表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/55

お披露目

 部屋に入ると、冬奈がぶすくれた顔をしていた。

「なにしてたの?」

 ドスを聞かせているつもりなのだろうが、あんまり怖くない。

 それどころか、逆に可愛く思えてしまう。

 私は思わず笑ってしまった。

 それを見た冬奈は、態度をそのまま維持し、私に尋ねかけてきた。

「何で笑ってるのよ」

 相変わらず、精一杯ドスを利かせた声。でも、やはり怖くない。

 これを他のものに例えろといわれても、絶対例えることのできない不思議な可愛さを冬奈は秘めていた。

 でも、これ以上彼女を茶化すのは止めよう。気持ちを落ち着かせ、遅れてきた理由わけを正確に伝える。

 すると、冬奈はすぐに納得してくれた。ひとまず、この問題は解決。

 その様子を、保坂さんは静かに見ていた。

 何を言うわけでもなく、ただそこに座っていただけ。傍らには、自分で作ったというメイド服(?)の入った大きな袋を置いて。

 私が床に座ったところで、冬奈が待ってましたとばかりに言った。

「それじゃあ、早速試着会を開催しますか!」

 彼女の提案に、私は渋々。保坂さんは躊躇ちゅうちょしながらも承知した。

 その反応に満足とまではいかなかったのか、少し表情を渋らせた冬奈は自分が一番最初に着替えると言い張った。

 私は別に何番でも良かったので、彼女の我儘わがままを了承し、保坂さんも最初は嫌なようで、私と同様承知した。

 冬奈は早速着替えてくるといって、部屋を飛び出していった。

 それから、部屋には私と保坂さんが残された。

 私は改めて自分で勝手に買ったメイド服の中身を確認した。


 ↓入っていたもの↓

 ・メイド服

 黒を基調として、腰の部分にポケットがついていた。裾の部分はひらひらしていて、生地はポリエステル…かな? 全体的に清楚なイメージを与えるものだった。

 ・前掛けエプロン

 腰の辺りにつけるやつ。純白のそれは、清潔感を際立たせていた。

 ・ネコミミ(黒猫仕立て)

 ……何故?

 ・しっぽ(ネコミミに同じ)

 ……何故!?

 ・黒のハイソックス

 確実に膝上10cmはあるなぁ。


 途中、変なのが二つほど入っていた気がするけど、あえてここは気にしないようにしよう。

 ちっちゃい事を気にしてたら、この先の人生生きていけないもんね。

「青柳さんは、何を着るんですか……?」

 突然、保坂さんが私に問いかけてきた。

「うぇ!? あ、ああ私? 私もメイド服、だよ?」

 びっくりしたけど、聞かれた事にはちゃんと答えたから大丈夫だよね?

 保坂さんは「それじゃあ、みんな同じですね……」と微笑を浮かべていた。

 私も、「そうだね」と微笑を浮かべた。

 と、その時。

「諸君、待たせたね!」

 ドアが勢い良く開け放たれ、メイド服に着替えた冬奈が部屋の中に入ってきた。

「おぉ……!!」

 私と保坂さんの感嘆の声が、重なる。

 今の冬奈の服装を簡単に説明しよう。

 純白のメイド服を身につけている。

 腰の部分にまかれたエプロンは漆黒で、強いインパクトを放っていた。

 裾のフリルは薄い空色で、フレッシュな印象を受ける。

 そして、袖の部分のフリルも同様薄い空色で、やはりフレッシュな印象を放っていた。

 下は白のハイソックスで、膝上15cmはあるだろう。

 一言で言うのならば、空から舞い降りた天使。

 背中に純白の羽を生やしていたら、まさしく天使だ。

 でも、あくまでこれはメイド服。

 町に居たオタクどもは、今の冬奈の姿を見たら、「萌え~」と連呼し、身をよじらせるに違いない。

「どーよ!?」

 冬奈は、色々ポーズをとって私達に聞いてきた。

「似合ってるよ、冬奈」

 私は、率直に心境を語った。

「か、可愛いです、綾瀬さん……」

 保坂さんは、両手を合わせ、まるで女神様でも見ているかのようにうやうやしく言った。

 冬奈は、さも嬉しそうに部屋の中を歩き回ると、私と保坂さんの間辺りに座って言った。

「次はどっちが着替えるのかなぁ~?」

 にたにた意地悪そうに笑っていると、その純白のメイド服が与える天使のような印象が台無しだ。

 でもここで彼女の機嫌を損ねたら、きっと一日中メイド服で彼女に奉仕しなければならなくなるだろう。

 私と保坂さんは互いに顔を見合わせたけど、保坂さんが「じゃあ、私が……」と言ったので、彼女がメイドになることが決まった。

「それでは、行ってきます」

 恥ずかしそうに袋を抱え、保坂さんは部屋から出て行った。

 そして、部屋には私と冬奈メイドだけとなった。

 冬奈はよほど気に入っているのか、女の子座りをし、しきりにメイド服の裾をいじくっている。

 純白のメイド服がその度微かに揺れる。

 私は思わず顔を背けてしまった。

 なぜなら、その時の冬奈は生まれつきの女の子のようで、心がまだ男の子の私は彼女に恋をしてしまいそうになってしまいそうになってしまったから。

 でも、現実的にそれは無理。

 なんせ、私は女の子。

 冬奈も、女の子。

 同性同士で結ばれる恋なんて無い。

 いや、たとえあったとしても、世間がそれを認めてはくれないと思う。

 そんなこんなで私は顔を背けたまま。

 気まずい、何とも言えない沈黙が部屋に舞い降り、今の私が抱えている不思議な気持ちを代弁してくれているようだった。


 少し時間が経ったと思ったら、保坂さんが部屋に戻ってきた。

 もちろん、その身にメイド服を纏って。

 冬奈とは違い、空色の変わったメイド服だった。

 前掛けは純白で清潔感を漂わせ、頭の上にはフリルのようなものがついていた。

 腕にはリストバンドのようなものがついていて、可愛さを強調させる。

 黒のストッキングを穿いていて、その華奢な足が露出していた。

 これは、ヤバイ。

 もし私が男の子だったら、完全に告白していることだろう。

 それくらい、今の保坂さんは可愛かった。

「うんうん! 似合ってるよ、保坂さん!」

 冬奈は腕を組み、保坂さんを上から下まで凝視し、言った。

「これなら優勝間違いないね!」

「えっ! そ、それは…無理だと思うんですけど……」

 それを弱々しく否定する保坂さん。その姿はまるで、蛇に睨まれた蛙の如く、小さく見えた。



「それじゃあ、最後は由紀だね」

 恐れていた言葉が飛び出してきた。

 できれば、着たくはない。

 なんせ、あれだもの。メイド服に猫耳って……。

 きっと、笑われるのだろう。

「あ、青柳さん? どうしたんですか?」

 なかなか席を立とうとしない私に、保坂さんが声を掛けてきた。

「えっ!? べ、別に…何でもない……から……」

 ここは覚悟を決めるしかない。意を決して、私はメイド服の入った大きな袋を小脇に抱え、立ち上がると、そのまま部屋を後にした。


 さて、部屋を出たは良いものの、何処で着替えようか。

 姉さんの部屋は……やめよう。後でバレたら怒られるかもしれないからね。

 物置は埃っぽいからムリ。

 ざっと見渡しても、着替えるのに適した場所は見当たらない。

 一体、二人は何処で着替えたのだろうか?

 仕方が無いので、一階へ。

 一階には、使われていない部屋がたくさんあった。

 その中でも、一番奥にある部屋。リビングの隣の部屋に私は足を踏み入れた。

 中は埃っぽかったけど、二階の物置に比べれば、特に問題は無い。

 元々ここは死んだ両親の部屋で、今は全く使われることなくそのままほったらかしにしてあった。

 メイド服の入った袋を床に置くと、埃が宙を舞う。

 この部屋が使われなくなってから、かなりの時間が経っていることを物語っていた。

「ここも後で掃除しないと……」

 私はポツリと呟いた。そして、早速着替えを開始。

 着ていた衣服を脱ぎ、下着だけになった。

 そして、素早く袋の中からメイド服を取り出すと、四苦八苦しながらもそれを着込んだ。

 埃がつかないようにしたので、かなり大変だったけど、何とか着ることが出来た。

 次に、前掛けのエプロン。

 後ろで結ぶのに苦戦したけど、メイド服同様、何とか結ぶことが出来た。

 黒のハイソックスも履き、おおよそ完成。

 そして、残ったのは『猫耳』と『尻尾』。

 着けないといけないのは分かってる。でも、抵抗が……。

「どうすればいいんだろう……」

 メイド服を身に纏ったまま、頭を抱える私。

 だけど、このままだと、絶対冬奈に何か言われる。それだけは分かった。

 仕方なく、猫耳を頭に装着。

 カチューシャの要領で髪の毛の中に埋もれさせると、あたかも本物の耳のように見えて、私は部屋に備え付けてあった鏡の前で、自身の頭の上に乗っかるようにしてある黒の猫耳を興味深く見つめた。

「か、可愛い……」

 自分で自分のことを可愛いと言ってしまったことに、少し恥ずかしくなった。

 やがて、残ったのは黒猫の尻尾。

 ふさふさの尻尾だが、一体どうやって着けるのだろうか?

 腰の部分で結ぶのだろうか? でも、それにしては短すぎる。

 説明書なんか無いのだろうかと、ガサゴソと袋の中を捜索すると、案の定、『猫耳メイド服の着方』なる冊子を発見した。

 早速手にとってそれを開いてみる。

 目次のところを上から順に目で追ってみると、あった。

 『尻尾の付け方』…13Pページ

 パラパラとページを捲っていくと、目的のページに辿り着いた。

 早速内容を読んでいく。

「……ん? 何々…『尻尾は、メイド服の裏地にあるホックに引っ掛けてください』? ふ~ん、なるほど……」

 そして、注意書きに目が行くと、私は少し嫌悪感を覚えた。

 『注意! 尻尾はメイド服に必ず引っ掛けてください。くれぐれも、臀部には入れないようにしてください』

「誰が入れるかっ!!」

 思わず、突っ込んだ。

 誰が入れるか、そんなとこ!

 そんな変態がいるわけ無かろう!

 嫌悪感に苛まれながら、私は書いてある通り、尻尾をメイド服の裏地にあるホックに引っ掛けた。

 ようやく、猫メイドの完成…かな?

 ついつい時間が掛かってしまった。

 きっと冬奈は、私がなかなか戻ってこないから、イライラしているんだろうなぁ。

 お、怒られたりはしないよね……?

 私は変な心配をしながらも、静かに階段を登り、自室のドアの前までやって来た。

 一応、ノックを三回。

 中から、「由紀、着替えてきたの?」という冬奈の声が聞こえた。

「ぅん……」

 私は短く返事をすると、冬奈は「それじゃあ、早く入ってきて見せてよ!」と返してきた。

 私はドアノブに手を掛け、ゆっくりそれを押した。

 ドアが開き、中で冬奈と保坂さんはそれぞれ楽な格好で座っていた。

 ドアが全て開かれると、冬奈と保坂さんは、私の姿を見て、息を呑んでいた。

「ど、どうかな?」

 恥ずかしかったけど、一応聞いてみた。

 冬奈と保坂さんは、互いに顔を見合わせ、口をパクパクさせている。

 そして、沈黙を破ったのは、冬奈だった。

「猫だね……」

「……へ?」

 唐突に放たれた「猫だね」という冬奈の一言に、私は拍子抜けしてしまう。

 と、別のほうからも声がした。

「黒猫さんですね……」

 保坂さんも、私の姿を猫呼ばわりする。

「ちょ、ちょっと! 『猫』以外の言葉は無いの!?」

 このままでは、私の立ち位置は『猫』になってしまうかもしれない。それだけは避けたいので、私は他の言葉をかけて欲しかった。

 すると、冬奈が口を開いた。

「由紀、私と付き合って……」

「……はい?」

 突然の愛の告白。

「ふ、冬奈!? 何を言って……」

「お願い。こんな私だけど、付き合ってくれる?」

 尚も懇願するように言う冬奈。

 その傍ら、保坂さんは冬奈の暴挙にあんぐり口を開けて呆けていた。

「冬奈! 目を覚まして! 私と冬奈は女の子だよ! 女の子同士、幸せになれるわけ無いじゃん!」

「いや、なれるんだよ。世界では同性愛なるものが認知されているからね。きっと、私達は良い夫婦になれるよ」

「いやいやいや、私、その気はないから!」

「由紀ぃ~。素直になろうよぉ~」

「最初っから素直です!」

「もう、由紀のケチ!」

「本当に、それだけは諦めてよね、冬奈!」

「へいへい。諦めてあげますよ」

 なんとか禁断の世界に入るのを避けるのに成功した。

 危ない、危ない。

「ところで、これからどうするの?」

 私は床にゆっくり座りながら、二人に問いかけた。冬奈は考え込むようにして、言った。

「それじゃあ、ここでお開きということで……」

 その言葉に、私と保坂さんは同時に「えっ!?」と声を挙げていた。

「ちょっと、まだいても大丈夫だよ?」

 私は冬奈に言った。

「でもなぁ……」

 冬奈は、なにか急ぎの用事でもあるかのような反応を示す。そこに、保坂さんの追撃。

「綾瀬さん。もう少しここにいさせてもらいましょうよ」

 保坂さんは、なぜか必死に彼女を引きとめようとしていた。

 何かあるのだろうか?

「仕方ない。それじゃ、由紀。もうしばらくお邪魔になります」

 冬奈は結局敗北し、もうしばらくここにとどまることになった。

 それから、私達はゲームをしたり、ファッションについて物議を醸し出したりして、日の暮れるまで楽しんだ。


 夕方。

 二人は私服に着替え、帰っていった。

 冬奈も保坂さんも、互いに笑顔で。

 何故だか、私の心はとても良い事をした気分に満たされていた。

 これといって、何もしてはいないのだけれど。

 二人が帰った後、私も私服に着替えようかと思ったけど、メイド服を脱ぐのが面倒くさくなって、結局今までメイド服でいる。

 こんな時に、部屋に誰かが入ってきたら大変なことになるだろうなぁ…と思いつつも、鍵をかける気にはならない。

 まぁ、誰も入ってはこないからね。

 “ガチャ”

「由紀さん、もうそろそろご飯です…よ……?」

 あ、そうだった。比良の存在忘れてたぁ!

「由紀さん。何ですか、その格好……?」

 真剣な顔つきで、比良は私に詰め寄る。

「ひ、比良!? ちょっと、怖いんだけど……」

「もしかして、由紀さんはこういう趣味をお持ちだったんですか!?」

「違う。断じて違う!」

「それじゃあ、どうして……」


 話しが長くなるので、割愛。


 この後、何とか事情を説明し、比良はようやく納得した。

 そして、部屋を去る際に、ポツリと呟いていったのだった。

「由紀さん、可愛いですよ」

「なっ!」

 講義の言葉を口に出す前に、比良は扉を閉めてしまった。

 私が可愛い……?

 何だろう、この嬉しいような、悲しいような複雑な気持ちは……

 私はベットに横になって、しばらくその不思議な気持ちと対峙していたのだった。


三十九話目です。


※2011年10月1日…文章表記を改めました。

※2011年10月17日…表記を変えました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ