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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第七章 ―― 魔王ハルトの改革期 デルラニア編 ――

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第十四話 ハルトはデルラニアの料理に激昂する

 
 アライダは少しの間ハルトの言葉の意味を推し量れずに居たが、やがて静かに頷いた。

「この館の裏手に少し背の大きい木がございますが……。それが何か?」

「雪が降り積もる木が好きなものでして。もしあれば見てみたいなぁ、と思っただけです」


 ――嘘ではない。だがそれだけが目的ではない。


 その言葉を聞いたアライダが少しだけ可笑しそうにクスクスと笑みを零した。

「雪の降り積もる木がお好きなのですか。変わった方ですね」

「よく言われます。おいらは相当な変わり者みたいなんで」

 それに対してハルトもまた笑みを浮かべた。

「――ではこちらへ」

 ハルトがそれに頷き、アライダの後を追う。
 凡そ五分程度歩いた所にその部屋はあった。

「恐らく騎士団からのご紹介と言う事はバレッド様からのご紹介でもあるでしょうから、当方の館で一番上等な部屋をご用意させて頂きました」

 そう告げ、扉を開いたその奥の光景にハルトは目を見開いた。


「当方の館ではこれが精一杯――」

「――いや、待とうかアライダさん」


 ハルトは汗をかきながらアライダの言葉を切る。

「お願いします。最低ランクの部屋を用意してください」

 その言葉に今度はアライダが目を丸める。


「……ですが、バレッド様のご紹介の方をその様な部屋に通すのは――」

「――きついです。この部屋で過ごすとか無理ゲーです」


 ハルトの青い瞳に映るそれは余りにも豪華だ。
 或いはゴルゾーンの領主の居室レベルと言っても良いだろう。
 そして当然ながらハルトは質素を好む人間だ。この様な場所に過ごすにはハルトにとっては居心地が悪すぎる。

「……この部屋よりも、質素な部屋のほうが良いと……?」

「いっその事、物置小屋レベルでも構いません。掃除は自分でしますんで」

 アライダはハルトの言葉に暫くの間キョトンとしていたが、やがてクスクスと笑みをこぼした。

「――本当に変わったお方ですね。ですが、質素を重んじるその心は素晴らしいかと存じ上げます」

 ハルトはその言葉に生返事を返す。それを聞き届けてからアライダはそっとその部屋の扉を閉じ、ハルトに笑顔で伝えた。

「ではこちらへ。貴方様のご要望通り、この宿でもっとも簡易的な部屋をご紹介致します」

 ハルトがその言葉に胸を撫で下ろし、再び歩み始めたアライダを追う。

「……この部屋なら如何でしょう? 当方の館では恐らく貴方様の条件に似合う最もな部屋だと思われますが」

 ハルトがその言葉に頷くのを待って、アライダが扉を開く。
 そしてそこにある景色を見て、ハルトもまた頷いた。

「……しかし、バレッド様ご紹介の方にこの様な部屋を提供するのは――」

「――いや、ここで良いですよ」

 しかしハルトが僅かに苦渋を覚えていそうなアライダの言葉を己の言葉で区切る。

 六畳程の広さに、簡易的なベッド。そして一つだけ穿たれた窓の前にあるのはシンプルを重視したかのような簡素な机。

 ――それはまるでハルトがゴルゾーンで使ったタルクァル本部の部屋の様にも見えた。

 アライダはその言葉にキョトンとした後、複雑な表情で躊躇いながらハルトに尋ねた。

「……ほ、本当にこの様な部屋で?」

「人なんか寝る所と何か物書きをする場所があれば上等。それ以上の事は望みませんって。おいらは旅人なんだし、あんな部屋使わされる方が余程心労が酷いっす」

 その言葉にアライダはクスクスと笑みをこぼした。

「変わったお方なのですね」

 ハルトはその言葉に苦笑いを浮かべると軽く頬を搔いた。

「まぁ……よく言われますよ」

 アライダは一頻りクスクスと笑った後、ハルトに告げた。

「この部屋は本来夕餉は大食堂にて摂って頂くのですが、流石にそれは――」

「――大食堂で構いませんよ。他にどんなお客さんがいるか気になりますし」

 アライダはその言葉に少しだけ目を丸める。

 豪華な部屋を用意すれば不要と良い、特別待遇を用意すればそれすらも良いと言い放つ。目の前の存在からは全く欲と言うものが介在しないようにすら思える。
 アライダの心の中で、敬いの念が芽生えたが、しかしアライダはそれを顔に出さない。

「……では、夕餉の時にはしっかりとお伝えに」

「えぇ。その時はよろしく御願いします」

 ハルトはそう告げると踵を返して去っていくアライダを見送ってからその部屋へと足を踏み入れた。


「――あー……なんで初日からこんな疲れなあかんのやろうかねぇ……」


 そう告げ、肩と首、そして拳の節を無意識に抜きながらハルトはぼやく。そしてゆっくりとした足取りでベッドに歩みよると、その靴を脱いでそのベッドに背中から身を投げ出した。

「準騎士団、精鋭特別枠、ね。何だか面倒な事になっちまったなぁ……」

 ため息をついてハルトは言葉を続ける。

「カミルさんたちは本気じゃなかったし。あれの本気についていけるのは、多分親衛隊のごく一部しかいないだろうな」

 ハルトは既に気付いていた。カミル達が言葉ではどう言おうが、本気ではなかった事に。精々カミル達はその実力の七分程度しか出していなかっただろう。それでもハルトにとっては苦戦――勿論手加減をしなければ一瞬で終らせられるのだが――を強いられた。

 人とは違い、視る事が出来るハルトの目はいつも――その実力に限るが――真実を見抜く。

 その真実が七分程度の実力でハルトに望んでいた事だ。

 ――恐らく同士討ちもハルトが巻き添えを回避すると言う確信から来たのかも知れないが、その後にハルトが告げた言葉に悲痛な表情を浮かべていた事を考えればそれもまた戦法の一つで間違いは無いだろう。

「……はてさて、どないするべきか」

 ハルトは思案する。
 別段精鋭特別枠に居る事に否は無い。むしろその立場が無ければこの都市に滞在する理由がなくなってしまう。
 だが果たしてこの都市で何が出来るのか。
 当初予定だった在学の件はバレッドの見方で無駄になった。そうすると精鋭特別枠の位置しかハルトに残る事を許された場所は無い。

 ハルトは僅かな冷気が窓から伝わる外を見る。
 いつの間にか外は夕闇に包まれ始めていた。

「……明日にでも精鋭特別枠の主な任務を教えてもらわないとな」

 精鋭特別枠。

 バレッドの言葉では神殿騎士団と神聖騎士団との間にある枠だと言う事は理解出来るが、その他に自由に行動していいのかどうか、それすらも現在の所分かっていない。
 その時ハルトの耳が誰かの足音を捉え、ハルトは身を起こしてベッドに腰掛け、その相手の合図を待つ。
 やがてハルトの部屋に至るドアからコンコンと乾いた音が鳴り響いた。

「アライダです。お食事の準備が出来ました。大食堂へとご案内いたします」

 ハルトはその言葉に笑みを浮かべて静かに立ち上がり、扉を開く。

 衣食住、とあるが、ハルトの場合は食、衣、住の順列だ。つまり、シューツベルトで食文化改革を施した様に、ハルトにとって食とは最も重視すべき点である。

 更に言えば、エリスですらデルラニアの食文化は知らないと言っていた。


 ――これは期待が持てる。


 ハルトが顔を輝かせながら扉を開くのを待って、その顔を見たアライダがキョトンとした表情を浮かべた。

「……アライダさん、一つ尋ねて良いかな?」

 アライダはその言葉にキョトンとしながら頷いた。


「……ごはん、美味しい……?」

「……えと、一応この館では最大限のお持て成しをさせて頂いていますが」


 その言葉にハルトの顔がより一層輝きを増す。
 和風を感じさせる建築物に、独特の食文化。

 ――ハルトの期待が膨らむのも仕方ない。

 或いは味噌汁。或いは焼き魚、刺身。或いは――米。

「ではこちらへ」

 上品な所作でアライダはハルトを案内する。

 歩いて約三分の所に大食堂はあった。
 地面は相変わらずの石畳に机だが、ハルトはそれは仕方なしとばかりに気にしない。
 ハルトを除けばそこにいる者達は全てが商人といった風体の者達ばかりだ。ハルトはそれらを気にせず、指定された席に座る。

 期待が膨らむ。

 膨らまない方が仕方ないだろう。


 ――そして、遂にハルトの前に料理が出された。


「……ふぇっ……?」


 そして思わずハルトの口から何かが形容しがたい言葉が漏れた。

 ……米だ。それは間違いない。
 ……味噌汁だ。それも間違いない。
 ……焼き魚だ。多分、それだけは間違いない。

「……ま、まぁい、異文化、だし……? きっと、何かの誤差があって当然だよね」

 ハルトは自分に言い聞かせる様に告げた。

 ――米は玄米を通りこしたもの。味噌汁は辛うじて味噌汁と分かるもの。焼き魚だけは既知の焼き魚と同じだ。

「どうぞお召し上がり下さい」

 上品な所作で頭を下げ、食を乗せたお盆を持ってきたアライダがハルトに告げる。

「……じ、じゃぁ、遠慮なく」

 ハルトは箸に良く似た、柄の繋がっている原始的な箸――ピンセットの様なものを持って左手に米らしきものが乗っているものを口に運ぶ。

 ジャリジャリと、音が鳴る。

 次に味噌汁。
 出汁も何も無い。

 次に焼き魚。
 腸が取っておらず、その為に生臭い。


 ハルトは一通り食べると、俯き、そのこめかみに筋を立たせ――、

「……料理長をよべぇええ!!」

 ――切れた。


 その言葉にその場にいた商人と思しき者たちが一斉にハルトに顔を向ける。
 アライダが突然のハルトの様子に驚いた表情をして見せた。

「……お、お気に――」

「――こんな立派な素材があって無駄にしてる事がお気にいりませんよ! 良いから早く! 料理長の所へ案内して下さい!」

 ――先ず一つ。改革すべき点が出来た。

 この様な飯で満足させる訳には行かない。米は糠臭いを通り越し、皮でジャリジャリ音がする。味噌があるにも関わらず、それだけに特化した中身の無い正に味噌スープ。魚の下処理も行わない只焼いただけの焼き魚。
 日本人として、日本人のアイデンティティとして、この様な料理を許せる訳が無い。許す訳には行かない。
 日本料理を舐めるな! とハルトは心中で叫んだ。

「……こ、こちらに……っ」

 ハルトの憤怒の形相に僅かに怯えながらアライダがハルトを案内した。
 かくして台所は食堂から僅かに離れた所にあった。

「あ、女将さん、いかが致しましたか?」

 料理人であろう熟年の男性がアライダを見て前掛けで手を拭きながら尋ねた。


「お前が料理人か」


 対するハルトはこめかみをひくひくさせながらその熟年の男に尋ねた。
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