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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第六章 ―― 魔王ハルトの改革期 アルブレン山脈編 ――

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第三十二話 ハルトは獣人族に言葉をかける

8/1 今日もがんばるよ

 ハルトは冷徹な眼差しでカルラを見送った後、残されたディーラーに声を告げる。

「貴様とシュバータは攻撃を主とする騎士部隊。間違いないな?」

 その言葉にディーラーが賛意の言葉を上げる。

「ならば、カルラの部隊が弾薬を破壊し次第、突っ込んで獣人族を蹂躙しろ。貴様の仕事は一時的に相手を引かせる事だけで良い。出来るなら、盾部隊にも伝えろ。深追いはするな。考えて最善を為せ。そう通達しろ」

 その言葉にディーラーは声を上げて賛意を示した後、駆け足で己の部隊へと戻る。
 ハルトはそれを見送った後、気になっていた点をシュバータに尋ねた。

「シュバータ、この辺りの地形はどうなっている」

 それはずっと気になっていた事だ。
 アルブレン山脈は深い渓谷に成り立つもので、今主戦場となっている場所は、その中にある橋のような場所だ。
 そしてアルブレン山脈以外に魔族領と獣人族領を繋げる道は無い。
 言わば二つの島に一本の橋が掛けられている様な状態だ。その橋がアルブレン山脈であり、そしてアルブレン山脈の殆どは深い渓谷の上に成り立っている。

「――少々お待ち下さい」

 シュバータはそう告げ、アルブレン山脈を記した地図を駆け足で取りに戻る。
 そしてその最中に確信する。
 以前出逢った時のハルトと、今のハルトは余りにも違う。正反対と言っても良いだろう。シュバータにゲルトの居室を案内させた時のハルトは優しさに溢れ、周りを気遣える人格だった。

 だが、今目の前にいたのは、絶対的な存在だ。


 ――間違ってはいなかった。


 シュバータはそう心で確信する。

 その圧倒的な恐怖は、累代の魔王が匹敵できるものではない。
 恐怖と共に溢れる慈悲を持ち合わせた、絶対的な魔王。
 リューシェが唱えた、本当の意味で強い者がなれる魔王。ハルトこそがその存在なのだと。

 やがて地図を手に取ったシュバータは再びハルトの元に走る。

「――これを」

 ハルトはそれを受け取り、広げ、目を細めた。

「ここの幅はどの程度だ」

 渓谷に渡る大地の橋、その幅は流石のハルトでも上空に出ない限り分からない。
 五百メートル程の幅は幾度にもわたる獣人族の侵攻で木々がなぎ倒され開かれているが、それ以外は鬱蒼とした森だ。

「凡そですが、三キロほどかと思われます」

 ハルトはその言葉に目を細めたまま、静かに告げた。

「――その程度なら何とでもなる」

 ハルトは紙を丸めシュバータに渡す。

「……何とでもなる、とは……?」

 シュバータが困惑した表情で尋ね、ハルトはそれに淡々と答えた。


「獣人族領との繋がりはこの大地しかない。この大地ごと抉り取ってしまえば、二度とあいつらは此方こちらにこれなくなる」


 ハルトが事も無げに言ったその言葉に、シュバータが目を見開いた。
 三キロにわたる大地を抉る。
 そんな事が人の身で出来る訳が無い。

「シュバータ、前線をある程度押し戻したら撤退の命令を下す。それを待って撤退しろ」

 だが、今目の前にいる存在は人と呼ぶには規格が合わない。

 或いはこの人ならば、とシュバータは考える。

 心臓を貫かれた者――死者の蘇生。それだけでも目の前の人物は人の枠を越えている。

 その時、カルラ部隊の放った魔法が荷馬車を捉え、敵陣の中腹で大爆発を起こした。それに続いて左右の荷馬車も爆発する。
 そしてそれに合わせて鬨の声を上げてディーラー率いる部隊が突撃を開始した。

「済まないが貴様の外套を貸してくれないか」

 その言葉に、シュバータが慌てて外套を脱ぐ。
 もはやハルトの身体はズボンなど一部の衣類を残して素肌をさらけ出している状態だ。強化された甲冑もハルトの力に耐え切れず、既に蒸発しており、その身体は――傷跡で出来上がった様な身体は――空気にさらけ出されていた。

 ハルトはシュバータの外套を受け取ると、それをバサリと翻し、己の身体を包み込む。


「――礼を言う」


 シュバータは片膝を着きながら首を振る。

「この程度の事で礼など……!」

 圧倒的な恐怖の中にありながらも確かにある慈悲。

 ――シュバータは己がハルトの下に仕えていられる現状に身に余る僥倖を感じた。

「行け。そして貴様の任務を果たせ」

 その言葉にシュバータは賛意の声を上げると己の部隊に戻って行った。

「――貴様等も各自己の最善を考え、最良を為せ!」

 ハルトはいつの間にか周りに集まっていた、片膝を突いていた騎士達に声を張り上げ、その騎士達は同時に賛意の声をあげ、己が持ち場へと移動した。
 ハルトはそうして魔術騎士以外の全ての騎士が突撃したのを見届けてからそっとニーナに片膝を突き、その右手をニーナの左頬に添える。
 そしてその安らかな寝顔を以前のニーナの恐怖に引き攣ったものに上書きして記憶すると、静かに、黒刀を手に立ち上がった。

 ハルトは明確な期待を持って、それを確かめる様に前線で戦っている者達を眺めた。
 それらはゆっくりとだが、徐々に獣人族の前線を撤退させている。


「……この世界は残酷だっただけなんだ」

 ――そして俺は、とハルトが独白が続く。

「……綺麗な世界を信じようとしなかった」


 その足が静かに踏み出される。
 先陣だけとは言え、五万を数える敵を四千で押し戻すには流石に手間が掛かるが、ハルトの視た景色では既に後方で逃亡しているナマモノも大勢いた。
 それらが疫病の如く感染し、逃亡を始める者達が大量に増える。
 その結果、既に一万以上の数のナマモノが逃亡を始めていた。
 ハルトは目を細め、それらを指揮している者がどれなのかを視る。当然その指揮官が討たれたとしても次席がいるだろうが、構わない。
 次に現れた者をまた討てばハルトにとってはそれで十分だ。

 ハルトは左手に黒刀の鞘を掴むと、ふわりと上空十メートル程に飛び上がり、斬空を放つ。

 ――その斬空はその指揮官、及びその周りにいた者達を道連れにして消えた。


 その次の者。
 そのまた次。


 ハルトはそうして各部隊を率いているであろう殆どの指揮官を屠る。

 そしてその指揮官殆どが討たれたと気付いたナマモノ達が一斉に退却を始めたのを見て、ハルトは歩みからその足をゆっくりと駆け足にシフトする。

「――全員撤退! この場から離脱せよ!!」

 声を増幅させて四千人に声を掛け、そのハルトの声に全員が賛意の声を上げた。

 ハルトを避けてすり抜けていく騎士達を背にハルトは歩み始め、やがて獣人族の前に出た。
 獣人族からすれば四千と言う大群だったものが一人になったのをみて希望を見出したのだろう。


 獣人族の数名が奇声を発してハルトに肉薄し――。

 ――ハルトはそれに構わず斬空でその場にいた数百人を一気に屠った。


 只の一太刀。しかも全く手の届かない場所での攻撃に、獣人族の表情に恐怖らしきものが浮かぶ。
 ハルトはそれを詰まらなさそうに見つめると、納刀し、再び右手に青白い光を浮かび上がらせ、ガラスが割れるような音と共に額でそれを押し潰した。


「――久しぶりだな、ナマモノ」


 この世界には無い言葉――日本語でハルトは話しかける。
 そして、既知の言葉に変換された獣人族はハルトを攻撃の意図を緩め、ハルトを観察する様に見つめた。

「そこの指揮官」

 ハルトは剣を抜いて馬上にいる指揮官らしきものを指し、その目に鋭い眼差しを向ける。


「貴様らの王に伝えろ。二度とこの地に足を踏み入れるな」


 その言葉に指揮官が焦りと恐怖で顔を引き攣らせながらハルトに叫ぶ。

『出来ない! この地は我々にとって約束された地だ! 故に、魔族ごときがこの地に居ることは許されない!』

「あーやっぱそうかい。所詮下らん人種差別か」

 ハルトはそう告げると目に冷徹な眼差しを浮かべる。

「てめぇらいつもそうだ。てめぇに都合の悪い事には目を瞑って、相手の悪い事には目を見開いて唾飛ばす」

 ハルトは黒刀を肩に担ぎ、静かに目を細めた。


「――だから、随分と前の召還もしやがった。他力本願で魔王を倒させようとな」


 指揮官はその言葉に訝しげな様子を見せ、ハルトの目と髪の色が黒い事に目を見開いた。

 魔族には黒い瞳と髪の者は居ない。
 当然獣人族ではありえない。


『――貴様、まさか……』


 ハルトはそれを鼻で笑い言葉を続ける。

「そのまさかとやらだ。今回貴様らが作り上げたマスケット以上の兵器、勇者様とやらだ」

 その言葉に憤りを露わに指揮官が叫んだ。

『裏切ったか貴様! 大恩を忘れ! 裏切ったか!!』

 ハルトはその言葉に首をかしげ、詰まらなさそうな目を向ける。

「……大恩だ? 裏切っただ……?」

 ハルトの顔に明確な怒りが宿り、前線にいた部隊がその威圧で押された。


「――貴様らの文明を発達させてやったのはどこの誰だ?」


 ハルトは様々な知識を一年で与えた。
 だが、その処遇は余りにも酷かった。


「貴様らの食ってる飯を増やして、争いを無くしてやったのは誰だった?」


 その言葉に指揮官は悔しげな表情を乗せて歯を食いしばる。

「恩を仇で返す? そら貴様らだろ」

 ハルトの怒りが静かに増し、前線の部隊が恐怖に顔を引き攣らせた。

「こっちは勝手に召還され、殺されかけ、拷問され、先生に行き着くまでどんな思いをさせられたと思ってんだ……!」

 ハルトの怒気に更に前列が引く。
 その頃には完全に魔王軍の軍勢は撤退を完了させていた。


『だとしても! 貴様には魔王討伐の使命が――』

「魔王には勝ったぞ。そりゃもうあっけなくな」


 ――その言葉に指揮官が絶句する。


「必死になって俺の手首掴んでた感触から言えば貴様らの最強だったビビバの腕も簡単に握り潰す程度の力はあっただろうが、所詮その程度だ」

 だが、その本性を前に無力だった事には敢えて触れない。

『ならば次の魔王を討つのが貴様の使命だろうが!』

 ハルトはその言葉にキョトンとした表情を浮かべてから、その言葉を鼻で笑い、軽く肩を竦めて笑い出した。

『――何が可笑しいっ!』

 一頻り笑った後、ハルトは凄惨な笑みを浮かべて告げる。

「……なら俺を討ってみろよ」

 その言葉に指揮官の理解が一拍遅れ、その顔に理解が浮かんだ瞬間を見計らってハルトは声を上げた。


「現魔王、藤間春人だ。さ、討ってみろ。討てるものならな」


 唖然とした指揮官にハルトは言葉を続ける。

「お前らが作った最終兵器は魔族の手に渡った。お前らも俺の力は知ってるよな?」

 唖然とした指揮官の表情に恐怖が宿る。


「俺がその気になれば――」

 それを見たハルトの顔に凄惨な笑みが深くなる。

「――貴様ら全員を根絶やしに出来るぞ」


 ――目の前の者が嘗ての勇者だと知り、その場に戦慄が走る。

 勇者は既に魔王に敗れたものだと獣人族領では考えられていた。
 だが、現実として、勇者は魔王を圧倒し、更には新たなる魔王として君臨している。

「因果応報だ。これもそれも、貴様らが俺をあの世界から呼んだ事が原因だ」

 ハルトは馬上で恐怖に顔を引き攣らせ、固まっている指揮官に告げる。


「退けば見逃してやる。退かねばころ――」

『――っ我々に退転はゆるさ――』


 その身体がハルトの斬空で八つのパーツに分けられた。

「……分かった、貴様はもう息をするな」

 ハルトは冷徹な声で告げる。そしてその目を馬上にあった物から目の前に広がる全ての者に広げ音量を増幅した声を放った。


「――今一度告げる。俺は現魔王藤間春人だ。この先十分以内にこの場に居た者を全員一人残らず処断する」


 その声は隅々まで響き渡った。ハルトの姿が見えていない者はその声に訝しげな表情を浮かべた。

「俺の力も分からない奴もいるだろうからな。デモンストレーションに一つ見せてやろう。残った奴は全員こうなる」

 そう告げるとハルトは右手を挙げ、そこに巨大な青白い火球――全長五十メートル程のものを作り上げた。

 ――獣人族達は理解の及ばない魔法に恐怖を忘れてただ魅入られていた。
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