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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第四章 ―― 魔王ハルトの改革記 ナバナス編 ――

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第五十九話 エーディットはアルマの異常性に気付き始める

 
 ハルトとエーディッドはバルフッドへの家へと至る道をのんびりと歩いていた。この世界で風呂と言う概念は無い。風呂の変わりに水浴びと言う習慣がある程度だ。ハルトはエーディッドに手伝ってもらい、身体中にこびり付いた血を拭い終えると、バルフッドから貰った衣服に袖を通した。

 ハルトの身体を拭った数枚のタオルとベッドのシーツは、纏めて灰も残さず焼却した。恐らく洗ったとしても血糊は消えない。そして、それらが見つかれば、何かしら疑問の目を向けられるのは確かだろう。それを回避するには証拠隠滅に限る。

 エーディッドはハルトの背中を拭う時に、その生々しい傷跡にある背中に悲痛な表情を浮かべていたが、ハルトがそれに気付く事は無かった。エーディッドはたまにタオル越しにハルトの背中に手を触れさせ、そこにある感触を確かめていた。


 ――その背中はもはや人の肌と思えなかった。焼け爛れ、ケロイド状になった背中には、数え切れない程の傷跡があり、触れた感触では、もはや背骨も変形している場所が多々あった。


 ハルトはいつも長袖を着用している理由をエーディッドは初めて知った。
 焼け爛れた皮膚は、腕の半ば過ぎまで達し、もし半袖を着用したのなら、半袖から伸びる腕は目を覆いたくなる様な無残な姿を晒す事になる。そして、その姿を見れば、誰もがハルトに対して好奇の目を向けるだろう。その多くが同情である事は間違いのない事だろうが、ハルトはそれを嫌った。
 ハルトは自分の身体を誇ろうとは思わないが、別にそれに対して引け目を感じる事も無い。この身体の傷は、ハルトがこの世界に放り出されてからの一年余りのハルトの努力の結晶であり、そして結果だ。

 ただ、この身体を見た者は、必ずハルトに対して畏怖の感情を覚えるだろう。ハルトの身体は、どの様な歴戦の猛者であろうとも辿り着けない身体だ。鍛え上げられた鋼の様な身体に、その身体を覆う傷跡。そして、元の肌の色さえ窺わせない、爛れた皮膚。

 多少腕に覚えのある程度の者なら、その身体を見ただけで戦意を喪失する。ハルトの身体にはそれだけの説得力があった。

 エーディッドもバルフッドも多少腕に覚えはあるが、ハルトの素性を知るエーディッドならともかく、バルフッドがハルトの身体を知れば、確実に戦意を殺がれる。元よりバルフッドは既にハルトに挑んだ所で勝負にすらならないと踏んでいるので、二人が相対する可能性は無いが。

 エーディッドは脳裏に浮かんだハルトの身体を振り払う様に軽く頭を振ると、その目を空高く昇る月へと移した。


「――そう言えば、言い忘れていた」

 その言葉に、ハルトは軽く目を丸めながら、その目をエーディッドへと移す。

「おかえり、トーマ」


 その言葉に、自然とハルトの眉が寄った。


「……えと、俺が朝帰ってきた時に、おかえりって言わなかったっけ……?」

「……え?」


 ハルトの言葉にエーディッドまでもが目を丸くする。ハルトはエーディッドの表情に、訝しげな表情を浮かべると、腕を組んで軽く首を傾げた。

「……意識が朦朧としてたから、夢かも知れないけど、ボロボロになって帰ってきて、誰かにお帰りなさいって言われた記憶があるんだよね……」

 その言葉にエーディッドは眉を寄せる。

「んで、俺はもう立ってる事も出来なくて、誰かに支えられながらベッドまで辿り着いた様な気がするんだけど……夢だったのかな……」

 歩きながら顎に手を添えるハルトの横顔を見つめながら、エーディッドはある可能性に辿り着いて、僅かに顔から血の気を引かせた。
 エーディッドがハルトの許に来たのは、アルマから様子を見に行って欲しい、と頼まれたからだ。エーディッドはアルマの想いを知り、アルマ自身が赴いた方が良いのではないか、とアルマに伝えたが、アルマはそれを聞き入れようとはしなかった。

 血塗れになって臥せっていたハルトを見つけた時、エーディッドはアルマが来なくて正解だった、と思った。もしアルマが血塗れで倒れているハルトを発見していたのなら、そしてその身体を見ていたのなら、ハルトに対して恐怖を抱かずにはいられなかったと思ったからだ。


 ――だが、ハルトにはナバナスに帰ってきてから、何者かにお帰りなさい、と告げられ、その身体を支えられ、ベッドまで辿り着いた記憶がある。

 その記憶に『アルマ』と言う部品を加えれば、歯車は正常に動き出す。


 だが、そうであるのなら、一切の曇りが無い笑顔でエーディッドにハルトへと赴かせたアルマは、一眠りの後に見た、ある程度回復したハルトを超える、凄惨な状態でナバナスへと帰還したハルトを見ているはずだ。
 それも、恐らくシーツにこびりついた血が乾いていなかった、大量の血を流すハルトの姿を目撃していた筈だ。


 ――そう言えば、とエーディッドは思い出す。


 アルマは基本就寝前に水浴びをする。だが、今日に限って、アルマは早朝に水浴びをしていた。そして、着替えの服はあったが、着ていた服は見当たらなかった。
 エーディッドは顔から血の気を引かせ、ハルトの歩みに合わせながら、バラバラになり掛ける思考を纏める。

 恐らくハルトが帰ってきたのは早朝。そして、その時、ハルトはまだ乾かない血を纏い、定かではない意識で何とかベッドに辿り着こうとしたが、叶わなかった。だが、ハルトの前に現れた何者かはハルトにお帰りなさい、と告げ、ハルトを助け、ベッドまでハルトを支えた。

 当然、支えた者はハルトの血で肌から服から血塗れになっただろう。
 そして例外とも言って良い、アルマの早朝の水浴び。

 エーディッドは唖然とした表情を暗くなった大地に落とした。


 ――アルマが全てを知っていたとすれば、全てに辻褄があう。


 ハルトがナバナスを留守にした事を知るのは、エーディッドとアルマだけだ。それ以外の者であれば、ハルトにお帰りなさい、などと言う訳が無い。いや、ハルトの凄惨な姿を見て、お帰りなさいなどと言える筈が無い。多少荒事に覚えがあるエーディッドですらハルトの臥せっている姿を見て、生きているのかと心配した程だ。
 ハルトの凄惨な姿を見たエーディッドは笑みを浮かべる事など出来なかった。
 だが、エーディッドにハルトの様子を見に行くように願ったアルマは一切の陰りが無い、無邪気な笑みを浮かべていた。


 ――全てを知っていて、尚あのような曇りの無い笑顔を浮かべる事など、出来る訳が無い。


「……い、意識が朦朧としていたんだろう? 私以外に、君にお帰りと言える者は……」

 告げる言葉は僅かに震えていたが、記憶を呼び起こしているハルトはそれに気付かない。
 暫く記憶を掘り起こす様に眉を寄せていたハルトは、やがて諦めた様にため息をつくとその紅く染まる目を月へと向けた。

「そだねぇ。ディッドさん以外、俺がナバナスを留守にしてた事知る人いないし……」

 当然、ハルトの記憶違いと言う可能性は高い。だが、エーディッドはその自分の言葉に懐疑的だった。
 ハルトが目を覚ました時に傍にいるのがアルマだった場合、ハルトは大いに慌てただろう。或いは逃げ出していた可能性すらある。だが、アルマが全てを知った上で、あえてエーディッドにハルトの傍に行くように差し向けたのなら、それらは全て自然と言う言葉で収まる。ハルトが慌てる必要性も無い。ハルトにとって、エーディッドはナバナスで唯一自分の本当の存在を知る人物だ。


 そう考えれば、やはりアルマは全てを知っていたとしか思えない。


「……ん。きっと夢でも見てたんだろう」

 ハルトはあの時の事を夢と結論付けた。如何にハルトとは言え、あの時の傷と疲労では、夢か現かを判断出来るだけの思考能力は無かった。そして、与えられた判断材料から考察するに、あれは現実では無かった、と言う考えが最もだろう。

「んじゃ、改めて。ただいま、ディッドさん」

 エーディッドに向ける笑顔は、何の疑いも感じていない。その笑顔に、エーディッドは少しだけ曇った笑顔を浮かべた。

「……うん。お帰り、トーマ」

 エーディッドの笑顔に、少しの陰りを見つけて、ハルトは眉を軽く寄せる。

「……なんかした?」

「え? あ、いや……。改めてだと、少し気恥ずかしくて……」

 ハルトはその言葉に、なるほど、と頷いて顔を戻す。やはりその表情にも一切の疑いは見当たらない。


 恐らくアルマは全てを知っている。それは間違いない。


 だが、だとすれば、アルマはハルトの凄惨な姿も、その身体にある傷跡も見ている筈だ。そして、それでもアルマは無邪気な、一切の曇りも無い笑顔でエーディッドにハルトへと赴く事を願っている。
 或いはハルトの姿を見てから、エーディッドへと言葉を告げる数時間で精神的な負担を和らげたのかも知れないが、それでも異常だ。少なくても、エーディッドは未だハルトの身体にある生々しい傷跡を忘れる事が出来ない。他者からハルトの事を尋ねられるか、もしくは伝えようとすれば、必ず顔に出てしまう位には。


 ――だが、アルマにはそれが一切無い。


 荒事に多少覚えがあるエーディッドですら直ぐには忘れられない景色を、アルマはまるで見てなかった様に話していた。或いは本当に知らない可能性もあるが、それではエーディッドがアルマにハルトのもとへと行くべきだ、と言う言葉を聞き入れなかった理由が分からない。

 もし全てを知っていて、それをまるで知らない様に振舞えるとすれば、それは異常だ。

「……ディッドさん、さっきから何した? 何か顔色が悪いけど、具合でも悪い?」

 ハルトの言葉に我を取り戻したエーディッドは慌てて首を振る。

「べ、別に大丈夫だ。何もおかしい所なんか、無いぞ……?」

 ハルトはその言葉に歩みを止め、ジーっとエーディッドの顔を見つめる。

 ――僅か数秒、エーディッドは耐え切れずハルトから顔を背けた。


「うーん……」

 ハルトは瞑目して頭を掻くと、やがて溜息をついて、エーディッドに笑顔を向けた。

「……んま、いっか。何があったのかは問わないけど、もし俺に何か出来る事があれば遠慮なく言ってね?」


 エーディッドが少し驚いた表情でハルトに向き直ると、ハルトは笑顔のまま一度頷いて、再び歩み始めた。

「ディッドさんは俺にとって恩人なんだから。俺に出来る事は少ないけど、俺で良ければ幾らでも力になるよ。話相手くらいにはなれるだろうし」

 言葉とは裏腹に、ハルトに出来る事は多い。人の感情について以外の問題なら、ハルトは何でも出来るだろう。
 だが、エーディッドが何について悩んでいるのかまでは分からなかったが、恐らくその悩みは人の感情の機微によるものだろうと言う予測は立てられる。

 ハルトにとって、エーディッドは恩人だ。この世界に放り出されてから、初めてハルトの期待に応えた、今の所唯一の存在だ。その恩人の悩みであれば、何でも受け付けるつもりではある。

 勿論、エーディッドにとってはハルトもまた恩人なのであるが、ハルトはその事実に気付いていない。ハルトからすれば、また『当たり前の事をしただけ』となるだろう。

 そして、ハルトはエーディッドの今の悩みがハルト自身を中心とした台風である事など気付きもしなかった。

 エーディッドは背を向けたハルトに一瞬だけ苦渋の表情を浮かべるが、やがて力なく微笑んで、ハルトの後を追った。
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