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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第四章 ―― 魔王ハルトの改革記 ナバナス編 ――

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第七十話 リューシェは羽根を抱き、決意を紡ぐ

 
 ハルトが魔王城に突如姿を現し、リューシェを癒し、そしてまた突如姿を消してから十日余りが過ぎていた。

 あれからリューシェは順調に回復を続けている。以前リューシェを犯した熱病の原因たる過剰な魔力は、ハルトに強化された魔力回路の存在によって、現在では確かな生命力としてリューシェの中に息づいている。その力は十日余りの日数で、リューシェの体調をほぼ完全に回復させた。むしろ、リューシェに付き添っていたニーナの方が回復は遅かったといえる。もっともそのニーナもほんの数日でほぼ完全に回復。今では相変わらずリューシェの姉として、あちらこちらと奔走していた。

 問題のニーナは右手にティーカップを二つ乗せた盆を持ちながら、リューシェの寝室へと向かっていた。ティーカップに入っているお茶は、リューシェの好きな銘柄だ。

 姉と妹と言う立場に変わってから、リューシェとニーナは四六時中と言っても過言では無いほど、共に時間を過ごしている。ニーナがリューシェに掛けられる言葉は多い。実際、リューシェよりもニーナの方が城内の騎士については詳しい。ゲルトも詳しいが、ゲルトの知識はどちらかと言えば戦力に特化している。対するニーナは、その持ち前の性格で、リューシェとは違う人気を博しており、騎士達の心情について特化している。
 ニーナはその知識を活かして、魔王城の色々な情報をリューシェへと伝えていた。

 ――ゲルトが知れば怒り狂うだろうが、実の所、ニーナは数人から既に求婚を申し込まれていたりする。ニーナは多少この世界の価値観で言えば醜いとも言えるが、それは持ち前の性格で幾らでもカバー出来るものだ。もっともこの世界では殆どの者が醜い――つまり美しい――のだから、美的感覚よりも内面が評価されやすい。

 多少気の強いニーナではあるが、リューシェの姉として長い時間過ごしていたせいか、面倒見が非常に良い。エーディッドと同じ様に、魔王城には女性の騎士も多々いるが、その者達からの評判も悪くない。

 リューシェが暖かな光で回りを照らす存在であるならば、ニーナは静かに恵みをもたらす優しい雨、とでも例えれば良いだろうか。

 人気が出ない訳が無い。
 またリューシェと違い、仕える者では無いのだから、手を伸ばせば届く、と言う事実がニーナの人気を後押ししていた。

 ――もっとも、手が届く花であろうとも、その花の前にはゲルトと言う絶対的な存在が居る。更に言えば、ニーナは全ての申し出に対して首を横に振っている。

「リューシェー。お茶もってきたよーって、何してるの?」

 ニーナが寝室の扉を開けると、リューシェは窓を開け放った窓辺に寄り、そこからの優しい風を受けて美しく長い黒髪を僅かに靡かせていた。

「リューシェ、ちゃんと寝てなきゃ駄目だって言ったでしょ? あいつのお陰で助かったとは言え、悪くならない保障なんてないんだから」

 少しだけ閉口した様子で憮然と告げるニーナの声にリューシェは振り向くと、その顔に笑みを浮かべて首を傾げる。

「大丈夫だよ。ハルトが救ってくれたんだもん。それに、ゲルトに大丈夫だってハルト伝えてくれたし」

「それは、そうだけどさぁ……」

 ニーナはベッドの脇にある、小さな机に盆を置くと、片手を腰に当てながら溜息をつく。

「……あいつの事を信用して無い訳じゃないけど、それだって絶対じゃないじゃない。実際、リューシェの身体には、まだ信じられない程の魔力が渦巻いているんだよ? リューシェはまだ不安定な状態なの」

 ニーナはボロボロになってまで飛んできたハルトの姿を見ている。あの姿を見れば、ハルトがリューシェをどれ程大切に思っているか、自ずと分かる事だ。
 リューシェはニーナの言葉に苦笑いを返すと、ゆっくりとした歩みで、ニーナに近づき、カップを一つ手に取った。

「もう大丈夫。絶対って言い切れるよ」

 笑顔で告げるリューシェに、ニーナは訝しげに眉を寄せる。リューシェは熱病に十日もの間犯され、生死の淵を彷徨った。二人は知らないが、あの時リューシェは死んでもおかしくない状態だった。

 ――いや、むしろ無理やり生かされていたと言っていい状態だったといえる。

 そのリューシェが命を繋げていられたのは、皮肉にもリューシェを襲っていた魔力の力だ。

「……なんでそんな事言い切れるの?」

 憮然とした様子で尋ねるニーナに答えずリューシェはお茶を一口飲むと、手に持ったカップを僅かな音と共に置いた。

「ハルトが、私に力をくれたから」

 その言葉にニーナは更に訝しげな表情を深くする。ゲルトはともかく、ニーナはハルトが何らかの力を使ってリューシェを救ったとしか思っていない。ハルトはゲルトに神経回路の修復と強化を行った、と伝えたが、ゲルトも又その言葉の意味を推し量れずにいた。

「……力をくれたって、どう言うこと……?」

 リューシェはその言葉に頷くと、そっと右手を出し、その掌を上に向け、目を瞑る。
 そして、そこに光と熱がある事を想像する。
 やがて、リューシェの掌に、小さな炎が現れ、それは輝きを放ちながら宙を踊った。

「――そ、それ……どうやって……」

 ニーナは唖然として目を広げている。
 リューシェは今、呪文を唱えずに炎を生み出した。この世界の住民は例外なく詠唱を唱えなければ魔法を呼び出せない。その炎はハルトがこの世界に放り出されてからはじめて作り上げた火より僅かに大きい程度だったが、確かに存在していた。

「……ハルトの話だと、私の身体に宿った魔力は、魔王の外装の力」

 リューシェが炎のイメージをやめると、リューシェの掌に踊っていた炎もまたその姿を宙に溶け込ませて消えていく。

「多分、ハルトはその力を、私の身体に馴染ませてくれたんだと思う」

 リューシェは自分の中に渦巻く魔力の原因が魔王の外装だと知った時、ある可能性に気付いて一つ実験を行ってみた。

 ――魔王の外装を纏っていた時に使っていた、無詠唱による魔法行使。

 ハルトの予想では、ある程度神経回路が成熟した状態で魔王の外装を纏ったとしても、その影響を受ける事は無い。あったとしても、それは微々たるものだ。だが、リューシェは魔王の外装を幼い頃から纏い、成熟しない魔力回路を使用して、魔王の外装による魔法行使を行っていた。
 その結果、成熟していない魔力回路に魔王の外装の魔力の残滓が宿り、最終的にはリューシェを死に至らしめる程の魔力を残した。
 つまり、リューシェの身体に渦巻く魔力は、魔王の外装の魔力そのものだ。
 リューシェはその可能性に気付き、魔王の外装を纏っていた時と同じ様に『力』を『想像』する事によって魔法を生み出せる事は出来ないか、と考えた。
 結果、魔法の威力は魔王の外装を身に纏っている時とは比べ物にならないが、生み出す事が出来た。

「ハルトのお陰で、私はこの力を得る事が出来た。今なら、魔力が身体をどう流れているのか、感じ取る事が出来る」

 目を閉じれば魔力が体中を流れている事を実感できる。それはまるで血の様に、身体の隅々まで行き渡っている。
 それはリューシェが長年魔王の外装を身に纏い、魔王として君臨していたからこそ出来る事だ。また、魔王の外装が魔王の血筋と反応し、魔王の血筋の者を魔王に足る存在としていた事から考えて、魔王の外装の力がリューシェが宿す魔王の血と融合したからこそ実現した事。

 リューシェが扱える無詠唱魔法は、その二つが揃って初めて可能となる技術。

 まだリューシェは試した事が無いが、詠唱を用いた魔法行使をすれば、恐らく外装を纏っていた頃と同じ程度の威力の魔法が使えるだろう。しかし、魔王の外装に頼った魔法を行使していたリューシェは、詠唱と言うものを知らない。
 だが、それはリューシェにとって幸運だったといえる。
 魔法は決して空想的な産物ではなく、物理法則に則した存在であり、当然その熱や冷気は使用者本人にもダメージを及ぼす。つまり、過ぎた魔法は必ず身を滅ぼす。文字通り身体を滅ぼす事になる。だが、この法則は一般的な魔法行使の場合は当てはまらない。何故ならば、通常の魔力回路で身を滅ぼす程の魔法を行使しようとした場合、呼び出した魔法が形になる前に、魔力回路が耐え切れず焼き切れてしまう為だ。ゲルトの場合、ハルトから肉体、並びに回路の強化を施されたので、その魔力回路に過度な魔力を押し流し魔法を行使したとしても回路が焼ききれる事はない。更に肉体の強化をも施されたので、その魔法に自らの肉体を滅ぼされる事も無いと言える。

 だが、リューシェの場合は魔力回路の強化だけだ。リューシェの魔力回路の強化はゲルトのそれに比べて数段強い。その回路を使用して暗示たる詠唱を用いて魔法を行使した場合、リューシェは己が生み出した魔法で、己の身を滅ぼす事になっていただろう。もっとも魔法を使用する場合は、その過程でゆっくりと己の身体に熱や冷気を感じていくので、命の危険を悟り、その場で魔法を解除するだろうが。

 もし今の身体で外装に等しい魔法を編んだ場合、リューシェの身体は簡単に滅ぶ。

「今の私にとって、この力は心強い味方なの。そして、この力はハルトがくれた力」

 そう告げると、リューシェは静かな喜びをその微笑みに湛えて、そっと目を閉じた。

「――ハルトは、あんな酷い事を言った私を、助けてくれた……」

 言い終えると、リューシェは力強い意思を双眸に宿して、まだ言葉を失っているニーナを見つめた。

「――だから、私は必ずハルトを見つける」

 あの時、手は届かなかった。だが、以前伸ばした時よりも、その頬はずっと近くに感じた。
 以前は伸ばしても届かなかった手が、直ぐそこに触れるほどの距離にまで縮まった。
 いつか、必ずこの手はハルトに届く。リューシェはあの時そう確信した。ならば、何度でも伸ばせば良い。伸ばせば伸ばすほど、この手はハルトに近くなる。

「見つけて、この手を届かせて、ハルトにちゃんと謝るの」

 ニーナは躊躇いの無い、強い眼差しを向けるリューシェを暫くの間呆然とした様子で見つめていたが、やがて軽く息をつくと、その目に優しい色を宿してそっとリューシェの黒い髪に手を置く。

「……ほんとに、あいつはあんたを強くしていくね……」

 以前のリューシェなら、願いが届かなければ哀しみをその表情に宿していただろう。そして届かなかった手を嘆き、ハルトを求め、泣いていただろう。

 だが、今のリューシェは違う。

 リューシェは強く、そして真直ぐにハルトを求めている。決して諦めず、信じ、そして願っている。いつか届く、ではなく、いつか届かせる、と決意を胸に抱いている。
 ふわり、と窓際のカーテンが靡き、寝室に風が迷い込んできた。

「……ったく、あいつは何処にいるんだか」

 ニーナはその風に目を細めながら、窓越しにある世界を見つめる。

「ハルトの事だもん。どっかで、何か良い事をしてるに決まっているよ」

 リューシェもまた窓越しにある景色に目を奪われながら呟く。
 ニーナはリューシェの言葉に苦笑いを浮かべながら頷いた。

 ハルトの性格は、リューシェもニーナも正確に把握している。ハルトはこの世界のどこかで、『世界を良くする』と言う荒唐無稽な目標を掲げ、『当たり前の事』として善行を積んでいる筈だ。

 リューシェはベッドのまくらの傍に置いた、一片の黒い羽根を手に取ると、それをそっと胸に抱いた。

 それはハルトがリューシェの許を訪れた際に、数枚落としていった羽根の内の一つ。もはやボロボロとなり、羽根の形を成していないものから、一枚だけあった、元の姿をとどめていたもの。

 以前この王城を去った時のものと、そして、リューシェの為に王城を訪れたもの。その二つを、リューシェは宝物の様に大事にしていた。


「――いつか、必ず迎えに行くよ、ハルト……」


 そう呟くと、リューシェは目を閉じた。

 その羽根に宿っていた温度を、探すように。
7/8 区切りがいいのでこの辺で終了ー。
ダクエンも書かなきゃ……。
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