挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第八章 ―― 神王ハルトの討伐記 ――

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

400/471

第十話 ニーナはハルトの予想の上を行く


 実際の所、まだ魔王代行付、つまりリューシェ付の親衛隊は正式に組みあがってはいない。現在はそれに足ると思われる者、または立候補した者の中から素質ある者を選び、演習を兼ねて選抜を行っている状態だ。当然それら全員が刀を所持し、ニーナが編み出した、既知の剣術の動きとハルトの刀の動きを兼ね合わせた新たな剣術を学んでいる。
 それぞれが二人一組となって木刀で立ち会いを行っている中、ニーナが姿を現したのを見て、一人の騎士がニーナの元に歩み寄り、そして、そこにハルトが居る事に気付くとそれを駆け足に変えて走り寄ると片膝を着いた。

「ご苦労様、アロイスさん」

 ニーナが片膝を着いた男に告げる。
 アロイスと呼ばれたこの男はまだ正式に組みあがっていないリューシェの親衛隊の副隊長に既に抜擢されている者だ。

「お疲れ様です、ニーナ様」

 そう告げると男は緊張を隠せない様子で顔を上げる。

「閣下に至りましては、ご視察でございましょうか?」

「いや、閣下て……」

 ハルトが閣下と呼ばれた事について閉口した様な表情を見せ、アロイスは何がいけなかったのかと焦りを表情に現した。

「あー、ハルト、様? の言葉は気にしなくていいよ。ハルト様は基本崇められるの嫌いだから、あたしに接する位で丁度良いの」

 ニーナが笑顔でアロイスに告げる。その笑顔に先程までの焦燥の色は無い。何もかもを振り切った、そんな笑みをニーナは浮かべていた。
 やがてその場に居た者達がハルトとニーナ、そしてその後ろにいるリューシェに気付いたのか、全員が片膝を着いて頭を下げる。

 ――ちなみにそれを見てハルトが疲れ切った様に頭を抱えたのは言うまでもない。

「アロイスさん、悪いんだけど、全員を下がらせて貰えるかな。私とハルト……様? で立ち会いを行うから」

 ハルトがその言葉に目を剥く。

「……いや、ニーナさん? その前にやらなきゃいけない事が――」

「――あと、あたし全力でハルト……さ、あぁもういいやハルトで。ハルトに立ち合いを申し込んでいるから、十分に下がらせて」

 ハルトが顔を引き攣らせて言葉を上げる。


「いやちょっと待ちましょうかニーナさー―」

「――下手すると見学してても怪我人出るから。全員防御態勢をとって」


 ニーナ、ハルトをおいてけぼりである。
 そして唖然としているアロイスを見るに、アロイスもまたおいてけぼりである。


「二、ニーナさん? いや、立ち合いは良いけど、貴女の白刀ね? いくら僕でも――」

「――ハルトの本気を引き出す事は出来ないだろうけど。あたしは全力を出し尽くすから、巻き込まれない様に」


 アロイスが茫然としている中、ニーナは笑顔で告げる。

「そう伝えて」

 アロイスがその言葉で我を取戻し、その言葉を全員に掛けるべく騎士の群れへと走って行った。

「……吹っ切ったね」

 リューシェがニーナの背中に声を掛け、ニーナはその声に肩越しに振り向いた。

「皆が背中を押してくれたお蔭だよ。悩んでいるのが馬鹿らしくなっちゃった」

 その言葉でリューシェとニーナが笑いあう。それを少し離れた所で見ていたイリア達は微笑ましげに見つめていた。

「……い、今さらですけどガチですか? ガチでその白刀を使うおつもりなんですか?」

 ハルトは顔を盛大に引き攣らせながらニーナに尋ねる。
 対するニーナは不敵な笑みをもってそれに答えた。

「そうだよ? 以前言ったでしょ? 斬り飛ばすって」

「ガチでその刀俺の身体に突き刺さるんですよ!? 幾ら俺が不死身に近いからと言って、痛く無い訳じゃないんですよ!?」

 ニーナはその言葉に笑顔で応え、踵を返して、騎士の群れが引き、円形状になった鍛練場へと足を進める。

「……ほら、ハルト」

 盛大に顔を引き攣らせているハルトの背中をポンとリューシェが叩いた。

「……どないせーと……っ!」

 ハルトは少しの間俯き顔を右手で覆っていたが、やがて深いため息をつくと、軽く迷いを振り払うように頭を振り、ニーナの後を追う。

 リューシェ付の親衛隊候補が息を呑んで見守る中、二人はやがてその中央へとたどり着いた。

 二人の間の距離はハルトの歩幅で約十歩。


 ニーナの顔に不敵な笑みが浮かぶ。

 ハルトの顔に諦観の笑みが浮かぶ。


「……ハルト」

 勝負が始まる前に、ニーナが静かにハルトへと声を掛けた。

「……何さ」

「この立ち合いに賭けをしよう」

 不敵な笑みで告げられた言葉に、ハルトは訝しげな表情を浮かべる。

「……賭けって何を掛けるさ。お互い金にはそんなに不自由してないでしょや」

 賭けと言われて真先に思いついたのはリッヒとビズィだ。二人はあの時百カルの賭けを行っていた。

 一体何を賭けるのか、そう眉を寄せ、腕を組んだハルトに、ニーナは静かに白刀を抜くと、それをハルトへと向け、大きく息を吸い込み――。

 ――周りにしっかりと聞こえる様に、大音声を上げた。


「あたしが負けたらあんたのものになってやる!」


 ――その思わぬ言葉にハルトが唖然と口を開く。

 そして一拍遅れて、周りの騎士達から騒然とした声が漏れだした。

 ニーナの不敵な笑みは変わらない。

 リューシェは微笑みながら一度頷き、それを見ていたイリアは不敵な笑みで鼻をならし、レスカとアルマはお互いをみて頷き合った。


「……二、ニーナさん? 一体、何を言っていらっしゃい――」

「――もしもあたしがあんたに勝てたなら!」


 ハルトの言葉を区切って更なる大声を繋げた。


「あたしをあんたのものにしろっ!!」


 ――周りの騎士、主に男性から失意の声が上がった。


「それ意味同じくない!? って言うかちょっと待って!! それって、つまり――」

「――参る!!」


 ハルトが混乱している内をついて、ニーナが大地を蹴った。

「ちょ、早!?」

 その足運びは通常の者であれば一瞬見失っていたであろう。だがハルトの動体視力は異常を極めている。ハルトはニーナがハルトへとたどり着き、その刀がハルトの動体を捉える前に大地を蹴り、引くよりも敢えて前方に大きく宙を舞った。

 正直に言えばハルトの脳内は絶賛混乱中だ。


 ――訳が分からない。ニーナが何を言っているのかも、何がどうしてこうなったのかも。


「ちぃっ! 動揺している内なら届くと思ったのに!!」

 ニーナは土煙を上げながら数歩の距離を靴底で削ると、ハルトの着地地点目指して更に身体中に魔力を行き渡らせ大地を蹴る。

 その速度もまた早い。
 見てる者からすれば、再びニーナの姿が一瞬消えた様に映っただろう。

「何時の間にそんなに早くなったし!!」

 ハルトが着地してニーナの迎撃に入る。

「あんたから開発されてからだ!!」

 ニーナが小さく宙を舞い、銅を凪ぐように刀を構え、その刀の峰に左手を添え、状態をずらす。そしてそれを見てハルトが目を見張った。

「その技なんだし!」

「滝颪改良版だっ!!」

 ハルトが慌てて黒刀を抜き、その衝撃に備える。
 だが、一度きりだと思った斬撃に、ハルトは目を見開いた。

 その斬撃は一瞬で五度。もはや改良版などと言うレベルではない。全く別の次元の技だ。

 ニーナ空中で舞い踊ると、着地と同時に再び舞い、今度は改良版廻独楽をハルトに放つ。

「どんだけ三半規管つええんだよ!?」

 ハルトは軽く後方に大地を蹴ってそれを交わす。通常廻独楽は一回転。だが、ニーナの舞の様な改良版廻独楽は一瞬の内に三回転はしている。
 そしてその動きは砂塵を巻き起こし、ハルトの視界からニーナの姿を見失わせた。

 宙に居る間に一息つこうとしたハルトは再び目を見張る。

 それはまるで大地を這う霧の様に、すぅっとした動きだった。余りにもその自然法則に適った動きは常人には理解できないだろう。
 事実一瞬ハルトとて違和感にしか感じられなかった。


 ――それ程までにニーナの動きは自然で、そして素早かった。


 そしてハルトはここに来て初めて視た。その筋肉の動き、魔力の流れ、そのた色々な情報を、ニーナの身体から。

「――登滝かっ!」

 ニーナの目は鋭い。そして右手に柄の在る刀の峰には左手が添えられ、その足はハルトの着地地点を目指していた。
 このままでは着地前にその身体を捉えられると悟ったハルトは慌てて空気の場を作り、更にその場から離脱。一瞬遅れてハルトが着地していただろう場所には再び砂の嵐が巻き起こる。

 トン、と軽い音と共に大地に降り立ったハルトは、顔を引き攣らせながら思わず呟いた。


「……一刀両断どころか、三枚おろしじゃねぇか、今の技……」


 一瞬で三回転。そして最後の一撃で舞の様に飛び上がるニーナの技は、間違いなく白刀の強力さと相まって人間の身体を三枚におろしていただろう。

 やがて、ゆっくりと砂塵の中から軍神たる所以を持つ女性が右手に刀を持って現れる。
 その目は鋭い。完全に敵を前にした騎士の目だ。
 ハルトは顔に苦いものを浮かばせ、思案する。

 ニーナの動きはハルトの予想の数段上を行くものだ。それとてハルトの足元にも及ばないが、純粋な剣技――いや、この動きは既に演武に近い――はハルトを圧倒している。

「……やばい。冗談抜きでどうしたら良いのか分からねぇ」

 下手に本気を出せば殺してしまう。かと言って逃げ回るだけではいけない。
 ハルトはちらりと周りに目を向ける。
 周りの騎士達は既に二人の動きについていけていないのか、茫然とした表情を浮かべていた。


「――あ」


 そして、ニーナに再び目を向けたハルトの口から思わず素っ頓狂な声が上がった。

 ニーナが刀を鞘に納め、前のめりに抜刀の構えを取っている。


「馬鹿! お前それやば――!!」

「――斬空!!」


 止めようとしたハルトの声を待たず、ニーナは斬空を解き放つ。
 ハルトの背後には大勢の騎士が唖然とした表情で二人を見つめている。
 ニーナの斬空はハルトのそれには及ばないものの、大木を真っ二つにする程の威力がある。ここでかわしては後ろの騎士達の数人が確実に死ぬだろう。
 ハルトは覚悟を決め、身を必要以上に低くし、一瞬で納刀すると、その見えぬ刃を視て、それが自身に襲い掛かる瞬間に目を見開いた。


「――うらぁっ!」


 そして一瞬の気合と共にハルトもまた斬空を解き放つ。
 だが、その狙いは空だ。これならば誰も傷つかない。結果ニーナの斬空はハルトの数倍い大きな斬空の刃に食いつぶされ、耳をつんざく音と共に散った。因みにハルトの斬空はまるで大型ジェット機の音の様な轟音と共に空へと消えて行った。

「……あ、あっぶな……」

 ハルトが目を見開いてニーナを見つめる。
 一方のニーナは斬空の影響か右膝と右手をつき、前のめりになって、肩で呼吸をしていた。

 それをみたハルトが呆れた様にため息をつ、静かに刀を鞘に納めた。
 今ニーナを襲っているのは酷い倦怠感と酸素の欠乏から来る苦しさの筈だ。この分ならこの戦いはハルトの勝利で終わるだろう。


「……ったく、斬空は自身の魔力を放つような技なんだから、不用意に――」

 その瞬間、力なく握られていた白刀がピクリと動き、俯いていたニーナの口元に凄惨な笑みが浮かんだ。

「――貰ったっ!」


 ニーナはその場を一気に蹴った。


 ニーナは血反吐を吐くような研鑽を自身に課した。
 その結果得たものが、最小限の魔力を用いての斬空。
 ハルトも焦らず見ていれば気付いていただろう。
 その斬空がハルトを斬る程度の大きさでしかなかった事に。


 完全に油断しきっている中での突然のニーナの行動に、ハルトは目を丸め――。

 ――ニーナの刀はハルトの心臓を抉るべく、螺旋を描いてハルトの左胸に吸い込まれていった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ