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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第八章 ―― 神王ハルトの討伐記 ――

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第二話 ハルトはアルマとレスカに再会する

 
 藤間春人、十九歳。


 ――今、試練の時。


「あーうー」

 魔王城の門を過ぎて尚、ハルトは呻いていた。窓から見える景色はハルトを迎え入れるべく規則正しく整列した騎士達の姿が見える。騎士たちはまるで道を守る様に立ち、その魔王城入り口へと至るまで整列していた。

 ――そしてそこに、ハルトの試練たる二人が居る。

 そう思っただけで、ハルトは痛くならない筈の胃が痛む思いがした。

「……ここまで来てもまだ悩んでいるとは……」

 イリアが腕を組みつつ呆れ果てた目でハルトを見つめる。


「……もはや病気じゃな」

「しょうがないじゃないですか! だって二人とも怒ってて当然なんですよ!? おいら酷い事した自覚ちゃんとあるんですから!」


 やがて静かな軋みと共に馬車が止まり、ハルトの顔から血の気が引いた。リューシェは両手で頭を抱え、ガタガタと震えているハルトを溜息交じりで見つめると、ゲルトから開かれた馬車からゆっくりと降りる。その後をニーナが追い、最後にイリアが降りた。
 オレンジ色の簡素ながら仕立ての良い服と、同じく仕立ての良いエメラルド色の服を着た二人は、リューシェに良く似ているイリアに軽く目を丸めて見せた。

「そなたらがハルトに導かれし者達か」

 イリアが尊大な態度で腕を組みながら二人を睥睨するように見つめた。
 因みにリューシェは白い服、イリアは蒼い色。ニーナは真紅の服を着ている。

「……貴女が、いえ、貴方様が巫女姫、イリア様でいらっしゃいますでしょうか?」

 二人を代表して年長者たるレスカがその尊大な態度をものともせずに真正面から切り返す。そして、恐らくは怖気づくであろうと予想していたイリアの目を丸めさせた。

「……なるほど、壮絶なる覚悟を極めたものか」

 イリアの顔に微笑が浮かんだ。

「ま、そうでなくてはこちらとしても張り合いがないというもの。これからは我らは対等。敬称など要らぬ。宜しく頼むぞ」

 すっとイリアが右手を出し、レスカは微笑みをもってそれに応える。

「――そう。なら、イリアさんと呼ばせて貰うわ。こちらこそ宜しくね」

 にこり、と、しかし有無を言わさない笑みでレスカが返し、瞬時にイリアは悟った。


 ――この人間はエマと同じ類の人間だ。敵に回してはいけない、と。


「……そ、そして、そなたがアルマ、と言ったか?」

 手を離して今度はアルマを見つめる。見つめられたアルマはその言葉に軽く頷いて見せた。

「ラズベルトでの手腕、余も聞いておる。リューシェからは紛れも無い天才だともな」

 紛れも無い天才、その言葉にアルマは驚いた様子で手を振って見せた。

「て、天才だなんて……。私はトーマさんの知識を活かしただけであって……」

 すっと手を出してイリアは告げる。

「これからは共にその知識を活かさせてくれ」

 その言葉に何度も頷いてから、アルマはがっちりとイリアの右手を両手で握り微笑んだ。

「……あー。肩こったぁ……」

 馬車から降りていたニーナが軽く身体を伸ばして筋を解す。ニーナにとってあの空間は満たされる空間と共に羞恥心にも満たされたある種矛盾した空間だ。

「……やっぱあたしは外で警護に回ってた方が楽だったわ」

 首をパキパキと乾いた音で節を抜くニーナにリューシェはぼそりと告げた。

「……そうしていたらお姉ちゃんは間違いなく馬車を気にして余計に疲れていた筈」

 ――うぐ、とニーナが言葉に詰まる。

 リューシェの指摘通りだ。馬車外でルーシェに跨り護衛を務めていたとすれば、今度は馬車の内部の会話が気になって仕方なかっただろう。

「……でも良かった」

 リューシェは微笑みながらイリアが二人と意気投合している場面を眺めた。

 イリアとアルマ、レスカの三人はお互いを認め合える関係になるとは思ってはいたが、それに対して不安が無かった訳でもない。最悪の場合はイリアの出現によって、今まで均衡の保たれていたバランスが崩れる可能性すらあった。
 だが、現実を迎えてみれば、それらは全ては要らぬ不安だった事が良く分かる。
 イリアとアルマ、レスカはお互いを認め合い、まるで旧知の仲の様に談笑をしている。

 ――その姿を見れば問題など起きる筈もないと直ぐに分かった。

「……て、ではこれからの方針じゃが――」
 そう告げてイリアは振り返り、リューシェとニーナをその蒼い双眸に映し、ジトリとしたものを目に浮かべた。

 居るべき筈の者がいない。


 ――つまり、ハルトがまだ馬車から出ていない。


 イリアが二人に目を向けると、リューシェは肩を竦めてため息をついて見せ、ニーナも同じく肩を竦めて首を振った。ちなみに下馬し、馬の手綱を握っているゲルトとエマは向けられた視線から軽く目を背けている。

「……ここまで来て未だ渋るか……」

 イリアの表情に僅かな怒りが浮かび、僅かに開いていた馬車との距離を大幅な歩幅で詰めていく。その歩みに、怒りの歩みに思わず馬車の前に居たリューシェとニーナの両者はそっと自然に道を開けた。
 イリアは華美な馬車に乗りこむと、頭を抱えて沈みこんでいるハルトに腕を組んで冷たく言い放つ。

「……いつまでそうしておるつもりじゃ」

 ハルトは頭を抱え込んだまま僅かに呻くだけで何も答えない。
 正直に言えば、相当な恐怖だ。
 考えても欲しい。酷い振り方をした女性に今一度向き直る覚悟はどれ程のものだろうか。その勇気はどれ程必要なものだろうか。
 遊び慣れている男性であるのならばさほど大した問題ではないかも知れないが、ハルトは遊び慣れてなどいない。と言うよりも女性経験もない。更に言うなれば、古き良き慣習に囚われた、一夫一妻制の思想の持ち主だ。

 つまり現状が既にハーレムとなっている状況がハルトには恐怖そのものである。

 イリアは少しの間頭を抱えて呻くハルトを見つめると、深いため息をついて、肩越しに振り返り、声を上げた。

「リューシェ」

 突然声を掛けられたリューシェは軽く目を丸める。


「……何?」

「こいつの髪を掴んで馬車から引きずり降ろせ」


 その思いも寄らぬ言葉に、イリア以外の四人が目を丸める。

「余がそれをしても良いのだが、それを行うべきはそなたじゃ」

 理解が及ばない、そう言った表情のリューシェを見て、イリアは再び深いため息をつき、次いで残りの三人を見つめる。

「……リューシェは添う者。ニーナは肩を並べる者。アルマは補佐する者。レスカは導く者……」

 その言葉に目を丸めていた四人がキョトンとした表情を浮かべる。

「余の直感じゃがな。恐らくは間違ってはいまい。それらが我らのハルトの傍にいる理由となろう」

 ――そして余は、とイリアは憮然とした目でハルトを見つめ、言葉を続ける。

「……こやつの尻を引っ叩く者じゃ」

 その言葉でハルトは漸くうんざりとした表情をイリアに向けた。対するイリアは憮然とした表情を変えない。

「どうする? リューシェにそんな辛い役目を――」

 ハルトはその言葉に頭を掻きむしった。

「――あぁもう分かりました! 腹ぁ括りますよ! リューシェたんにそんな事させられないでしょや!」

 叫ぶ様に言い置いて、ハルトは漸くのっそりと座席から立ち上がる。そしてそれを見て、イリアは漸く悪戯な、しかし満足げな笑みを浮かべる。

 ――正直に言えば怖い。

 だが、ここで燻っていてはリューシェに辛い思いをさせる事となる。

 ハルトは深いため息をついて、遂に馬車から降り立ち、数ヶ月ぶりに見るアルマとレスカの表情を見つめ、僅かに唖然とした表情を浮かべた。
 予想であれば、多少怒りの表情を浮かべているだろう二人の表情には満面の笑みが浮かんでいる。

「……お帰りなさい、トーマさん」

 笑顔ながら涙ぐんでいるアルマを見て、ハルトは茫然とした表情を浮かべた。

「……言った通りでしょう? 貴方が帰ってくる場所に、私は居ると」

 柔らかな笑みでその後をレスカが引き継ぐ。

「……え、と……」

 ハルトは茫然としながらも何とか言葉を告げる。

「……ふ、二人とも怒ってないの……?」

 その言葉にアルマは何度も頷き、対照的にレスカは満足げに目を瞑り、静かに、しかし力強く頷いた。

「……ずっと、ずっと……! 待ってました!」

 こぼれる涙を気にも留めず、アルマは大きな声でハルトに告げる。そして、その言葉に賛意を示すように、レスカはそっとアルマを左手で撫でて、ハルトに視線を戻し、今一度頷いた。
 二人のその姿に茫然としているハルトを軽く見上げ、リューシェが優しくハルトに告げる。

「……ハルト、言う事は?」

 その言葉にハルトは我を取戻し、何度か口を開きかけては閉じて、最終的に嬉しそうに微笑みを浮かべて二人に告げた。

「……ただいま。二人とも」

 ――その言葉に耐え切れなくなり、アルマが大地を蹴り、ハルトへと抱きついた。

 抱きつかれたハルトは驚きに目を丸めるが、胸の中で泣きじゃくるアルマを見て、僅かに涙ぐみながら、そっとその頭を撫でた。

「……馬鹿だな、俺」

「……馬鹿も馬鹿。大馬鹿じゃの」

 馬車から降りたイリアが呆れた様に告げ、その言葉に賛意を示すように残りの三人が苦い笑いを浮かべた。
 五人の中でリューシェを除けばアルマは一番の年少者、且つ只の村人だった。故に、ハルトへの想いは、愛情と憧憬が重なり合い、愛する兄と言う存在と、愛する人と言う二重の意味での思慕となっている。
 故に、ここでアルマの行動を諌める気を起こす者は、残り四人には無い。
 第一にここにいる四人は既にお互いを認め合い、一種の運命共同体になっている。その為、この程度の事でアルマに嫉妬心を抱くような事はなく、またそのような想いを抱くほど、底の浅い者もいない。

「……もう、もうどこにも行きませんよね……?」

 涙目でハルトを見上げるアルマに、ハルトは苦笑いを浮かべる。

「……大丈夫だよ。俺の家は、もうここに決まっちゃったから」

 ――例え、どこかにまた行く事があっても。とハルトは心中で付け加える。

 暫くの時をアルマはハルトの体温を感じながら泣くと、やがて静かに袖で涙を拭い、静かにハルトから離れた。そしてそれを残り四人は満足そうな笑顔で見つめる。

 イリアを除く四人がある程度落ち着くのを待ってから、静かにイリアが言葉を切り出した。

「――さて、では当面の予定を話す」

 その言葉に五人の視線がイリアに集中する。
 イリアはその視線を受け止めながら、悪戯な笑みを浮かべて腕を組んだ。

「まずはトーマ、カインズの異名が魔王の異名だった事を魔族領全域に周知徹底する」

 ハルトを除く四人がその言葉に頷き、イリアもまたその頷きに満足げに頷き返した。

「同時に魔翼教の発足を魔族領全域に知らしめる。トーマ、カインズの名前はもはや知らぬ者はいない。これを歓迎しない者は今の民には少ないだろう」

 流浪の救世主にして、ナバナスの奇跡の功労者、そしてゴルゾーンの救世主。食文化改革の改革者。そして獣人族との決別を成し、少ない数の言葉で人々の心に安寧を与えた魔王。
 その存在を歓迎しない民など、いない方を見つける方が難しいだろう。

「さすればデレイトスに『恐怖』と言う名の信仰を向ける者は少なくなる。その対象が魔王ハルトに向けられる様になれば、デレイトスへの信仰心を食い止める事は出来る」

 そう告げるとイリアはハルトに満面の笑みを浮かべた。

「頼むぞ、神よ」

 その『神』と言う単語に、ハルトは引き攣った笑みを浮かべた。

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