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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第七章 ―― 魔王ハルトの改革期 デルラニア編 ――

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第三十七話 ハルトは寂しげに呟く


 思わずその場に居る者達が、目に入る景色と、その音に目を背ける。
 男がのたれうちまわる。
 だが、ハルトが握った左手の人差し指はビクともしない。

「……俺は平気だが、こうやって暴れるようであれば、二人掛かりで拘束しろ」

 ハルトが淡々と言葉を口にする。


 ――男の人差し指の爪と肉との間に針を差し込み、グチュグチュと抉りながら。


 男は一頻り暴れるとぐったりして動かなくなった。

「……水」

 執行官の一人が男に水をぶちまけて、その意識を促す。そしてそれを待って、ハルトが再び男の指を攻める。

 くぐもった悲鳴。

 だがハルトは鼻歌すら歌いながら、まるで裁縫でも行う様に男の指をグリグリと攻め続ける。

 激痛に気絶すれば水を掛けられ、水を掛けられ目を覚ませば再び激痛に苛まれる。


 ――それは無間地獄と言っても過言ではないだろう。


 さしものバレッドすら、その光景を見て苦渋の表情を浮かべていた。

「……目を背けるなよ?」

 ハルトが感じていた気配に告げる。

「さっき言わなかったか? これは授業だ。如何に効率良く相手に吐き出して貰うかの授業だ」

 ハルトの声が更に温度を低くする。


「――直視出来ない奴に執行官は勤められない。そんな奴は諦めろ」


 ハルトが淡々と告げる言葉に、目を背けていた者達が再びその目をハルトと男に向ける。
 ハルトの言う通りだろう。この程度の事で目を背ける者達に執行官は勤め上げられない。
 執行官に必要なものは、何をしても己に耐えられる強い心だ。この程度の事で諦める者に執行官は勤まらない。

 やがてハルトは握った左人差し指が原型を留めない程にぐちゃぐちゃになったのを見て、静かに息を吐き出して、男を覗き込むように首を傾げて眺め、優しく、しかし凄惨な笑顔で告げる。

「……どうやらもう人差し指は使えないようだ」

 男が絶望と恐怖と激痛に朦朧としながらも、ハルトの言葉に目を向ける。

「だが安心して良い」

 朦朧となっている男の目には光が無い。


「――まだまだ、指はあと十九本は残っている。それに何度だってこの程度の傷ば治せるんだ」


 その言葉で朦朧としていた男の目に意志が戻り、見開かれた。
 今の激痛を十九回。そして癒されればそれこそ無限。
 しかもハルトは気が狂わない程度に、一定以上の痛みを覚えさせない様に手を緩めて拷問を行っている。つまり、痛みで気を狂わせる事もままならない。


 それが終わる事無く繰り返される。
 耐えられるわけが無い。


 それを見極めた瞬間、ハルトは黒刀を抜き、唇を縫い合わせていた糸のみをそっと切った。

「――お前らが今まで殺めてきた数は」

 漸く口を介抱された男は口で息をしつつ、何とか答えようと口を開く。

「……ご、三百、人、くらい……っ」

 ほう、とハルトが愉快気に目を細める。

「中々の悪党じゃないか。道理で口が堅いわけだな」

 ハルトは愉快気に頷きながら、再び蝋燭で針を炙り始める。

「……んで? お前らがさらった子供達の数は?」

 男はそれに苦渋を宿してハルトから目を背ける。ハルトはそれをみると蝋燭を放り投げ、男の髪の毛を掴み、顔を向かせると、再び覗き込むように首を傾げた。


「――素直に賞賛してやる。まだ口が堅いようだ」


 ハルトがそう告げ、男の頭を放り捨てる様に話すと、その左手が男の左手へと向かう。

「……二百人だ!」

 針が中指、その爪と肉との間に突き刺され、グチュグチュと音を立てて抉らせる。
 その音と激痛に男は自由になった口から悲鳴を上がらせる。
 その場にいた全員の執行官達が恐怖に顔を引き攣らせるが、ハルトの命令どおり、一人たりとて目を背けては居ない。

 バレッドは苦々しい表情でそれを見つめていた。

「どこに卸していた」

 激痛で朦朧とした男は今度は簡単に言葉を告げる。

「……ラ、ラズベルト、の、奴隷、商人、に……」

 その言葉でバレッドの眉が動いた。

「……よりによってラズベルトか。こいつぁ、ちと厄介な問題になっちまったぜ」

 その声は当然ハルトにも届いていたが、ハルトは気にせず、次の質問に移る。

「お前らのバックにいるクライアントの名前は?」


 ハルトは見逃さない。
 ――その目が一瞬右に泳いだ事を。


「……そ、それは俺達もしら――」

 男の悲鳴が上がる。

「いやぁ悪人ってのは怖いもんだな。息を吐く様に嘘をつく。だが、残念だがな、俺にはその手合いの嘘は通じない」

 ハルトは中指に食い込ませていた針を押し込み、第一関節から針を突き出させた。
 そうやって次々とハルトは情報を引き出させていく。気を失えば水を掛けられ意識を促され、意識を促されたら再び激痛が男を苛む。その拷問の中で男は耐え切れず全ての情報を吐いていった。

 その情報を紙に起こしていた男は余りに凄惨な光景に涙すら浮かべ、ナメクジが這ったような文字を紙に書いていく。

 やがて一通り終わり、ハルトがこれ以上引き出すものが無いと判断した時には、男は意識がありながらも、空ろな目をしていた。
 ハルトはそれを確認すると、軽く息を吐き出して周りを睥睨する様に首を巡らせてから言葉を放つ。

「こうすれば効率的だ。人は慣れている痛みには強い。だが、慣れていない痛みには酷く脆い」

 ハルトはそう告げると肩越しに振り返り、空ろになった男を見つめる。

「指先は末端神経が張り巡らされていて、しかも簡易的な治癒魔法で簡単に癒せる。どんな屈強な戦士であろうが騎士であろうが、いずれは痛みに屈服する。まぁ三日三晩寝ずに攻め続けて、何も吐き出さなきゃそいつが持っている情報は無いと言っていいだろう」

 ハルトは静かに桶に歩み寄り、その水を男にぶちまけて、男の意識をはっきりとしたものに変えさせた。

「……ひ、一思いに、殺しやがれ……!」

 ハルトは息も絶え絶えと言った様子でそう告げる男に、ハルトは冷徹な眼差しを浮かべると静かに踵を返した。

「松明を持って扉を閉めろ。二日もあれば空気が薄くなって呼吸出来ずに死ぬだろ」

 その言葉に男は目を見開いた。

「何故だ! 知ってる事は全部吐いた! 一思いに殺すのが筋だろうが!」

 その言葉にハルトは足を止め、肩越しに振り向くと男に凄惨な笑みを浮かべる。

「言っただろう? お前は栄えあるデルラニアの英霊となるんだ。最後の最後までな」

 その『最後の最後』と言う意味を汲み取った男は悲鳴を上げて死を願う。


「――散々子供達を嬲ってきたお前らに通す筋は無い。死ぬ寸前まで暗闇の中で足掻いて死ね、下種」


 ハルトの指示通り、松明を持って全員の執行官達がその場を後にする。


「待て! 待ってくれ! 頼む! 一思いに――!」

 ――その言葉は頑強なる扉によって閉ざされ、静かに消えていった。


「全員、もう一人の所に行って、同じ様に拷問を施し、裏を取れ」

 ハルトの冷徹な声に、数名が声を震わせながら賛意の声を上げ、その片割れの方へと向かって行った。
 怨嗟の悲鳴が途絶えた石段を、ハルトとバレッドはコツコツと音を立てて登り、廊下へと出る。
 もう深夜になったのか、月が大分傾いている。

「大丈夫か、お前さん」

 バレッドがコツコツと音を鳴らしながらハルトに尋ねる。

「……正直、大丈夫じゃないよ。でも、誰かが先んじて手を汚さなきゃ、何も進展はしなかったじゃない……」

 ハルトが疲れた様に告げ、バレッドがその横で腕を組む。

「……何もお前さん自身が手を汚さなくても良かったんじゃねぇのか? 指示さえすりゃぁ、執行官がしただろうぜ」

 拷問室を後にして、目の前にバレッドしか居なくなった瞬間、ハルトの冷徹な表情には酷い疲労の色が突然現れた。

「その執行官が温いから敢えて俺がしたんだ」

 ハルトはその言葉の後に僅かに苦しげに眉を寄せて言葉を続ける。

「……多分執行官達は俺ほど残忍にはなれないでしょや。だけど、さっきの俺を見れば、俺と比較してまだ自分は残忍じゃないんだって、そう思えるようになる。そして、それは確実に口を割らせる方法に繋がる」

 拷問執行官とは言え、人の子である事は間違いない。その手で拷問をする事に迷わないと言えば嘘になるだろう。
 だが、自分を超える残忍な存在を知っていれば、ある程度その罪の意識は軽くなる。

 つまり『あの人に比べれば』と言う心理だ。

 その為にもハルトは最後の最後まで残忍な方法を用いた。

「……しっかしラズベルトか。ややこしい事になっちまったなぁ」

 バレッドが腕をくみつつ左手で顎ひげを摩り呟いた。

「……ラズベルト、確か治安が悪い事で有名な街だったよね」

 旅の中で何度も聞いた名前だ。
 その治安の悪さは、ある意味ではあのゴルゾーンを超えているかも知れないと。

「あぁ、知っちまった以上放っておく訳にもいかんが、こいつぁ厄介だぜ」

 前を向いていたハルトの顔が右隣を歩くバレッドに向かう。

「……何が厄介なん? 神殿騎士団を動員して、聞き出した連中を次から次に捕まえて、纏めて芋づる式に吐き出させれば良いだけの事じゃない」

「……あのなぁ、世の中そんなお気楽に出来ちゃいねぇんだよ」

 そう告げると『どうしたもんか』と呟いてバレッドが唸る。

「……詳しく教えて」

 ハルトが告げるとバレッドは頭を搔きながらぼやく様に告げた。

「ラズベルトは魔王側の領分にある。つまり俺達神殿騎士団には手出しの出来ねえ場所にあるのさ」

 ハルトはその言葉に眉を潜めた。

「……つまり、現状では、こちら側からは何も出来ないの?」

「そう言う事になるな」

 バレッドは疲れた様に溜息をつく。

「……ったくどうしたもんか」

 ハルトはその言葉に目を細めて思案をめぐらせたが、やがて大きく溜息をついた。

「イリア様に願って、魔王代行に話をつけてもらう訳にはいかない?」

 バレッドはその言葉に再び腕を組むと暫くの間コツコツと規則正しい音を響かせて、思案する。

「……出来ねぇこたぁないが、ちと難しい所ではあるな」

 ハルトがその意味を推し量れないといった様子で、眉をひそめる。
 そしてそのハルトの顔を見て、バレッドが説明を行った。

「俺達神殿騎士団と魔王軍の騎士団は対立しちゃぁいねぇが、手を取り合っている訳でもねぇ。共同歩調を取るには、この間の獣人族侵攻の様な馬鹿みてぇな理由が必要になるのさ」

 ――なるほど、とハルトが告げる。

「……つまり、下手に嘆願すれば、それが貸しって事になる訳か」

「そう言うこった。俺達も立場上イリア様に頭を下げさせる訳にはいかねぇ。必要とあれば魔王軍とだってやりあわなきゃならねぇのは周知の事実だ」

 バレッドは思案に顔を曇らせるハルトを横目で見た後言葉を続ける。

「そいつはきっと魔王軍だって同じだろうぜ。必要とあれば矛を交える。必要がなければお互い静観を守る。それが俺達の暗黙のルールだ」

 ハルトはそれを聞いて暫く黙したまま歩いていたが、やがて深い溜息をついて、ポツリと言い放った。


「ある意味不都合ではあるけど――」

 その目が寂しげに細くなる。

「――ある意味では好都合、か……」


 ――一人で終わり逝く最後を守る為に。
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