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極地の憂鬱3
作:鋳金ダラ



第三章 銀と金と黒と



 
 案の定。
 リオーナ=オルフェニスタは降伏してくれた。
 が、いくら降伏してくれても世界崩壊ラストオーダーがボコボコにされたという真実は変わらないわけで。
「ふー」
 速効で医務室送りとなった。
 世界崩壊ラストオーダーにとって、診療室というアノ独特の匂いで嫌いだった。消毒漬け、とでも言ったらいいのだろうか、とにかく世界崩壊ラストオーダーはお薬に興奮するタイプでもないし、ましてや依存しているタイプでもない。そんなわけで、とってはあまり好ましい匂いではないのである。
 ちなみに手当てしてくれた医師は、ここに搬送されて来たとき世界崩壊ラストオーダーを治療してくれた担当医、つまりリオーナ=オルフェニスタと同様に命の恩人で、治療を済ませて「何かと縁がありそうだ」と苦笑いで仰った方でもある。その予想はぜひとも裏切りたい世界崩壊ラストオーダーはげんなり肩を落としながら医務室の戸を開け、廊下に立ってからもう一回溜め息を付いて今に至る。
「……素行に問題有り、か」
 まさか部下に銃撃されるとは思わなかった。例えそれが暴徒鎮圧用の非致死ゴム弾であっても、だ。いくら、非致死ゴム弾だと言っても、当たり所が悪ければ骨は折れるし、臓器は潰れる。あくまで『死なない程度に致命傷を与える』弾丸だから返って始末が悪い。当たれば即致命傷に発展しかねない実弾ならそれなりの緊張感が出るが、最悪死なないと言われたどこか気が抜けてしまう。例を挙げるならば、テストの点がいくら良かろうと悪かろうと評定には全く左右されないテストを受けているような感じか。拷問かと思うし、あの戦いの最中に、ゴム弾が当たる瞬間、僅かに身体を捻って直撃を回避しなかったら骨は何本折れていたかわかったものじゃなかったし、下手したら臓器の一つ二つ潰れていたって不思議には思わない。
 しかも相手は『魔弾』の使い手、そのゴム弾に『魔弾』の術式を込めていた。
 魔弾とは絶対必中の弾。例え天井を狙って撃っても事前に銃口を対象にポイントしていればホーミングミサイルのように相手を撃ち抜く。
(ま、さすがはプロか。見事に急所を外して撃ってくれたし五臓六腑にも影響はないってあの医者も言ってたし……)
 確かに命中した場所は痛むも、後遺症はなさそうである。自分なら速効で人体の急所に叩き込むが、これも彼女の気遣いのおかげか。
「さて、と」
 歩き出すが、何故だか少しぎこちない。
 恐らく、あの医師によって巻かれた包帯の影響だろう。
(包帯自体が回復の護符も良し悪しかもしんねぇな……)
 包帯自体が回復魔術の魔法陣らしく、通常の数倍から数十倍まで回復が早まるらしい。しかしその分包帯が厚くなるようで(と言っても数ミリだけれど)機動性はあまり期待できないようだ。
《汝、道化?》
 重苦しい声が、腹に響いた。
 寡黙で、単語、それも漢字だけを選抜してぶつぶつ切る意味不明な言い回し。
 聞く者に、否応無しに畏怖を抱かせてしまう強大なる力の感覚。
 この重低音の発生源は他でもない、世界崩壊ラストオーダーから。
 厳密には、少年・世界崩壊ラストオーダーの声帯からではなくて、世界崩壊ラストオーダー全身をスピーカーのようにして聞こえる声。
 声の主は『天帝』。
「愚劣って、ひでぇな」
《愚劣。瞞着マンチャク
「仕方ねぇじゃん。お前は今の俺が戦える状態だって思うのかよ?」
 世界崩壊ラストオーダーの声は負けず劣らずの重低音、けれどそこに込められた思いは単純に『不機嫌』だった。
《……》
 世界崩壊ラストオーダーは、人間ではない。
 神様である『天帝』と同化している存在だ。
 だが、かといって『天帝』のように神様でもない。
 神と人類の中間点、と言えばいいだろう。
 だが、これこそが大きな問題だった。
 人間でなくなった以上、人間の『生命力』を原液としている『魔力』は練れなくなったのだ。
 そもそも『魔力』とは人間の『生命力』を変換した物。簡単に双方の関係を表すなら『原油』と『ガソリン』といったところである。『魔術』はこの『魔力』を使って非日常的な現象を引き起こす『機関』なのだ。
 しかし、少なくとも世界崩壊ラストオーダーは人間でなくなった。
 つまり、人間ではないのだから生命力がない、よって魔力を練れないと言うように繋がる。
 実際、世界崩壊ラストオーダーは『魔力』を練れなかった。
 あれほど簡単にできたことが、呼吸するように当たり前だったことが出来なくなっていた。
「たく、いろいろショックなんだぜ? 前まで当たり前のように出来てたことが急に出来なくなるのは、よ。テメェ、なんでも知ってる『天帝』サマだろ?」
《我、原因、不知》
 しかし悪いことばかりではない。
 世界崩壊ラストオーダーは、人間ではなくなった。
 しかし神様である『天帝』と意識を同調している。
 つまり。
 世界崩壊ラストオーダーは『天帝』であり、『天帝』は世界崩壊ラストオーダーである。
 ならば、世界崩壊ラストオーダーは『天帝』の力を自在に操れ、『天帝』は世界崩壊ラストオーダーの力を自在に操れるのであるかもしれない、と世界崩壊ラストオーダーは踏んだ。
「俺だってお前と付き合ってまだ数ヶ月だ。数ヶ月でお前の力を完全に操れるわけねぇだろ?」
 先程、リオーナ=オルフェニスタとの戦闘で、世界崩壊ラストオーダーが『召喚』した天使も『天帝』の力だ。
 ちなみに『召喚』された『天使』は真っ赤な偽物である。
 確かに、四枚の大きな翼、神の御使いたる証拠、錚々たる威圧感はあるものの、ただ、それだけの存在で、中身はすっからかんだ。勿論、背徳の都市を焼き払う無慈悲な破壊力なんて出せるわけがない。言わば、作物を荒らすカラスを追い払うための張りぼてのカカシ。
 天使なんて誰一人見た事なんて無い。
 伝えられているのは断片的な情報と、後世によって付け足された伝説。
 世界崩壊ラストオーダーはそれを利用した。
 人は先入観で物事を判断する物だから。
 世界崩壊ラストオーダーは天使の情報と伝説に合致するような偽物を創り出し、それを天使だと思い込まることにしたのだ。
 結果的に、それは成功することになる。
 世界崩壊ラストオーダーが『召喚』する際に唱えた、詠唱。
 人外のプレッシャー。
 四枚ある純白な翼。
 世界崩壊ラストオーダーの降伏勧告。
 この断片的な情報を突き付けた結果、世界崩壊ラストオーダーの予想通り、リオーナが勝手に『自分の敵は大天使・聖告天使ガブリエルを召喚した。自分は天使相手に勝てるわけがない』と錯覚させることに成功したから得られた勝利だった。もしリオーナが見せ掛けの大天使にビビらなければ、世界崩壊ラストオーダーは確実に敗北しただろう。
《我、力。其、不程度》
「うるせぇ」
 世界崩壊ラストオーダーは、人間と神様が使う魔術の差に戸惑っていた。
 人間が使う魔術は、緻密に計算された公式通りに呪文の詠唱や儀式を行えば、自ずと結果が出る物だ。
 しかし、神様はそんな矮小なことに気を向けないらしく、感覚だけでチャラッと計算も公式も呪文も一切無視して即興で魔術を行ってしまうらしい。
 つまり、神様の魔術とは一時の妄想に過ぎないようだ。
 剣が欲しいなら、剣をイメージするとイメージ通りの剣がその手に出現する。
 従者が欲しかったら、従者をイメージするとイメージ通りの小間使いが目の前に立っている。
 空腹だったから、豪華なディナーをイメージするとイメージ通りのディナーが目の前に並んでいる。
「イメージったってな、難しいんだよ。例えばパン一個創造するにも、色、味、質感、大きさ、重さ、歯触り―――っていろいろ考えなきゃいけねぇし。刀一本だって、硬質、切れ味、重さとかさ。特に刀みたいな武器は実戦じゃ俺らの命綱だし、生半可なイメージじゃ命預けるには心許ない。んで、創造したい物が大きくなればなるほどイメージしなきゃいけねぇことだってネズミ算だ。『天使の羽モドキ』なんて滅茶苦茶無謀な挑戦だったんだからな? まぁ、使いこなせれば世界征服とか簡単に出来るだろうけどよ、まず無理だな。数ヶ月必死にベッドの上で努力した結果、すっかすっかのカカシしか創れないし。この調子じゃ、拳銃一丁創造するのだって数十年かかるかもな」
 故に、世界崩壊ラストオーダーが『召喚』する際に唱えた見せ掛けの詠唱は、フェイクの意味合いだけではなく、そのイメージし、顕現させたい『物』の情報を言葉にして唱えることにより、よりイメージをスムーズに展開できるという意図があった。
《我、偉大、也》
「調子こくな、コラ」
 適度に相棒を叱り付け、歩き出す。
《何処、行?》
「あ? ああ。ジジイがこれから部隊の面々と顔合わせやるんだと。これでも隊長だからな」
 口調はウンザリしながら、あのシルクハットの老人に手渡された略地図を取り出した。
 されど表情はまんざらでもない。
 複雑な心情のまま、世界崩壊ラストオーダーは歩き出す。


     一


『MEETING ROOM(会議室)』。
 長い歩廊を歩くこと数分。
 途中で老紳士と合流し、辿り着いたこの部屋のドアには『MEETING ROOM(会議室)』というプレートが掛かっていた。
 シルクハットの老紳士はドアを開ける。
 それに付き従う形で、世界崩壊ラストオーダーは中に入った。
 中には、三人。
 部屋の広さは学校の教室ほど。掃除が行き届いているらしく、やけに綺麗だ。壁には何やら年代物らしい複雑で味わい深いレリーフが刻み込まれ、前方の右角に巨大な柱時計が荘厳に立っていた。中央部には長いパイプテーブルが四つ、正方形を象るように配置されており、一辺に四つのパイプ椅子が置かれていた。
 ―――置かれているのだが。
 誰一人としてまともにその席に着いていなかった。
 ある者は、壁にその身を任せて立ち、
 ある者は、長テーブルの上で寝ており、
 ある者は、床にペッタリと座って拳銃の手入れをしていた。
 どれも『【分捕りは早く、略奪は速やかに来る(マヘル・シャラル・ハシュ・バズ)】構成員リスト』に載っていた顔。
 順に、
百鬼夜行オペラクライシス』アレウス=カロッサス。
火力昇華リザルトフォーム』オリビア=ヴィリアムス。
創成告知ファイナルアンサー』リオーナ=オルフェニスタ。
 三名とも同期でそれなりに気心の知れた中であり、このシルクハットの老人の教え子に当たるらしく、実力は確かなのだが、いろいろ問題を引き起こして移籍(名目はいろいろあるだろうが事実上左遷だよなと、世界崩壊ラストオーダーは思っている)してきた問題児ばかりらしい。
(まあ、確かに組織に加わったばかりの者が隊長を務める部隊の構成員なんてこんなようなものかもな)
 そう世界崩壊ラストオーダーは適当に自身を納得させる。
創成告知ファイナルアンサーの紹介はいいだろう? 世界崩壊ラストオーダーよ」
「たぶん一生忘れねぇと思う」
「結構だ。世界崩壊ラストオーダーよ、壁により掛かっている小柄の彼が『百鬼夜行オペラクライシス』アレウス=カロッサスだ」
「……どーも」
 百鬼夜行オペラクライシス・アレウス=カロッサス。
 ワックスでごてごてに塗り固められて逆立たせている銀髪。見た目、小一と思わざるを得ない小さく細い体躯に、茶と黒を均等な割合で混ぜ合わせたような、その目は小さな身体に似合わぬ鋭い目付きで正直怖いし、ズッシリとした抜群の存在感を発揮している。彼はやや大きめの漆黒のロングコート、黒っぽいジーンズに、ゆったりとした白いTシャツ姿だった。そのTシャツには黒字で解読不可能筆記体アルファベットが書き殴ってある。
「テーブルの上に寝ている彼女が『火力昇華リザルトフォーム』オリビア=ヴィリアムスだ」
 名前を呼ばれて、『火力昇華リザルトフォーム』オリビア=ヴィリアムスはハワハワと大きな欠伸を一つ、眠そうに目を擦りながら、身を起こした。
 ブラウンの腰まで届くロングで見事なウェーブがかかっている。髪の上から赤いニット帽を被り、細身でバランスの取れた体躯。薄い銀眼は死んだ魚のように覇気が感じられず、その瞳は世界が滅んでもどうでもいいと吐き捨てそうな感じだ。見るからに扱いが難しそうだ。彼女もやはり漆黒のロングコートを身に纏っている。その下にはチューブトップに黒いタイトのミニスカート、茶色の膝まであるレザーブーツを履いていた。
「この四名が【分捕りは早く、略奪は速やかに来る(マヘル・シャラル・ハシュ・バズ)】のメンバーだ。現場の指揮は世界崩壊ラストオーダーが取り、統括するのは私だ。良いかな? 世界崩壊ラストオーダーよ」
「あ? ああ。俺は自己紹介しなくていいのか?」
「お前が医務室に運ばれているときに私が代行しておいた」
「……あっそ」
 何だか前途多難な雰囲気全開な世界崩壊ラストオーダーであったが、とりあえず抱いていた疑問を口にした。
「なあ、前から思ってたんだけどさ。なんで俺たちみんな黒コートなわけ?」
「【分捕りは早く、略奪は速やかに来る(マヘル・シャラル・ハシュ・バズ)】の証、我が組織内での身分証明書代わりと捉えて構わない。また、そのコートには物理的・魔術的攻撃に幾らか耐性を持たせておいた。言ってみれば、防具だ」
 なるほど、と世界崩壊ラストオーダーは溜め息を付く。
「他に質問は?」
 老紳士は四名を見渡たし、 
「―――ないなら直ぐに仕事してもらう」
 うっ、と思わず世界崩壊ラストオーダーの息が詰まった。
「ば、馬鹿言うな。いくら何でもいきなり過ぎるだろ?」
「この仕事は少々特殊だ。他の部隊に任せておける問題じゃない」
「けど、結束ってもんが―――」
「隊長。特に問題ないッスよ」
 世界崩壊ラストオーダーの反論を遮ったのは、百鬼夜行オペラクライシス・アレウス=カロッサス。その小さな身体に似合わぬ鋭い眼光で世界崩壊ラストオーダーを牽制するように睨み付け、不動の存在感を保ったまま、彼は毅然と言った。
「上からの命令なら仕方ないッスよ。それにコイツらとは昔馴染みなもんで、いくらかは行き合いますし、隊長が合わせてくれれば問題ないッス」
「あ、ああ……」
 銀髪・アレウス=カロッサスは、テーブルの上で大あくびしていた、火力昇華リザルトフォーム・オリビア=ヴィリアムスや床で銃器の手入れをしていたリオーナに目をやる。それに気付いたオリビアも欠伸をかみ殺しながら、
「確かにぃ。アレウスやリオーナとはぁ、以前寝食を共にした仲ですしぃ。あ、隊長ぅ一つ忠告ぅ。リオーナに手ぇ出したら、」
「おい」
 オリビアの言葉を遮ったアレウスは物凄いプレッシャーを彼女へかけるが、オリビアは寝起きで右も左も分からない馬鹿みたいに平然と笑っていた。
「じゃ、せっかく四人いるんならツーマンセルで行動したほうが効率的じゃない? そっちの方が何か刑事みたいで面白そーだしー」
 拳銃のクリーニングに夢中で、顔も上げずに言うのはリオーナ=オルフェニスタ。
「……ですって。どうするんッスか? 隊長」
 と、アレウス。
「あ〜お前らがいいんならそれで。えっと、……オリビアだっけか?」
「私はぁ構いません」
「じゃーアレウスとオリビア、私と隊長ってことでー」
「だそうだがお前らは、」



 
 それでいい?



 
 それは言葉として出てこない。
 言おうとした、刹那。
 世界崩壊ラストオーダーの喉を覆うような殺気が彼の喉を絞めた。
 ジリジリとした焼けるような感覚に、世界崩壊ラストオーダーは『戦場』を覚える。
(―――ぅ、マジかよ、銀髪!)
 これは『牽制』の殺気ではない。
 明らかに『敵視』の殺気だった。
(……なるほど)
 重い威圧感に苛まれながらも、
(お前も大変なんだな……)
 同時に苦笑する。
 過去の自分と重ね合わせて。
(ま、銀髪クンとは気が合いそうだ)
 ニタリと表情を綻ばせ、
「―――飽きねぇ。こりゃ飽きねぇわ」
「……、殺す」
 ジリジリと空気が軋む。
 両者共、飛び出すタイミングを覗いながら、



  
 ―――カチッと、柱時計の分針。



 
 ヒュンッと。
 アレウス=カロッサスは指を振る。拳を握り締め、一気に突っ込もうとした世界崩壊ラストオーダーの耳を何か鞭のように撓るような音が響き、



  
「良いかね? 世界崩壊ラストオーダー百鬼夜行オペラクライシスよ。それともお前たちはこの部屋を廃墟にするつもりかね?」



 
 シルクハットの鍔の下に表情を隠した老人が、戦場に割って入る。
 世界崩壊ラストオーダーの右腕を掴み、アレウスにはステッキの先端を突き付けている。
「ちっ」
「―――悪かった」
 アレウスは釈然としないようで床に荒々しく当たり、世界崩壊ラストオーダーは一呼吸置くと、老人の拘束が解かれる。老人は何事もなかったように、
「各々、好きな姿勢で聞いて欲しい」
 シルクハットを被り直し、口火を切る。
「最近、我が組織の情報が外部組織に流れているらしい」
「情報漏洩ってことですかー?」
 リオーナは、手慣れた様子で素早く拳銃を組み立てながら言った。どうやらクリーニングは終了したらしい。
「そうだ。昨日、敵対組織の掃討作戦に向かっていた二個小隊が襲撃を受け、全員の死亡を確認した。襲撃を企てた敵対組織と思われる」
「……じゃあ。正式な警察機関に調査を依頼すればいいんじゃないッスか?」
 世界崩壊ラストオーダーを叩くチャンスをふいにされたアレウス=カロッサスは投げ遣り気味の口調だった。
「確かに通常はそうするのが適切だ。だが、百鬼夜行オペラクライシスよ、今回の掃討作戦は極秘に計画された物だ。知り得る人物と言えば、上層部もしくは内部情報に精通している警察機関の面々だ。流石にこのような事態に警察機関に調査を依頼することなんて出来まい」
「また厄介な話し持ちかけたな? 隊長として、俺が有能かどうかテストでもするつもりか?」
 嫌味混じりに、世界崩壊ラストオーダーは笑ってみせた。
「解釈は自由だ。お前たちの任務はその内通者の身柄確保、やむを得ない場合は抹殺しても一向に構わんが、出来るだけ生け捕るように。また、今回の案件は極秘事項だ。極力騒動を引き起こすような行動は慎むこと。いいかね?」
 一通り、老紳士は面々を見回した後、何処か満足そうな表情を浮かべて、
「では、解散」
 この瞬間、特務部隊【分捕りは早く、略奪は速やかに来る(マヘル・シャラル・ハシュ・バズ)】はのろのろと動き出した。
 

     二


 神殿。
 火が焚かれる音のみが響く、神聖なる空間だった。
 周囲に等間隔でギリシャ風の石柱が何本も並んでいる。床は大理石で統一され、天井には余すことなく壮烈な戦絵が鮮やかな色彩、雄々しい筆遣いで描かれていた。
 この空間の深奥、数段高く造られたそこには、漆黒の玉座。
 玉座の周囲には、本陣に配置されている松明が四対、葦火を湛えている。
 玉座には、男が静座していた。
 周囲で焚かれる松明にも動じず、降り懸かる火の粉をも意にせず、淡々と『座る』という動作を続けていたが、
「『王冠初手ケテルエヘイエー』か」
 靴音も拍たず、風音も奏でず、そこには四〇代後半と思われる男が玉座の前に跪いていた。
「主。西の『栄光八手ホドエロヒムツァオバト』より詳報が」
「うむ。我が臣下は?」
「は、……」
 申し訳なさそうに、王冠初手ケテルエヘイエーと言われる四〇代後半の男が渋る。
「どうした?」
「『知恵二手コクマーヨッド』が、見当たりませぬ故……」
「ふ、彼奴は仕方ない」
 ふぅと、小さく息をついて、玉座の男は立ち上がる。
「では参ろうか?」
「は」
 一つの巨大な意志が、着々と動き始める。
 

     三


「【世界魔術文明保存機構】って組織は【我が主と共に(インマヌエル)】っていう議会が全権を掌握してるんです。パッとこなければ共和制ローマの元老院って考えてくださいー。それでそれで、中でも【我が主と共に(インマヌエル)】の議長は【我が主と共に(インマヌエル)】全体を統括してるんで、事実上【世界魔術文明保存機構】の最高権力者、なんですねー。……私はあのクソジジイは嫌いだけど」
 自分で『クソジジイ』の話にシフトしたクセに、リオーナ=オルフェニスタは途端に凶悪な表情を見せる。隣を歩く、一応彼女の上官である世界崩壊ラストオーダーは愛想笑いを浮かべるしかないし、コイツの百面相はもしかしたら面白いかも知れないと思ったのは内緒である。
 ちなみに、何故リオーナの『ヨソモノでも納得! 【世界魔術文明保存機構】の全て(本人命名)』講座が始まったかと言えば、世界崩壊ラストオーダーが「なあ、そもそも西洋陣営ってどんな組織形態してんだ?」と質問したのが始まりだった。
 世界崩壊ラストオーダーに言わせれば、ほんの軽い気持ちでの質問だったのだが、リオーナさんはどうやら『本気で語れる人間』だったらしく、調査開始から数時間ずっと歩きながら語っているのだ。
 数時間もあれこれ聞かされている(それも調査と平行して)世界崩壊ラストオーダーとしてはもういい加減十分理解したので、もういいよ、と一言言いたいのだが、如何せんリオーナが清々しい表情で語っているのだ。何だかんだで、人間は一番得意なことや趣味を邪魔されるのを一番嫌う生き物だ。まだ慣れない環境にいきなり放り出され、それも一部隊の隊長のポストに収まってしまった世界崩壊ラストオーダーとからすると、下手なことを言って、何かと組織内事情を聞ける『優秀』な部下と仲違いになるのは何としても避けたかった。ちなみに、結局、銀髪・アレウス=カロッサスとは喧嘩別れ状態で苦笑したくなるほど険悪な雰囲気になってしまった(解散する際、リオーナと出て行くその瞬間にまた殺気を浴びせてきた)のだか、それはそれ。これはこれ、である。
 それに、老紳士からもらった資料によると、リオーナが以前所属していた部隊はあの【我が主よ、何故私をお見捨てになったのですか(エリ・エリ・レマ・サバタクニ)】だったらしい。それも『先の戦い』で壊滅的打撃を受けた【我が主よ、何故私をお見捨てになったのですか(エリ・エリ・レマ・サバタクニ)】の頭脳たる『幕僚団』の一員だったらしく、(本部と連絡を取るために戦線離脱していて難を逃れたそうだ)戦場の隅で、瀕死の状態で転がっていた世界崩壊ラストオーダーに応急処置を施し、西洋に連れてきて(待遇はあくまで捕虜である)本格的な医療機関に預けてくれたのは彼女だったらしい。それは間違いなく、世界崩壊ラストオーダーの命の恩人だというわけであり、残念ながら世界崩壊ラストオーダーには命の恩人を邪険に扱えるほど出来た心の持ち主ではなかったのである。
 そんなこんなで。
「でー【我が主と共に(インマヌエル)】の議長を頂点にして下に物凄い数の『部署』が続いてますー。我々【分捕りは早く、略奪は速やかに来る(マヘル・シャラル・ハシュ・バズ)】は特殊作戦を統括する『七課』になりますー。あ、七課は基本的に機密部隊が多く所属してるんですけどー、有名な部隊って言ったら【我が主よ、何故私をお見捨てになったのですか(エリ・エリ・レマ・サバタクニ)】とか【主よ、そして信仰に賢き王よ(アドナイ・レメク・ナーメン)】とかになりますねー」
「……なぁ、そもそも【世界魔術文明保存機構】っていくつ部署あるんだよ?」
「さぁー?」
「おい!」
 何やってんんだよ、と、そんな世界崩壊ラストオーダーの心情を理解したのか、リオーナはしかたないんですよー、と溜め息を付いた。
「だって『部署』の数っていったらー、七〇〇〇以上はあると思いますんでー」
「七……」
 絶句する世界崩壊ラストオーダーに、リオーナは笑う。
「だから組織全体の動きは鈍いですねー。これだけ部署が別れててー、その上には何千人もの管理職がいてー、その管理職を管理する管理職がいてー、……って。組織自体がアンティークだから近いうちにでも破綻すると私は思ってんですけどねー」
「まあ、組織なんてそんなもんさ。んで、次は何処行くんだ? さっき行ったところ……、何だっけ?」
「『一課』です。あそこには噂好きの知りあいがいるんでー、『そっち』方面からの情報収集頼んだんですけどー」
「その次は?」
 途端に表情は歪む。何というか、その表情は拒絶の意志が見え隠れしているような気がする。
(……地雷踏んだか?)
 命の恩人様の態度に世界崩壊ラストオーダーは戦々恐々。そんな世界崩壊ラストオーダーの感情に気付いていないようで、ふうとめんどくさそうにリオーナ=オルフェニスタは溜め息を付いて、
「―――『一四六課』です」
 鬱然と言う。
「……一気に数字増えましたね?」
 いつの間にか敬語になっていることにすら気付かない世界崩壊ラストオーダー
「そーですねー。ちなみに一四六課は【世界魔術文明保存機構】で最も忌み嫌われてる部署ですね」
「それは何でなんですか?」
「一四六課は罪を犯した同胞を叩く警察部隊を管轄しているんです。ちなみに一四六課が管轄している警察部隊のコードは【機械仕掛けのデウス・エクス・マギーナ】ってゆーんですけどーね。変な口聞くと辺境の地に左遷されたり監獄行きにされちゃいますよー。てゆーか、もうそこですけどー」
 そこには、木製の重そうな、城門のように大きな扉があった。
「で、隊長ー。私ここクソッタレに嫌いなんでー、受け答えよろしくお願いしますー。あ、もちろん中まで付いていきますけどー、石像のよーに佇んでますからー」
 は? と、世界崩壊ラストオーダーが反論する前に、リオーナ=オルフェニスタは扉を押していた。














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