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初めてのメイド服

「ぐすん……」

「お、落ち着いた? 由紀」

「うん。……冬奈、ありがと」

「いえいえ。困ったときはお互い様だよ?」

 しばらくの間泣き続けた私の眼は、これでもかっ! と云う程赤く腫れあがっていた。

 パチパチ瞬かせると、やんわりと痛みが走る。

「いたぃ……」

「大丈夫? 一回、洗面所とかで洗ってきたらどうかな? いくらか楽になると思うから」

「うん。そうしてみる……」

 痛みに顔をしかめた私に、冬奈からの優しいアドバイス。

 私はそのアドバイスに従い、彼女に待っていてくれるよう頼むと部屋を出た。向かった先は、もちろん洗面所。

 一刻も早く痛みから解放されたい私は、洗面所に着くや否や、思いっきり蛇口を捻った。

 冷水が絶え間なく流れていく。

 それを両手でを合わせて作り出した桶で受け止め、顔を洗い始める。

 冷たい水が私の顔にかかり、心に燻っていたもやもやが流れていくようだった。

 とてもスッキリして、気分が晴れやかになった。

 さっきまでの不快感はどこへやらといった感じ。

 そばに置いてあったタオルで顔を拭き、冬奈の元へと戻ってきた。相変わらず、冬奈は女の子座りをして、しきりにその黒髪を気にしているようだった。でも、私が部屋に入ると、こちらを振り向いて微笑んで言った。

「楽になった?」

 私は笑顔で頷いた。冬奈は「よしよし」と子供をあやすお母さんのような言葉を口にする。

 私はそんなに幼くないっつーの。

 そして、心の落ち着いた私は思った。

「ところで、冬奈は何しに来たの?」

 私に会いたいがためにやって来たわけではなさそうなので、一応聞いてみた。すると、冬奈は一瞬躊躇したようだったが、何か覚悟を決めたらしく、真剣な顔つきで話し始めた。

「由紀って、変わった衣服に興味ある?」

 唐突になんだろう。

「どうしたの、急に……」

 困ったように返事をすると、冬奈はなお強い口調を変えず、身を乗り出して話を続けた。

「実は、こんなのがあるんだけど……」

 そう言って、可愛らしい鞄から、一枚のポスターを取り出した。そこには、こう書いてあった。


 『潮凪中文化祭企画 コスプレ選手権出場者募集のお知らせ』


「……」

「でね、私、これに出場しようと思っているんだけど、一人じゃ心細いから、由紀と保坂さんを誘おうかなって思ってるんだけど……一緒に出てくれる?」

「……」

「私、一度で良いからコスプレしてみたかったのよね。あの白黒のフリルの着いたメイド服。憧れるのよねぇ……」

「……」

「ね? だから一緒に出ようよ」

「……それって、私もメイド服を着ないといけないの?」

「うん、そうだけど?」

「私に断る権利は?」

「無い!」

「はぁ……」

 私はこうして、強引にコスプレ選手権に出場することになってしった。


 所変わって、蓬莱市から程近いところにあるオタクの聖地、幸寿園こうじゅえん

 そこら辺で、キモいオタクどもが「萌え~」とか言ってます。

 やばい。寒気と鳥肌が……。

「由紀、どうしたの? そんな青白い顔して」

 隣を歩く冬奈が、心配そうに私の顔を覗き込んで言った。私は「ううん、なんでもない」と平静を装っていた。

 そうしているうち、冬奈の足取りは一軒の店の前でとまる。私はその店の看板を見上げた。

 『コスプレショップ小嶋』

 ……うん、来てはいけないところにやってきてしまった。

「ほら由紀、ボサッと突っ立ってないで、早く入るよ」

 そう言って、冬奈は一人で店の中に入ってしまった。

「ま、待って~」

 オタクの縄張りに一人置き去りにされるのはイヤなので、私は急いで冬奈の後を追ってコスプレショップに足を踏み入れた。


「うわぁ……」

 中に入って、思わず感嘆の声を漏らしてしまった。

 なんせ、店内にはコスプレ関係の商品が所狭しと陳列されているのだ。これを見て、まず驚かない人はいないと思う。

 そして、次に私の目を釘付けにしたのは、膨大な量のアニメ関係のコスプレ。

 私には何が何だか検討もつかなかったけど、冬奈は呆然とそれらを眺めている私を引きずるようにしてある場所まで連れてきた。

 そこは、メイド服専門のコーナー。

 周りにメイド服が所狭しと並んでいる。

 そして、下のほうには装飾品が並んでいた。

「さぁ~て、選定作業開始!」

 そう高らかに宣言して、冬奈はメイド服を一着々々丁寧に手に取り、自分に合うかどうか見ていた。

 私も、いずれ着ることになるであろうメイド服を選んでみることに。

 何着か手に取って見ていると、店員さんらしき長身の女性が近寄ってきた。

「何をお探しですか?」

 正直、メイド服売り場にいるのだから、メイド服を探しているのだろうと察せるはずだろう。

「え~と、似合いそうなメイド服を探しています……」

 恥ずかしかったが、言うしかなかったので、勇気を振り絞って言った。

 顔が火照ってきたのがわかる。

 でも、店員さんは気が付いていない様子で「それでしたら……」といって、辺りのメイド服を漁っている。

「これなんか、お似合いだと思います」

 そう言って店員さんが手に取ったのは、黒を基調として、腰やスカートの裾に白いフリルの付いたシンプルなメイド服。

 私は考えた後、「試着ってできますか?」と尋ねてみた。

 店員さんは「えぇ、勿論」といって、私を試着室まで案内してくれる。

 試着室の中に入り、早速店員さんが選んでくれたメイド服を着てみた。

 鏡に、頬をほんのり上気させた可愛らしい少女が映っていた。

 (このメイド服、良いかも……)

 つい、そんな事を考えてしまい、慌てて首を振った。

 綺麗な黒髪が、左右に揺れた。

 シャンプーの甘い香りが、辺りに広がる。

 (これは……好きで着てるわけじゃないんだからね! コスプレ選手権に出場するから、仕方なく着てるだけだからね!)

 胸のうちで否定し、すぐさまメイド服を脱いだ。

 試着室から出ると、冬奈が買い物袋を提げて待っていた。

「由紀遅い~」

 どうやら彼女はメイド服をとっくに選び終え、購入してしまったらしい。

 なんとも、お早いこと……。

「も、もうちょっと待ってて……」

 そう言って、私は手短にあったメイド服を確認することなく手に取り、会計に持っていった。

 すぐさま会計を終え、冬奈の元に合流した。

 

 (天の声)だが、由紀は知る由も無かった。そのメイド服がとんでもないメイド服であることを……。


 それから、私は冬奈と共に近くの喫茶店に入り、談笑を楽しみながら軽い食事を取っていた。

 そして、話題は必然的に先程のメイド服に移っていった。

「冬奈って、どんなのを買ったの?」

 私は気になってしかたがなかったことを聞いた。冬奈は、誰にも聞かれないように私のほうに身を乗り出すようにして、小声で教えてくれた。

「純白のメイド服よ。とっても可愛いんだよ」

 目を輝かせているということは、買ったメイド服を相当気に入ったらしい。

「ところで、由紀はどんなのを買ったの?」

 ギクッ!

 ……やっぱり聞くの、それ。

「こ、ここでは恥ずかしいから、家に帰ってからで良い?」

 声のボリュームを最低まで落として冬奈に言うと、冬奈は「了解~」とこれまた小さな声で答えた。

 ふぅ、良かったぁ……。

 こんなところで、言えるわけ無いじゃない。結構恥ずかしいんだから、メイド服なんて。

 それから私と冬奈はまた普段の他愛も無い会話に勤しみ、食べ終わるとすぐ会計を済ませて喫茶店を出た。

 勿論、これからの行き先は決まっている。私の家だ。

「~♪ 由紀の買ったメイド服、どんなのなんだろうなぁ…。楽しみ……」

 冬奈はずっと、そんな事を呟いていた。

 正直、冬奈には悪いけど、私は彼女にはまっすぐ自分の家に帰って欲しかった。

 でも、それはできない。なんせ、約束してしまったから。

 約束を破ると、後々大変なことになるからね……。

 片手によく見ずに買ってしまったメイド服の入った大きな紙袋を提げ、私は思い足取りで歩を進めていた。


 そうして、漸く我が家に辿り着いた。

 と同時に驚いた。

 我が家の門の前に、同じような大きさの紙袋を提げた保坂さんが立っていたのだ。

「ぇえ!? な、何で保坂さんが……」

 私は驚き、保坂さんに尋ねた。

 保坂さんは少しモジモジしながらも、なんとか答えてくれた。

「じ、実は…綾瀬さんから連絡があったんです。『コスプレ選手権に一緒に出場しないか?』って……」

 それを聞き、私は冬奈の顔を見た。

 冬奈はにやにやしていた。そして、にた顔そのまま、言った。

「実は、前々から言っておいたんだ。保坂さん、快く了承してくれて、家にあった材料で、自分なりにメイド服を作ったらしいんだよ。昨日、メイド服が完成したって連絡をもらったから、それじゃあ見せてって事で、ここにこの時間に集合っていうことになってたの」

「でも、なんで私の家なの?」

「あれ、ダメだった?」

「いや…ダメって訳じゃないけど……」

「ふ~ん。それじゃ、早速由紀の部屋で試着会開催~!」

「えっ!? ちょっと待ってよぉ!」

 私は、一人玄関の扉を開ける冬奈を追いかけるように門をくぐった。一足遅れて、保坂さんも入ってくる。

 冬奈はそのまま靴を素早く脱ぎ、ドタドタと階段を登っていった。私はというと、

「保坂さん、冬奈の後に続いて、先に部屋に向かってて」

 保坂さんにそう告げ、リビングのほうに足を向けていた。

「えっ? 青柳さんはどちらへ?」

 保坂さんはそう切り替えしてきた。

「ちょっと、喉が渇いたから、水を飲んでくるだけだよ」

そう言い、保坂さんの返事を聞かぬまま、リビングに通ずる扉を開けた。


「すぅ…すぅ…」

 リビングに入ってすぐ、穏やかな寝息が聞こえてきた。音の聞こえてきたほうを向くと、朝と全く同じ体勢で、比良が寝ていた。

「本当、良く寝るね……」

 思わず、感嘆の声を漏らした。

「っと、そうこうしている暇は無いんだよね……」

 二階で冬奈と保坂さんが待っていることを思い出し、すぐさまコップを取り出し、蛇口を捻った。

 コップに、透き通った真水が注がれた。

 私は一気にそれを飲み干し、素早く濯ぐと乾燥機の中に入れた。

 あえてスイッチを入れないのは、節約のため。

 きっと、そのうち乾くはずなので、無駄な電気の使用は極力避けているのだ。

「さて、急がないと……」

 音を立てないようにして、私は急いでリビングから退室し、階段を素早く登って行った。

 部屋ではきっと、冬奈と保坂さんが私の事を待っているだろうなぁ…と、心の中で思いながら。


三十八話目です。


※2011年10月1日…文章表記を改めました。

※2011年10月17日…表記を変えました。

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