エピローグ
「う〜ん」
頭には包帯、顔には大きな絆創膏。腕回りは勿論のこと、服の下にも引いてしまいそうなくらいに巻き付けられた包帯に、逆に怪我が悪化するのではないかと思えてしまうほど貼っている大量の湿布薬等々の影響で、ともかく『歩く消毒液』状態(あまりの匂いに擦れ違う同僚たちは必ずと顔を顰める)の少年・世界崩壊は本部の巨大食堂にいた。ここは、先日の騒動で最初に警察部隊【機械仕掛けの神】に襲撃された因縁の場所でもあり、正直に言えばまた襲撃されるのではないかとおっかなびっくりの世界崩壊だが、どうやらそんなことはないらしい。
(カフェオレか、グレープ……)
手持ちの予算を頭の真ん中において、世界崩壊は悩む。
だが、身体から溢れ出る消毒臭のおかげで、受付の女性は引きつった営業スマイルを浮かべている。何だかいたたまれなくなってきた世界崩壊はさっさと決めるため、
(なあ、カフェオレと炭酸グレープ、どっちがいいだろ?)
酷くシリアスな雰囲気で問う。
《汝、我其問?》
(冗談だ。飲んだことねぇテメェの判断なんて仰ぐか)
我ながら理不尽だなぁと嘲笑しながら、結局。
「えっと、カフェオレと炭酸のグレープ一つずつ」
一
カフェオレを右手、炭酸グレープを左手に、世界崩壊はひたすら長く、ひたすら道幅が広い本部の廊下を歩いていく。所々、先日の騒乱で出来た傷跡(七割は彼が隊長を務める部隊が暴れ回ったことが原因)が目立つが、設備整備専門の部署が動いているらしく、その傷跡も修復されつつあった。さらに言えば、直接組織運営に携わる部署は騒乱に巻き込まれることがなく、組織運営自体には何ら影響はないらしい。まさしく不幸中の幸いだと世界崩壊は適当に思う。
(その代わりに、あのクソジジイに嫌ってほど説教食らったけどな)
《未熟者》
(うるさい)
意識に直接響く『天帝』の声にウンザリする。それにしても、最近やけに『天帝』の『未熟者』発言が多いよう気がしてならない。個人的には結構いろいろ昔も今も頑張っているのになぁと、軽くショックだったりする。
「ぁ、隊長ぅ〜」
すっかり聞き慣れてしまった間の抜けた独特の声が背後から聞こえた。世界崩壊は両手に持つ飲み物に気を配りつつ振り返ると、そこには赤いニット帽にウェーブがかったロングヘアの少女が駆け寄ってきた。オリビア=ヴィリアムス。『普段は』睡魔が襲ってくるようなのんびりとした独特の口調で、『普段は』戦闘に参加せず、『普段は』文字通り昼行灯の彼女だが、条件さえ揃えば向かうところ敵無しの吸血鬼少女だったりするから世の中分からない。
「おはようございますぅ」
「うっす」
「怪我ぁ、大丈夫ぅ―――じゃ、無さそうですね?」
「……消毒液臭くてゴメンナサイ」
あはははは、と対応に困ったような愛想笑いを浮かべながらもオリビアは世界崩壊と『少し』距離を取って隣を歩く。やっぱ、香水とか付けた方がいいかも、と密かに思ったことは内緒である。
「まあ、俺は一応『入院しなくてすむ』程度だったから良いけど、アイツらがな……」
「確かぁ、絶対安静数週間でしたっけぇ?」
リオーナ=オルフェニスタは、両腕の複雑骨折に全身打撲。
グレイス=ヴォルバークは、腹部に大穴を開けられて重体。
二者共々、客観的に「よく死ななかったね」と医師から呆れられるほどの大怪我だった。勿論、仮にも彼らの上司である世界崩壊にとってはとんでもない話だったが、ともかく助かったことに安堵していた。
「ま、この世界は生きててなんぼだ」
過去に『戦場で死ぬこと』が美徳とされていた時代も一時期あったが、今は違う。未だに死ぬことを美徳としている人間もいるが、大概は人命を第一に考えて行動する。尤も、それは戦場で経験豊富な人員を失ってしまえば戦局にも大きく影響が及ぶ、という組織側の勝手な事情のためなのだが。
「―――てか、お前にそんなこと言うべきじゃないのかもな」
一族を皆殺しにされたオリビア=ヴィリアムス。
「いいんですよぉ〜」
ニッコリとオリビアは笑う。
けど、どこか完璧すぎて違和感を覚えずにはいられない。
それは完璧すぎるアリバイを証明され、逆に怪しく思えてしまう、そんな感覚。疎外感が、少し漂っている。
「……『我ラハ終焉ノ鐘ヲ鳴ラス(ヴェ・バフィノア・ダン・ロラルブ)』」
「あ?」
「私の一族を皆殺しにしたぁ魔術結社の名ですぅ」
―――我ラハ終焉ノ鐘ヲ鳴ラス(ヴェ・バフィノア・ダン・ロラルブ)。
世界崩壊は少し力みながら記憶を探るが、
「―――聞いたことねぇな」
「当たり前だと思いますよぉ。多分、本部の人もぉ殆どがぁ名前すら聞いたことないと思いますぅ。何せぇ数百年もぉ追い駆けっこぉしてたのにぃ、私の一族もぉ、絶滅する寸前までぇ自分たちを追い回しているぅ魔術結社の名前、知らなかったんですからねぇ〜」
聖書でカインの末裔だと言われる吸血鬼は歴史上、教会側より迫害されてきた歴史を持つ。そんな吸血鬼を、それもカインの直系である伝えられ、強大な力を持つ始祖の一族を武力行使で排除しようと考えている組織ならば、その魔術結社は原理主義だと推測できる。しかも、始祖の一族をここにいるオリビア=ヴィリアムス以外全員を謀殺したとなれば、相当な実力を持った魔術師集団と見て間違いないだろうし、資金源など、現実的なことを考慮すれば、ある程度の規模を持たないとそこまで徹底したことを実行できるとは思えない。
(ま、上は事情を掴んでるんだろうけど)
いくら一部隊を任されている身とはいえ、結局、世界崩壊はこの巨大な【世界魔術文明保存機構】全体で見れば、構成員となって数週間しか経っていないただの新人の下っ端に過ぎない。
だが。
(下っ端だからこそ、自由が利く)
世界崩壊は、凶悪な空笑いを浮かべながら、
(何年かかったってかまいはしねぇ。仇は俺が取る……)
人知れず、刃を研ぐ。
二
木漏れ日が、眩しい。
ガチャリと、恐る恐るドアを開けたのは金髪の幼女だった。
フラフラと覚束ない足取りで入室した幼女の眼前には大きく、簡素な装飾が取り入れられた出窓、それ以外の三片は本棚が壁を覆い隠し、中央に古めかしく大きめの木製デスクが堂々と鎮座、机の上には辞書のように分厚い古書が山積みされて、床にはトルコ絨毯が一面に敷かれていた。
―――書斎、のようである。しかも、不思議と何処か懐かしい雰囲気がする。
そこは、平和な午後の一時だった。
幼女は安心したように息を付きながらフラフラと本棚の前まで歩き、その小さな手で最下段の古書を手に取ろうと―――
ガンッ! と、幼女に衝撃が走った。
衝撃に耐えきれず、幼女の身体がゴロゴロと転がる。突然の衝撃に顔を上げると、
「お・れ・さ・ま・の・へ・や・だ。け・が・れ・た・き・さ・ま・が・は・い・って・い・い・ば・しょ・じゃぁ〜……」
男が立っていた。
その男は大きく強靱な右足を振り子のように後ろに引き、
「ねぇんだよッ!」
ゴールポストにラグビーボールを叩き込むように男は幼女の腹部を一発、さらに何度も何度も蹴り上げる。
「ぅ、ぃ―――ぁ……」
細かい喘ぎ声は男の爆笑によって掻き消される。
力ない幼女はただされるがまま、口から少量の血を撒き散らしながら絨毯の上を転がっていく。男は転がっていく幼女を追い掛けるように、ドリブルでもしている気分なのか連続で蹴りを入れ続け、
「ハッ!」
トドメと言わんばかり、壁に向かって幼女を蹴りによって叩き付け、フンと鼻を鳴らず。
「ぃ、ぁああ……ぁ……」
身体中の骨が砕けた様な激痛が弾けた。朦朧とする意識の中にも拘わらず、それでも幼女は耐えるように口を結ぶ。
対して、男は嗤う。
楽しそうに嗤いながら、
「あ〜、アノ野郎〜……」
壁際の幼女を蹴り上げた。
「俺様の―――」
蹴る。
「万年筆―――」
蹴る。
「勝手に―――」
蹴る。
「使いやがってよ〜」
蹴る。
ひたすら。
ただ、ひたすらに。
壁際に追い遣られ、エビのような体勢で激痛に悶絶している幼女を気にするわけもなく。
男は呪詛のようにブツブツと呟きながら、蹴り続ける。
「あ〜、何かムシャクシャすんな〜……」
その声は棒読みだった。
バカみたいな、わざわざ『棒読みだと言うこと』を証明しているような、棒読み。
「そろそろ、か」
えっと。幼女はボロボロの身体を気にすることもなく、目を見開いた。
「ふん」
カチンッ、と音がした。
その男は懐から黒光りする拳銃を抜き、
「飽きた。死ねよ」
額に銃口を当てた―――
◇◆
汗まみれの身体を抱き締め、発作のような、喘ぐような浅い呼吸を繰り返す。少女はギュッと目を閉じ、溢れ出ようとしている涙を堪えようとするが、横隔膜が痙攣し、どうやっても涙を堪えることが出来ない。
「うっ……く、ぁあ………………っ、ぁ……ふ…………」
とりあえず呼吸を整えようと努め、少しの間、格闘する。が、一向に収まる気配も、押さえられる気もしない。荒れた呼吸の影響か、心臓の鼓動もドクドクと暴れている。
「…………うぁ……ぁ……ぁ、ぁああ………………へっ……」
強引に袖で涙を拭き取る。
何とか明瞭になった瞳に映るのは、白いベッドに白を貴重とした内装の病室、グルグル巻きになっている包帯。
と、ようやく気付く。
両腕が硬質のギブスに固められていることを。
しっかりと自分の腕で抱き締めていたはずなのに、そんなことにも気付けないでいた。
動揺を、ともかく動揺を抑えようとする。
けれど、押さえようとすればするほど、無駄だった。
何を押さえるのか、それを思い出しただけで、悪夢が再び沸き上がってくる。
毎日のように蹴られた脇腹。
―――医者には一生痕が残ると言われた。
あの狂気に、狂喜とも言える男の表情。
―――今でもフラッシュバックする。
それは静かに、けれど確実に戦場で人の命を奪ったときに必ず現れる。
まるで、命を奪われた者の怨念のように。
どうして殺したんだ、本来『あの時点』で殺されるはずだったお前が何で生きて俺を殺したんだ。
そんな心の叫びが巡り巡って夢となり、襲い掛かってくるように。
「…………うっ、ひっ……ぁ……ぁ、ぁ………………」
何百回も見てきた。
何回も見てきて、そして何回も思った。
―――どうしてこんな事になったのかな、と。
そして、少女は何度も繰り返してきた言葉を震える口で小さく紡ぎ出す。
「ご……めっ…………ん……なさ、い………………」
◇◆
昔々。
ある所に金髪の幼女がいた。
少女の父親は傍若無人、毎日何時間も何時間も幼い彼女を殴る蹴るの虐待をした。
幼い時より『虐待されない日がなかった』少女にとって、父親が子供を殴るという事象は当たり前、世界中で行われている行為だとそう彼女は誰にでも教わることなく理解した。
だから、幼女は我慢した。
父親も母嫌も、皆この道を通ってきたのだ、人間なら誰しも通ってきた道なのだ。
―――じゃないと、父親が、人間がこんなに残虐なわけがない。
そう、幼いながら、彼女は理解したのだ。
だから。
幼女にとって、一つ大きな疑問があった。
どういうわけか、母親が懸命にその身を痛めてまで自分を護ろうとするのだ。
父親に殴られると言うことは、誰しも通ってきた道、自分の父母も、この道を通ってきたはずなのだ。
なのに。
どうして。
母親は殴りかかる父親から自分を護ってくれるのだろう。
殴られなければならないのに。
殴られることが人間的な常識である『はず』なのに。
少女はそれに対して疑問を抱いた。
確かに殴られることは嫌だ。好き好んで殴られているわけではない。身体中が痛いし、自分の身体には点々と青アザが残るから良い気分はしない。
けれど、殴られて当たり前。
同年代全ての子供は父親に殴られて育つ『はず』なのだから。
が、母親はそれを止めようとする。
必死になって、代わりに自分が殴られることも蹴られることも厭わずに、自分を護ろうとする。
幼女には、その母親の行為が理解できなかった。
自分を抱き締め、代わりに殴られている母親の腕の中で、ホッと息を付くが、同時に幼女は疑問を抱いていた。逆に世界中の子供の中で自分だけ殴られないのは卑怯ではないか、ずるいのではないのだろうか、そう思っていたけど。
出来ることなら、
助けて。
そう言いたかった。
殴られるのはもう嫌だった。
だけど。
これは試練なのだ。
みんなが平等に通ってくる、試練なのだ。
この痛みは時が解決してくれるだろう。
この状況は時が経てば好転するはずだ。
だからこそ、耐えてみせよう。
この試練を立派に終えて、堂々と外を歩こう。
家の前を笑いながら通っていく自分と同じぐらいの歳の子と一緒に遊べるようになるその時まで。
頑張ろう。
ここで負けたら二度とチャンスは無くなってしまうかも知れない。
絶望が狂喜な希望を産み、痛みが目標を産んだ。
―――例えそれが偽りの幻想だとしても、そう思うだけで幼女は頑張れるような気がした。
だが。
そんな幻想は呆気なく打ち砕かれることとなる。
それは木漏れ日が眩しい春の日。
それは『いつものように』振るわれた暴力から『一時期だけ』解放され、母親の腕の中にいる時だった。
何となく、幼女は言った。
―――言ってしまった。
父親の凶悪さと、母親の暖かさのギャップに口が滑ったのだ。
瞳に涙を浮かべ、ズタズタに引き裂かれた薄く淡い皮膚から血を流しながら、こう言ったのだ。
―――「どうしてままはりおをたたかないの?」―――
◇◆
「ご……めっ…………ん……なさ、い………………」
殺したのだ。
母親は、あの後、激昂した父親によって殺され、そしてその父親は自分が殺した。
正当防衛。
そう警察は判断したが、真実は違う。
殺したのだ。
自分が。
明確な殺意を持って。
母親を殺した拳銃で、父親を撃った。
しかし撃ったのは年端もいかない幼女。
発砲の反動を受け止められるでもなく、銃弾は見当違いの方向へと、
―――いくはずだった。
なのに、弾丸は正確に父親の心臓部を撃ち抜いていた。
理由は、今なら分かる。
原因は父親の書斎にあった一冊の古書。
一度だけ、その本の内容を母親に尋ねたことがあった。
その時、母親は酷く驚いた顔をしたけれど、一言、母親は吹っ切れたように「そうね。いつか使うときが来るかも知れないわね」と言い、おどろおどろしい呪詛を紡いだのだ。
あの混乱の中、
父親が母親を射殺した直後、
投げ捨てた拳銃を握ったとき、
引き金を引くその直前。
無意識にあの呪詛を紡いだ。
唯一、皆無に等しい『家族の思いで』である、その呪詛を。
「ご……めっ…………ん……なさ、い………………」
同情なんていらない。
結果的に、人を殺した。
母親を殺し、自分を虐待した最悪最低の人間であっても、その男は間違いなく人間で。
どんなに傍若無人な人間だろうと人を殺めれば人殺し。
あの苦しみは自分にしか解らない。
あの苦しみは自分以外に解るはずがない。
上っ面だけの気持ちなんていらない。
下手な同情は強烈な罵声を遙かに上回ることすら知らない偽善者なんかに付き合っている暇などない。
百歩譲って、仮に理解してくれる人が現れたとしても、その人は自分に『哀れみ』とか『同情』とか全く事態を好転させない無駄で安っぽい感情を向けてくるだけだ。
だから、もう人は殺さない。
人を殺そうと思えば悪夢が蘇り、一瞬銃口が震える。
見たくない。
あの悪夢を見るくらいだったら、人は殺さない。
魔術師のクセに、そう誓った。
殺さないではなく、殺せないと分かっている自分自身を誤魔化すように。
しかし何故、そこまで少女は『魔術師』にこだわるのか。
理由は一つ。
その、忌むべき魔術がたった一つの優しかった母親との繋がりだから。
その、繋がりを維持したいがため、それだけのために。
彼女は人を殺さなければならない魔術師で有り続ける。
それが矛盾だと分かっていても。
「ご……めっ…………ん……なさ、い………………」
永遠に握り締めていたい『繋がり』と、みたくないと願い続ける『悪夢』。
相反する、皮肉と言えるその二つに、少女はしがみついていた。
だから。
だからこそ。
誰も救ってくれない。救えない。救えるはずがない。
こればかりは人に頼って解決できる問題ではない。
救えるのは、克服できるのは、自分だけ。
誰にも理解して貰えない想いが、謝罪の言葉となって少女の口から零れていく。
―――もし。
だけどそれは意味の為さない哀しい仮定のお話だ。
もし、この苦しみを、悪夢を、過ちを。
少女の苦悩を本当に理解してくれる人がいるならば―――
「おい」
狂って腐ってグチャグチャで歪んでしまった少女の慟哭は、
「何やってんだよ」
いつのまにかそこに立っていた銀髪の少年に、少女の哀しく辛き叫びは、悲しみは、苦痛は、苦悩は、絶望は。
―――もしかしたら、届いていたのかも知れない。
三
「ぁ」
「げっ」
歩く消毒液(ミイラ野郎・湿布マンでも代用可)という称号を承った世界崩壊と、極々自然なオリビア=ヴィリアムスは、前より歩いてくるシルクハットの老人に目を丸くした。
「具合はどうかね、世界崩壊よ」
「どうもこうも、―――って何だその微妙な距離は?」
「ふむ。仕方ないことだ」
「……そうかよ」
ちょっと離れた位置で苦笑いしているオリビアに「オリビア、お前もか」と、ちょっと古代帝国の名言をパクってみながら軽く落ち込む世界崩壊だったが、
「おい」
ふと、低い声を響かせる。
「先日の騒乱、」
「その件なら」
老人はシルクハットを手で押さえながら、
「場所を変えて話したいものだね」
四
バタンと音を立てて木製の扉が閉まった。
「単刀直入に言う。どこまで把握していた?」
世界崩壊とシルクハットの老紳士。
二人はまるで敵対している者同士のような雰囲気を醸し出し、世界崩壊は噛み付くように表情を一向に崩さない老人へと言い詰める。
「ふむ。どこまでと言われれば『グレイス=ヴォルバークの造反』までだ」
「本当にそこまでか?」
「無論だ」
一体どんな顔をすれば平然とそんなことが言えるのか、と世界崩壊は睨み付けるが、老紳士はシルクハットを押さえながら表情を僅かに緩めていた、
「我々とて、完全にグレイス=ヴォルバークの叛意を理解していたわけではなかった。ましてや、彼の背後に魔術結社が絡んでいたなど、全く持って想定外だった」
「―――魔術結社?」
「リバー=サイバティックを殺害しようとしていた【機械仕掛けの神】の者たちだ。彼らはグレイス=ヴォルバークの配下の者で、例の魔術結社の構成員だった。工作員とても言ったこところだろう」
表情は堅く、老紳士は吐き捨てるように言う。
「―――とりあえず、分からねぇことは二つ。一つは今回の騒動の黒幕。二つは黒幕の本当の狙い」
「二つとも現段階では不明。現在調査中だ」
不明。
釈然としない。
しかし、西洋最大の魔術組織に潜入して何をしようとしていたのか。
(目的は、何だ? 機密情報なら上層部に潜り込めばいい。何故、警察機関に工作員を送り込む?)
乗っ取りを狙うなら、機密情報を入手する目的であれば権力と情報が集中している上層部に工作員を送り込むのが定石。
「一介の魔術結社が【世界魔術文明保存機構】に喧嘩を売るなんてって現実性がねぇ」
「ふむ。だが、それを解明するのは我らの仕事。それに組織の警察機関にまで外部勢力の侵入を許したならば、最高意志決定機関【我が主と共に(インマヌエル)】も直と対策に動き出すだろう」
「流石に、な。舵取りを間違えば【世界魔術文明保存機構】は潰れるな……」
「心得ているつもりだ。―――さて。お前たちには休養を与える。メンバーの半分が重体、リーダーが歩くだけでやっとの部隊など戦力にならないからな。アレウス=カロッサスとリオーナ=オルフェニスタの見舞いにでも行ったらどうかね?」
老紳士は全て終わったと言わんばかり、ドアへ向かって歩き出すが、
「一つ。聞かせろ」
ピタリと、シルクハットの老人は足を止める。
「お前はこのまま七年前みたいな大戦を引き起こす気か?」
老紳士はそこに立ち止まったまま、何も答えない。世界崩壊には背を向けているため、彼が一体どんな表情をしているか、世界崩壊には推し量る術はないが、老紳士は言う。
「質問の意味が、分かりかねるな」
あっそ、と世界崩壊は吐き捨てた。
五
「閣下。お時間が……、お急ぎ下さい」
部屋から出た瞬間、すぐそこに待ち構えていた女がシルクハットの老人を急かす。
「ふむ。して?」
「やはりの狙いは閣下の『炎杖』だったようです」
「……やはり、か。早急に兵を挙げろ」
「手配済みです」
「苦労をかけるな」
「―――いえ」
老紳士はシルクハットに手を置き、早足で歩き出す。
「どうした?」
女の怪訝な表情を老紳士は察知し、歩きながら肩越しに言う。
「今回の件に【分捕りは早く、略奪は速やかに来る(マヘル・シャラル・ハシュ・バズ)】を何故巻き込んだか」
ビクッ、と女は小さく方を揺らす。
「世界崩壊には指揮官として経験を積んで欲しかった。いずれ、七年前のように西と東が激しくぶつかり合う時が来るであろうからな」
「世界崩壊……でしたか、閣下すら手に負えなかったリオーナ=オルフェニスタやアレウス=カロッサス、オリビア=ヴィリアムスを数週間で纏め上げるなんて……。あの者は一体……」
「強いて言うならば」
シルクハットの鍔で表情を隠し、
「―――親愛なる戦友の忘れ形見とでも言ったところだ」
〈了〉
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