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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第七章 ―― 魔王ハルトの改革期 デルラニア編 ――

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第二百三話 イリシスの試験が始まる

 
 明らかに険悪な雰囲気が漂う。ザギルとベギルは今にも噛み付かんばかりの表情をハルトに向け、イリシスは穏やかに、それを止めるでもなく微笑んでいる。
 そしてハルトは表情を引きつらせ、その隣にいるイリアは、ハルトを横目で見つめながら悪戯な笑みを浮かべていた。
 エマは困った様に微笑み、バレッドは哀れな目をハルトに向けている。


 ――言うまでも無く針のむしろだ。


「……あ、あの、どうして、僕は敵視されているのでしょうか……?」

 ハルトが恐る恐る尋ねると、ベギルが顔を赤くしてハルトに告げ――いや、叫びとも取れる声を上げた。

「身に覚えがないと言うか!」

 ハルトが焦った。
 ベギルの姿が、いや、そのオーラが良蔵を思い起こさせる。


「すみません! 何か僕はいけない事を――」

「――いけない事をしたというのか! イリアに!!」


 今度はザギルが声を上げる。
 内心悲鳴を上げながらハルトは弁解を――いや、弁解ではなく真実を告げているだけなのだが――続ける。

「滅相もありません! イ、イリア、さん? には指一本、あ、いや……っ」

 イリアを守るべくして抱き上げた時の事、そして、アイリとして懐に入られた事を思い出してハルトは言葉に詰まった。

「やはりかっ!!」

 今度は――略。

「何がですかっ!?」


 ――二人の威圧的な詰問は既に言葉の暴力になりつつある。


「……まぁまぁお止しなさい、二人とも」

 怒号と悲鳴にも似たハルトの叫びをやんわりとイリシスが止めた。

「貴方達二人の気持ちは良く分かるつもりですが、イリアを御覧なさい。イリアは悲しげな表情をしていますか?」

 その言葉に二人がハルトからその隣にいるイリアに目を向けると、イリアは『どうだ』と言わんばかりに満面の笑みを浮かべていた。
 イリシスが可愛らしく首を傾げ目を細めて告げる。

「……そんなに良い笑顔、私初めて見たわよ? イリアさん」

 イリアは満面の笑みのままそれに答える。

「愛する者が隣におる故の。頬が緩むのも致し方あるまいよ、婆上」

 クスリ、とイリシスが笑い、ベギルとザギルは納得のいかない様な表情を浮かべていたが、とりあえず溜飲を下げた。


 怒鳴る事で多少落ち着いたのだろう。


「……あ、あの、僕は、何のために呼ばれたんでしょうかね……?」

 ハルトが良蔵に似たオーラを放つ二人に怯えながら、恐らくは最も話が通じるだろうと踏んだイリシスに尋ねた。

「――とりあえずお掛け下さい。本来ならば、私達はイリアと対等たる貴方には膝を突かねばならない身分」

 ですが、とイリシスは続けた。

「今日は貴方の人となりを見させて頂く機会を設けました故、無礼を承知して頂きたいと思います」

 そう告げて、イリシスは静かに頭を下げる。

「あー……。あの、魔王とかそう言うの全く気にしない人間なんで、普通に接してくれるとありがたいです」


 良かった、この人は話の分かる人だ。そう心で胸を撫で下ろしつつハルトは思った。


「――本当に自覚のない方ね」

 頭を上げたイリシスは困った様に微笑み、そっと右手で席を指し、ハルトに頷いて見せた。

 ――座れ、と言う事なのだろう。

「……し、失礼します」

 ハルトがその席に座り、その両隣にイリアとバレッドが座り、更にイリアの隣にエマが座る。イリシスから見て、左からエマ、イリア、ハルト、バレッドという順番だ。因みにハルトは未だ戦々恐々とした様子である。

 イリシスがそれを見てクスクスと笑った。

「……魔王閣下にしては、随分と臆病ね」

 ハルトはそれに苦笑いを浮かべる。

「いや、お二人が俺を鍛えた祖父と同じ雰囲気を持っていたので、思わず身構えてしまった次第でして……」

 ほう……? とザギルが目を細める。

「……貴様は祖父に鍛えられたと言うのか」

 貴様、と言う敬称はハルトに対して余りにも不敬だが、ハルトは別段気にせず頷いた。

「はい。母も僕を鍛えた一人ではありますが、一番はやっぱり祖父かと」

 ふん、とベギルが鼻を鳴らす。

「――この程度の軟弱者しか作れぬとは、何とも不甲斐ない者よのう」

 その言葉でハルトのこめかみがピクリと動き、ハルトは俯いた。
 だが、それに気付かず今度はベギルが言葉を告げた。


「所詮、貴様なんぞ程度の者しか育てられぬ者なぞ、底が知れると――」

「――黙れ爺ども」


 そして顔を上げる。
 そこには悪鬼羅刹と化したハルトの表情が浮かんでいた。そしてその表情だけの絶対の威圧感に老人二人が気圧される。

「……俺の事は好きに言えば良い。だがな、俺の爺と父母をそれ以上悪く言ってみろ」

 ハルトの怒りで静かな冷気が炎の熱を冷やし始める。そして、その威圧でザギル、ベギルの両名は完全に怒気を抜かれ、ハルトに圧された。

「俺は誰よりも爺と父母を敬愛している。それを悪く言う者は誰であろうが冥府の底に叩き付けてこの世から抹殺する。貴様らとて例外じゃない」

 絶対の怒りが辺りに沈黙を促す。その沈黙に、魔王として降り立ったハルトに、ザギルとベギルは喉を鳴らす。

 その中でイリシスがクスクスと笑い、声を告げた。

「ごめんなさいね、ハルト様。この二人は愛しい孫娘が取られたものだから拗ねているのよ」

 ハルトは絶対零度の視線を威圧に圧されているザギルとベギルに向けた後、その目をイリシスに向けるが、イリシスは全く臆さずハルトを見つめ返すだけだ。

「……済まぬなハルト。余からも謝罪する。どうか怒りを納めてはくれんか?」

 ハルトの隣にいたイリアが微笑みながらハルトの肩に手を置く。そしてハルトはイリアの微笑を見てから深くため息をついて肩を落とし、その場の空気を緩和する。

「……ともかく。祖父と両親の事は悪く言わんで下さい。そればかりは許せないんで」

 ハルトが落ち着いたのを見て、ザギルとベギルが安堵した様に息を吐き出した。

「……そなたは、誰よりも祖父達を敬愛しているのか」

 ベギルが目を細めてハルトに尋ねた。

「俺の師達であって、血の繋がりのある人達です。敬愛しない理由がないでしょう」

 ハルトが憮然とした表情で答える。そしてその答えに、ザギルは苦い笑みを浮かべた。

「――そうか。その在り方がそなたの在り方か」
 ハルトはその言葉に無言で頷く。

「……どこの馬の骨かと思ったが、中々に気骨があるようじゃ。なるほど、イリアが惚れるのも仕方あるまいか……」

 ボソリと告げ、ザギルとベギルは頷きあい、静かに席に着いた。二人ともハルトを認めたと言う事なのだろう。そして、二人が席に着いたのを待って、イリシスが静かに席に腰を下ろす。

「先ずは謝罪する。先ほどの言葉撤回する。不快な思いをさせて申し訳ない」

「わしからもの。そなたの様な者から敬愛されるとは、うらやましい限りじゃ」

 ザギルの後にベギルが伝え、二人は軽く頭を下げた。

「あ、あぁいえ! 謝ってさえくれれば、別にさほど気にしませんので、お気になさらないで下さい」

 その二人の態度にハルトが慌てて声を上げ、二人は諦観を漂わせた笑みを浮かべて頭を上げた。

「もう言葉を選ばずとも良い。好きに話してくれて構わんぞ。本来ならわしらは貴方の下に位置するもの。こうして話す事も憚られる身じゃ」

 ハルトはそう告げられたものの、余りにも歳が離れている者に対して同じ立ち居地で口調を許すのは憚られると考え、頷きながらも敬語は忘れないように、と心に秘めた。

「……んで、宗教改革と言っても俺には何も出来ませんが、一体何の為に呼び出されたんでしょうか? 自分は魔王をリューシェに譲り、その後見をゲルトに任せ、隠居する予定なのですが……」

 イリシスは聞いていた通りの言葉に思わずクスクスと笑みをこぼした。

「……本当に貴方は権力と言うものに執着しないのね」

「自分は自分の身の丈にあった生活を送りたいだけです。権力なんか俺には不相応ですよ」

 イリシスは笑顔のままハルトに尋ねる。

「トーマとして流浪の救世主の名前を欲しいままにし、カインズとして食文化を開かせ、獣人族との決別を成した。デルラニアでは薬学、医療、教育の改革の種を撒いた。貴方の身の丈にはこの世界の王、魔王と言うには相応しいと思うけど?」

 ハルトはその言葉に疲れたように肩を落として答える。

「俺は少し頭が良くて、多少腕の立つ一般人でしかありませんよ。魔王なんて大役は勤められませんて」

 ハルトはそこで一息つくと、再びイリシスに尋ねた。

「……んで、先程俺の人となりを確かめると言いましたが、またどうして?」

 イリシスは机の上で手を組んで微笑みながら言葉を告げる。

「この世界の王。それはデルラニアの巫女姫の対となる存在。リューシェ様の事は以前お話する機会を頂きましたが、ハルト様とはお話する機会に恵まれなかったもので」

 なるほど、とハルトは頷いた。

「……暫定で良いのなら、話し合いには応じますが……」

「暫定でも構いませんよ。今はただ暫定のままなのですから」


 ――笑顔でハルトにとっては恐怖の言葉を告げるイリシスである。


「……あの、今も未来も、暫定なのは変わりませんから。と言うか暫定と言う文字も消しますから。一般人に戻るつもりですから……っ!」

「果たしてあの子やその子がそれを許してくれるかしら?」

 ハルトがジリジリとした焦りの中に言葉を告げるが、それをイリシスはやんわりと受け止める。

「――まぁ余はハルトが仮に只の人となっても問題はないがの。傍に居られればそれで十分ぞ」

「いや俺は一人で隠居する予定だから! 誰も傍におきませんから!」

 むぅ、とむくれた様子をイリアは見せ、ハルトはそれから顔を背ける。

「ま、リューシェは許さんじゃろうなぁ。リューシェには立場と言うものがある。その立場を捨ててそなたと共におる事は出来まいよ」

 そしてイリアはクスリと笑う。

「――巫女姫と言う立場を捨てられる余とは違ってな?」

 ハルトは思わぬ言葉に目を見開いた。

「……いや、それは新しい信仰にも巫女姫必要でしょや……」

 唖然としているハルトにイリアは告げる。

「確かに新たなる宗教にはそれらしい存在の必要性はあるが、巫女姫の様な信仰を代表する象徴は新しき宗教には必要ない」

 ――何せ生きた人物が神じゃからのう、とイリアは内心で悪戯な笑みを浮かべる。

「……さて」

 ハルトが尚イリアに問いかけようとしたその瞬間、その会話を切る様にイリシスが声をあげた。

「今日は貴方がどの様な人物なのか、その可能性がどれ程のものなのかを知りたくて面談の機会を設けさせて頂きました」

 ハルトはイリシスに顔を戻し、軽く首を傾げる。

「……俺の、可能性ですか……?」

 えぇ、とイリシスは笑顔で頷く。


「――貴方がどの程度の人なのか、をね」


 そしてその笑みの中でイリシスは目を細めた。

 ――これからの信仰の対象となるものが、どの程度の人物なのかを見極める為に。

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