挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第四章 ―― 魔王ハルトの改革記 ナバナス編 ――

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

61/471

第十九話 ハルトは宛がわれた住処に凍りつく

 
 ハルトがナバナスに逗留してから五日。漸くハルトの仮の住居が決定した。ちなみにその五日間で例年なら十日は掛かる収穫が終了。当然それに大きく貢献したのはハルトである。麦畑復活の件は奇跡とされ、誰もハルトを疑っている者はいない。

 ――もっともバルフッドは未だハルトに対して疑いの意思を捨てた訳では無いが。

 ハルトの予想であれば二日あれば簡単に終わる作業だと思っていた収穫であったが、予想以上に村人の疲弊が激しく、途中何人もの村人が怪我を再発すると言う事態に陥り、ハルトはその度にその怪我人の治療などに従事していた。
 だが、その行為が村人の信頼を勝ち得る行為となり、現在ではハルトを慕っていない者を探す方が難しい。

 ハルトはその仮の住居に案内されつつ何気なしに視線を方々に飛ばす。

 麦畑が復活し、例年以上の収穫があったとは言え、あの魔物がナバナスに与えた爪痕は大きい。大きな損害を受けている住居こそ少ないが、そこかしこに修復を施さなければならない住居は数え切れない。
 石壁に亀裂が入っている家、屋根が一部崩落している家、その他色々。
 ハルトはバルフッド、エーディッドの背中を追いつつ思考をゆっくりと巡らせる。

 とりあえず、の作業であった麦の修復、及び収穫は終わった。収穫の作業を終えた村人達が次に取り掛かるのは、恐らく村の復興だろう。地球の様な科学技術――例えば重機の様なもの――が無いこの世界で、これ程のある種災害に近い爪痕を残された場合、その復興に掛かる時間は、流石のハルトでも予測がつかない。
 地球の水準で考えれば、殆どの建物が石造りなどであり、浸水などの被害も無い事から、少ない時間ですむ可能性は高いが、この世界で考えれば少ない時間で済む筈が無い。

 だが、ハルトがいれば話は別だ。

 麦畑で既に風の魔法をハルトは村人達に見せている。最初こそ驚かれたが、村人達は幸運にも余り魔法に対しての知識が無かった。なので、魔法とはそう言うものなのだ、と説明をした所、あっさりと信じてもらえた。
 魔法についてある程度詳しいバルフッドは納得の行かない表情をしていたが、それに関しては無視である。バルフッドに対して無理な説明をすれば、又もや変な所であらぬ疑いが浮上する可能性は高い。

 ハルトは学習した。


 ――いっそ何も言わない方が、問題は起きない、と。


 バルフッドに同じく、魔法に関してある程度詳しい筈のエーディッドがハルトに何の疑問も投げかけなかった事に関して不思議に思う所はあるが、恐らくエーディッドは自分の中で何かしら納得の行く回答を導き出したのだろう、とハルトは結論付けた。

 勿論、麦畑の一件を気付かれているとは思っていない。

「トーマさん、どうかしましたか?」

 ボーっと周りの景色を眺めながら思考を巡らせていたハルトに、その隣りにいたアルマが笑顔で声を掛ける。

「あぁ、いや。大分酷い爪痕が残っているなぁ、と」

 ハルトは頬を掻きつつアルマに笑顔を向ける。
 アルマに何があったのかは分からないが、今はもうあの盲目的な目を向けられない。二度向けられたあの盲目的な目の説明はつかないが、少なくともあの目によって齎される悪寒からハルトは開放されていた。

「トーマさんのお陰でこの程度で済んだんですよ。もしトーマさんが来てくれなかったら、きっとこの村は無くなっていましたから。トーマさんがこの村を救ってくれたんです」

「……んな大げさな。何度も言うけど、俺は当たり前の事をしただけだって」

「トーマさんにとって当たり前でも、私達にとっては奇跡に近い出来事だったんですよ? 実際、トーマさんが居なければ何人もの人達が亡くなっていたじゃないですか」

 言い返す言葉をなくし、ハルトは苦笑いを浮かべた。
 ハルトの紅く染まる瞳に映る、アルマの薄い黄色の瞳に、以前の様な狂気にも近い感情は見当たらない。
 だが、透き通るその瞳には、狂気の代わりに何かしらの感情が宿っていた。

 ハルトは気付けないが、そこにあるのは一種の憧れだ。

 アルマはエーディッドからハルトに向けている感情――恐怖を打ち消す為の信仰に近いもの――を見抜かれ、そして恐怖を許容しても良いのだと諭されてから、ハルトへの見方を意識的に変えようとした。

 無闇に信頼するのではなく、信頼に足る何かを探そうとした。
 その結果、アルマはハルトの余りにも人間臭い部分を、この五日間で沢山確かめた。

 収穫を終えて帰ってきて、『うだー』と、ぐったりと伸びている姿。
 夕餉を満足そうに平らげ、礼儀正しく手を合わせる姿。
 酷い怪我を再発させた者に戸惑う姿。

 それらハルトの余りにも人間らしい姿は、アルマの中に芽生えていたハルトへの恐怖を、ゆっくりとだが、確実に溶かしていった。

 五日間と言う時間は、アルマの心に芽生えた恐怖を溶かすには十分すぎた。
 そもそも、リューシェやニーナと違い、アルマはハルトとの出逢いが余りにも良すぎた。ハルトの冷徹な部分よりも先に、ハルトの暖かな部分をアルマは見た。
 今のアルマにとって、ハルトは、凄い能力を持つだけの、只の人に過ぎない。その本質は神でも、それに準ずる者でも無く、只の人なのだとアルマは見抜いていた。

 ――それは事実当たっている。

 只の人――つまり、自分達と全く同じである、と気付いた時には、アルマの中でハルトに対する恐怖は無くなっていた。同じ場所に立つ人であると気付き、敬虔の念も消えた。畏怖も、畏敬の念も無い。
 今のアルマにあるのは、純粋なる憧れだ。
 思慕はあるだろうが、そこに恋愛感情は無い。いずれ、ハルトと同じ様に、誰かを救える者になりたい。そして、それを行うハルトを敬い、憧れる思いだけだ。

 歩みを進めるハルトはふと思いついた事を先行する二人の背中に尋ねる。

「っていうか、随分と他の家から離れていってるけど……」

 損傷のある家々は既に周りには無い。家が並んでいる場所を抜け、歩みを進めてからもう十分は経とうかとしている。家以外に何も無かったかの様な景色は終わりを告げ、今ハルト達の周りにある景色は、森とは決して言えないが、林、と呼ぶには何とか体を為しているのではないか、と思われる程度には緑がある。

「村の中心部にも空き家はあるんだが、いかんせんあの魔物に全て荒らされてしまってな」

 バルフッドが肩越しに振り返り、その表情に笑みを浮かべながらハルトに告げる。

「お前の家をどうするか、と村の連中と協議しあった結果、少し外れてはしまうが、暮らすには十分な所があるから、そこにしようとなった」

 ふむふむ、とハルトは頷く。
 暮らすには十分。ハルトにとってはそれで十分だ。ハルトにとって家など雨露が凌げて、横になれる場所があればそれで十分。ほったて小屋程度のものがあれば、それで十分に問題ない。
 日本に居た頃でさえ、ハルトは最低限のものが揃っている部屋であれば満足だった。必要なものを置けるスペースがあり、そこで横になれる場所があれば満足できる。
 ある種ハルトは趣味以外であれば慎ましい生活を好む。
 恐らく、暮らすのに十分と言う事は、雨露が凌げるレベルなのだろう。或いは資材を搬入する様な物置小屋なのかも知れない。だが、ハルトにとっては余所者の自分に住居を提供してくれる事事態が幸せな事だ。
 立って半畳、寝て一畳。ハルトにとって必要なものはそれしかない。
 リューシェの追っ手が掛かっている事はまず間違いない。ナバナスに永住出来るとは思っていないが、多少の時間はあるだろう。その多少の時間の中で、安息を覚える事が出来る場所があるのと無いのとでは大きな違いがある。バルフッドの家に間借りしていれば、いつも気を張っていなければならないだろう。それが無くなるのは大いなる救いだ。
 ハルトはそう思い、首を巡らしながら周りの景色を目に映していた。

「――着いたぞ、トーマ」


 そのバルフッドの言葉に周りの景色を見渡していたハルトの眉が上がり、その首がゆっくりと家があるだろう方向へと巡らされ――。

 ――ハルトの表情が凍りついた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ