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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第七章 ―― 魔王ハルトの改革期 デルラニア編 ――

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第十八話 ハルト対グレディーナの舌戦は始まりを告げる

 
 次の日案内された物件は、まさにハルトの思い描いていた質素を書いた様な物件そのものだった。大通りを抜けて、雅な街を外れると、そこに在るのは他の街と同じ様な景色だった。もっとも、他の街と比べれば整然としていて、管理が行き届いているのが見て取れる。

「悪いなカインズ。急だったものでな、こんなあばら家しか用意出来なかった」

 頭をかきばつが悪そうな表情で告げるバレッドに、ハルトは笑顔を向ける。
 ハルトは中に入り、状態を確かめながらバレッドに告げる。

「いやいや、上等だよ、バレッドさん」

 八畳程の寝室に、隣には六畳程の調合に使える部屋、そこにある薬剤を作る道具。

「薬を作る道具まであるなんてね。ベッドも簡単な家具もあるし、むしろ出来すぎな気がするわ」

「――こんなんで気に入るのか」

 ハルトはその言葉に笑みを浮かべながら答える。

「人なんて座る所と寝る所があれば十分。これ以上の贅沢をしたら罰が当たりますがな」

 その言葉を聞いてバレッドが呆れた様に告げる。

「……お前さん、何処までも無欲だな」

「欲ならあるよー。可愛い子ときゃっきゃうふふしたいとか思うし、特に食に関しては貪欲な方だし」

 その言葉に思い出した様にバレッドがくつくつと笑う。

「そう言えば例の宿屋の食事、いきなり旨くなったと聞いたが、ありゃお前さんの仕業か」

 ハルトはその言葉に目を右に寄せ静かに答えた。

「……さ、さぁ? 俺はなんもしてないけど?」

「お前さんは嘘をつくのが下手だな。アライダが全部教えてくれたぜ」

 ――う、とハルトは呻く。

「……いや、だってさ。食材さんが泣くでしょうが。あんな不味い料理にされたら。食材さんも美味しく食べられたら本望でしょうが」

「まぁ、違いねぇ」

 バレッドはそう告げるとハルトの後にその家へと足を踏み入れる。
 因みにハルトは容易に潜れる玄関だが、大柄なバレッドの場合、僅かに身を屈めないと入れない。

「しっかし、こぎたねぇ部屋だなぁ。後で騎士団に命じて部屋の掃除を――」

「かまへんよ。これからはここがおいらの根城になる訳だし。おいらが責任をもって掃除するって」

 ハルトの言葉にバレッドは呆れ顔を見せたがやがて踵を返すとハルトに告げた。

「さて、次は教授の所か。教授の面接いかんによって、お前の処遇が決定される。ついでだ。案内してやる」

 教授とは恐らく薬学の教鞭を執っている人物なのだろう。

「――もっともお前さんのこった。教授ですら簡単に凌駕しちまう可能性すらあるがな」

「いや、さすがに無いでしょそれは。俺薬学に関しては多少齧った程度だし」


 ――ちなみにハルトの齧った程度とは、日本有数に入る大学の薬学、医学部の教授を唸らせたものだ。 
 科学知識が発展した地球で、有数大学の医学部に単身乗り込み、挙句の果てに教授を唸らせる事などそうそう出来はしない。


 挙句の果てに今のハルトは『視る』事によって様々な植物の種類の成分を確かめる事が出来る。それに科学を融合させたハルトに、今のこの世界の文明が辿り着くかと言えば、正直な話、無理だろう。


 しかしハルトはそれに気付いていない。
 どこまでもハルトは自分の可能性に気付かない。
 良くも悪くも。

 バレッドが歩みを進め、ハルトが慌ててそれを追う。

「ちなみに学校ってどんな所さ?」

 ハルトの質問にバレッドは歩みながら、なんと答えたら良いか、と腕を組む。
 人の波がバレッドに気付いては頭を下げ、その次にハルトを――正式にはハルトの首飾りを見て目を見開く。

「……何か皆この首飾りを見て驚いているみたいなんだけど……」

 バレッドがその言葉に肩越しに振り向いてにやりと笑った。

「そりゃぁ驚くだろうさ。今までその首飾りを付ける事を許されたのは五人もいない。優秀の中の優秀なる者。この都自体が認めたものにしか与えられん」

 ハルトはその言葉に目を見開いた。

「駄目じゃん! 俺はいずれこの都を去るんだよ!? それを都が認めたってしちゃだめでしょ!」

「今お前の管轄は俺にある。まぁお前の我侭でいつでも放免出来る身分だがな。それでもお前さんは暫くの間はここに留まるつもりなんだろう?」

 ――うぐ、とハルトは言葉に詰まる。

「それに、お前さんが面接で教授をやり込めばそれだけでその首輪は外れる。何、最初こそ奇異の目で見られるかも知れんが、いずれ慣れるさ」

「……あんまり奇異な目で見られたいとは思わないなぁ……」


 ハルトがははは、と乾いた笑いを上げた。


「――さて、着いたぞ。ここがこの街の最高学府だ」

 ハルトが待ち行く者の眼から逃れるようにして俯きながら歩いて二十分程すると、バレッドが足を止め、ハルトもまた足を止めると俯かせていた顔を上げた。


「……でかいなおい」


 それがハルトの第一印象だった。
 そこに和の気配は見当たらない。そこに在るのは古代ギリシアを彷彿とさせる建物だ。

「まぁ千人が受講してるからなぁ。でかくなるのは仕方ねぇだろ」

 バレッドはそう告げると入り口らしき門の所に立っている衛兵らしき者に片手を上げて言葉を掛けた。

「グレディーナ教授に会いに来た。話は聞いてるだろ」

 二人の門番はそれに声を合わせて答えてからマジマジとハルトを見る。

「……バレッド様、その、そちらの方が……?」

 門番の一人が躊躇いがちにバレッドに尋ねる。

「おう。今回俺の推薦で薬学を学ぶことになったカインズだ」

 その言葉に二人が不審げな眼差しをハルトに向ける。

「……まぁ、疑うのも無理はねぇが、こいつの腕は確かだぞ」

 二人はその目から不審げなものを消して、戸惑いの目を今度はバレッドに向かわせる。

「……しかし、水晶の首飾りは文武両道の方にしか許されないものでは……?」

「……事実、その首飾りはバレッド様を初めとした例外にしか許されなかったもののはずです」

 ふぅむ、と面倒そうな表情を浮かべてバレッドが後頭部を搔く。

「……バレッドさん、文武両道ってどう言う意味さ」

 ハルトが聞いてなかったことに関してジトリとした目をバレッドに送るがバレッドはそれを意に介せず、二人に言い放った。

「……多分、こいつには俺もかてねぇぞ。こいつは一種の化け物だ。俺たち人間が立ち回った所で絶対に勝てん」

「……化け物とか酷いよね。人の事捕まえて化け物呼ばわりとかさ」

 ハルトの言葉を無視してバレッドのありえない言葉に門番の二人が大きく目を見開いた。


「納得出来んなら、お前さん達も立ち合ってみたらどうだ? こいつの化け物具合が良く分かるぞ」

「化け物具合とか言葉として人に当てはめて良いのかと俺は思うけどどうなのかね、バレッドさん」

 それでもまだ二人は不審な目をハルトから離さない。

「ほれ、確かめてみ? こいつがどんだけ化け物か――」

「――人の話聞いてるかな!? 俺は化け物じゃないですってば!」


 ハルトが叫んだ瞬間、二人は手にもった槍でハルトを襲った。


「俺は少なくても今は化け物じゃないの! そう人を化け物呼ばわりするのはどうなのさ!」


 ハルトがそう叫んだ瞬間には既に流水の動きで二人は宙を一回転し、ハルトは瞬時に二人の腰の剣を抜くとそれを首筋にそっと添えていた。


「……やっぱ化け物じゃねぇか」

「化け物じゃねぇよ!」


 ハルトはそう叫ぶと疲れた様に二人の剣を大地に突き刺して、つい後頭部から落としてしまった二人に片膝を突き、詠唱を唱え青白い光で回復させる。

「ったく、二人とも大丈夫? っつうかいきなり襲いかかってきたから、つい頭から落しちゃった。ごめんね」

 二人は何とか脳震盪を癒されると軽く頭を振りつつ立ち上がりハルトに尋ねた。

「……何故こちらを向きもせずに動きを……?」

「んー……気配?」

 事実だ。


「……なるほど。バレッド様が仰った意味がよく分かりました」

「うん、君らも化け物は否定しようね。僕泣くよ? わりとマジで泣きますよ?」


 ハルトがそう告げ、右の掌に顔を落す。実は本気で割と泣きそうだったりする。

「っつう訳だ。まぁ、こいつはこの街の精鋭二十人を相手にして尚平然と勝利を収めた。実力は疑いようが無いだろう」

 さらりと言葉にしたバレッドに、二人が目を見開く。

「……そ、それは上位騎士と戦って尚勝利を収めたという事ですか?」

「おうよ、しかもその変な剣を抜かないで素手でな」

 バレッドはハルトの腰にある黒刀に目をやって答えた。
 そのバレッドの言葉に二人は戦慄する。神殿騎士団上位騎士と戦い、しかも素手で平然と勝利を収めると言う事実は余りにも規格外だ。
 やはりその規格は化け物と呼ぶに相応しい。

「――し、失礼しましたっ!」

「どうぞお通り下さいっ!」


 突然態度を改めた二人にハルトは更に沈みこむ。


「……いや、お願いします。化け物扱いは、マジ勘弁して下さい……」

 ハルトが沈み込んでいるにも関わらず、バレッドは軽くハルトの頭に手を置くと静かに告げた。

「ほれ、行くぞ」

 ハルトは憔悴しきった様子でバレッドの後に続いた。


 コツコツと窓に穿たれた窓から漏れる光に満たされた廊下を歩く。ハルトは聴覚に意識を集中して様々な音を聞き取っていた。
 遠くで鳴り響く剣の音は恐らく武術の演習だろう。僅かにざわめきがある所は抗議の最中だろうか。

「今ならグレディーナ教授も非番の筈だ」

 コツコツと前を歩くバレッドが告げる。

「まぁ気難しい人だが、お前にとっちゃ気難しいが何だろうが関係ないだろう」

 ハルトはその言葉に憮然とした表情を浮かべた。

「んなこたぁ無いよ。気難しい人は苦手だし」

 ふむ、とバレッドは口端を吊り上げる。

「お前にも苦手なものはあったんだな」

「苦手なものは沢山在るさ」


 ――そしてハルトの脳裏にあの時の惨劇が蘇り、ハルトは力なく右手で頭を抱えた。


「……以前言ったよね」

「――あん?」

 バレッドは肩越しに振り返り、ハルトの表情が苦渋に満ちているのを見て僅かに眉を寄せる。

「……俺の言葉が人を殺させ、その言葉が味方を死に追いやったって」

 バレッドは肩越しにハルトを見つめたまま何も答えない。

「……もうあんなのは御免だ。あんなしんどい思いをするのは……」

 アーニャやジス、そして件の女性兵士が英霊となってハルトの夢に出てきた事はハルトにとって大きな救いだった。
 だが、仲間を殺したあの光景は今でもつぶさに思い出される。

 バレッドは光を失った様なハルトの目を暫く見つめていたが、やがて顔を戻すと静かに告げた。

「お前さん言ってたよな」

 その言葉にハルトはうっそりとした表情をバレッドの背中に向ける。

「死ぬのなら崇高なる理念を持って一人で死ね、とかな」

 その言葉がハルトの心を抉る。


「……馬鹿だよね。そんな事言う資格――」

「――お前さんはお前さんの言葉と言う理想に死んでいった者達を誇ってやれねぇのかい」


 その言葉でハルトは僅かに目を見開いた。

「少なくてもそいつらぁ間違いなくお前さんの言葉に殉じて行ったんだ。お前さんがすべき事は、そいつらの死を哀しむ事じゃねぇ。そいつらの死を誇る事だ」

 ハルトはその言葉を噛み締めたあと、静かに告げる。


「俺にそんな資格は……」

「お前さんが背負えなきゃ誰も背負えねぇんだ。いい加減腹ぁ括れ」


 そしてバレッドはある部屋の前まで来ると足を止め、ハルトに向き直った。

「さて、問題のグレディーナ教授の部屋だ。まぁ、健闘を祈るぜ」

 そう告げるとバレッドはドアの隣の石壁に背中を預ける。恐らくは話し合いが終わるまで待つという意志なのだろう。

 それを見て、ハルトは肩の力を抜くとコンコンと木製の扉をノックする。

「――入りたまえ」


 少しだけ神経質な色合いが混じった声が扉から聞こえ、ハルトは気負いなく答えた。

「失礼します」


 ――ハルト対グレディーナの舌戦が始まった。

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