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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第九章 ―― 神王ハルトの神討記 ――

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第二十五話 二つの影は溶け合い重なる

(´・ω・`)ノ 進まなくてすみません。
今日( 2/18 )はこれまで。
 
 ――夢でも見ているのだろうか。だとすれば、これはどんなに酷い悪夢だろうか。

 ゲルトは呆然と立ち尽くしたまま、見覚えのある女性の後姿に見入っていた。

「……エマ、殿……?」

 その名前を呼ぶ。そして、その名前に、エマは悲しげな表情を浮かべながら静かに振り返った。

「……お久しぶりです、ゲルト様。名乗りを上げるつもりは無かったのですが……」

 そして寂しそうにエマは微笑む。

「……春の風は悪戯好きですのね。何も今悪戯心を抱かなくても良いと言うのに……」

 ゲルトは唖然としたままエマの寂しげな微笑に見入っていた。エマはそれをみると、再びゲルトに背を向けて、空に浮かぶ青白い月を見上げる。

「……四日前、私は貴方のもとに薬を届ける際に、偶然扉の前でお二人の会話を聞いてしまいました」

 ゲルトが目を見開く。

「……あの、会話を聞いて……?」

 エマが静かに頷く。

「……夢だったのです。貴方とどこかで、腰を下ろして、のんびりと月を見上げて語らう事が……」

 その目から一筋の涙が零れ落ちた。

「……そうして、私達の将来を語り合う事が……」

 ゲルトは混乱の中に居た。
 この女性と言葉を交わした時、ハルトに近しい人物である事は察した。だが、それがエマだとは全く想像出来なかった。

「……私、達の、将来……?」

 エマはゲルトに背中を向けながら、流れ落ちる涙をそのままに頷いた。

「……貴方に愛され、いずれ貴方の子を成し、その子をどう育てようかと……」

 ゲルトは唖然としたままだ。予測しえない事態に、喉が渇いてひりつく。思考が鈍り、黒く染まっていく。全身からは冷えたような、熱いような汗が流れ、それが衣類を地肌に引き寄せていく。


「……情けを」


 エマは迷いの無い、しかし弱々しい言葉を告げる。

「……せめて、酷い言葉で、私の未練を断ち切る情けを……」

 そう告げると、エマは涙を流しながらも薄い微笑みを浮かべてゲルトに向き直った。
 ゲルトは乾いた喉を一度鳴らすと、乾いた声をエマに告げる。

「……いつから……」

 エマはその質問にも体を成していない言葉に悲しげに目を伏せて、正直な所を告げた。

「……わかりません」

 そして、一度目を閉じて、薄い微笑みを浮かべてゲルトを眩しそうに見つめる。

「……多分、初めてお会いした頃から」

 ゲルトはその言葉に目を大きく見開く。それにも構わず、エマは言葉を続けた。

「貴方との文のやり取りは、心を暖める大きな拠り所でした。貴方の文に、私は何度救われたか分からない……」

 薄い微笑みをそのままに、エマはしっかりとゲルトの紅い瞳を見つめる。

「……それだけ、貴方の存在は、私にとっては大きかった」

 流れる涙を拭う事もせずに、エマは言葉を重ねる。

「……しかし、夢は夢。いずれは覚めてしまうもの……」

 そう告げるとエマはそっと目を閉じる。


「……私の数年間の夢を、ここで終わらせて――」

 その瞬間のゲルトの手が動いた。

「――ゲルト、様……?」


 エマは思わぬ行動に目を見開く。
 ゲルトはエマを抱きしめ、その顔を己が胸に抱いていた。

「……私こそ、叶わないと思っていた……」

 力強く、しかし優しくエマを抱き寄せるゲルトの表情が、様々な感情を宿して歪む。

「……貴女から届く文は、いつも真摯に神と向き合う貴女の姿が見て取れた」

 ゲルトはその表情に苦い物を浮かべた。

「神を第一に考え、想いを傾ける貴女に、私が……俺が添えるなど出来ないと思っていた……」


 ――その言葉にエマの目が大きく見開かれ、更なる涙が溢れ出した。


 ゲルトもまた恋焦がれていた。

 だが、その女性から届く文は、いつも敬虔な神の信徒を思い起こさせる言葉ばかり。故にゲルトは想いが届く事はないのだと思っていた。


 数年間の文の逢瀬。

 しかしその逢瀬は僅かなすれ違いが発生していた。

 しかしそのすれ違いをまるで埋めるように、今ゲルトとエマの身体は結び付けられている。まるでその数年間を埋めるように、しっかりと抱き合わされている。


 やがて、エマの手が震えながらゲルトの背中に回った。

「……私は、夢を見続けられるのですか……?」

 ゲルトはエマを強く抱きしめながら静かに告げる。

「……俺は君以外の人と夢を見たいとは思わない。君以外、俺は共に生きて行きたいと思う人はいない……っ」


 その言葉で――。

 ――エマは声を上げて喜びに泣いた。


 青白い月の下、そして、二人の影がそっと離れ、そして溶け合うように再び重なった。


「――ゲルトさんは、エマさんと生きて行きたいんだと」

 その二人を見守っていた二つの影の内の一人が回廊の壁に背中を預けしゃがみ込みながらもう一人の影に告げる。
 その影は異常聴覚を持って、二人の会話を汲み取って簡易的にもう一人の影に説明していた。

「……な、なんじゃ……初めから、姉上は、幸せになる事が、決まっておったのでは、ないか……」

 もう一人の影は気丈に笑顔を浮かべようとするが、それは歓喜の余り溢れ出す涙で上手く浮かばない。それを見て、もう一人の影――ハルトが笑顔を浮かべながら懐からハンカチを取り出してその者――イリアに渡す。

「……泣け泣け。喜びの涙は良いもんだ。悲しい時も、嬉しい時も泣ける時は泣いた方が良い。嬉しい時は悲しい時よりも泣くべきなんだ」

 イリアはそれを受け取ると、そっと両目の目頭を押さえながらハルトの隣に座りこみ、何度も肩を跳ねらせて、それでも声を殺して泣く。ハルトはそれを見て、僅かに目を潤ませながらイリアの頭をそっと右手で撫で、それから背中越しにそっと再び抱き合っている一つの影を見つめた。

「……数年間のすれ違いか。俺とリューシェは精々一年弱。どれだけあの二人は長い道のりを歩いてきたんだろうな……」

 その言葉に、隣で肩を跳ねながら泣くイリアは泣き声の間に言葉を告げる。

「……姉上は、ずっと、ゲルトだけを、見ておったのだ……」

 鼻を鳴らしながらイリアは告げる。

「そなたらの時間と共にするな。姉上に、失礼じゃ」

 ハルトは泣きながらも気丈なその言葉に苦笑いを浮かべて肩を竦めた。

「しっかし、ゲルトさんとエマさんの子供が生まれたら、ニーナ以上の天才になるんじゃないか?」

 ゲルトは実質魔王城で序列一位だった騎士。対するエマは神殿で上位の序列に肩を並べていた騎士だ。その二人の子供ならば、間違いなく精強なる騎士になるだろう。

 ハルトは目を遠くする。

 その子供が成長する頃には、自分は魔王の座を退位出来ているのだろうか、と。

 だが、その前にしなくてはならない事がまだまだある。
 その最もたる所は民からデレイトスの信仰を引き離す事だ。
 後数年。後数年の猶予で一体何処までの結果が見られるのかは分からない。だが、そこに至るまでに、最大限の努力をなさなければならないのは当然の事だ。

 ハルトが魔王を退位できるとすれば、それは完全にデレイトス信仰が抑えられた後だろう。それまではハルトは象徴として、そして象徴たる魔王として君臨しなくてはならない。


 ――だが今日くらいは、とハルトは思う。


 出来た友の数年間の想いが届いた今日位は全てを忘れて、リミッターも外し酔いあかすのも一興かも知れない。

 誰にも邪魔をされる事もなく、一人で。

 ハルトは肩越しの景色に目を細めながらそう自分に告げた。

「……しかし、そうなるとゲルトさん達の為の部屋を用意しなきゃならんな」

 ハルトはその景色から目を外すとぼやくように呟いた。

「ゲルトさんもエマさんも職務上城を空ける訳にはいかんし」

 ハルトとしては城外に居を構えても構わないと思うのだが、それは二人が許さないだろう。ゲルトはハルトの親衛隊隊長で、エマはイリアの護衛隊隊長だ。どのような建前があろうと、城を空ける事は許されない。そう考え、溜息をつきながらハルトは頭を掻いた。二人が暮らしても十分な空き部屋は確かまだまだあった筈だ。そうなるとそこの掃除をしなくてはならない。更に二人が寝ても十分なベッドに、居室用の机、テーブル、ソファ。あとゲルトとエマの居室にある本棚も移動させなくてはならないだろう。

「しゃあないなぁ。二人がグダグダ言う前にお膳立てしとくか」


 ――ハルトには基本『人を使う』と言う概念が無い。


 もっとも人を使うよりもハルトの力を使って行った方が遥かに早く済み、人件費も抑えられる訳だから一挙両得とも言える。

「……いや、あの二人の事じゃ。まだ共に暮らす事には頷かぬと思うぞ?」

 漸く歓喜の渦から浮上してきたイリアが目尻の涙を拭い、一つ深く呼吸をついてから告げる。そして、その言葉にハルトはキョトンとした表情を浮かべた。

「またなんしてさ?」

「考えてもみよ、自分達の主が身を固めてもおらぬのに、勝手に身を固められるか」

 ハルトはその言葉に閉口した表情を浮かべてからぐったりと項垂れた。

「……んな事気にせんでもええっちゅうのに……」

 だが、イリアの言う言葉はある意味では間違っていないだろうとハルトは思う。エマを受け入れたとは言え、ゲルトの堅物ぶりは変わらないだろう。事実ゲルトは以前ハルトに恋愛と仕事は別と考え、両立させると明言している。
 もっとも今を考えれば、恋愛などと言う軽いものではなく、そこにあるのは純真な愛だろうが。

「二人を早く幸せにしたいのであれば、そなたもさっさと腹を括るが良い」

 えー、とハルトは表情で告げ、頭を抱える。

「……まだ煮えきらんのか。あれを見ても」

 告げてイリアは再びしっかりと抱き合い、何かを囁きあっている影を見る。

「他所は他所。うちはうち。それは全くもって別問題ですがな……」

 そう告げてハルトは立ち上がり、肩越しの景色を見る。二人は一つの影になって未だ動かず、数年間の月日を埋めるようにそこにあった。

 それらを見れば、もはや問題がないのは明白だ。

「それじゃうちらはずらかりますかね。これ以上見られているのも気持ちの良いものじゃないだろうし。気を遣ってあげなきゃ」

 ハルトが満面の笑みで告げると、イリアもまた頷いた。

「……じゃな。これより先を見ていたと知られては姉上に叱られる」

 言い置いて苦笑を浮かべながらイリアもまたゆっくりと立ち上がる。


「……あ……」


 イリアがハルトの顔を見てぽつりと告げた。

「なんした?」

「いや、ハルトの瞼にごみがついておっての」

 言われてハルトは瞼を擦る。

「いや、そこじゃないのじゃ。あぁ違う、そこでもない」

 イリアは言い置いて深く溜息をつく。

「しょうがない、余がとってやる。目を閉じて顔を向けよ」

 その言葉にハルトは素直に従った。


「そんじゃ頼――」

「――ん」


 頼むよ、と告げる唇を、イリアの唇が塞いだ。ハルトはその瞬間に固まって動けなくなり、数秒の唇の触れ合いを経て、イリアはそっとハルトから離れた。


「……おま……」

「……罰じゃよ。余と姉上を必要以上に悲しめた罪の、な」


 そう告げるとイリアは悪戯な笑みに頬を染めて告げ、静かに踵を返して歩いていった。ハルトは唇を触りながら一つ溜息をついて呟いた。

「――どう考えても罰ゲームじゃねぇだろこれ」

 僅かに項垂れた後、ハルトは疲れたように苦笑いを浮かべつつ頭を振った。
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