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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第八章 ―― 神王ハルトの討伐記 ――

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第十一話 ニーナは吐き捨てるようにハルトをヘタレと呼ぶ

 
 ――その日からニーナの世界観は変わった。


 カインズと名乗る、謎の人物から刀と呼ばれる剣の指南を受け、その身体に脈々と流れる自身の魔力を自覚したその日から。

 それまで研鑽を積んでいなかった訳ではない。ニーナもまた努力し、ゲルトの下で親衛隊に抜擢されて当たり前の力を手に入れていた。

 だが、まだ届かない。

 妹たるリューシェを全てから守る為にはまだ届かない。


 そんな日に、妹たるリューシェを守るべき使命を負った。


 だが、戦いは余りにも劣勢。最悪を想定しての非常なる決断を迫られ、仲間を見殺しにした自責の念。

 全てを守りたいと願った。

 全てを守りたいと欲した。


 ――そんな時に、まるでそれは天からの使者の様にニーナの前に現れた。


 謎の漆黒の騎士。

 その騎士の存在で、劣勢を極めていた戦いは意図も容易く覆された。

 最終防衛線まで後退していた魔王軍は獣人族を一気に押し返し、勝利への道を得られた。


 その時に見た、漆黒の騎士の演武。

 その美しき舞。


 その舞に、ニーナは直ぐに心を奪われた。

 そしてニーナはその騎士に教えを乞い、その技を、その舞を自身の中で昇華させた。

 それら全てを、自身の中に融合させ、更なる高みへと導いた。


 ――その騎士がハルトだとは最初から感づいていた。


 そしてその後ろ姿に憧れ、救われ、そして封じていた想いが溢れだし、恋い焦がれた。

 ハルトに救われ、自身の力に気付いたその日から世界は一変した。

 追いつけなかった騎士の動きが手に取る様に分かる様になり、鉛の様に重かった身体はまるで羽根の様に軽くなった。

 しかし、どんなに足掻こうと、どんなに頑張ろうと、人を捨てた者に人たる者は倒せない。


 故に考えた。

 倒す為ならば、あの美しい舞の中に毒針を仕込もうと。

 どんな方法でも勝ちを取りに行こうと。


 例えそれが騙し討ちの様な、卑怯なやり方であろうと、それが軍神たる自分の役目だと。



 ――気付くとニーナの薄く開かれた紅い瞳には綺麗な青い空が浮かんでいた。



「……びっくりしたぁ……」

 ハルトは瞬間的にニーナの螺旋を見切り、瞬時にその右手を極め奥襟を掴んで、首投げの要領でニーナを小さく、しかし素早く投げ、大地に叩きつけ、袈裟固めの要領で抑え込んでいた。

「まさかあそこから螺旋がくるとか思わんかったわ。俺じゃなかったら油断一瞬、光の矢、心臓一突き即あの世だわ」

 因みに回転力は利用したが、その身体に掛かったのはニーナの体重だけだ。とっさの事で加減しても後頭部から落とせざるを得なかった為、直ぐにその目でニーナの身体に異常がないか視たが、特に異常はない。ただ急な衝撃によって、多少意識は朦朧となってはいるだろう。

 ――藤間流古武術投げの一種。本来ならこの技は相手を高く腰で跳ねあげてから地面めがけて自分の体重ごと相手の頭蓋を叩き落とす技だ。ハルトは瞬時にニーナの奥襟を引き寄せ、腕をクッション代わりにしてニーナの後頭部への衝撃を和らげている。

 もしこれが藤間流の投げそのものであったのならニーナは再び絶命していただろう。


「……やっぱり、勝てなかった、か……」


 ニーナが朦朧とした意識の中で告げる。

「俺に勝てたらニーナが魔王やれですよ。一応魔王なんですから、そう簡単に負ける訳にはいかんでしょや」

 ハルトが呆れた様に告げる。
 ニーナは自分を見下ろすハルトに虚ろな、しかしすっきりとした笑みを浮かべる。

「――あたしの負けだね」

 その言葉の裏に潜む意味に気付いてハルトは顔を強張らせる。

「……やっと、伝えられた……」

 投げの瞬間にハルトはニーナの手首を極め白刀をニーナの手からは手放させている。故に、ニーナの両手は自由だ。
 そしてニーナは手を広げると、ハルトをそっと抱きしめた。

「……もうあたしは迷わない。あたしは、ハルトのものになる」

 ハルトは顔を強張らせたまま、抱きつき、愛おしそうにハルトの頬に己の頬を預けるニーナに問う。

「……二、ニーナさん? 貴女、俺に対して敵意とまでは行かなくても、決して良い感情をお持ちじゃなかったと思うのですが……?」

 その言葉に、更にニーナはきゅ、とハルトを強く抱きしめた。

「愛してるよ、ハルト」

 耳元で囁かれた直球過ぎる言葉にハルトは唖然とした表情で、横目でニーナを見る。

「――本当は、リューシェを救ってくれた時から、ずっとハルトを愛してた」

 ニーナは目を細めながら、穏やかに言葉を続ける。

「……でも皆の邪魔をする事が嫌で、あたしは自分の気持ちに蓋をした」

 愛おしそうな声が続く。

「……リューシェも、イリアも、アルマもレスカもあたしの気持ちを理解してくれた」

 ハルトがその言葉で僅かに目を細める。

「――もうあたしは迷わない」

 その言葉に、ハルトは深いため息をついた。

「……気持ちに応えられるかどうかは保障しかねるぞ」

「良いんだよ。ハルトがヘタレなのは皆知ってるから」


 ――う、とハルトは言葉に詰まる。


 やがてニーナは意識がしっかりとしてきたのか抱きついていたハルトのの身体をゆっくりと離すと、そっとハルトの額に己の額を合わせた。

「……でも、ハルトがヘタレだとしても、あたしの気持ちはもう変わらない、あたしはハルトが好き。それはもう変えられない事実」

 ニーナはそう告げると至近距離でハルトに悪戯な笑みを浮かべた後、ハルトの手を解き、ゆっくりと立ち上がった。
 そして、周りの茫然としている騎士達に声を張り上げる。

「――そういう事だ。あたしはハルトのものとなる。それでもあたしを求めるのなら、あたしを超えて見せろ」

 その言葉に周りは――特に男性棋士は唖然とした表情を浮かべた。

 超えられる訳がない。

 魔王ハルトに不意を突いたとはいえ、一瞬焦らせた騎士に並みの騎士が適う訳がない。

 ニーナは唖然としている騎士達を悪戯な笑みを浮かべて見回した後、リューシェ達に目を移した。
 ニーナは満面の笑み。イリアは不敵な笑み。アルマは明るい笑みを、そしてレスカは柔らかな笑みを浮かべ、ニーナは輝くような笑顔を浮かべていた。

 ――これでハルトの傍付きは五人。

 全員が遂にハルトへと好意を示した。

「……これも駄女神の呪いなのだろうか……」

 対するハルトは苦渋に顔を歪めながら頭を抱えていた。
 ハルトからすれば、美少女と美女、五人。まさにハーレム。だが、ハルトは一夫一妻制の概念に縛られ、とてもだが全員を平等に愛する自信はない。

「……ねぇハルト」

 ニーナは座り込んで頭を抱えてるハルトに尋ねる。

「どうして、誰も求めないの?」

 そしてニーナはその核心に切り出した。

「皆ハルトの事を想っている。それに、ハルトの価値観なら、醜いあたし達でもハルトにとっては美しく見えるんでしょ?」

 ハルトは暫くの間苦汁を宿した後、静かに頷いた。
 ハルトからすれば全員が美しい者達ばかりだ。だが、だからこそ下手に手を出すべきか、抱くべきか迷う所だ。

「……俺の世界では一部を除いて一夫一妻制なんだよ……」

 その言葉にニーナは目を丸める。

「……それは、王族も?」

 ハルトは立ち上がると頭を抱えつつ頷いた。

「確かに一部の国では一夫多妻制を認めてはいるし、全くないと言う訳でもない。でも俺の国は厳格で、一夫一妻制だ」

 ハルトは抱えた頭を軽くかきむしる。

「――まぁ中には浮気な人もいて、内縁の妻を何人か囲っている人もいるだろうけど、少なくても法律上は認めてはいない。それに俺はそんな環境で育ってきているし、ぶっちゃけ女も知らん」


 ――じゃろうな、とイリアがハルトを眺めつつ憮然と呟いた。


 もしハルトが女を知っていれば、その快楽を知っていればイリアはハルトを陥落させられた筈だ。だが結果はイリアにとって大いに不満が残るものとなっている。

 ハルトは理性が強い。その頑丈さは堅牢な鎖の様なものだ。
 だが、その理性の強さは『女を知らない』と言う事実に大きく起因している。

 ハルトはため息交じりに呟いた。

「だから正直戸惑いの方がでかい。一体どないせい言う話」

 ニーナは少しの間迷ってからハルトに告げる。

「……でも皆等しくハルトを想ってる。それは本当なんだよ?」

「だからこそ面倒なんだってばよ……」

 ハルトは迷いをあからさまに顔に出して言葉を続けた。

「皆が俺を想ってくれているのは、良く分かった。と言うか良く分かっているつもり。でもだからと言ってなぁ……」

 再びため息。最近ため息の多いハルトである。

 ハルトの固定概念である一夫一妻制。更に言えばハルトの家は厳格だ。故に、一度に複数の女性と付き合う様な、そんな浮気な事はハルトは自分に許したいと思わない。
 だが、それは一重にハルトの祖父、良蔵の教えからくるものだ。
 良蔵はハルトに一夫一妻制の概念を徹底的に染み込ませた。何故良蔵がそこまでハルトにその考えを染み込ませたのかは分からないが、その教えはハルトの中でしっかりと息づいている。
 三人の美少女、リューシェ、イリア、アルマ。そして二人の美女、ニーナ、レスカ。
 この五人から想いを寄せられて平然としていられる程ハルトは枯れてはいない。むしろ誰かを抱けば情欲に狂う危険性をハルトは正確に認識している。

 だが、それは祖父良蔵の教えに背く事になる。

 ならば、誰か一人に絞らなければならない。

 だが誰か一人に想いを絞れば、今度は他の者達が悲しむ事となる。


 ――いっそ異世界なんだから、そんな教えは捨ててしまえよ。本能の赴くままに求めれば良いじねえいか。
 ハルトの中で悪魔が囁く。


 ――お爺様の教えは絶対ですよ。誰かを抱けば誰かが傷つきます。そんな結果を貴方は求めているのですか?
 今度は天使が囁く。


 心中で板挟みにあっているハルトは心の中で悲鳴を上げる。


「ハルト、安心して。もしハルトが誰かをえら――」

「――保留で」

 ハルトは悩んだ末に問題の先送りと言う最悪の決断を下した。
 しかもニーナの言葉を遮って。

 ニーナの言葉は、こう続いていた筈だ。

 ――ハルトが誰かを選んだとしても、その次にまた誰かを選び、最終的に五人全てを選べば良いのではないか、と。

 ハルトの『保留』と言う言葉に、ニーナを始めとした五人全員に様々な表情が浮かぶ。
 リューシェは頭を痛めた様に抱え、イリアは呆れた様にため息をつき、レスカは『あらあら』と恐ろしい笑みをこぼし、アルマは残念そうに表情を曇らせている。

 ――ちなみにニーナはその表情に憮然としたものを浮かべた。

「……これは全員でハルトを追い詰めるしかないの」

 イリアがハルトに聞こえない程度の声でぼそりと呟いた。

「……イリアに賛成。ハルトには腹を括ってもらわないと、私達の気持ちの置き場所がなくなる」

 リューシェがそれに続いた。

「まぁ、男性を崩すのに最も効率的なのは色仕掛けでしょうね」

 コロコロと笑みを零しながら大人の余裕をもってレスカが告げた。

「……ト、トーマさんにだったら、私は、何でも……」

 アルマが喉を鳴らしてそれに続いた。

 ニーナは暫くの間頭を抱えて苦渋の表情をしているハルトを憮然とした表情で眺めていたが、やがて怒りを収める様にため息をつくと、踵を返してリューシェ達のもとへと足を運ぶ。

「……お疲れ様、お姉ちゃん」

 その表情に怒りが宿っているのを見ながらリューシェがニーナに声を掛けた。声を掛けられたニーナは肩越しに振り返り、未だ頭を抱えているハルトを眺めると吐き捨てる様に呟いた。

「……あんの、ヘタレが……っ」


 ――残りの四人は揃ってその言葉に頷いた。
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