペースだった。
「情報漏洩か……」
深刻そうな面持ちで、一四六課課長・リバー=サイバティックは深く息をついた。
「で、そちら側は何か情報は掴めたのかな?」
「さっぱりです。いろいろ手を回したりはしてるんですけど……」
リバー同じく深く息を付いた世界崩壊をフォローするように、リオーナが続ける。
「私たちは新設部隊なので、回せるコネも限られてるんで仕方ないですよねー。隊長もまだこっちに来たばっかですしー」
「……隊長? ―――君が、隊長?」
驚きの表情のまま、リバーは確認する。
「―――そうです。俺が隊長です」
「いや、さっき新人って……」
「大抜擢です」
さらっと、世界崩壊は似非笑い、
「いろいろ面倒な経歴抱えてるんで、この際自己紹介は省かせてもらいますが、調査にご協力頂けるでしょうか?」
「勿論だ。情報は組織にとって重要だ。それが組織内部から漏れるなんてあってはならぬ事だからね。で、具体的に、我々はどう動けばいいのかな?」
「動かせる人員で、有能な人間を集めて班分けしてください。指揮権はそちら側に譲渡しますんで」
「それは、君たち二人の指揮権も我々が握って構わない、と受け取っても?」
「構わないです」
「ちょ、隊長!」
今まで黙っていたリオーナ=オルフェニスタが抗議の声を上げた。
「何しちゃってんですかー、隊長は組織において『指揮権』がどれだけ大切か……」
「ぁあ? 指揮権ってそこまで大切なもんだったの?」
「バカじゃないですか!」
「ま、言っちゃった物は仕方ないさ。じゃ、よろしくお願いしますね、リバー課長」
世界崩壊はソファーから立ち上がると、軽く一礼し、
「リオーナ、行くぞ」
「でもー」
「いいから」
しぶしぶ立ち上がったリオーナを引き連れ、応接スペースのドア口に向かい、
「そうだ。君の名前は?」
リバー=サイバティックはソファーから立ち上がっていた。
「俺ですか?」
世界崩壊は言う。
「ああ」
「俺は……」
一瞬だけ押し黙って、
「『ケープ=ヴィステリア』って言います」
三
せかせかと急ぎ足で行き来している人々を避けつつ、漆黒のロングコートに身を包んだ二人組は永遠に続いているのではないかと錯覚してしまうほど長く歩廊を歩く。
「いい加減機嫌直せよ、リオーナ。お前が機嫌損ねると銀髪がギャーギャ騒ぐだろうが……」
二人組の片割れ、世界崩壊は心配そうな面持ちのまま告げる。
「なんでアレウスが出てくるんですか。てか私はゴメンですからねー。一四六課の駒なんかに成り下がるなんてー。それに……」
「―――それに?」
ギロッと、リオーナ=オルフェニスタは隣を歩く世界崩壊を睨み付けて、
「偽名のセンスがない」
ビシッと、漫画のようにリオーナは世界崩壊の鼻回りを目掛けて指した。
「う、うるさい」
拗ねたようにそっぽを向く、世界崩壊。
「大体なんですか『ケープ=ヴィステリア』ってー。『ケープは岬』、『ヴィステリアは藤の花』。綺麗な断崖絶壁でも妄想してたんですかー!?」
「しゃーないじゃん。思い付かなかったんだから」
「あー、開き直ったー」
「あーも、殴るぞ!」
周囲をはばからず、世界崩壊は怒鳴り上げ、同時に周囲を行き来していた衆人がビクッと一斉に動きを止める。と、ようやく事態に気付いた世界崩壊はウンザリしたように溜め息を付いて、
「リオーナ。前の部隊でお前通信役だったよな? 銀髪とヴィリアムスに連絡取れるか?」
百鬼夜行・アレウス=カロッサス。
火力昇華・オリビア=ヴィリアムス。
二人とも【分捕りは早く、略奪は速やかに来る(マヘル・シャラル・ハシュ・バズ)】のメンバーであり、コンビを組んでこの件を別の面から調査しているはずだ。
「随分見くびられたもんですねー」
どうやら、今日これからのリオーナは何が何でも不機嫌モードで通すらしい。
「取れるんだよな?」
「取れますよー」
うし。
そう、世界崩壊は静かに呟いて、
「―――なあ。銀髪は人形使い(マリオネッター)なんだよな?」
「そうですよー。アレでも相当な実力者なんですよー」
そう、まるで『弟を自慢する姉貴』のような言い方に世界崩壊は、銀髪。お前は本当に報われねぇな。けどな、何とかなるから負けるなよ、と同情せずにはいられないが、気を取り直す。
「人形使い(マリオネッター)なら当然人形造れるだよな?」
「当たり前なこと聞かないでください」
「―――うっし。集合かけてくれ。作戦会議だ」
一歩、特務部隊【分捕りは早く、略奪は速やかに来る(マヘル・シャラル・ハシュ・バズ)】隊長は、一歩踏み出す。
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