挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第四章 ―― 魔王ハルトの改革記 ナバナス編 ――

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

90/471

第六十三話 一週回ってハルトとエーディッドは言葉を失う

 
「人間なんて立つ所と寝る所があればそれで良いんだよ。俺は屋根があって、雨露が凌げて、欲を言えば台所があればそれで良いんだ。金は生きていく分最低限で良いし、権力なんて欲しいとも思わない。そんなのを独り占めする位なら、皆で仲良く幸せになれば良いじゃない」

 笑顔で告げるハルトを見て、エーディッドは漸くハルトが魔王城で多くの者の羨望を集めた理由を知った気がした。
 ハルトの言葉は他者から見ればあくまで理想だ。だが、ハルトは理想を理想だけで終わらせず、行動で示している。事実その行動はナバナスに確かな変化を与えている。
 更に言えば、自分がトーマと呼ぶこの少年の本当の姿は魔王だ。絶対的だった存在の魔王が、全ての者に意見を許し、そして、同じ様に全ての者が等しく幸せになる世界を願ったとすれば、そして、そこに自分と言う存在の欲望を感じさせなければ、その下に立つ者たちはどんなに救われるだろうか。

 理想を理想で終わる事を良しとせず、そして世界を導く為に言葉を許し、そして民を導く為により良く示す。それは指導者としての理想像だろう。だが、理想像はあくまで理想像だ。その様な人間が現実に居る訳が無い。

 ――だが、ハルトが『当たり前の事』として告げた言葉は、多くの者が願った理想像そのものだ。

 エーディッドは呆然としたまま、ハルトの笑顔を見つめている。
 この少年はこの世界に絶望した。世界に何度も欺かれ、そして裏切られ、いつしか心と言う物を壊され、失いかけた。

 だが、それでもハルトは『当たり前の事』を、そして、他者の『理想』を紡いでいる。

 騎士として、魔王城に勤めていたからこそ、ハルトに羨望の眼差しを送った者達の心情が、エーディッドには良く分かった。
 ハルトの存在を、その在り方を、その理想を知った者は、もうハルト以外に忠誠を誓わないだろう。その輝かしい存在のあり方を見て、それに反旗を翻す事など、絶対に出来はしない。

 バルフッドは深い溜息をつくと、悔しげな口調で言葉を告げた。

「……お前の様な奴が、魔王様の側近になってくれれば……」


 ――ハルトの笑顔が、引き攣る。


「……いやぁ? いや、ほら、今も言ったけどね? 俺、本当に権力とか興味ないから。むしろ料理とかの方が興味あるから。ぶっちゃけ、どうでも良いし? 人使うとかさ」

「そうだろうな……」

 バルフッドは残念そうな溜息に言葉を乗せる。
 ちなみにエーディッドもまたバルフッドの言葉に顔を引き攣らせていた。魔王の側近所か魔王そのものである。

「……トーマ、全てが終わった時、お前に帰る場所はあるのか?」

 思わぬ問い掛けに一瞬ハルトは言葉に詰まるが、冷静に思考を働かせ、正直に答えて問題ないと判断して言葉を告げる。

「……そうだねぇ。俺は流浪の民みたいなもんだから、帰る当ては無いかな」

 ハルトの懐かしむ様な瞳を見て、エーディッドは沈痛な面持ちを浮かべた。エーディッドはハルトが違う世界の住民だった事を知っている。つまり、ハルトの故郷は、存在はするが、もう二度と帰れない所だ。

「俺の故郷はさ、そう簡単に帰れないような、そんな、凄い遠くの場所にあるんだ」

 ハルトは少しだけ寂しげな感情を瞳に纏う。


「もう、帰れるとも思ってないし、もし帰れるとしても――」

 その寂しげな感情が、絶望に変わった。

「――か、帰りたい、とは、思わない、かなぁ……?」


 ハルトの顔が引き攣る。

 ハルトがこの世界に来てから既に一年以上が経過している。恐らくだが、元の世界でも一年以上が経過しているだろう。捜索願が出されている事は先ず間違い無い。そして、捜索願が出されていたとすれば、ハルトの身の回りの品はある程度押収されている事は想像に難く無い。


 つまり、開けてはならぬ玉手箱が開封されている事になる。

 パンドラの箱が、開かれている事になる。

 ――五テラ分の絶望――正確には七テラ分なのだが――が世に解き放たれている事になる。

 つまり、帰れたとしても、その世界は既に絶望に染まっている。

 帰れるものなら帰りたい、と願いはするが、その様な絶望に染まった世界に帰りたいか、と問われれば、当然の事ながら躊躇いを覚えるだろう。


 幸いにも法に触れるような、児童ポルノなどは無いが――ハルトは失念しているが、同人誌などは殆どが十八歳未満だ。もっともその程度の事で警察が容疑を掛けるとは思えないが――それでも帰れば公開処刑が待っている事は間違い無い。


 ――公開処刑は、辛い。


 ハルトの言い様の無い表情を見ていたバルフッドがハルトに言葉を掛ける。

「――なら、ナバナスを故郷にするつもりはないか?」

 思いもよらぬ言葉に、ハルトは元より、エーディッドさえも目を丸めた。

「この村の皆は、もうお前を認めている。お前が旅を終えて帰ってきても、皆歓迎する」

 ハルトはバルフッドの言葉に呆気にとられた表情をしていたが、やがてその表情に、静かな喜びを湛えた。
 魔族領に来てから、ハルトは何度救われただろうか。

 絶望の世界――ナマモノ領――から出て、死を求めリューシェと相対し、そしてリューシェに救われた。リューシェとニーナへの期待は裏切られる結果となったが、その後の小さな期待は、エーディッドに叶えられた。

 そして、今、バルフッドはハルトの安住の地をナバナスに許している。

 ――もしかすれば、少しは、この世界に希望を探しても許されるのかも知れない。

 勿論、想いが全て叶うとは思っていない。だが、少しの期待なら、これからも叶えられるのかも知れない。
 それがハルトの言う『当たり前の事』だったとしても、ハルトにとっては大きな事だ。

「……そうだね。もし、本当に最後まで走り抜けられて、そして、何処にも居場所が無かったのなら、そうしたい……」

 ――だが、その望みは叶えられない。

 ハルトは魔王。つまり、この魔族領を導いていく存在だ。本来ならば、バルフッドとこうして会話をしている事すら出来ない存在だ。エーディッドは『ハルト』を魔王でも何でもない『トーマ』として見てくれてはいるが、それが万人に叶えられるとは思っていない。
 ハルトの正体を知れば、バルフッドは元より、ナバナスの民は今までと同じ様にハルトに接する事をしなくなるだろう。そして、それはハルトの望む所では無い。それに、最後の最後までハルトが自分を偽りきれるかどうか、と問われれば、それは難しい。新たな魔王が誕生した事は、既にナバナスにも報せが届いている。その魔王がハルトだと露見するのは、既に時間の問題だ。

 ハルトは寂しげな表情で、現状を受け入れる。
 ハルトは只の人として、ここに存在する事を、もう許されてはいない。

 リューシェとニーナの恐怖に歪む顔を見ない為には、二人から逃げ続けなければならない。

 民の全てに必要以上に恐れられる事を回避するには、誰の目にも触れない場所に辿りつかなくてはならない。


 ――つまり、この世界に、ハルトの居場所は、帰れる場所は、どこにもない。


「……もし、皆が受け入れてくれるなら、そうしたいけど、それは無理だ」

 ハルトは寂しげな表情で呟いた。
 ハルトの全てを知るエーディッドは、そのハルトの表情と言葉に、悲痛な面持ちで目を伏せる。

「……理由を聞いても良いか?」

 バルフッドは真剣な眼差しでハルトに問う。その問いに、ハルトは寂しげな表情で、眼差しをテーブルに落としながら答える。

「……俺の旅が何時終わるか分からないし、俺はこの世界がどれ位良くなったか、最後の最後まで見届けなくちゃならない」

 ハルトは少しだけ哀しそうに目を瞑る。

「……俺の旅は、終わりが無いんだ」

 ――ハルトは一生身分を隠し、世界を点々としながら生きていくつもりだ。その中で、誰の目にも触れられず、ひっそりと過ごせる場所が見つかったのなら、そこに安住の地を定める。魔族領が豊かになり、そして、その地をリューシェが治めれば、全てが丸く収まる。ハルトが破った魔王の外装は、ゲルトがその役を務め、リューシェの剣として、リューシェに危害を加えようとする者達を討つだろう。そして、リューシェの心は、リューシェの盾たるニーナが守っている。
 そして、リューシェなら、必ずハルトの意思を継いで、全ての者の言葉に耳を傾け、この世界をよりよく導いていく。


 ――そうなれば、ハルトの役目は終わりだ。後は三人に任せて、誰にも知られず、ひっそりと生きていく。ハルトが女神から、そしてカインズから与えられた選択肢は自由意志だ。ハルトは己に意思に従い、全てを為した後は、世を捨てるつもりだ。


 バルフッドは暫くの間、寂しげな表情を浮かべているハルトを見つめた後、軽い溜息をついて、瞑目して思案を巡らせると、やがて強い眼差しをもってハルトを見つめた。


「――なら、その旅、終わらせよう」


 またもやバルフッドの言葉から飛び出した思わぬ言葉に、ハルトは呆気に取られながらバルフッドを見つめた。

「……終わらせるて、どうやって」

 エーディッドもまたバルフッドの考えが読めず、訝しげな表情を浮かべている。

「トーマ、お前の旅は、その知識を使って魔族領の改革を行う、と言う目的の元にあるんだったな」

 ハルトは僅かにうろたえながら、バルフッドの言葉に頷く。

「そして、それが全て終わるまでに、どれ位の時間が掛かるか分からない。だから、お前はこの村に帰って来れない。そうだな?」

 エーディッドはバルフッドが何を考えているのかを読めず、眉を寄せて思案を巡らせている。少なくともエーディッドにはハルトの旅を短期間で終わらせる方法など思いつかない。ハルトの旅は、これから何年、何十年と掛かる道のりだ。更に言えばそれをたった一人で完遂しようとしている。そして、ハルトは回りに助力を願える立場に無い。

「……少し時間は掛かるだろうが、それでも金も掛からず、手っ取り早く改革する方法はある」

 ハルトの眉が自然と寄る。エーディッドはバルフッドの言葉に愕然として目を丸めた。
 確かにハルトの能力を全開にして活かせば、魔族領の改革は差して時間も掛からず終わる。だが、それは一時的なものだ。正確な知識を伝達しなければ、その土壌を永続的に続かせる事は難しい。

 金をかけず、しかも助力を願わず、そして魔王である事を悟られず、全てを短期間で済ませる方法など、絶対にありはしない。

 バルフッドはハルトの戸惑った表情の後に、軽く目を滑らせ、エーディッドの困惑した表情を見つめると、笑みを浮かべて言い放った。


「――魔王城の、騎士達を動員する」


 再び掛けられた思わぬ言葉に、ハルトとエーディッドは、今度こそ言葉を無くした。
バルフさん空気読めないひと代表。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ