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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第四章 ―― 魔王ハルトの改革記 ナバナス編 ――

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第六十九話 エーディッドは命を賭してアルマの道を正す

 
 アルマはクスクスと表情の無い微笑みを浮かべ、笑いながら言葉を続けた。

「――トーマさんを傷つける人は許さない。私が殺す。殺してあげる。そうすれば、トーマさんはもう悲しまなくて済む」

 そこまで告げると、アルマは楽しそうに目を見開いた。


「そうすればトーマさんはずっと笑顔で居てくれる。もう泣かないで済むの……!」


 エーディッドは完全にアルマの静かなる気迫に押されていた。
 以前からアルマは少し思い込みが激しい少女だとは分かってはいた。だが、これは異常だ。アルマはハルトの事を想う余り、回りが全く見えなくなっている。その盲目的な愛情は、狂気と言っても良いものだとエーディッドは気付いた。

「……だ、駄目だよ、アルマ。ど、どんな理由があっても、人を殺すなんて……!」

 エーディッドはいつしかカラカラに乾いていた喉で、必死に声を上げる。
 エーディッドはアルマの道を正さねばならない。何としてでも正さねばならない。それは、アルマを妹として愛しているエーディッドの責務だ。愛する妹が道を外れかけているのなら、何としてでもそれを妹に気付かせなければならない。
 ハルトとバルフッドはアルマのこの異常な愛情を知らない。知らせる訳にはいかない。
 だとすれば、ここでアルマを止められるのはエーディッドだけだ。
 まだアルマは誰かを手に掛けた訳ではない。まだその手は綺麗な白い手だ。


 ――その手を血で紅く染めさせる訳にはいかない。


 アルマはエーディッドの言葉に空ろな瞳のままキョトンとした表情を浮かべ、首を傾げた。

「……どうして? トーマさんは今まで傷ついてきた分、幸せにならなきゃならないじゃない」

 エーディッドは空ろな目に貫かれて、次に言葉を繋げられない。

「……あ、姉さんが殺してくれるの? 姉さんもトーマさんの事、好きだもんね。トーマさんが傷つく姿なんて、見たくないよね?」

 思わぬ言葉にエーディッドが怯む。エーディッドは元騎士だ。だが、エーディッドもまた誰かを手に掛けた事は無い。
 親衛隊入りがほぼ確実となっていたバルフッドなら、任務の為であるのならば、その手で人を殺める事も厭わないだろう。だが、エーディッドはそこまで物事を割り切れない。
 人の命を奪う事に躊躇いを覚えてしまうのは当たり前の事だ。バルフッドも躊躇いは覚えるだろうが、その躊躇いを叩き伏せるだけの意思の力をバルフッドは持っている。その意思の強さもあって、バルフッドは親衛隊に足る資格を与えられた。

 ハルトに限って言えば、ハルトは冷徹な部分を切り分けて存在させている。
 必要とあれば、ハルトは冷徹に、容赦なく人の命を奪うだろう。
 事実、あの時リューシェからボニファルツの命を願われていなければ、ボニファルツはハルトによって殺められていた筈だ。
 だが、その分離した強さはおおよそハルト以外に持ち合わせている者はいない。ハルトはその優しさと、その冷徹さを同時に併せ持っている。残忍なだけの者なら沢山居るだろう。その優しさなら、ハルトに敵わないまでも持つ者は沢山居る。

 だが、アルマは違う。

 アルマはハルトの問題に限って、無感情になる。恐らく手を紅く染める事があろうとも、そこに憎しみ、恨み等の私情は存在しない。
 既にハルトを深く傷つけたリューシェに限って言えばそうでは無いだろうが、それ以外は殺す、と言う意味よりも、排除、と言う意味合いになるだろう。

 このままでは、アルマは確実に手を汚す。
 エーディッドは喉を鳴らすと、そっとアルマの両肩に手を置いた。

「……アルマ、しっかりして。人を殺しちゃいけない」

 アルマはその言葉に、空ろな目をしながらも、キョトンとした様子で首を傾げた。

「……どうして?」

 その言葉に、エーディッドは空ろなアルマの目を見つめながら言葉を続ける。

「どうしても何もないよ。そんな事をしても、トーマは喜ばない」

 その言葉に、アルマはゆっくりと笑みを浮かべる。

「別に、喜んで欲しいなんて思わないよ。ただ、私はトーマさんを傷つける人を許せないの。その人達を殺せば、トーマさんは傷つかなくて済むの」

 言葉が届かない様な感覚に、エーディッドは悔しさを顔に出した。恐らくここでどんなに言葉を繋げたとしても、アルマには届かないだろう。

 アルマの盲目的な、異常な愛情は、恐らく只の言葉では止められない。
 だが、エーディッドは何としてでもここでアルマを止めなければならない。ここでアルマを止めなければ、アルマは引き返す事が出来ない道に立つ事になる。

 少しの間アルマから目を逸らせて苦渋の表情を宿していたエーディッドは、やがてその目に決意を宿すと、アルマに言葉を告げる。


 アルマを止める方法は、言い聞かせる方法は、一つしかない。


「アルマ、あたしとバルフにとって、アルマは大切な家族なの。アルマがトーマを思う位、うぅん、もっと大切な存在なの。アルマはあたし達の家族なんだから」

 アルマはその言葉に空ろな目のまま頷いた。

「アルマにとって、私たちは大切な家族?」

 アルマは盲目的な目をしたまま首を可愛らしく傾げた。

「当たり前だよ。姉さん、何を言ってるの? 姉さんも兄さんも、私にとって大切な家族だよ?」

 その言葉を聞いたエーディッドは激しく打つ鼓動を落ち着かせるように、一度目を瞑ると大きく息をついた。そして、鋭い目をアルマに向け、問いかける。

「――覚えてる? 以前、バルフがアルマを強く叱って、泣かせた事あったよね?」

 その言葉にアルマはキョトンとした表情を浮かべた。次いで、何かを懐かしむ様に空ろな目のまま微笑を浮かべる。

「覚えてるよ。子供の頃だよね。私が我侭言って、バルフ兄さんを困らせたの。あの時の兄さん、凄く怖かったから、良く覚えてるよ」

 その言葉を確かめると、エーディッドは強い眼差しでアルマの盲目的な瞳を見つめながら、冷たく言葉を放った。


「――じゃぁ、あたしがこれからバルフを殺してあげる」

「……え……?」


 ――アルマは一瞬、エーディッドが何を言っているのか、理解できなかった。

「そうだよね。あの時、バルフはあんたを悲しませた。泣かせた。傷つけた」

「……ねぇ、さん。何を、言ってるの……?」

 アルマの大きく見開いた目に、僅かに理性が戻ってきた。
 エーディッドはそれを見ると畳み込む様に言葉を続けた。

「バルフはあの時あんたを泣かせた。あたしもアルマと同じで、アルマを傷つける人を許せない。だから、バルフを殺してあげる。アルマの為に、バルフを殺してあげる」

 エーディッドの言葉が一音、また一音と重なる度に、アルマの盲目的な目には怯えが混ざっていく。
 エーディッドはその移り変わりを確かめながら、尚も言葉を続ける。

「ううん、バルフだけじゃない。これからあんたを傷つける様な人は皆殺してあげる。あんた、昔色んな人に叱られて泣いたよね? 今から皆殺してあげるよ」

 アルマの顔から血が引いていく。エーディッドの目に宿るのは、真剣な意思だ。そこにアルマは嘘を見出せなかった。

「そうすればあんたは傷つく事も無いし、悲しむ事も無い。ずっと笑顔でいられるんでしょ? だったら、あたしが手を汚してあげる」

「……まっ……て……」

 アルマの目に、理性が戻った。アルマは恐怖に満たされながら、カラカラになりつつある喉でエエーディッドに尋ねた。

「……私、そんなの、嫌……。姉さん、何で、そんな事、言うの……?」

 エーディッドの鋭い目は、しかしアルマを捉えて離さない。
 エーディッドの目は真剣だ。その目に宿る色はアルマにエーディッドの言葉を嘘だとは思わせなかった。

 事実、エーディッドはアルマを止める為なら、自分の命をアルマに差し出す覚悟がある。
 エーディッドの言葉に恐怖を覚え、怯えるアルマの目尻から、一滴の涙が毀れたのを見届けて、エーディッドは尚も言葉を続けた。

「泣いたね? たった今、あたしはあんたを傷つけてたね。じゃぁ、あたしも死んであげる。あんたがもう二度と泣かない様に、あんたの前から消えてあげる」

「……待って、やだよ、そんなの、いや……!」

 アルマは力なく首を振りながら、エーディッドに縋りつく様に、その服を握り締めた。

「やだよ……姉さん、死んじゃ、やだ……!」

「どうやって死んで欲しい?」

 だが、エーディッドはアルマの言葉を一切無視して言葉を繋げる。
 アルマを突き放すように、言葉を続ける。

「火の中で苦しみ抜いて死んで欲しい? 水の中でもがきながら死んで欲しい? それとも剣で喉をつく? 首を吊る? 飛び降りる? あぁ、バルフに殺してもらおうか? アルマ、どれが良い?」

 アルマはエーディッドの言葉に恐慌を来たしながら、嗚咽を上げて泣き始める。泣きながら、必死になって首を振る。

「――どうやって死ねば、あんたは笑えるの?」

「死んで欲しくないよ! 何で姉さんそんな事言うの? 姉さんと兄さんが死んだら、あたしは一人に――」


 その言葉を最後まで待たず、エーディッドはアルマの胸倉を掴むと、ぐい、と己の顔にアルマの顔を引き寄せた。



「あんたは! あたしが死ねば! もう泣かないで済むんでしょ!? あんたは同じ事をトーマにするって今言ってるの!!」

 その言葉の意味を悟って、アルマの表情が、絶望に染まった。

「――まだ分からないの? だったら、本当に、死んであげる……! そして、あたしの亡骸を見て、よく考えると良い! 自分が言った事がどう言う事なのか、その目で確かめると良い!!」



 アルマの理性を点したオレンジ色の瞳に、エーディッドの鬼の形相が映る。

 エーディッドにとって、アルマは最愛の家族だ。死を恐れない気持ちが無い訳ではない。だが、それを見せ付けてでも、エーディッドはアルマを正したかった。
 エーディッドがここで死に、アルマが己のやろうとしている事を悟れば、アルマは誰かを殺そうとは考えなくなるだろう。
 アルマがこれから犯すかも知れない過ちと、それを止める為の一つの命と、その二つを比べれば、エーディッドの命が天に向けて掲げられるのは分かりきっていた。


「一人ぼっちになって! トーマの為だけに誰かを殺して! たった一人で生きていけば良い!」


 嗚咽が、静かに大きな泣き声へと変わっていく。


「あたし達の死を見て! 自分の言った事に責任を感じて生きなさい! 自殺なんて許さないわよ? あんたは一生あたし達の命を背負っていくの! そして一人ぼっちで死んでいくの!! そうやってあんたは泣きながら一生生きていくの!!」


 突き放す様な、エーディッドのその言葉に――。

 ――アルマは大きな声と共に泣き崩れた。


 エーディッドは叫び、乱れた息を整えると、静かに腰を下ろし、アルマをそっと抱き寄せ、その耳元に優しげな声で言葉を告げる。

「……ねぇ、アルマは、今の気持ちを、トーマに味あわせたいの……?」

 アルマはエーディッドの腕の中で、強く首を振る。

「……アルマがトーマの為に誰かを殺しても、トーマを悲しませるだけだって、分かるよね……?」

 アルマはエーディッドの腕の中で、何度も頷く。


「……もしアルマがトーマの為に、誰かを殺したら――」

 エーディッドはそこで一息つくと、疲れた様に言葉を吐き出した。

「――アルマ自身がトーマを傷つける事になるんだよ……?」


 その言葉に、アルマはビクリと身体を跳ねらせた。

 エーディッドが己の命を賭して告げた言葉が、アルマの心に深く突き刺さる。

 エーディッドの言葉で、アルマは、自分が正しいと思っていた事が、過ちだったのだと気付いた。
 もし、エーディッドの言葉が無ければ、そして、エーディッドが己の命を天秤に掛けてまで賭さなければ、アルマは恐らく自分の過ちに気付く事が出来なかっただろう。

「……もう、あんな事言わないね……?」

 アルマは優しく問いかけるエーディッドの言葉に、嗚咽を上げながら静かに頷いた。そして、エーディッドはその頷きを腕の中で感じながら、安堵の溜息をつく。
 荒療治ではあったが、これでアルマがハルトを傷つける様な者を殺す事は無くなるだろう。


 ――もっとも、アルマの明晰な頭脳をもって、傷つけず排除する事はあるだろうが。


 エーディッドは己の言葉が、漸くアルマの心に届いた事を確信して、安堵の笑みを浮かべた。

「……でもアルマ、覚悟しなきゃいけないよ?」

 その言葉に、アルマはエーディッドの胸に預けていた顔をそっと上げて、涙で濡れた目でエーディッドを不安そうに見つめた。

「――トーマは酷く鈍感だから」

 エーディッドは苦く微笑んでアルマに告げた。

 ――恐らく、バルフッドと同じくらいに、と。
エーディッドさん大活躍。
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