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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第七章 ―― 魔王ハルトの改革期 デルラニア編 ――

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第六話 ハルトは自分へのザイールの眼に気付く

 ごとごとと荷と共に身体が揺れる。

「……デルラニアに行くのか……!?」

「うーん、何か話の流れ上そうなっちゃって」

 ハルトが再び動き出した馬車の中でグンターに告げた。因みにあの一件以来ハルトはこの馬車内で英雄視されているが、最近では小規模のそれならなれたもので、ハルトは照れ笑いを持ってそれに応えるに留まった。

「……デルラニア辺りだとトーマ様とやらの顔を知ってる奴らも沢山居そうだな」

 グンターがそう告げ、言葉を続ける。

「聞いてみたらどうだ? トーマの顔を知ってる人が居ないかどうか」

「冗談やめてよ。そんな人そうそう居る訳ないじゃん」

 ハルトは笑顔で否定するが、その心中は複雑だ。
 どちらにせよ、様々な意味でデレイトスの存在は耳にして来た。それから神聖魔法、神聖騎士団、などなど、ハルトが幾度も名前を付けられて来た原点である。

「……まぁ護衛が終ったらすぐ出るんだろう?」

 グンターが飄々とした様子で尋ねる。

「……んー、正直迷っているんだよねぇ」

 グンターがその言葉に目を丸める。

「……まさか、デルラニアに定住するつもりか……!?」

「いやいや、流石に定住は無いでしょ」

 ハルトは笑いながらそれに答える。

「もしかしたら、おいらにも出来る事が見つかるかも知れないし。その為には出来るだけ色んなものを知っておきたいから」

 その言葉にグンターは非常に複雑な思いを表情に乗せる。その表情を見たハルトが『お?』と眉を上げた。

「……何か曰く付きだったりするの? デルラニアって」

「……あ? あ、あぁ、余所者には非常に辛い土地だと聞いた事はあるな」

 グンターは腕を組みながら溜息をついた。

「兄ちゃんなら他にも出来る事があるだろう。さっきの体術を教えて、各地の自治団の兵士を鍛え上げるとか、他にも出来る事があるんじゃねえか?」

 ハルトはその言葉にははは、と乾いた笑いを上げる。

「俺の動きって、我流だから教えづらいんだよね。それが出来上がるまでは相当な時間が掛かるよ」

 事実だ。
 ハルトはタッカやそれを超えるニーナを天才だと評価している。
 それらは一重にタルクァル兵士の指南に当たっていた時に感じた事だ。

 成長速度で言えば、タルクァル――タッカは一から十を学び、ニーナは或いは百を学ぶかもしれない。だが、通常の兵士にそれを教え込むには一を一として考えなくてはならない。いや、むしろ一以下と考えたほうが良いかもしれない。
 それらを考えれば藤間流の動きをこの世界の兵士に叩き込むのは余りにも時間が掛かり過ぎて現実的ではない。

 だが、様々な場所で聞いてきたデルラニアではどうなのか。

 何か出来る事があるのではないか。

 その思いがハルトの中で静かに芽吹いていた。

「……あんまりお勧めはしないがなぁ」

「またなんでさ?」

 グンターの複雑な声にハルトが眉を上げる。

「俺も何度かあそこには行った事があるが、あそこはまるで違う文化の都だ。入って早々馴染めるもんじゃねぇ」

 グンターが腕を組みつつ目を瞑り、滔々と説く。
 だが、ハルトは逆にそれに笑顔を向けた。

「だから良いんじゃないの。俺余り世間なれしてないし、逆にそう言う受け入れがたい所に言った方が良いと思うんだよね」

 ――何よりの勉強になるし、とハルトは続け、その言葉に自分の言葉が届かないと知ったグンターは深いため息をついた。


 そして、それを見てハルトは目を僅かに細めた。


「――それよりもグンターさん、さっき腰痛めたって言ってたけど、すんごい速さで反応したね」

 ハルトが笑顔でグンターに告げた。

「ん? あぁ、そりゃあれだ。土木の現場は荒っぽいからなぁ。ついつい考えるよりも先に身体が動いちまうように出来てんだよ」

 うんうん、とハルトは笑みを浮かべながら、しかし、ものを言わさぬ笑みを浮かべながら言葉を続けた。


「……本当は腰なんか痛くないんじゃないの?」


 ピクリ、とグンターの眉が動くが次の瞬間にはグンターはため息を付きながら目を瞑り、腰をトントンと叩いて見せた。


「さっきのでつい身体が反応しちまったせいか、今は激痛だ。正直座ってるのも楽じゃねぇ」
 ふぅん、と笑顔で、目を細めてハルトは目に光を点す。

「――嘘でしょ」


 ――そのハルトの断定的な言葉にグンターの表情が凍りついた。


「俺の目は特殊なんだ。グンターさんも知っての通りね」

 グンターはその言葉に答えず、僅かに目を細めハルトとは視線を合わさない。

「グンターさんの腰は全く痛んでいない。それ所か屈強な戦士のそれと同じだ。それにさっきの動きは土木作業員の動きじゃない」

 ――ねぇグンターさん、とハルトは続けた。

「どうしてこの幌の中で俺が剣を抜かないで、体術のみで相手を圧倒したと気付いたの?」

 グンターがその言葉に苦渋を宿す。

「グンターさんの言う事は本当の事もあるかも知れないけど、嘘が混じりすぎている」

 ハルトの目は細く鋭く、苦渋を宿したグンターを見つめたままだ。

「腰を痛めたのは嘘。土木作業員があんな騎士じみた動きを出来る訳が無い。第一湯治場に向かうのに護身用とは言え短剣を持つ事は不自然極まりない」

 ハルトはそこまで言うと目から鋭いものを消して朗らかに笑顔を浮かべながらグンターに告げた。

「――ザイールさんと何度も顔を合わせて流石の俺も人を疑う――って言うか、すこし確かめる癖がついちゃったんだよね」

 ――だから、とハルトは続けた。

「不自然極まりないグンターさんの行動が、俺の予測に全て当てはまってるんだよ」

 ハルトにそこまで言われるとグンターは何かを諦めた様子で深いため息をついた。

「……ザイールさんの眼、それがグンターさんの正体。そうなんでしょ?」


 グンターは暫くの沈黙の後、観念したように呟いた。


「……さようで御座います」

 ――密偵として、最悪のミスを犯した、とグンターは悟った。

 ザイールの目としてハルトに付き添い、その居場所をザイールに届ける。それがグンターの任務だった。
 だが、それは『疑い』と言う概念を覚えたハルトの、しかも明晰かつ素早いハルトの思考に付いていく事が出来なかった。
 もしハルトがこの世界に来て、ザイールの正体に気付いていなかったのならグンターの正体にも気付かずに終えただろう。
 だがハルトは他ならぬザイールの正体に気付き、それから『確かめる』と言う事を第一に考え始めた。

 それ故にハルトは気付けた。


 ――グンターが己に付けられたザイールの眼の一人だと。


「……如何様にもご処分を」

 グンターが諦めの表情と共にハルトに片膝を突こうと立ち上がりかけた瞬間、ハルトはそっと手をグンターの肩に置いて止める。

「処分なんかする訳無いでしょや」

 グンターはその言葉に信じられない、と言った表情を浮かべた。
 グンターにしてみれば魔王ハルトを騙していた事に他ならない。それはもはや不敬と呼ぶにも余りにも足らない。

「ザイールさんにはお世話になってるし。ザイールさんが何度も俺の前に現れた時からザイールさんの目は俺に向けられてる事は重々承知していた。それにザイールさんには何度も助けて貰っているからね。逆に言えばザイールさんの目がある限り、俺は彼の力を借りる事が出来る」

 ――そう言った意味では、とハルトはグンターに笑顔を向けた。

「俺にとってはグンターさんも俺の味方。処分なんか考え付かないって。むしろ俺の味方なんだから礼を言うべきは俺の方だよ」

 その言葉にグンターは目を見開いた。

「……わ、我々を貴方様の味方だと仰られるのですか?」

「そ。ザイールさんには何度も助けて貰った。毎回からがらだけど、リューシェからも逃げ回る事ができている。それは一重にザイールさんのお陰だよ」

 ――確かにザイールはハルトの味方だ。

 只の密偵に――それでも一流だが――それも自分に対して監視の目を向けている者に礼を言われる。

 その事実がグンターの中で、溢れ出る感情となり涙を零す。

「――感激してくれるのは嬉しいのだけどね。俺は当たり前の事を言ってるだけだよ」

「……はっ」

 グンターは涙を親指で拭い、ハルトの在り方に、その優しさに心を強く打たれていた。

「んで、早速で悪いんだけど、何故にそこまでしてデルラニアに俺が行く事を渋るの?」

 その言葉にグンターは少しの間苦渋を宿すが、もはやグンターの中でハルトへの忠誠は今の言葉で絶対のものとなった。

 故に、ありのままの答えを告げる。

「――先程言いましたデルラニアは、唯一魔王様の権力が及ばない街でございます」

 ハルトはその事実に目を丸める。

「巫女姫イリア様の立場は魔王様のそれと等しく、宗教と言う概念において魔王様の威光すらも届かない存在であらせられます」

 ハルトはその言葉で漸く得心が行った様な表情を浮かべた。

「……つまり、俺がそのデルラニアで問題を起こしたとしたら、魔王側と巫女姫側のパワーバランスが崩れる訳か……」

 グンターはその言葉に頷いた。

「もし均衡が崩れた場合はどうなる?」

「魔王側の騎士と巫女姫側の神聖騎士団を始めとした騎士団の正面衝突になりかねません」


 ――う、とハルトは表情に苦渋を宿した。


「そうなって欲しくない所だけど、もし万が一そうなってしまった場合、分はどちらにあるの?」

 グンターはそれに難しそうに眉を寄せて少しの間思案を巡らせる。

「質では巫女姫側。量では魔王側。もし前面衝突をすればどちらに天秤が傾くかは分かりかねます」

 ハルトはその言葉に頭を抱えた。
 なるほど、理解できた。ハルトがデルラニアに赴き自分の可能性を確かめる為に何かを行えば、ハルトが魔王だと万が一気付かれた時はリューシェ側とイリア側の前面衝突の可能性が高くなる。

「――どうかお考え直しを。下手をすれば、魔族領を分断する戦いが起きないとも限りません」

 ハルトはその言葉に頭を抱える。
 天秤に量ればそれは考えるまでも無く魔族領の安寧が天秤を支配するだろう。

 ――だが、逆に考えれば、リューシェは下手に手出しができないとも考えられる。

 そして何よりもデルラニアで改革出来る事は少なくないかも知れない。

「……非常に難しい選択だねぇ……」

 ハルトは疲れた様に呟いた。
 イリアと魔王代行とは言え、実質的に魔王と同じ立場であるリューシェの存在は対等。それらが対立すれば、或いは大戦争がおきかねない。

 ――だがハルトは知らない。

 リューシェとイリアがある特殊な縁によって親友とも言える立場である事を。
 故に、水面下で様々な動きは生じるだろうが、それによっての大戦争など起きる事は有り得なかった。

「……でもごめん。俺は自分の可能性を試したいんだ」

 ハルトが頭を抱えながら申し訳無さそうにグンターに呟き、グンターはその言葉に苦渋を表情に現すと、しかし首を振ってハルトに告げる。

「――それが魔王様のお考えであるのならば」

 うん、と頷きハルトは頭を抱えていた手から頭を上げる。

「……きっと、何かが出来ると思うんだ」

 その呟きはグンターだけの耳に静かに届いていた。
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