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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第七章 ―― 魔王ハルトの改革期 デルラニア編 ――

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第二百二話 ハルトは敵視され、思わず祖父を思い出す


 ハルトはその日も患者の心労を和らげる治療を行った後――尤も治療と言ってもアドバイスをする程度なのだが――神殿へと戻り、自室に篭りベッドに身体を預けながらのんびりとした時間を過ごしていた。

 考えている事はたった一つだ。


 ――イリアの改革は性急過ぎる。それは患者、いや、民の不安を一身に受けて真摯に答えているハルトが最も良くわかっている。


 そのハルトから見れば、イリアの行動は悪戯に民に不安を覚えさせている様にしか思えない。

「……これはやっぱり一度イリアにきちんと釘刺さないといけないな……」

 イリアの行動は異常だ。新たなる信仰たる象徴がどの様なものなのかをハルトは知らないが、現在のこの状況を塗り替える程のものとなると、相当なるものでなければそれは成り立たない。
 だがハルトにはその象徴がどのような物なのかも全く分からない。

「……もう深夜だけど、事は急ぐ――ぅ?」

 ハルトは起き上がって一人呟き、静かに部屋の前に現れた気配ににキョトンとした表情を浮かべた。
 バレッドの気配でも、エマの気配でもない。

 ――そうすれば残るはイリアの気配だけだ。

「開いてるよ、イリア」

 ハルトが扉越しにそう告げると、ゆっくりと扉が開かれ、普段着のイリアが姿を現し、ハルトの前まで歩み寄った。

「やぁハルト。済まぬな、この様な時間帯に」

 言葉は謝意を告げているが、その顔は満面の笑みだ。
 一瞬ハルトは再びイリアが色仕掛けを目論んで来たのかと心中で身構えたがその様子もない。

「……いや、それは構わない。むしろこっちからお前ん所に行こうとしてた所だから」

 その言葉に今度はイリアがキョトンとした表情を浮かべてから、今度は妖艶な笑みにそれを変える。


「……漸く腹を括って余を抱いて――」

「――いやそれはない」


 ハルトがイリアの言葉をぶった切ってそれにかぶせる。そしてそれにイリアは憮然とした表情を浮かべる。

「……余では愛を育むには足りぬと申すか? それは身体か? それとも心か? そなたの価値観で美しいと言うのであれば、顔は問題ないのであろう?」

「だから女の子がそんな事を言っちゃいけません! 何度も言ったけど、俺は責任持てない以上女性を抱こうとは思えないの!!」

 イリアはそれに憮然とした表情のまま言葉を繋げる。

「……責任なら持たずとも良い、そう言うたでは無いか」

 ――うぐ、とハルトが心中で呻く。

 責任を持たず、捨てても良いからから抱いてくれ、超絶の美少女にそう言われて心動かない少年はいないだろう。だが、それは許さない。もしここでイリアを抱けば、間違いなく今度はハルトの方がイリアに未練を抱く可能性が出てくる。

「――まぁ、抱いてくれるのならば余はいつでも受け入れるつもりだが、今日はちとそなたにこれから付き合って貰いたい事があってな」

 妖艶な笑みを消してイリアはその表情にわずかに真剣な者を浮かべた。そして、その真剣な表情に、ハルトもまた真剣な表情を浮かべる。

「――新たなる信仰についてか」

 イリアはその言葉に目を瞑る。

「その全ては話せぬが、これからそれらを担う重要なる人物達にあって貰う」

 その言葉でハルトはベッドから腰をあげ、静かに立ち上がる。

「……ここまで来ても仲間外れか……?」

 イリアは目を閉じたまま沈黙を守る。


「……民は必要以上に不安に駆られている! デレイトス教を廃教しようが、今度はデレイトスを畏怖する念がデレイトスに力を与える! それを塗り替えられる様な存在は――」

「――ある」


 イリアが迷い無くハルトの言葉を切った。そして、目を開け唖然としているハルトを真直ぐに見つめながらイリアは言葉を続けた。

「……現行のデレイトス教を払拭し、その新しき信仰に人々が希望を見出せる確固たる象徴を我らは確かに掴んでおる」

 ハルトの眉が訝しげに寄せられる。

「んなもん何処にある! 俺は各地を転々としてきた! だけどそんな――」

「――そなたが気付けなんだだけだ。事実、その象徴はここデルラニアでも芽吹きつつある」

 いや、とイリアが言葉を変えた。


「現実に、既にデルラニアではそれが芽吹き、息づいている」


 ハルトがその思わぬ言葉で目を見開いた。

「……俺が、その状態に、気付かないだけ……?」

「そうじゃ」

 そう告げるとイリアは腕を組んでハルトに告げた。

「そなたも見ている筈じゃ。その象徴に、民がどの様な信望を寄せているか。どの様な信仰を寄せているか。そして、信頼しているか」

 そう告げると、イリアは目を細めた。

「……そなたの目はことこの事に関しては盲目と同じじゃ」

 ハルトが唖然としている中、イリアは颯爽と踵を返し、ハルトに背中越しに伝える。

「これよりそなたを残った老賢人に引き合わせる。その老賢人達もまた新たなる信仰については賛成の意を示している」

 ハルトは事態に頭が追いつかず、慌てて言葉を告げた。

「ちょっと待った! 何で一凡人の俺がそんなお偉いさんに面会しなきゃならないのさ!?」

 イリアはその言葉に肩越しに振り返ると、呆れ果て、更に疲れきった様なため息をついて、ジトリとした眼差しをハルトに送った。

「……そなたは自分が魔王である事を忘れたか? デレイトス教が魔族領を分断する火種になる一つだとすれば、そなたはもう一つの火種じゃ。その火種二つをあわせて、いっそ一つの火種として、新たなる信仰の下、魔族領を明るく照らそうとは思わぬか?」

 その言葉にハルトは声を詰まらせる。イリアの言い分は尤も。ハルトが再び魔王となってこの地へ君臨すれば、ハルトの令によって無駄な争いの火は消え、その火は今度は魔族領を照らす光となる。

 ――だがハルトは苦渋を宿らせた言葉を告げる。

「……俺は魔族領を当てなく放浪して、最後は隠居するって決めてるんだ。後の事はゲルトさんを後見としたリューシェに全て任せるつもりだ」

「魔王ハルトの名前はデルラニアではともかく、魔族領全土に渡っている」

 イリアの目は真剣なままだ。そこにいつもの悪戯なものは含まれていない。

「……顔を合わせるだけでもしてもらえぬか。それが何かの切欠になるやも知れぬ。そしてその切欠が魔族領に新たなる可能性を生む事もあるかも知れぬのじゃ」


 ――新たなる可能性。


 ハルトは苦渋を暫くの間浮かべていたが、やがて観念する様に頷いた。
 魔族領安寧の為ならば、己の気持ちなど今は捨て置かねばならない。
 そしてそのハルトを見て、イリアが満足そうに微笑み、頷いた。

「……では、行こうかの」

 そう告げるとイリアはハルトの部屋を出た。


 ――迷路の様な道を歩き十分もすると、その部屋の前にはハルトを待ち受けていた様に壁に背中を預け、腕を組んでいたバレッドと、両手を前にして手を組んでいたエマが居た。

「遅かったじゃねぇか。まさか来ないつもりかと思ってひやひやしたぜ」

 バレッドが不敵に笑ってハルトに告げる。

「逃げ出したい気持ちで一杯なんだけどね。魔族領の安寧を前に出されたら逃げるわけにもいかんでしょや」

 ハルトはそれに辟易とした様子で答える。

「……ですが、貴方様が老賢人と向き合って下さる事で、新たなる可能性は確たるものとなります」

 ハルトがその言葉に肩を落とす。

「俺は料理が好きな一般人に戻る気満々なんだけどねぇ。まぁ、それまでならやる事があるのならやるよー」

 ハルトはすでに投げやりだ。エマはその言葉に微笑むと、静かに会議室へと至る扉を開いた。


「――どうぞ」


 ハルトはその言葉に深くため息をつくと、静かにその会議室へと足を踏み入れ、その後に、イリア、エマ、バレッドと順に続く。

 煌々と火が点された会議室の広さは二十人程度が座る円卓があっても尚余る広さがあったが、それらの火はその隅々までを照らし、暗闇を打ち消していた。そしてその部屋の中央にある円卓、その円卓の対岸側には老年の女性一人、そして二人の老人が立ってハルトを出迎えた。

「待たせたな、婆上、爺上」

 イリシスはその言葉に慈悲を感じさせる笑みを浮かべる。


 ――が。


 その両隣にいるエギル、ザギルの目は険しくハルトを射抜いていた。

「……なぁ、俺、なんかあの二人に睨まれてる気がするんだが。あと、婆ちゃん爺ちゃんってどう言う事だ?」

 静かな声でイリアに僅かに近づき耳打ちするハルトにイリアは飄々と答える。

「どうもこうも無い。この三人は余を育て上げてくれた者達じゃからの。肉親同様ぞ」

 ハルトはその言葉になるほど、と頷いてから言葉を続ける。


「……じゃぁ、睨まれてるのは……?」

「さてのぅ。気のせいではないか?」


 イリアは飄々とさらに答えた。
 勿論エギル、ザギルがハルトを睨んでいるのは気のせいなどではない。
 孫をさらいに来た悪漢。それが二人のハルトへの共通認識だ。立場としてはハルトが上位なのは間違いのない事だが、そんな事は二人にとって些事なのだろう。


 孫をさらいに来た悪漢。

 ――二人にとってのハルトへの認識はそれで十分だ。


「……まぁ爺さん達よ、そんなにハルトを睨むんじゃねぇよ。気持ちは分からんでもないが、こいつは一応デルラニアの救世主様でもあるんだぜ」

 ――それに、とバレッドが困った様に頭を掻きながら繋げる。

「こいつがいなかったら今頃イリアはベルエルトに殺されてた筈だ。今イリアがここにいるのは――」

「バレッド、お前は黙っておれ」

 バレッドの剣の師匠でもあるベギルがバレッドを睨みつけ、バレッドはばつが悪そうに顔を歪めた。
 バレッドにとってはベギルは育ての親の一人にして師匠でもある。ここで逆らう事など、今までの在り方からして許されることではない。

「……どの様な人物が現れるのかと思えば、ひょろい少年ではないか」


 ――ベギル怒りの言葉である。


 しかしハルトはそれに苦笑いを浮かべて答えた。

「いやー自分まだ二十年も生きていないもので、それにガチムチって訳でもないですし。目に映る全てを守る程度で精一杯な若輩者でして」

 しかしハルトは飄々とその怒りを受け止めながら笑う。

「何か良く分かりませんけど、イリアに来いと言われたから来ただけであって、もし気分を害される様でしたら――」

「――逃がさぬぞ、ハルト」

 言い逃れて、更にこの場を辞退しようとしたハルトの服の袖をイリアがガシリと掴む。
 ハルトはその言葉に困った様に顔を曇らせながらイリアに耳打ちした。

「……だって話し合いって様子じゃないじゃんこれ。何でか知らないけど、俺恨まれてるっぽいし、まともな話が出来るとは思いませんよ先生は」

 その耳打ちする仕草が勘に触ったのか、今度はザギルが声を上げる。

「何をひそひそと話をしておるのじゃ! わしらには言えぬ話か!!」

「いえ! 滅相もありません!!」

 その姿が祖父、良蔵の姿に被りハルトは反射的に返した。
 藤間良蔵、ハルトの武術の師にして、中二病全開のハルトを容赦なく病院に送った人物である。ハルトの頭の上がらない人物ランキング第一位、第二位の母親、刹那を遥かに凌駕する人物だ。因みに父隆文は婿入りで、その血の源流は藤間家にある。刹那もまた一時期藤間流の師範代を勤めた猛者だ。隆文は大学助教授。穏やかな人物が強気の刹那にぴったりの相性の良い夫婦である。


 ――断っておくが、刹那、隆文二人の馴れ初めのスピンオフはない。

 だが書けと言われたら書きたくなるのがとある駄文を書いている者の癖である。しかし決して期待はしてはいけない。


 ハルトは知らぬ間にだらだらと汗を流し始めていた。

 ――何故自分がこれ程までに敵視されているのか理解できないまま。
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