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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第六章 ―― 魔王ハルトの改革期 アルブレン山脈編 ――

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第二十話 ニーナは畏敬の眼差しを向けられる


 ――時は少し遡る。

 魔王軍と獣人族の争いはいよいよ火蓋を切って落されようとしていた。
 その間にある距離、約五百メートル。

「……あの杖の様なものが、例の問題となっている未知の兵器か……?」

 ニーナは馬上で僅かに見えるそれに目を細める。
 今獣陣族の戦闘にいる千名程に何か杖の様なものが持たされている。

「恐らくはそうなのでしょうな」

 ニーナはシュバータの言葉に再び目を凝らしながら言葉を告げる。

「石弓の様にも見えるが、肝心の弓が無い。これから装填するのか?」

 指揮官としての言葉に、その指揮下にいる者としてシュバータが答える。

「読めません……。そもそも我々の常識が彼らの兵器に通じるのかどうか」

 こうして相対して既に一時間が経とうとしている。
 今までの常識では考え無しに獣人族が攻め入り、そこを魔法で殲滅、殲滅しきれなかった者を騎士が討つと言う形式だった。故に今回もその戦法で来ると思ったのだが、全く動きが無い。

「……この場合はどうするべきか……」

 ニーナが顎に手を添えて思案する。
 動くべきか、動かざるべきか。

「シュバータ、他団長はどう思う」

 ニーナは判断に足る材料を得る為にその場にいる全ての者の意見を求めた。

「……現状では何も変わりません。突撃すべきかと」

 第一騎士団の団長――盾装備前衛部隊が告げ、それに続く第二騎士団の団長もそれに同意を示す。

「現状で魔法を放ったとして、その効果は期待できる?」

 その言葉に第四騎士団の団長――女性がそれに答えた。

「この距離では着弾までの時間が掛かりすぎます。着弾する前に散らされて終わるかと」

 ニーナはその女性の言葉に難しげな表情を浮かべた。
 魔法の効果を高める為にはある一程度の距離を縮めなくてはならない。しかし、相手は未知の兵器を使ってくる可能性が高い。
 そしてその未知の兵器に対する手段は今の所講じる事すら出来ずにいる。

「――いや、ここは動かない方が良いかもしれません」

 だが、その中で唯一シュバータが停滞を唱えた。

「相手の策は全く読めない。更に言えば、こちらを誘っている可能性すらあります」

 なるほど、とニーナは目を細めた。

 多数決で言うなれば、三対一。だがシュバータの言う言葉にも一理ある。

 ――どうすべきか、と悩んでいたニーナに伝令の声が響き渡った。

「獣人勢、ゆっくりとですが進軍しています!」

 言われて見てみれば、確かにゆっくりとした速さで獣人族がこちらに向かってきている。

「……好都合。これならこちらは万全の状態で相手側の手口を見られる」

 ニーナはそれを見て呟くと、声を張り上げた。

「ダミアン、盾装備の者に伝えろ。十二分に警戒し、敵の攻撃に備えろと」

 ニーナが第一騎士団の団長――ダミアンに伝え、ダミアンがそれに賛意の言葉を返す。

「ディーダー、抜刀して第一騎士団の後に控え、第一騎士団を援護しろ」

 次いで第二騎士団の団長――ディーダーがその言葉に賛意を示した。

「カルラ、お前は神聖騎士団と共に目標が補足可能になり次第魔法を放て。陣形を取り、絶えず討ちまくれ」

 カルラと呼ばれた第四騎士団――魔術師騎士団の団長がそれに賛意を返した。

「……我が第三騎士団はニーナ様と共にありますからな」

 ニーナはそれに微笑を返した。

「感謝を」

 やがて、ジリジリと長い時間をかけて獣人族は距離を埋め、その距離が百メートルを斬った頃合を見てカルラが叫んだ。

「詠唱かい――っ」

 だが、その声は耳をつんざつ破裂音と共に破られる。

 ニーナが目を見開いた。
 夕闇に光と共に轟音が鳴り響く。
 まるでそれは稲妻の様に。

 そしてほぼそれと時を同じくして、盾部隊の盾から青白い火花が散り、その盾を見えない何かが貫き、騎士達の身体を抉る。
 そして白く染まる大地に数え切れない血の跡が生まれた。

 未知の技術、それを見たニーナは即声を上げた。

「――一時退却!! 息ある者は何とか連れて行け!」

 ニーナが瞬時に一時撤退の命令を下し、それは混乱を招く前に全騎士に伝わった。
 ニーナの号令を合図に規則ある撤退が始まる。

「ニーナ様、早く避難を!」

 シュバータがニーナに馬を寄せ声を上げるが、ニーナは動かずただ一点を見つめている。
 次々と倒れていく前衛の騎士を見て、それを救うためにルーシェを走らせる気持ちを抑え、指揮官として、敢えて見届ける。


 ――未知の技術の作業を。


「ニーナ様!」

 シュバータが再び叫ぶがニーナは動かない。
 冷静に分析しつつ、そして秒数を数え、それが次に構えられるのを見る。

 ――その一つが自分に向いているのにも構わずに。

 再び銃声が鳴り響いた時、ニーナの身体はルーシェの背中から吹き飛ばされていた。

「ニーナ様っ!!」

 シュバータが慌てて馬から降り、ニーナに駆け寄る。

「……大丈夫。怪我は、してない」

 弾丸はニーナの甲冑腹部に命中した。
 しかし、幹部クラスの甲冑は並みの甲冑の鋼板より少し厚い。並びに指揮を執るニーナの姿は前衛から大分離れた場所――獣人族から二百メートルは離れている。

「……でも、ごめん、頭、打って……」

 だがそれでもニーナの腹部の甲冑にめり込んだ弾丸は、その鋼板を押し曲げ、ニーナの腹部を打っていた。普段から鍛えているニーナの腹筋だったからこそ重篤な怪我にも入らなかったものだが、並みのものが打たれれば悶絶していた一撃である。
 ルーシェが不安げに喉を鳴らしながら鼻面でニーナの頬を撫で、ニーナは朦朧とした意識で何とかその鼻面を撫でた。

「……迷惑をかけて、ごめん。回復するまで、撤退の手伝いを……」

 シュバータはその言葉に頷くとニーナを己の馬に乗せ撤退を始めた。


 ――こうして初戦、魔王軍は獣人族に圧倒され、敗退した。


 だが、ニーナは朦朧とした意識でシュバータに意思を告げ、全装備を持っての撤退を命じた。
 そもそも獣人族と魔族の移動速度は余りにも違う。駆け足で三十分も引き離せば、その差は五キロ程度まで広げられた。

「……いたた。全くあれがあいつらの武器なんてね。常識外なんてもんじゃ無かった」

 ニーナは漸く回復した状態で、しかし大地に寝そべり甲冑を脱いだ状態で腹部を摩りながら呟く。

「……お怪我は?」

「大した事はないよ。精々が打ち身程度」

 その言葉にそこに居た騎士の全員が安堵した表情を浮かべた。
 だが、腹部に当たったのは幸運だっただろう。ニーナはあの時兜を被っていなかった。もしその頭に弾丸が当たっていたら即死は免れなかった。

「――だけど、そのお陰であいつらの武器の特徴がつかめた」

 その言葉にその場に居た全員が目を見開く。

「あいつらの武器は見えない矢と同じ。その速度は恐らく石弓のそれでも全然足らない。仕組みまでは分からないけど、次に発射するまでの時間は六十秒って所」

 シュバータがその言葉に苦いものを浮かべた。

「代償なしであの威力……。しかも僅かな時間で見えぬ矢の装填が可能ですか……」

 ニーナは頷き、更に言葉を続ける。

「私達各指揮官の甲冑は盾装備の盾とほぼ同じ厚みの鋼板で出来ている。それを初激で見えぬ弓は貫いた。だけど、あたしの甲冑は貫けなかった。それらを考えれば、飛距離と共に威力も下がる」

 そこまで言葉を告げるとニーナはカルラに尋ねた。

「今の戦いでの死者は?」

 カルラはその言葉に少し哀しげな表情を浮かべて答える。

「……五十名ほど、先程息を引き取りました」


 ――その五十名は運が悪かった。


 ハルトの様な例外を除けば、この世界での治癒魔法は、その効果の割には大きな代償がある。即死に至る傷でなかったとしても内臓などを撃たれては命は持たない。
 ニーナはその数に歯を食い縛り、ただ静かに『そう……』と答えた。
 五千名の内の五十名、それは一パーセント程度の被害だが、それでもニーナは歯を食い縛る。
 ハルトはゴルゾーンにて、百名の内の二割を超える被害者を出して、尚毅然と指揮を執っていた。それに対して、初戦の戦死者の数は余りにも少ない。

 ――だが、ニーナにはその五十名の命が重く感じられた。

 今になってみて、漸く理解できた。
 ハルトは本当に強いのだと。
 ニーナはハルト程強くはなれず、また強くは無い。故にその命は割り切れるが、だが罪悪感が無い訳ではない。

 しかしハルトは五十名を超える命を、最終的には百名に迫る命を負って、タルクァルが一時息を引き取るまで毅然とした様子を崩さなかった。

「……今になって、改めてあいつの強さが分かった」

 ニーナは腹部を摩りながら呟く。

「あいつは割り切れるあたし達でもこんなに重いものを、割り切らずに持ち続けていた」

 ニーナはゆっくり身を起こすと、凹みの酷い腹部の甲冑を再び身にまとう。その部分は今でも僅かにニーナの腹部を圧迫している。もし万が一同じ箇所に再び弾丸が命中すれば、それはニーナの腹部を貫くだろう。

「――強すぎるよ、あの馬鹿は」

 俯き、ポツリと零すその言葉は誰の耳にも届かなかった。

「……ニーナ様、もう、あの様な危険な真似は」

 シュバータがニーナに片膝をついて告げる。
 だが、ニーナは直ぐにはそれに応えず、苦渋を表情に現した。


「――ニーナ様」


 言い聞かせる様にシュバータが重ねる。
 だが、やはり苦渋を浮かべたままのニーナは答えない。
 ゲルトはニーナに考えるな、と告げた。ならばここはシュバータの言う様に、二度とあの様な危ない橋は渡るべきでは無いとは理解している。

 だが、ニーナは五十名の被害を出して尚、黙っていられる程落ち着いてはいられない。

「大丈夫だよ。二度と、あんな馬鹿な真似はしない」

 ――だが、ニーナはそれを隠し、裏腹の言葉を告げた。そしてその言葉に回りにいた全ての騎士が安堵した表情を浮かべた。

 冷静でいられるか、と問われれば答えは否だ。

 仲間を殺されて冷静でいられるほどニーナは大人ではなく、また大人しい性格ではない。同じ様に再び仲間を殺される事があれば、ニーナはハルトとは違い、感情に飲み込まれるだろう。


 ――だが、まだ少しの間ならばまだ耐えられる。


「作戦を練り直す」

 ニーナが立ち上がりつつ声を上げ、各団長がそれに賛意の声を上げた。

「ダミアン、主に被害があったのはどの班?」

 ダミアン――第一騎士団盾部隊の団長がそれに応える。

「最前線にいた者達です」

 なるほど、と頷くと気になった点をニーナはダミアンに重ねて尋ねた。

「最前列より後ろの列にはさほど被害はなかったのね?」

 ダミアンはその言葉に頷いた。

「最前列より次の列は多少の損傷はありましたが、大した事は」

 その言葉に少し思案を巡らせてから、次にニーナはカルラに声を掛けた。

「カルラ、危険だけど、盾部隊の直ぐ後列に魔術師騎士団を配置して。そして、目測が定まり次第、一斉攻撃を」

 カルラはその言葉に少しだけ難しい表情を浮かべてニーナに問う。

「……それでは着弾前に相手に着弾地点を悟られる可能性がありますが」

「構わない」

 だが、ニーナはカルラの言葉に迷い無く答えた。

「この作戦は相手にあの魔法を使わせないのが目的なの。こちらが攻撃すれば、相手は集中する余裕を失う」

 ニーナはマスケットを一種の魔法だと狙いをつけた。
 魔法には集中が要する。それが、あの理解不能な武器の正体だと。

「外しても良い。とにかく、連続してぶち込んで」

 カルラが頷き、その場にいた騎士達も己たちの表情に覚悟がある事を見て、それぞれが頷き返す。


 ――ニーナはこの時、畏敬の眼差しで自分を見つめられている事に気付いていなかった。
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