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極地の憂鬱3
作:鋳金ダラ



第一章 華やかなお姫様の恐ろしさ


 
 オランダ・バーグ。
 欧州北海沿岸の国・オランダ王国の都市であるバーグは、アムステルダム、ロッテルダムに続く第三の都市だ。
 西洋の『非日常の世界』を統べる【世界魔術文明保存機構(通称・西洋陣営)】の本部はこの街にあった。その所在地は、当代オランダ女王の住居である『ハイス・テン・ボス宮殿』敷地内の地下空間で、ハイス・テン・ボス宮殿は一六五四年にフレデリック=ヘンドリックとその妻アマーリアによって築かれた。
 その工事のどさくさに紛れ、一人の魔術師が面白半分でオランダ王家に内緒で高大な地下空間を造ってしまったのだがそもそもの始まりで、その魔術師が創ってしまった広大なこの地下空間を活用する方法を着想することが出来ずに悩んでいると、どこからその話を聞きつけたのか、当時の【世界魔術文明保存機構最高意志決定議会・我が主と共に(インマヌエル)】議長―――つまり時の【世界魔術文明保存機構】最高権力者がその巨大空間をもらい受け(元々、彼は自分の能力を測りたいためにこの空間を創造したので、彼にとっては空間自体に何の価値も見い出せなかった)当時はまだ、欧州各地に散らばっていた【世界魔術文明保存機構】の部署部門をこの地下空間へ集結させた、という歴史がある。
 そんな広大な地下空間、その部屋と部屋を繋ぐ馬鹿長い古びた歩廊を、一人の少年が欠伸をしながら歩いていた。
 黒くツンツンした寝癖気味の髪に、少し着崩した黒いスーツに漆黒のロングコート。
 その黒尽くめの少年は現在、周囲より『世界崩壊ラストオーダー』と呼ばており、様々な紆余曲折の後、この組織に籍を置いていた。
「……なぁ」
 ふとその足を止め、黒い少年・世界崩壊ラストオーダーは目の前の男を嫌悪感を露にする。
「ストーキングは医務室の外でも続くのかよ?」
「心外だな」
 角張った顎回り。ボロボロヨレヨレのスーツにシルクハットに、傘のような茶色のステッキを付いている。それはまさしく『老紳士』と形容でき、古めかしいくも、しかしながらどこか暖かみのある老人が世界崩壊ラストオーダーの眼前に立っていた。
「俺に何か用か?」
「お前に渡しておきたかった物があったんでな」
「―――少しは遠慮しろよな。こっちは病み上がりなんだからさ」
 今でこそ『普通に二足歩行している』世界崩壊ラストオーダーだが、実は主治医(勿論主治医も魔術師である)からあれだけの重傷でよく『二足歩行』できるようになったと、賞賛を受けたという経歴の持ち主である。ちなみに『保護』された直後の世界崩壊ラストオーダーは『身体を構成する分子同士』が稀薄となっていて、下手をしたらそのまま分子レベルまでに崩壊して霧散してしまってもおかしくない状況だったらしい。
 しかし今では『奇跡的』にその状態から回復。普通に日常生活を送るのは勿論、今ではちょっとした戦闘もこなせるまでに回復していた。
「そう喜ぶな、世界崩壊ラストオーダーよ」
「いや、いやいやいや。お前おかしい。なんか全面的に間違ってっから」
「素直になるのだ。世界崩壊ラストオーダーよ」
「うっわぁ〜……。どうしてか分からないけれどなんだか殺意が芽生えてきたぞー」
 コキリと拳を鳴らす世界崩壊ラストオーダーを余所に、老紳士はゴソゴソと懐を探って、
「んだ、そりゃ?」
「お前が隊長に就任する部隊【分捕りは早く、略奪は速やかに来る(マヘル・シャラル・ハシュ・バズ)】の構成員、つまりお前の部下となる者たちの込み入った情報だ。目を通しておくと良い」
 現金書留用の封筒、とでも言ったところだろうか。シルクハットの老紳士は細く長い茶封筒を顔の隣で世界崩壊ラストオーダーに見せつけながら揺らし、更にその茶封筒を世界崩壊ラストオーダーに手渡す。
「うわ、何だよこの厚さ……」
 理由や事情はどうであれ。
 世界崩壊ラストオーダーは【分捕りは早く、略奪は速やかに来る(マヘル・シャラル・ハシュ・バズ)】という新設部隊の隊長に据えられてしまっていた。
 これは、西洋に来てから何かと身の回りの世話をしてくれた前方に立ってるシルクハットの老人から「隊長にならないと一生このままここで軟禁だがいいのかね?」という強迫意志を力強く感じ、更にいろいろ世話になった彼の意向を無視するわけにもいかず、第一、彼に従わなければ見知らぬこの西洋で生きる術はなく、詰まるところ従うしかなかったわけで、隊長ポストに据えられてしまったのだ。
(そこまでして、東洋陣営側の情報を知りたいってことか……)
 シルクハットの老紳士は、よそ者である自分から敵方の情報を得たいがために、よそ者をいきなり一部隊の隊長に据えるという『暴挙』に出たんだろうなぁと、何となく世界崩壊ラストオーダーは推測していた。
 そんなこんなで。
「お前を含め、部隊は全部で四名」
 世界崩壊ラストオーダーは乱暴に茶封筒の口を破り、それから逆様にして振る。
「お前を除いた三名は同期で結束力もある。経歴は様々だが、三人とも私の教え子だ。少々問題行動も目立つが実力は本物だから安心すると良い」
 茶封筒の中には三つ折りになった書簡が三枚。その三枚全てに顔写真と、紙一杯に経歴から、出身地など。ざっと目を通しただけでも、使用する魔術のクセ、指紋などの身体的特徴までが克明に記載されているようだった。
「凄ぇ、個人情報だな」
「当然だ。我が組織のデータバンクに保管されている情報で、機密レベルは五段階中『4』だ」
「さっさとメンバーを把握しろ、ってか?」
「話が早いことは良いことだ。世界崩壊ラストオーダーよ」
「お褒めに与り光栄だね」
 棒読み、世界崩壊ラストオーダーはその機密レベル『4』の個人情報を乱暴に茶封筒の中に戻し、懐にしまう。
「だけど、アンタの可愛い教え子を俺なんかの部外者に預けていいのかよ?」
「お前だから預けたのだ」
「は? ―――まあ『上』のご要望なら俺は従うよ。じゃ、俺は昼寝があるもんで」
 バイバイと、適当にあしらうように世界崩壊ラストオーダーは老紳士に背を向け―――
世界崩壊ラストオーダーよ」
「んだよ。まだ何かあんのか?」
「お前に会いたいという者がいる。お前に渡したリストの一人、―――簡単に言えばお前の部下からな」


     一


「―――『創成告知ファイナルアンサー』」
 んはぁ? と、凄みを利かせた魔法名の名乗りに少年・世界崩壊ラストオーダーは、呆然と呟いた。
 現在、彼の目の前には少女が立っている。
 初対面―――ではない。
(ああ、あの外出許可が下りた日に会った娘だったっけ、か……)
 すっかり忘却の彼方へ吹き飛んでいたその少女は、今し方目を通した『【分捕りは早く、略奪は速やかに来る(マヘル・シャラル・ハシュ・バズ)】構成員リスト』に載っていた顔であり、この部屋に世界崩壊ラストオーダーを連れてきた老紳士のかつての教え子で、彼女の名はリオーナ=オルフェニスタ。魔法名を、創成告知ファイナルアンサーと名乗っているらしい。
 彼女は、一二歳から一六歳くらいの少女だった。その体型は発展途上と言った感じも、容姿は『西洋人形のように可愛らしい』と形容できる。西洋人独特の色白委肌に鮮やかな碧眼に、髪は緩やかにカールされた金髪で、毎日欠かさず手入れをしているらしく、枝毛も見当たらず綺麗に整っている。そんな彼女は、うっすら水色の可愛らしいワンピースの上に漆黒のロングコートに袖を通していた。その組み合わせは絶妙で、風格漂うベテラン鬼刑事と我が儘な女子中学生が同居しているような奇妙な感覚を人に植え付けてしまっている。
「何、……してんの?」
 リオーナ=オルフェニスタと世界崩壊ラストオーダーとの関係はまさにそれは、まさに『対峙』。
 二人が『対峙』している場所は、小中学校の体育館ほどの大きさの空間で、窓は一切なく、ドアは世界崩壊ラストオーダーとシルクハットの老紳士が入ってきた一カ所だけ。床や壁は灰色・硬質のコンクリートに、天井は大量の照明器具が埋め込まれていた。
 リオーナとの間合いは五メートル。
 そんな状況に置かれてしまった冷や汗タラタラ状態の世界崩壊ラストオーダーは、毎秒数ナノミリメートルずつ後退しながら、両手を前に出して「落ち着きなさい」と訴えかける。
「何してるのって、殺し合いに決まってんじゃないですかー」
 至極物騒な言葉がリオーナ=オルフェニスタの口から難なく発せられる。
「コロシアイ、―――って、あの『殺し合い』?」
「そーですよー」
「だ、だから……さ、ど、どうして……、殺し合わなきゃならないの? しかも何か魔法名名乗っちゃったりして……」
 魔法名とは西洋魔術の伝統の一つであり、その魔法名の宣言は、自分の敵を確実に殺す、という意味を含んでいる。つまり、リオーナが世界崩壊ラストオーダーに自身の魔法名を名乗った時点で『世界崩壊ラストオーダーという敵』を確実に仕留めるという意思表示に他ならないわけで。
「えー? これからアンタは私がお世話になる隊の『隊長さん』なんですよねー。ってことは相当な実力者なはずですー。本気の私の力でどこまで通用するか確かめたくなるじゃないですかー?」
 そう、にこやか無邪気に微笑みながら、リオーナは大胆にワンピースの裾を捲り上げて右の太股まで、かなりきわどい部分まで露わにする。そこにはガーターベルト状のガンホルスターと、そこに収まっている大振りの、持ち主の容姿とあまりにかけ離れている拳銃が挑発的に黒光りしていた。
「私は私より弱い人間の下には付きたくないし、ね」
「……マジ?」
 割と本気で青ざめている世界崩壊ラストオーダーに対し、リオーナは躊躇無く拳銃を引き抜く。
「マジですよー。ってかー、くたばりぞこないの捕虜をいきなり隊長にするなんてジジイもいい加減ボケちゃったんじゃないかなーってー」
「―――くたばりぞこないの捕虜?」
「言ってなかったか、世界崩壊ラストオーダーよ。彼女が元いた部隊は【我が主よ、何故私をお見捨てになったのですか(エリ・エリ・レマ・サバタクニ)】。戦場で虫の息だったお主を救助したのは彼女だ」
「え、ちょっとタンマ。何、今から命の恩人と戦わなきゃダメなわけ?」
 かなりの衝撃発言で動揺を隠しきれない世界崩壊ラストオーダーを余所に、リオーナは先程と同じ動作で、今度は左脚に巻き付けられているガンホルスターから同じく拳銃を引き抜き、
「だから力試しですからー。私たちは私たちより弱い上司なんて必要ありませんしー」
 リオーナは両手に拳銃を握りながらも器用に双方のバレルをスライドさせ、周囲には拳銃本体へ弾丸を装填する軽い音が響いた。
「ちょっ、ちょっと待て。こんなところでそんなもんぶっ放したら一体どうなるか……」
「その心配はない、世界崩壊ラストオーダーよ」
 その声は、世界崩壊ラストオーダーをここまで連れてきた老紳士。
「ここは『TRAINING ROOM(訓練室)』だ。創成告知ファイナルアンサーがいくら暴れたって特に子細はない」
 今思い返してみれば、確かにこの部屋のドアに貼り付けてあったプレートにゴシック風の文字で『TRAINING ROOM(訓練室)』と書かれてあったような気が、問題はそこではない。
「いや、そうだっても」
「つべこべ言ってるとー撃っちゃいますよ?」
 一度、世界崩壊ラストオーダーの右肩に拳銃をポイント。それから改めて陸上のスターターのように、右手に握る拳銃をリオーナは天に銃口を向ける。
「装填されているのは『実弾』じゃないだろうな、創成告知ファイナルアンサーよ」
「もちろん。だって仮にも『隊長候補』を殺すわけないじゃん」
 そう笑顔で。



 
 銃口を『天に向けたまま』右で握る拳銃の引き金を絞ったのと、世界崩壊ラストオーダーの右肩に電撃のような激痛が襲いかかったのはほぼ同時だった。



  
「ぐ、ァ……」
 身体ごと真後ろへ吹き飛ばされそうな衝撃に、世界崩壊ラストオーダーは何とか踏ん張って衝撃に耐え、悲鳴を噛み殺す。世界崩壊ラストオーダーの右肩には、ゴム弾のような物が食い込んでおり、まもなくそれは地に落下して数回のバウンドを刻んだ。
「な、……」
「どーして? って顔ですねー。味方だから種明かししますけど私は『魔弾の射手』なんですよー」
 天に向けていた銃口を下ろして、
「中世ドイツの伝承で民話として伝わってるものなんですけど、ただの民話じゃなくて歴とした魔術的要素を含んだ『魔弾精製』の伝承なんですねー。後世になってヴェーバーが作曲した全三幕のオペラ『魔弾の射手』として世界に広がることになるんですけどねー」
 口調は恐ろしいほど軽い。けれどもリオーナ=オルフェニスタ、否。創成告知ファイナルアンサー世界崩壊ラストオーダーとの間に流れている緊張感は戦場その物の緊張感だ。
「魔弾の能力は『絶対必中』。まあー、さっきみたいにアンタの右肩にポイントしないと、私の場合は魔弾の効力が発揮しないんですけどねー」
「魔弾、……のクセに、普通の銃使うんだな」
「私の場合、魔弾の精製はふつーの市販されてる弾丸にちょっとした呪いかけるだけで済むんでー、特に問題はないですー。今回は『訓練』ということで、実弾じゃなくて暴徒鎮圧用のゴム弾を使用しました。万が一当たっても『死ぬ』ってことはないでしょうが、骨とか折れちゃう、内蔵潰れちゃうかもしれないんでー気を付けて下さいねー」
 悔し紛れに世界崩壊ラストオーダーは、確かに多少の問題有りだなと笑い、創成告知ファイナルアンサーはゆっくりと世界崩壊ラストオーダーの左脚に拳銃をポイントした。

 












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