挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第七章 ―― 魔王ハルトの改革期 デルラニア編 ――

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

306/471

第二十八話 イリアは微笑みエマの手を取る


 デルラニア教、神殿最地下祈りの間。
 そこには件の白鳥と呼ばれる男が静かに頭を下げて目を瞑り、イリアの登場を心待ちにしていた。

 重要なる証拠を掴んだ。

 ――更に言えば、それを超えるかも知れない可能性すら掴んだ。

 それを報告しようとしている白鳥の胸は大きく高鳴っている。

 やがて二人の人の気配を感じて、白鳥が目を開くと静かに顔を上げた。

「……白鳥殿、火急の件とお聞きしましたが……」

 白鳥はその言葉に低く賛意の声を上げて、言葉を続けた。

「――件の方、西南の森にて、その髪と瞳の色黒きこと、確認いたしました」

 その言葉にイリアの目が大きく見開かれる。

「やはりあのお方は魔王様でいらっしゃいます」

 ふむ、と頷くとイリアは静かに白鳥に尋ねる。

「――これで三つの線は重なった。そう考えて良いのですね……?」

「……は。巫女姫様のお考えの通りに」


 三つの線。
 一つはトーマと呼ばれる存在。二つ目はカインズと呼ばれる存在。

 ――そして魔王ハルトの存在。


 ここに至ってイリアが予測していた、三人同一説は完全なるものとなった。
 イリアの予測はあくまで予測だった。
 話に聞くトーマと言う存在が規格外であった事はイリアも重々承知している。そして魔王がその役目を自らに課しながらも、魔族量を放浪している事もイリアは知っていた。
 魔王と言う規格外の存在に、トーマと言う規格外の存在。
 そして今回現れたカインズと名乗る、同じく規格外の存在。

 或いはその三人は同一人物ではないか。

 イリアは独自に白鳥を動員し、その目を各地に飛ばして情報を常に収集している。その情報網の中にトーマと名乗る規格外の人物がいる事は直ぐに分かった。
 その者がナバナスで土壌改革を起こした事も。ゴルゾーンで民を立ち上がらせ、民の勝利へと価値を押し上げた事も。
 そのトーマと疑わしき人物がデルラニアに入ったのは直ぐに知れたが、名前を改めたのか、その人物はカインズと名乗っていた。
 故に白鳥を動員し、バレッドにハルトの実力を量らせ、『無い可能性』をしらみ潰しに消していった。

 ――そして、遂にハルトは髪の色と瞳の色を知られる事となった。

 三人同一説。イリアがトーマ、カインズと言う人物を知ってからずっと考えていた可能性の結果がここに正解となって現れた。


 イリアの口元が満足そうな微笑に変わる。


「もう一つお耳を傾けて頂きたい話がございます」

 ピクンとイリアの弧を描く眉が跳ねる。

「……なんでしょう? あの方が魔王殿と知れた今、これ以上の情報は無いように思いますが……」

 イリアのその静かな声に白鳥は一度喉を鳴らした後に告げる。

「――魔王様は、魔獣との対話が可能との事」

 その言葉は余りにも予想外だったのか、流石のイリアの表情にも驚愕が浮かぶ。

「……魔獣と、対話が……?」

「事実、当方の目が魔王様と魔獣が共に寛いでいた所を目撃しています。その時に、魔王様は魔獣の未知なる言葉を操っていたと」

 イリアの表情が唖然としたまま固まる。
 考えられる事ではない。
 魔獣と魔族は完全に非なるもの。それ故に交わる事が一切なかった。
 だがしかしイリアは唖然とした表情を納得したものに変え、僅かにため息をついて背もたれに背中を預ける。

「――異界の旅人ならば、不可能をも可能にする。その知識は未知の知識。ならば、よくよく考えれば、我らの常識が当てはまらないのは自明の理」

 そう告げてからイリアは少しだけ疲れた様に頭を抱えた。

「……しかし、よもや魔獣との対話が可能だったとは、流石の私でも予測し得ない事態ですね……」

 その口元が思わず笑みを浮かべる。

「魔王殿は魔王と言う立場を置いても尚規格外……」

 イリアの中で確かな感情が芽生える。


 ――享楽に満ちた感情が。


「白鳥殿」

「――は」

 イリアは背もたれから居住まいをただし、令を発する。

「今暫くの静観を」

 その予測外の言葉に白鳥が目を見開いた。
 ここまでの材料が揃っているのならば、必ずイリアはハルトとの対談を希望すると白鳥は睨んでいた。

 しかし、答えは静観。

「……お言葉ですが、何故静観を守るのですか? 巫女姫様が望めばいつでも魔王様は巫女姫様の要望にお応えするかと存じ上げます」

「ですからこそ静観するのですよ」

 その言葉に白鳥は理解しがたいと言う表情を表にだした。

「――我々がその気になれば、いつでお魔王殿を拘束する事は可能。事実魔王殿は既に罪を犯している。それに魔王殿の在り方からすれば、彼は罪を認め、素直に拘束されるでしょう」

 白鳥は固唾を飲んでイリアの言葉に耳を傾けている。

「魔王殿はまだまだ可能性を秘めている。その可能性をみすみす潰す事は無い。その可能性を十分に見極めてから行動するのも可能です」


 イリアは簾の奥で、白鳥からは見えぬ顔に享楽的な笑みを浮かべた。


「神殿出身と偽り、あまつさえ神聖騎士団と己を偽った。その罪は決して軽くはない。それらを伝えれば、魔王殿は飄々と拘束を是とするでしょう」

「……し、しかし、今の状態は余りにも不安定です。この状態ではいつ魔王様がこの都を後にするか予測しかねます」

 イリアはその言葉に享楽的な笑みを深くする。

「エマとアイリで魔王殿をこの地に縛り付けます」

 ――その言葉に、白鳥は唖然とした表情を浮かべた後、慌てて声を上げた。

「それは許されません! 余りにも危険です!」

 だが、その言葉にもイリアの表情は変わらない。


「危険では無いでしょう? 白鳥殿も知っての通り、魔王殿は恐ろしい一面を持ち合わせながら、同時に有り余る慈悲の心を持ち合わせている。それを確かめるのに一番最適な方法は――」

 享楽的な笑みを浮かべて、イリアは白鳥には見えぬ簾の様な絹の奥で目を大きく見開いた。

「――アイリなる少女を魔王殿の傍付けにし、このデルラニアに縛り付ける事」


 苦渋を宿した白鳥に尚もイリアは続ける。

「それにアイリと言う人物を魔王殿傍付けに出来れば、私もつぶさに魔王殿の動向を見て取る事が出来る」

「――ですが!」

 止めようとする白鳥の言葉に、イリアの僅か右に控えていたエマが疲れた様に言葉を告げた。

「――白鳥殿、それは私が幾度も説得を行いました。しかし教皇様のお考えは変わりません」

 エマは疲れた様にため息をついて、言葉を続けた。

「そして教皇様の令は絶対。その意味は白鳥殿も重々承知のはずです」

 エマは遠まわしにこういっている。


 ――絶対にイリアの考えは曲げられないのだと。


 イリアはその言葉を最後に享楽的な笑みを潜め、そこに慈愛の笑みを浮かべた。

「それにいざとなれば貴方がた、神聖騎士団の力を借りる事も可能でしょう?」

 その声も慈愛に満ちたものだ。

「……ならば、せめて我が騎士団による身辺警護の許可を」

「なりません」

 譲歩として切った白鳥のカードをイリアは一言で断ち切った。そしてその断ち切られたカードに白鳥が苦渋を宿す。

「不要に貴方がた騎士団によるアイリの身辺を警護すれば、その存在の可能性を魔王殿が気付く事になりかねません」

 更にイリアは続ける。

「――それに貴方がた神聖騎士団は謎に包まれていると言う事にしてあります。その神聖騎士団が魔王殿を直接監視するとすれば、神聖騎士団の謎までも民に知られかねない」

 白鳥――神聖騎士団団長はその言葉に苦渋を宿す。

「……白鳥殿、お気持ちはお察し致しますが、今回は教皇様の想いに沿っては頂けませんでしょうか」

 エマが白鳥に告げる。だが、白鳥がその場を動かないで居る事を悟ると僅かな溜息をついて、更にその背中を押す言葉を投げる。

「――正直な所、今回の判断は私も賛成しかねる所ではあります」

 イリアは微笑みの表情を崩さない。

「……ですが、これはこの地下に幽閉されていると言っても良い巫女姫様のたっての願い。その意味を汲んで頂けると私としては僥倖かと……」

 その言葉を聞いて、白鳥は諦めた様に溜息をついた。

「――条件がございます」

「なんでしょうか?」

 更に食い下がる白鳥に、イリアは直ぐに尋ね返した。


「アイリ様の単独行動は決してならさぬよう。エマを使いに出す場合は必ず魔王様の許に。魔王様の許から離れられる場合は、必ずエマと共に行動して頂けるようお願い申し上げたい」


 その言葉にキョトンとし、イリアはクスクスと笑みを零した。

「アイリが単独で行動出来ないのは白鳥殿も十分に承知の筈でしょう?」

 だが白鳥は真剣な表情を崩さない。

 ――その言質が取れるまでは譲らないと言った様子だ。

「……不安に思わずとも大丈夫ですよ。アイリが単独で行動する事を許されないのは、私自身が最も知っています」

 そしてその言質をとって、白鳥は安堵を覚えたかの様に静かに溜息をついた。

「並びに通常騎士団による哨戒の人数を増やす事も許して頂きたく願います」

 ふむ、とイリアはその言葉に思案を巡らせる。


 ――神聖騎士団が不要に動き回っては、ハルトにその存在を疑われることは必死だろう。だが、通常の騎士団であるのならば別だ。


「……どの様な理由で?」

 しかし、通常の哨戒を増やすにはそれ相応の理由が必要となってくるだろう。

 ――少なくとも、ハルトが不自然に思わない程度には。

「賊の類がデルラニア近辺で発見されたとすれば、不自然には思われないでしょう」

 なるほど、とイリアが頷いた。

「……確かにその情報を流せば魔王殿に不審に思われる可能性も低くなる。民に要らぬ不安を覚えさせるかも知れませんが、用心をするに越した事は無い。事実去年から人攫いは起きていない。次に起きるのが何時とも分からない……」

 治安の良いデルラニアだが、かといって何かしらの事件が無い訳でもない。
 頻繁にではないが、デルラニアにも事件が起こる事がある。それは年に二回あるか無いか、と言うレベルだが、家族を惨殺し、その子供を浚う事件だ。
 当然泥棒なども無い事は無いが、そもそも機密上立ち入りが難しいデルラニアでは起きるほうが珍しいだろう。

 イリアは暫くの間黙したまま思案を巡らせていたが、やがて決断を下すと静かに口を開いた。

「――許可します。哨戒の人数を増やしなさい。但し、アイリの警護はその哨戒の中に留まりなさい。住民の安全を第一に考え、行動しなさい」

 イリアはそう告げると慈悲に溢れた微笑を浮かべて静かに告げた。

「……それで宜しいですね?」

 その言葉に白鳥は静かに賛意の声を上げると立ち上がり、己の使命を全うする為に踵を返した。
 白鳥が姿を消して、暫くしてからイリアが背もたれに背中を預けて疲れた様に呟いた。

「……羨ましいですね、魔王殿は。自由を許されて」

 その言葉にエマが少しだけ眉を寄せた。

「……アイリを行動させる時点で、教皇様も相当なる自由を勝ち得ていると思われますが」

 その言葉にクスリと笑い、イリアが立ち上がる。
 そしてそのイリアの手をそっとエマが取った。

「早く部屋に戻りましょう。ここに居るのは少々骨が折れます。それにアイリの衣装なども揃えなくては」

「――はい」

 そう告げると、エマはそっとイリアをいざなった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ