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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第四章 ―― 魔王ハルトの改革記 ナバナス編 ――

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第六十八話 エーディッドはアルマの異常性に気付く

 
 林の木々が僅かに遮る月の光の下、二人はノンビリとした様子で、バルフッドへの家へと歩みを進めていた。
 エーディッドは隣を歩くアルマの様子をそっと窺う。エーディッドの右隣をノンビリと歩くアルマは、天蓋を覆う月と、それを守護する星達を眺めながら、いつもの様に無邪気な笑みを浮かべていた。

 その笑顔からは、先程バルフッドの家で見せた、無表情な顔も、空ろな笑みを浮かべる顔も、そして、失望を宿した顔も窺い知る事は出来ない。それは、どの様な時でも回りを明るく照らす、まるで太陽の様な無邪気な微笑だ。

 エーディッドは少しの間、空を見上げ、無邪気な笑みを浮かべるアルマを見た後、同じ様に空へと目を移し、聞かなければならない事を尋ねた。

「……アルマ、さっきの事なんだけど」

 あの時のアルマは異常だった。今エーディッドの隣を歩いているアルマからは全く窺えないが、あの時のアルマは怒りだけに支配され、狂気に陥っている様にエーディッドには見えた。
 もし、あの時エーディッドが止めなければ、アルマはどんな行動に移っていたのか。
 アルマの表情に宿った狂気。そして、右手にあったナイフ。順手に握られていたナイフが、誰にも気付かれずに逆手に持たれていた事実。

 ――それらから考えれば、おのずと答えは見えてくる。

「……ごめんなさい。反省、してます……」

 弱々しく呟かれたその言葉に、エーディッドは一先ずだが安心を覚えた。アルマは自分の行いが危険だった事に気付いている。もし、アルマがあの行為を危険だと思わなかった場合、もはやエーディッドに打つ手は無かった。
 アルマは聡明だ。例え言葉を重ねたとして、エーディッドは自分の声が届くとは思っていない。声が届く前に、エーディッドはアルマの言葉で口を閉ざす事になっていただろう。

「……あの時はありがとう。もう少しで、兄さんを傷つける所だった……」

 やっぱりな、とエーディッドは心中で呟きながら溜息をついた。

 もしエーディッドがハルトに話を振るのがもう少し遅ければ、恐らくあのナイフはバルフッドに向けられていた。バルフッドは親衛隊にも抜擢される程の腕だ。当然アルマのナイフは届かないだろうが、それでもその行いが実行されていたとすれば、バルフッドとアルマの間には深い溝が生まれていただろう。

「……アルマの気持ちも分かるから、強い事は言えないけど、正直、あの時は寿命が縮まる思いがした……」

 エーディッドの疲れきった様な声音を含むその言葉に、アルマはシュンとして俯く。

「……でも、アルマが怒るとああなるのか。正直驚きはしたが、まぁ、誰だって我を忘れれる事はあるさ。次からはちゃんと気をつければ良い」

 エーディッドはアルマが怒った所を見た事が無かった。アルマは基本的に明るいが大人しい。辛い事があっても、表情を曇らせるのが精々で、怒る、と言う感情を見せた事は殆どない。
 怒ったとしても、精々がむくれる程度。見ていて、微笑ましいと思える程度だ。

「……ごめん……」

 酷く落ち込んだ様子のアルマを見て、エーディッドは柔らかな笑みを浮かべ、その癖のある髪をクシャっと撫でた。

「大丈夫だよ。バルフッドはあれ位で怒る奴じゃない。アルマがちゃんと謝ればきっと許してくれる」

 エーディッドの安心させる様な言葉に、しかしアルマの表情が戻る事は無かった。

「……そんなに心配なのか?」

 紡がれるエーディッドのその言葉に、アルマは力なく首を振る。

「……兄さんなら、ちゃんと謝れば許してくれるって分かってる。兄さんは優しいもん」

 そう言いながらも、やはりアルマの表情は優れない。

「……じゃぁ、一体何がそんなに心配なんだ?」

 その言葉に、アルマは辛そうに目を瞑った。

「……私、きっと、トーマさんに嫌われちゃった……」

 思いもよらぬ言葉に、エーディッドが目を丸める。

「……きっと乱暴な子だって、思われちゃった」

 ちなみにナイフを突き立てた事については、ハルトは『筋を切るか。うん、正解だ』と思っている。

 アルマは薄く目を開けると力ない微笑を浮かべて、言葉を続ける。

「……普通、あんな風にナイフを使わないもん」

 ちなみに逆手で肉を切り裂いた事に関しては『まぁ刺身ほど繊細じゃないしな。確かに普通そんな方法で包丁は使わないけど、こっちの流儀なんだろう』と思っている。

 アルマは哀しげに目を瞑った。

「……嫌われたに決まっているよ」

 ちなみに骨を断ち切った事については『凄いなー。アルマちゃん腕ほっそいのに、意外と力あるやん』と感心している。


 ――その程度でハルトがアルマを嫌う要素は一つもない。


「……トーマはそれ位で人を嫌う事はないよ」

 エーディッドは苦笑いを浮かべつつ、再びアルマの頭に手を乗せ、クシャクシャっと少しだけ乱暴にアルマの頭を撫でた。

「むしろ、感謝していたよ。アルマのお陰でここから逃げなくて済んだって」

 その言葉に、アルマは目を開けると、呆然とした様子でエーディッドに顔を向けた。

「……ほん、とう……?」

 アルマはまだ不安そうな表情を宿しながらエーディッドに顔を向ける。エーディッドはそれに、安心を与えるかの様な優しい微笑を浮かべた。
 頭に乗せられた手が離れ、エーディッドの表情に宿るその微笑を見ると、アルマは安堵を覚えたように目尻に涙を溜めて、頷いた。

「……あー、でも……」

 だが、次の瞬間にはエーディッドの表情が曇っていた。

「……トーマの事で怒るのは分かるが、それで人を傷つけるのはどうかと思うぞ……?」

 その言葉に、アルマは足を止める。エーディッドはアルマが足を止めた事に気付くと、自らの足も止めて、アルマに顔を向けた。

「……だって、許せないよ……」

 俯きながら、ポツリ、とアルマの口から温度の宿らない声が紡がれた。

「……ア、アルマ……?」

 その声に、エーディッドは僅かに背筋を凍らせる。今の声音は、アルマがバルフッドに告げた声と同じだ。温度が宿らず、全てを凍てつかせるような、感情の無い声。肉親に等しいバルフッドに、ナイフを突き立てようとした声。

 エーディッドは静かに顔を上げるアルマの、その表情に宿るものをみて、知らず知らずの内に、一歩引いていた。

 アルマの薄く開かれた目に、感情は宿っていない。その表情にも感情は無い。

 まるで人形の様な、そんな表情を宿して、アルマはエーディッドに告げる。

「……トーマさんは、あんな身体になるまで、酷い目に遭って来たんだよ? 何でこれ以上苦しまなければならないの?」

 その顔に、表情の無い、そして空ろな微笑を浮かべ、アルマは可愛らしく首を傾げる。

「トーマさんは、もう苦しまなくて良いの。辛い思いもしなくて良い。私がそんな思いをさせない……」

 エーディッドの額に、汗が滲み出す。
 今エーディッドが見ているアルマは、アルマであってアルマではない。アルマと同じ顔の、エーディッドの知らない少女だ。


「――私が、トーマさんの邪魔をする人達を全員殺せば、トーマさんは、もう苦しむ事はないの」


 その言葉に、エーディッドは目を見開いた。


「トーマさんを苦しめたあの女も、これからトーマさんを困らせる人も、トーマさんを苦しめる人も、傷つける人も、みーんな私が殺してあげるの。そうすれば――」

 微笑が、笑みに変わる。

「――もうトーマさんは悲しまなくてすむんだよ?」


 エーディッドの顔から、血の気が音を立てて引いていく。アルマの笑みが浮かんだ表情にも、その声にも、その目にすらも、アルマは一切の感情を宿していない。

 エーディッドは漸くここに来て、アルマの異常性に気付いた。


 ――アルマの想いは一途を越えた、狂的なものを含んだ何かなのだと。
ヤンデレ姫開眼。
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