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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第八章 ―― 神王ハルトの討伐記 ――

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第十三話 ハルトは王として、民に願いを訴える

 
 場はイリアとリューシェと言う思わぬ人物の登場で喧騒には程遠いが、軽いざわめきに満ちていた。
 リューシェはその顔から微笑を消すと、静かに語りだす。

「凡そ十ヶ月程前、私は今隣にいるハルトと言う人物の前に敗れ去り、魔王の座を明け渡した」

 民衆は口を閉じ、息を呑んでリューシェの言葉を待っている。

「魔王の力は皆も良く知っていると思う。魔王はある条件が揃った時に限り万全なる状態で敵を迎え撃つ事が出来る」

 とある条件、それはオスカークの血と、魔王の外装が整った時だ。

「故に、過去にあった獣人族侵攻の折にも、過去の魔王が直接戦場に出て単独で敵を下した事例もあった。それ程までに万全たる魔王の力は強い」

 その言葉に多くの者が一も二も無く賛意を示す様に頷いた。

「しかし、私はその万全の状態でハルトに敗北を喫して魔王の座を明け渡した」

 そこまで言うとリューシェは微笑を浮かべ、ハルトに顔を向けた。

「――それ程までにハルトは強い。事実、ハルトは先の獣人族侵攻の折、ふわりとその場に降り立ち、獣人族勢を押し返して、渓谷を生み出し、獣人族との永遠の決別と言う私達の悲願を達成した」

 その事実も知らない者は居ない。故にその場にいる者達は再び賛意を示す様に頷いた。

「ハルトは、私達の中で最強を名乗るのに、不足など寸毫も無い」

 リューシェは迷いも無く言い切り、その言葉に、初めて民衆の中で『そうだ』と賛意を示す言葉が紡がれた。

「……でも、皆には知らなければならない事がある」

 その言葉で再び民の声は小さくなった。

「皆気付いていると思う。私達魔族の中には、黒髪、黒い瞳と言う存在は居ない。そして、例外も居ない」

 シン、と再び静まり返った民衆を見て、イリアとリューシェはハルト越しにお互いにアイコンタクトを取ると、静かに告げた。


「……その者現われし時、一つの時代が幕を閉じ――」

 リューシェが声を上げ、その後をイリアが追った。

「――時は死に絶え、新たなる時代が息吹を上げる……」

 民は意味を推し量れず訝しげな表情を浮かべる。


「……これは我々王家、元デレイトス教幹部、並びにそれに連なる騎士の家系にしか伝わっていない、秘中の秘の言い伝え。いや、伝説とも言って良い」

 リューシェの後を再びイリアが引き継いだ。

「私達はこの伝説に出てくる人物を『異界の旅人』と呼んでいます」

 イリアは呆然としているままに言葉を失っている者達へと声をかける。

「ここにおわしますハルト様は、魔族ではありません」

 その後をリューシェが間髪いれずに言葉を言った。

「ハルトは今の伝説に出てくる、異界の旅人そのもの」


 ――流石にそこまで言われて理解が及んだのか、回りが騒然としたものに包まれる。


「皆様、不思議に思われませんか? 何故見た覚えのある方がここにいらっしゃるのか」

 イリアがそれを気にも留めず問いかける。

「皆様の知るこの方の名前は『トーマ』相違ないですね?」

 イリアの言葉にその場にいる者達の多くが頷いた。
 だが、目の前の人物はトーマではない。
 顔こそトーマだが、纏っている色が違う。
 トーマは燃える様な鮮やかな紅。
 今目の前にいる魔王は夜闇の様な漆黒の色。

 民衆が混乱に陥っている最中、一瞬だけイリアはリューシェに悪戯な笑みを向け、リューシェもまた珍しくも悪戯な笑みを返した。


 ――二人にとってはこの場はハルトを盛り上げる為の、いわば民衆への衝撃を与える為の布石だ。


「……さぁ、ハルト様。あの色を」

「ハルト、あの仮の姿になって」

 諦観の笑みを浮かべていたハルトは崩れ落ちそうな膝に力を入れて何とか立っている。


「……もう、いやぁ。何なのこの無理ゲー。何なのこの羞恥レイプ……」


 その目尻には涙が浮かんでいた。

「……観念せよ。それもこれも神たるそなたの役目じゃ」

 イリアが民衆の見えない所で悪戯に微笑んでハルトに告げる。

「そうだよハルト。もう分かってるでしょ? もうハルトがトーマだって気付いている人は沢山居る。後はそれを確信させるだけ」

 ハルトはその二人の言葉を聞くと手の平に顔をうずめて、デルラニアとは全く逆の方法で己自信が纏う色を変えていった。


 ――その光景に民衆全てが唖然と口と目を見開く。


 それはほんの五秒にも満たない時間だっただろう。だが、その僅かな時間は、ハルトをトーマへと変身させていた。

「……トーマ、さん……?」

 ハルトをトーマだと最初に気付いた女性が唖然としたまま呟いた。
 そしてそれが呼び水となって、次第に回りに騒然とした雰囲気が、トーマの名を叫ぶ声が鳴り響き始めた。

「――皆様もお気づきになられたでしょう」

 その喧騒をものともせずイリアが話を切り出す。

「トーマとは魔王様の苗字。ハルト様はその姿を民の一人と変え、最も民に近い場所から民を想い、民を救ってまいりました」

『おぉ……』と感嘆の声があちらこちらから鳴り響く。

「そして、民と共に過ごし、様々な奇跡を起こしてまいりました」

 喧騒が途絶え、再びそこにいる全ての者が息を呑む。

「……ナバナスの奇跡、ゴルゾーンの奇跡、そして旅の癒し手の救世主。この三つの奇跡は、全て魔王、ハルト様の御業によるものです」

 その予測外の言葉に民衆の全員が目を剥いた。
 再び喧騒が周りを支配する。だが、イリアはそれを気にも留めず言葉を続けた。

「――同じく、この魔族領にはもう一人の救世主がいます」

 喧騒は鳴り止まないが、イリアは落ち着いた様子で言葉を続ける。

「その名はカインズ」

 イリアは慈悲の微笑を崩さぬまま言葉を続ける。

「カインズは食文化を開かせた存在としても有名ですが、それ以上にデルラニアで活躍していた名医、薬学者、そして教育者としてのカインズもまた皆様知っておられるかと想います」

 ――イリアの言葉が続くうちに喧騒は再び静かなものへと変わって言った。

「カインズの特徴は夜明けの空の様な、青。ですが、皆様お気づきの様に、魔王様はご自身を何色にも変える事が可能です」

 その意味を知って、何度目かも分からない唖然とした感情を民衆は覚えた。


「……カインズとは魔王様の異名。つまり、魔王様はその名で、その知識を持ってデルラニアで様々な改革を行って参りました」

 ――さて、では魔王様の旅の足跡を辿りましょう、とイリアは微笑みながら告げる。

「ナバナスにて土壌改革を成し、ゴルゾーンにて劣勢を極めていた義を守り、統治の改革を成し、旅をしながら救える者は全てを救った。それがトーマと言う名を名乗り、民を常に見守り続けてきた魔王様の足跡」

 息を呑みつつ民衆はイリアの言葉を待つ。

「そして、デルラニアでは名医、薬学、教育と三つの改革を成したカインズと言う名前の足跡」

 ――そして何よりも、と告げてからイリアは口を噤み、リューシェに言葉を譲った。


「私達歴代の魔王には出来なかった、獣人族との永遠の決別」


 そしてイリアが間髪それに言葉を入れる。

「……古き時代は既に幕を下ろしたのです」

 リューシェが告げる。

「ナバナスの奇跡によって、荒地は開墾され、農地はこの先増えていく。今まで民が苦しめられていた統治方法は変えられ、魔王の言葉ではなく、民の言葉が世界を動かしていく世界へと変わる。同じく、医療改革、薬学改革はデルラニアで花咲き、教育改革で子供達はこの先の時代を担う大いなる柱となる」

 リューシェの目は真剣だ。


「――そして、獣人族の脅威は、もう無い」


 その優しげな、しかししっかりとした言葉が次第に民衆に溶け込んでいく。
 その中の多くの者が、その言葉の意味をしっかりと汲み取っていた。

 リューシェはそこでふわりと微笑を浮かべた。

「飢えに怯えず、言葉に怯えず、病や怪我に怯え、先を不安じていた古き時代は幕を閉じた。これからは皆安心して暮らせる。そして、その基盤をハルトは既に作り上げている」

 ――ラズベルトの様に、とリューシェが続けた。

「……しかし、問題がなくなった訳ではありません」

 そこでイリアが言葉を上げた。

「今我々には大いなる脅威が今にも襲い掛からんと迫っています」

 その予測外の言葉に再び民衆の間にざわめきが生まれる。

「……そして、その脅威こそが、デレイトス」

 ざわめきが喧噪に変わる。だが、ハルトはともかくリューシェとイリアはそれが計算の内に入っていたのか全く動じない。

「今のままでは、いずれ遠くない未来に、七十年前の熱病の原因たるデレイトスが猛威を振るい、多くの民がその力に崩れ落ち、命を落とすでしょう」

 巫女姫たるイリアの言葉は、この意味に関しては絶対だ。疑いの余地が無い。
 そう確信した民衆たちは失意のざわめきを生み出していた。


 それでは何も変わらないではないか。
 結局はデレイトスが邪神だと分かっただけで、何の手も打ちようがないのではないか。


「……故に我々元デレイトス教は即時これを解体し、新たなる信仰を立ち上げました」

 民衆が固唾をのむ中、イリアは声高らかにその名を上げる。

「新たなる宗教の名は魔翼教」

 イリアは朗々と言葉を続ける。

「魔王様には漆黒なる闇夜にも似た翼があります。魔王様はその翼を用いて、各地を転々とし、流浪の旅を送りながら、ご自身の成せる精一杯を民の皆様に尽くしてまいりました」

 ――皆様に出来ますか? とイリアは問う。

「無私に徹し、人の為だけに己の身を捧げる事が。無償同然で人を救い、旅をする事が」

 その言葉に多くの者が無意識に首を振った。
 無私に徹して、誰かを救う。その姿を見て、民衆はハルトを――トーマを救世主と呼んだ。
 もしこれが適正価格での治療ならば、だれもハルトの事を救世主とは呼んでいなかっただろう。
 だが、事実ハルトはそれを当たり前の様にやってきた。
 当然それに救われた者が多いのは、既に謎の救世主と言う名前を与えられているハルトの、トーマと言う名苗字があらわしている。

「……人の想いとは、それだけで何かを動かす力となります。このまま皆様がデレイトスに脅威を覚え、怯えていれば、その想いがデレイトスの力の源となってしまうのです」

 イリアはふわりと慈悲の微笑みを浮かべたまま民に問う。

「――皆様はトーマ様を、カインズ様を、そして、ハルト様を想う事は出来ませんか? ハルト様を、その救世主を神として迎え入れる事が出来ませんか?」


 ――その言葉は、余りにも決定的だった。


 イリアがその言葉を言った瞬間、その場から溢れんばかりの歓声が、ハルトを謳う歓声が鳴り響く。

「……さ、ハルト、後はハルトの言葉だけ」

 リューシェが諦観の笑みを浮かべているハルトに告げる。ハルトは諦観の笑みから疲れた様な笑みに表情を変え、最後には憔悴した様な笑みを浮かべた。

 ここまで歓迎されるのはハルトにとっては計算違いだ。


 ――だが、とハルトは気持ちを切り替える。


 ハルトはこの世界の王。ならば、ここではっきりと民に意思を伝えねばならない。
 デルラニアの時の用に、流される様ではなく、自分自身のしっかりとした言葉で。

 スッとハルトが右手を軽く上げると、その意図を汲んで、歓声は並みを引く様に静まった。

「……現魔王、藤間春人です」

 住民は期待に胸を膨らませながらハルトの言葉を待っている。


「……自分で言うのもなんだとは思うんだけど――」

 ハルトは軽いため息をついて言葉を続ける。

「――ぶっちゃけ、俺と皆の違いは立場の違いだけ。俺だって迷いもすれば、躊躇いも覚えるし、間違いだって犯す。俺は魔族じゃないけども、その中身はここにいるイリアやリューシェ、それに皆と同じだ」

 だけれども、とハルトは続けた。

「俺は、俺の役割はこの地を更なる安寧へと繋げる事だ。俺の事を信じられない人もいると思う。その人達には信じて貰えなくても一向に構わない。だけど、その人達にはデレイトス以外の何かを信じて欲しい。愛しい人でも良いし、家族でも良い。打ち込んでいるものだって構わない。何か大切にしたいものを信じて欲しい。そうする事が、デレイトスの脅威を防ぐ一番の事だから」

 そこまで言うとハルトは憔悴しきっていた顔に、全てを吹っ切った、笑顔を浮かべ、素の笑みを浮かべた。

「――俺じゃなくてもいい。信じたいものを信じて欲しい。そうする事が皆の安寧に繋がる。何も信じられない人だけ、俺の事を見てくれれば良いんだ」

 ――その言葉に感激を受けなかった者はいない。

 その民を思いやる新たなる魔王の言葉に、中にはそれだけで涙ぐんでいる者すらいた。


「皆の幸せこそが俺の、王としての幸せだ。魔翼教はその為に利用すれば良いだけだ。何かに縛られる必要性はない。魔翼教も絶対じゃない。心の拠り所が無い人にだけ魔翼教は存在する。ただ、それだけだ」

 そう言うとハルトは大きく息を吸って威厳ある言葉を言った。


「――各々が幸せになる為に信じるものを信じよ! それこそが私の願いである! 己の信念に従い、最善を成せ! 声明は以上だ!」


 そう告げ終わると、ハルトは晴れ晴れとした笑みで最後の言葉を告げる。

「……一緒に頑張ろう。この地を良くするために」


 ――その決定的な一言で、その場の者達の殆どが涙した。

 ハルトはそれを目を細めて微笑みながら見つめると静かに踵を返して魔王城の中へと消えて行った。
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