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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第七章 ―― 魔王ハルトの改革期 デルラニア編 ――

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第二十七話 リューシェ達はハルトの足取りを掴む

 
 その日、いつもどおりリューシェの居室ではハルトの動向を考えるお茶会を兼ねた、もはや恒例となっている会議が行われた。
 リューシェはひとしきり意見を交わした後、静かに息をついて紅茶で唇を湿らせ、ぼそりと告げた。

「――ハルトがデルラニア地方に行ったのは、レスカとアルマの言う通り、恐らく間違いの無い事」

 ――だけど、とリューシェが続ける。

「残念だけど、確証が無い以上、下手に動く事は出来ない」

 ニーナがその言葉に頷いた。

「せめて確証があれば、ね……。そうすれば以前みたいにイリアとの面会って事でデルラニアに赴けるんだけど……」

 その言葉にアルマがピクンと眉をはねらせた。

「リューシェさんとニーナさんはデルラニアに行った事が?」

 リューシェとニーナがその言葉に頷いた。

「一年から二年の割合で一回、イリアと私は会談の場を設けている。尤もイリアは機密上その姿を知られる訳にはいかないから、私がイリアの所に行くという形でだけど」

「その時にあたしも一緒に行ってるの。面白い子だよ、イリアは。最初こそ真面目に対応してたら、楽にしろ、しなきゃ極刑、とかって言うし」

 その時の事を思い出したのか、リューシェがクスクスと笑った。

「それがあの子の良い所でもあるんだけどね」

「あれは良い所って言うよりも、悪いところなんじゃないかなぁ。まぁあの子表裏が激しいから、表は立派に巫女姫してるしね」

 その言葉にレスカとアルマがキョトンとした表情を浮かべた。

「……その、お話から窺うに、イリア様は相当変わったお方なのでしょうか? 以前も尋ねましたが、その様な方だとは思えないのですが」

 レスカがアルマの言葉を代弁して二人に代弁して尋ねる。
 教皇にして巫女姫、イリアとは慈悲の象徴である。その象徴たる人物が二人の言う様な人物にはどうしても思えない。
 だが、その存在は謎に包まれている。分かるのは女性と言う事だけだ。

「前にも言ったけど、あれは変人だよ」

 ニーナが斬り捨てる。

「……まぁ変人とまでは言わないけど、確かに変わり者である事は本当。二人なら、私達の様にイリアに幻滅はしないと思う。むしろ裏のあの子となら、二人は上手くやっていけると思う」

 リューシェが告げるその言葉に二人は困惑する。

 知れば知るほど、巫女姫にして教皇のイリアの存在が二人の間で更に謎のものになる。だが、ナバナスにいたアルマは知らないが、レスカはイリアが敷いた令の一部を知っていた。
 それらの令はハルトの発した令の様に人々を豊かに導くものしかない。

 ――だが、それらを敷くイリアなる巫女姫の裏の顔は変わり者。

 その二つの顔が二人の中では一致しない。
 そしてその困惑の顔を見てニーナが分かり易く例を出した。

「例えば、二人の人がいるとするじゃない?」

 レスカとアルマはその言葉に頷いた。

「二人とも凄く理性的なんだけど、一人は穏やかに微笑む人、もう一人は享楽的に笑う人」

 再び二人は頷いた。

「その二人がイリアって子の裏と表の顔なの。表では穏やかな微笑を浮かべながら、裏では享楽的に声を上げて笑ってるのよ、あの子は」

 だが、やはり困惑を隠せない二人に、更にニーナは例を出した。

「例えばアルマ、あんた普段穏やかだけど、もしハルトを害する人が現れたらどうする」

 ――その瞬間、アルマの瞳から光が消えた。

「……全力で排除します。二度と、トーマさんに、近づけさせない為に……!」

「それだよ」

 告げられてアルマの瞳に光が戻った。

「アルマは普段は穏やかだけど、ハルトの事に限って怖い子になる。アルマの表は優しい子で、裏の顔は怖い子。イリアも似たようなものなの。ただ、あの子の場合はそれを意識的に切り替えられるだけ」

 怖い子、と言われてアルマはしゅんとするが、それはレスカが優しくアルマを撫でてフォローした。

「……つまり、一人の人間に、二人の人間がいる様な事ですか?」

「そゆ事。それの一人が穏やかに微笑むイリアで、裏が享楽的に笑うイリア。でもその本質は両方とも同じなんだよね」

 ニーナがそこまで言うと穏やかな微笑で唇を湿らせたリューシェが静かに告げた。

「……正直、私にもイリアの本質は分からない。だけど、そこにあるのは間違いのない慈悲である事は確か」

 ――もっとも、とリューシェは告げて茶器を置くと頭を抱えた。

「……あの子がハルトを知ったら絶対に玩具にする。きっとハルトは振り回される」

「……あー……そうだね。そうなったらハルトに同情するわ」

 ニーナも腕を組んで難しげな表情を浮かべた。


 ――その瞬間、気高き鳴き声が聞こえ、リューシェは立ち上がるといつも通りに窓辺により、そっとその窓を開け放った。


 暖炉で暖かくなっていた部屋に冷気がそっと足元から忍び寄る。
 やがてその鳴き声の主はいつも通りにリューシェの右肩にふわりと飛び乗った。

「お疲れ様。いつもの報告?」

 リューシェが扉を閉め、黒鳥に尋ねるが、黒鳥は何も答えない。
 その場にいた者が全員首を傾げた。
 いつもなら黒鳥はそれに応える様に鳴き声を上げていた筈だ。

「――まさかっ」

 リューシェはその意図に気付き、黒鳥の足首に括られている文を解くと左手にそれを持って、右手で甘えてくる黒鳥をあやしながらその文面に目を通した。

「……何か分かった?」

 息を呑んでいる三人の中で、代表してニーナがリューシェに尋ねた。

「……ハルトが、デルラニアにいるって……」

 その言葉に思わず三人が立ち上がる。
 リューシェは一度喉を鳴らすと黒鳥を肩に乗せたまま先程まで座っていたソファに挟まれるようにしてある黒塗りのテーブルにその文を広げ、自分はソファに腰掛ける。

「……魔王様、デルラニアに滞在せり。ただし現状動くことならず。時を見て連絡せり。同じく放っている鳥を引き返させる事お願い申し上げる。現状鳥の存在、要らぬ火種になりかねなし……」

 ニーナがその文面を読み上げる。
 そこに在るのは、珍しくも長い黒鳥――ザイールの報告だった。
 リューシェは黒鳥――カノンをあやしながら表情を曇らせる。

「……やっぱり」

 リューシェの言葉に頷き、三人が座る。

「……流石黒鳥だね。まさか、こっちの鳥の存在まで嗅ぎ付けているなんて」

 カノンはリューシェの肩を蹴るとテーブルに降り立ち、くちばしでクッキーの一枚を取ると、それを皿から取り出し、テーブルに置くと軽く突いて砕き、それを食べ始めた。

「……今更ですけど、この子、凄く頭良いんですね」

 それを目を丸めながら見つめて、アルマが呟いた。

「リューシェ様の目であった者であり、今はトーマ君に仕えている者だもの。有能なのは確かでしょう?」

 レスカが微笑みながらカノンの背をそっと撫でる。


「――解せないっ」


 突然ニーナが声をあげ、カノンを両手でそっと抱きかかえると、カノンに尋ねた。

「黒鳥、あんたはどっちの味方なの?」

 カノンはキョトンとしたまま何も答えない。

「リューシェの味方……?」

 カノンは答えない。

「……じ、じゃぁ、やっぱりハルトの味方なんだね……?」

 しかし、鳴くだろう筈のカノンはその言葉にも鳴かなかった。そしてその現象にニーナは唖然とする。

「……も、黙秘権?」

 しかしやはりそれにもカノンは鳴かない。
 ニーナがそっとカノンをテーブルに戻すと、両手に頭を抱えて『分からないっ!』と叫んだ。
 それを見ていたリューシェが黒鳥に尋ねた。

「……貴方はハルトを逃がそうとしているの?」

 黒鳥はそれには答えず、幾つかのパーツに分かれたクッキーを二つくちばしでつまむと、それを僅かに距離を離して置いた。
 そして、確認を促す様にリューシェを見る。

「……どうしたの?」

 リューシェがそう呟くのを待って、二つに分かれたクッキーのパーツの一つに頭を寄せると、そっとそれをもう一つの方に寄せた。


 ――そしてその行動の意味に四人が愕然とした表情を浮かべた。


「――わ、私達を、ハルトに、逢わせようとしてくれているの……!?」

 唖然としたまま、確かな期待を込めてリューシェがカノンに尋ね――。

 ――初めてカノンがその言葉に大きな鳴き声を上げた。

「……リューシェ、様、これ、は……」

 唖然としたままレスカがリューシェに尋ねる。
 有能と言ってもたかが鳥だとレスカは侮っていた。
 だが、間違いなくカノンは人の言葉を理解し、そして己の意志を理解させる為に行動を取る知能がある。

「――黒鳥が再びこっちについてくれた……っ」

 リューシェは僅かに頬を紅潮させてカノンをそっと抱きしめる。抱き寄せられたカノンは甘える様にリューシェの頬に頭を摺り寄せている。

「間違いなくまた逢える! 黒鳥はハルトの居場所をしっかりと掴んでる!」

 ニーナも喜色を露に声を上げる。
 そしてその意味を悟り、レスカとアルマ、二人にも喜びの輝きが表情に浮かび上がった。

 ――漸くハルトを捕まえられる可能性を手に入れた。

「で、でも、ならどうして今じゃないんですか?」

 ふと気付いたアルマがリューシェに尋ねた。その問いに、リューシェは直ぐに答える。

「多分ゴルゾーンの時と同じ」

 その言葉に事情を知らないレスカが僅かに目を細め、リューシェはレスカに事情を説明する。

「私達がハルトとレスカに逢う前に、黒鳥は既にハルトの所在を私達に教えてくれていたの」

 初めて聞いたその事実にレスカが思わず目を見開く。

「でも、ゴルゾーンの時は邪魔にしかならないからって、逢いに行く事を止められた」

 レスカは得心が行ったという表情で思い出す。
 ザイールが言っていた、自分の見通しが甘かったと言う言葉を。
 あれはリューシェとハルトを引き合わせる事が失敗したと言う意味だったのだろう。

「多分今回も同じ。ハルトは恐らく既に改革を始めている。それが伝わっていないのは、ハルトがデルラニアと言う機密性の高い都市にいる為」

 その言葉に三人が頷く。

「――でも、アルマとレスカの予測通りなら、今回のハルトの改革は血を洗う中にあるものじゃない。それはきっと、この世界を更に高めるに値する改革の筈」

 その言葉に三人が頷く。

 治療の概念を覆す改革か。
 薬学の概念を覆す改革か。

 ――或いはその両方か。

 その言葉を最後に、カノンは僅かにみじろぎしてリューシェの腕から降り立つと、居室の窓の前にある机へと飛び立ち、リューシェを見つめた。

「……少し待って」

 リューシェが告げると、返事をするようにカノンが喉を鳴らす。
 リューシェが引き出しから紙とペンを取り出すと、そこにさらさらと筆を滑らせ、巾着袋に以前ザイールに渡した金子と同額を入れ、カノンの足首にそっと優しく、しかししっかりとくくりつける。

「――お願い。伝えて」

 そのリューシェの声に黒鳥が大きく鳴き声を上げた。
 その鳴き声を待ってリューシェが窓を開け放つと、カノンは降りしきる雪の空へとその翼を広げて飛んで行った。

「――今度こそ逃がさないから。ハルト」

 そう雪原の様に広がる景色を蒼い目に映しながら、リューシェは力強く呟いた。
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