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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第七章 ―― 魔王ハルトの改革期 デルラニア編 ――

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第十二話 ハルトは英霊の話をする

 
 結果は圧勝。ハルトはカミル達に何もさせないままに勝利を収めた。だがハルトの表情は優れない。
 カミル達を圧勝した結果、その表情に残ったものは苦々しいものだ。

「……ったく。勝算無くなったら引くのは勇退。それは当たり前の事なんだっての」

 ハルトは苦々しくそう告げると意識を失ったカミルに近づき片膝を突き、詠唱を行い、青白い光を点す。

「……う……あ……?」

「目ぇ覚めた? ついでに頭も冷えた?」

 ハルトは癒し終えたカミルに尋ねる。カミルはそれに頭を軽く振ってから答えた。

「……あぁ、はっきりと……」

 ハルトはそれを確認するとその次、またその次と詠唱を行い次々に怪我人を癒していく。

「カミルさん」

 何人目かの怪我人を癒しながらハルトはカミルに声を掛けた。


「――あんな戦い方は、少なくても俺は認めない」


 カミルがその言葉に目を丸める。

「人は駒じゃないんだ。皆意志を持っているんだ。それを同士討ち覚悟で相手を倒した所で、死人が増えるだけだ」

 ハルトは苦々しい表情を浮かべたまま告げる。

「……俺はさ、もう人が死んだりなんだりはごめんなんだよ」

 ハルトの口調もまた苦々しい。
 そしてそれに何も言えずカミルはただ黙り込んだ。

「――人は駒じゃねぇってか。噂に聞く魔王様の台詞みてぇだな」

 バレッドの言葉にハルトは背中越しに肩をすくめる。

「そ。受け売りの言葉だよ所詮。だけどね、彼と俺が思っている事は多分同じだ」

 ――何せ同一人物だからね、とハルトは心中で呟いた。

「尤も魔王様とやらの威光がここに届かない事は知っているから、強制の聞かない言葉だろうけどね。少なくても俺の意志としてはそう願うだけの話」

 そう告げるとハルトは最後の一人を癒し終わり、静かに立ち上がった。
 リッヒとビズィのお陰だろう。全ての者に骨折などの重篤な怪我は無く、精々が打撲程度の怪我だった。

「……惜しいな」

 大地に座り、片膝を立てそこに肘を乗せていたカミルがボソリと呟いた。そしてそれにまるで釘を刺すかの様にバレッドが嗜める。

「……カミル、分かってんだろ」

 カミルはその言葉に乾いた笑いを上げつつ頷いた。

「分かってるさ。彼は旅人だ。余りにも強く、そして慈悲深い、そんな旅人だ」

 ハルトはその言葉にうーんと唸った後に苦笑いを浮かべた。

「まぁ……強いのは否定しないけどさ。多分慈悲深くは無いと思うよ」

 ハルトの言葉にしかしカミルは力なく首を振ってみせる。

「……いや、人命を第一に考える在り方はイリア様と同じ在り方だ。そしてその様な考え方は我ら騎士には許されない」

 ――事実、とカミルは続ける。

「リューシェ殿の統治の時は我々と魔王軍のあり方に相違はなかった。我々は敵対関係ではないが、友好的な関係でも決して無い。我々が万が一に交われば、そこには凄惨な結果だけが残されていただろう」

 そこまで告げると、カミルは僅かなため息をついて、雪が降る灰色の空を見上げて呟く。

「――だがそれを、今の魔王殿が根本から変えてしまった」

 ハルトは複雑な心境でその独白に近い呟きを聞いていた。

 ――確かにハルトが魔王城を訪れた際は、その様な不穏な動きもあった。勝利の為ならば、リューシェの為ならば、仲間の命すら奪う。
 例えれば騎士の一人だ。
 ある騎士がハルトを拘束しようとした。そしてその背後にはその仲間もろともハルトを突き刺そうとした騎士がいた。
 勿論ハルトの一凪ぎの風でそれらは達成されなかったが。

 ――自己犠牲。それは確かに崇高なる理念だ。

 目的の為ならば、自分の命すら厭わない。
 だが、奪う方がそれを躊躇わないのは間違っているとハルトは思っている。
 どんな方法であれ、自分一人の命を代償に勝つのならば良い。それは個人の意思の尊厳であって、他人の意思は反映されない。

 ハルトは戦争が嫌いだ。

 だが、戦時中日本が苦肉の策として採用した特攻隊。その凄絶な死を遂げた英霊をハルトは深く尊敬し、そして崇拝している。

 だが、他人を関わらせるのは、間違っている。


 ハルトは暫く悩んだ後、静かに告げた。


「――こんな話があるんだ」

 その言葉にその場にいた騎士は全員がハルトに顔を向け、ハルトの言葉を待つ。

「ある一人の男が戦争に巻き込まれ、その戦争は男の立つ立場側にとって、絶対不利な状況に置かされた。それこそ手足をもがれたと言える程の状態にね」

 ハルトは目を細めながら静かに告げる。

「――その男は自分一人で、自分だけの命と引き換えにその戦争の一端を担った。死を覚悟して、単身敵陣に乗り込む様な形でだ」

 そして辛そうに目を瞑る。

「その男はたった一人で、自分の犠牲だけで戦争を何とかしようとしたんだ。勿論それには命令もあった。でも自発的にその男はその任務を請け負った」

 次にハルトが目を開けた時、その場にいた全ての者がその表情に目を見開いた。


 ――ハルトの表情に浮かぶそれは、冷徹な表情。


「――死ぬなら好きにすればいい。己の信念、理念に従って死ねば良い。俺はその男の志を尊いと思うし、尊敬もしている。自己を犠牲にしてでも、何かを守る大儀がその男にはあったんだ」

 ハルトの先程までの柔らかい雰囲気は無い。
 そこにあるのは、その場の空気と同じく、冷え切ったものだ。

「だが、勝利の為だけに仲間を見捨てるのは鬼畜の所業だ、確かにその仲間には理念があるかも知れない。俺が尊敬するに値する大儀もあっただろう。だが、仲間を簡単に見捨てる貴様らの在り方はどうだ。俺が上手く事を運ばなければ何人がこんなたった一人の下らない男の実力を測る為に何人死んだと思う」


 騎士達はその言葉に苦々しい表情を浮かべる。


「死ぬのなら仲間を見捨てず、崇高な理念を持って一人で死ね。それが騎士たる貴様らの矜持でなくてはならない。そしてそれこそが『意思を持つ』と言う本当の意味だと俺は考えてる」

 そこまで言うとハルトは再び目を瞑り、深いため息をついてから柔らかい光を乗せた瞳を騎士達にみせ、微笑んだ。

「……カミルさん達にもそうあって欲しいと俺は願うよ」

 崇高なる理念、信念の前に『意思』なるものは介在する。その意志に従い、自己を犠牲にしてでも守りたい者がいるのなら、もしくは守りたいものが在るのならば、それはハルトにとって英霊に等しく尊敬をするに値する。
 自己犠牲など美しくは無い、と口にする者もいるだろうが、ハルトはそこにある信念、理念を美しいと思う。
 自己を捨ててまで守りたいと思うその在り方は、死を許されず、絶対的な強者になってしまったハルトにとって、余りにも輝かしい。

 カミルはその言葉に暫くの間瞑目すると、静かに白い息を吐き出した。

「……君の様な若者から諭されるとはな。副団長失格も良い所だ」

 ハルトはその言葉に苦笑いを浮かべて頬をポリポリと搔いた。

「別に諭したつもりは無いよ。今のはあくまで俺の考え方ってだけで、強要するつもりも無ければ、従う必要性もない。ただ、戦争とかならともかく、只の実力試しで死人を出すような戦い方はどうなのよって話」

 その言葉にカミルは少しの間瞑目すると、再び溜息をついて言葉を告げた。

「……バレッドからは途轍もない実力を秘めている相手だと聞いた」

 そしてその目を細くしてハルトを見つめる。

「――或いは、我々騎士団すら手に負えない相手かも知れない、とも……」

 その言葉にハルトはジトリとした目をバレッドに送る。バレッドは悪びれた様子も無くハルトのその青い瞳に軽く肩を竦ませた。

「……ならば我々に課せられた任務は、死を覚悟してその相手の実力を推し量る事だけだ」

 ハルトはその言葉にバレッドからカミルに再び目を戻して憮然とした表情を浮かべた。

「……何も死を賭してやらんでも」

「死を賭さねばならぬ理由があるとすれば……?」

 ハルトはその言葉に僅かだが目を見開く。

「君の言葉とそして在り方を見て一つだけ分かった事がある」

 ハルトはその言葉に眉を寄せた。

「――君は間違いの無い善人だ。その上、我々騎士団すら手に負えない程の実力を持ち合わせている」

 ハルトはその言葉に肩を竦めて笑みを浮かべた。

「実力はともかく、善人ではないよ。俺の手はもう血で真赤に汚れてるし」

 そのハルトの言葉にカミルが僅かに驚いた様な表情をして見せた。

「……君が人を殺すなど、想像も出来ないのだが」

「でも事実俺は何人も人を殺している。その事実は何も変わらない」

 ハルトが寂しそうにその言葉を呟いた。

「あー、勘違いすんなよ、カミル」

 腕を組んだバレッドがカミルに告げた。

「そいつが人を殺したのは、一人でも多くの者を救うために、やむなく殺したんだ。俺達だってイリア様の身に危険が及ぶようであれば、容赦なく殺すだろう? それと同じだ」

 バレッドは腕を組みながら右手で顎ひげを摩りながら続ける。

「本質は俺達と何も変わりやしねぇ。守る為に殺したんだ。だからと言って罪が消える訳じゃねぇが、それなら俺達だって同罪だぜ」

 カミルはその言葉に納得した様に頷く。そしてハルトはそのカミルに近づいて、そっと右手を差し出した。

「――取り合えず聞きたい事は一つだけ」

 ハルトが笑みを浮かべながら尋ねた。

「何だろうか?」

 カミルもまたハルトの笑みに笑みを返す。


「俺、準団員としては合格、かな……?」

「――勿論」


 カミルがハルトの右手に、己の右手を合わせて、その手を引いて立ち上がる。カミルの甲冑は二十キロを下らない。更に言えば先程の魔力の消耗による疲労感もあるだろう。
 今のカミルは全身が酷く重く感じられるはずだ。

「準団員所か、君が望むなら正式に迎え入れたいよ、我が騎士団の団員として」

「おいおいカミル、下手な勧誘はするべきじゃねぇだろ。第一カインズは旅人だ」

 その言葉にバレッドは疲れた様に腕を組みながら溜息をついた。

「確かに俺ら騎士団が年々落ちてきてるのは認める。あぁ確かに俺の教え方が悪いのも認めてやる。だがなぁ、そいつはと留まらねぇだろうよ」

 カミルの不敵な笑みに憮然として返すバレッドは『なぁ?』とハルトにその問いを流して、ハルトは苦笑いを浮かべた。

「気持ちはありがたいけど、俺はこの世界を少しでも良くしたいから旅をしてるんだ。だから、この場所には留まれない、かな」

 カミルはその言葉に深く溜息をついて肩を落とした。

「……まぁ、滞在中に気が変わるのは旅人の癖だ。今はその癖に期待しよう」

 ハルトがその言葉に頬を引き攣らせて言葉を返す。

「……か、変わる事は無いと思うよ、多分……」


 ――だがどうだろうか。

 デルラニアに居る限り、リューシェは下手な動きを取れない。そしてデルラニアは機密に守られた都市だ。
 つまりここに居れば完全にリューシェの目からは逃れる事が出来る。


 ――ハルトはこの都市にまでザイールの目が届いているとは流石に気付かなかった。


「……その顔を見るに、脈は在りそうだな」

 ハルトの表情――頬を引き攣らせた苦笑いを浮かべながら、目を泳がせている――を見てカミルの笑みに期待が混じった。

 そしてそれを見ていたバレッドが僅かなため息と共に右手に頭を抱える。

「いい加減にしねぇかカミル」

 諌めるその言葉にカミルは軽く肩を竦めてみせる。
 そしてそれを見てから呆れた様にバレッドは頭を振って大声で近くにいるだろう騎士を呼んだ。その声に応えて、直ぐに数名の騎士がハルトの前に現れる。

「ま、お前さんも今日来たばかりだ。今日は宿屋にでも寄って、のんびりすりゃ良い。お前ら、うちらの管轄に案内してやれ。あぁ宿代はこっちに付けとけって女将に伝えとけよ」

 その言葉にハルトが目を丸める。

「良いの?」

「今宿舎は一杯でな。お前さんに宛がう部屋がねぇ。ま、空き部屋が出るか、良い物件が取れたら紹介してやるよ」

 その言葉はバレッドがハルトに耳打ちした為、他には聞こえていない。

「……何か、偉い良い待遇だねぇ」

 ハルトも他の騎士達に配慮して静かな声でバレッドに告げる。

「お前さんは準団員とは言え、精鋭特別枠になるだろうからな。ま、好待遇は当たり前だ」

 ――なるほど、とハルトは頷く。

「じゃぁ、甘えさせて貰うわ」

 その言葉にバレッドは『おうよ』と答えを返し、ハルトが騎士団に伴われる形で踵を返す。
 バレッドはそのハルトの後ろ姿を目を細めて見つめ、不敵な笑みを浮かべていた。
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