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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第五章 ―― 魔王ハルトの改革記 ゴルゾーン編 ――

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第九十二話 リューシェは涙を拭いて号を発する

 
 リューシェの居室ではいつもの様に三人がソファに腰を下ろしていた。黒塗りのテーブルにはお茶請け。そしてそれぞれの前には上等な茶器に入れられた紅茶がある。
 いつもならば明けられていた筈の窓は今日はもう開いていない。もう風がすっかりと冬の訪れを告げるようになった。ガラス越しに入ってくる光はまだ暖かいが、もう直ぐ冬の季節がやってくる。

「……しっかし、さっさと動けば良いのにね、あいつは」

 ニーナが足を組み、お茶請けのクッキーを手にとってサクサクかじりつつ呟いた。

「ゼルヴィスから傭兵はそれなりに使える四百人が居ると聞いているから、多分ハルトの作戦は多分上手く行く……ううん、絶対に上手く行くと思うけど」

 リューシェが茶器に手を伸ばし、口を湿らせながら告げる。
 鳥の頻度は傭兵が集まってから一日に三回に分けて送られてきている。その状態は最近は動きが無いように思われた。だが、問題はその前まで行われていた襲撃作戦。特に最後の作戦は十人と言う多い犠牲を強いられている。

 ――無事だと良いんだけど……。リューシェがハルトの心中を案じて心中で呟いた。

「確か私兵の方々は千名を越えると聞きましたが、それに五百人で戦えるものなのですか……?」

「うーん……こればっかりは戦ってみないと分からないんだけど……」

 この場で戦いと言うものを知っている者はニーナだけだ。

「例えばさ、あたしがそこらのチンピラ――まぁ素行が悪くてふざけた暴力行為を繰り返す奴らを相手にしたら、何人と戦えると思う?」

 突然の質問にアルマは首を捻る。アルマの頭脳でも経験のない戦略を推し量る事は難しいだろう。

「……ニーナさんは女性ですし、多分、五人位は……」

「うわ、あったし凄く弱く見られてる」

 少し傷ついた様な表情をして見せるニーナに慌ててアルマは告げる。

「すみません! そんなつもりじゃ!」

「嘘嘘、冗談だよ」

 笑ってアルマを安心させてからニーナは人差し指を顎につけ、うーんと少し考えてから答えを出した。

「身の安全を図った戦い方で五十人。命がけなら百人以上は倒せるよ?」

 その思いがけない言葉にアルマは目を見開いた。

「ちなみに、ハルトから改造される前の兄さんは三百人は倒せたんじゃないかな。ちなみに体力切れって意味でね。あたしの場合は体力と集中力の問題かなぁ」

 ――ちなみにゲルトから手解きを受ける前のニーナは精々が命をかけて十人程度だった。

「今回派遣された騎士団の皆はそれなりの実力者で、一人頭十人は平気で倒せる。ゼルヴィス隊長なら三十人を倒してなお余裕だろうね。ちなみに親衛隊の皆は最低でも二十人以上を同時に相手出来ないと勤められないよ」

 ――さてそこで、とニーナは言葉を続けた。


「今回の私兵の数は千人を越えるけど、ぶっちゃけそいつらの殆どはそこらの暴力馬鹿と同じ程度。弱い奴にしか強く出れない小物なの。中には確かに実力者も居るみたいだけど、その数は至って少数。さて、今回派遣された騎士団は百名。ゼルヴィス隊長を含めて何人と戦える」

「千百二十名です」

 アルマの即答に尋ねたニーナが一瞬送れて頭の中で数を数える。

「当たっているよ、お姉ちゃん」

 そしてリューシェに駄目だしされた。


「お姉ちゃんの言う様に、正直な話今回派遣した騎士団だけでも十分に勝利を収められる可能性があるの。そこに腕の立つ歴戦の傭兵が四百人。彼ら一人を例えば平均五人相手に出来るとすれば、さらに二千人。全員で三千百二十人。もう勝負にもならない戦いになっている。ただ、実際の私兵の強さは分からないけど、それでも精々が二千人弱の強さだと思う」

 リューシェの予想は凡その的を射ている。

「更にそれらの指揮を執るのはハルト。ハルトに常識は通じない。今までみたいにただ正面から当たって戦うなんて事は無いと思う」

 実際魔族領で起こる戦いの多くは真正面からのぶつかり合いで戦略も戦術も殆ど無い。その点ハルトは現時点で敵の誘導、挟撃、追撃、撤退、他様々な戦略を各部隊に与えていた。その中には当然現魔族領でも使われているものはあるが、撤退を武器にした誘導や追撃のふりをして敵を追い込み、挟撃等と言う妙手は無かった。


 戦いが始まれば面白い様にハルトの策にはまり敵の数は削られていくだろう。


「……問題は、何故七日後と指定したのか……」

 リューシェが顎に右手を添えて思案する。傭兵を送り込んでから十日以上が経っている。そしてゼルヴィスがハルトに接触したのはゼルヴィス自身の鳥からもたらされた情報で明らかになっていた。

 その中には『魔剣以上を作り出す刀匠の存在』や『傭兵を一喝し、黙らせる』やら『親衛隊にこれ以上にない相応しき存在』やら『神聖騎士団を名乗っているが、明らかな偽証』など様々な情報が記載されていて、特に神聖騎士団に関しては、リューシェも頭を痛めた。


 もしこの事がイリアに知られる事となれば、イリアは面白がってハルトの獲得に乗り出すだろう。


 神殿の手は魔王城の手と同じ程度に方々に張り巡らされている。イリアにハルトが逃げていると言う情報は伝わっていないと思いたい所だが、どこで情報が漏洩しているかも分からない。

 その時、リューシェの居室に至るドアが軽くノックされた。

「どうぞ」

 リューシェがそれに声を掛けると、神妙な面持ちのゲルトがドアを開け入室する。そしてその表情に何かしらの変化があったと汲み取って尋ねた。

「何があったの?」

 ゲルトはその言葉に答えず静かにリューシェに歩み寄ると、綺麗に畳まれた紙をリューシェに渡す。

「――ゼルヴィスからの報告です」

 リューシェが立ち上がり、その文を受け取り、開いて文面に目を走らせて、そして目を見開いた。


「……ゲルト、これが届いたのは……?」

「……つい先程」


 その尋常ならざる表情にニーナとアルマが不安げな表情を見せた。

「何が書いてあったの?」

 ニーナが尋ねるがリューシェは固まったまま動けない。

「……まさか、トーマさんの身に何か……?」

 アルマの言葉で、漸くリューシェが力なく首を振る。


 ――そして、その表情に悔しげなものが浮かんだ。


 何故その可能性を考えなかったのか。
 何故敢えて七日後と伝えていたのか。
 何故その裏の意味を捉えようとしなかったのか。


「――今すぐ出立の準備をして!!」


 珍しくリューシェが叫ぶ様に声を上げた。
 その言葉にゲルトは一度片膝を着いて賛意の声を上げると、再び立ち上がりリューシェの出立の準備を整える為部屋を出て行った。

「……どうして気付けなかった……っ!」

 悲痛な声と共に、リューシェの手にあった紙が、リューシェの手の中で潰される。その滅多に見ないリューシェの怒りの様子に二人は目を見開いた。

「リューシェ、ちょっと貸して!」

 ニーナが堪らず立ち上がり、リューシェの手から紙を奪い取るようにして受け取る。そしてその文面を見て、唖然とした表情を浮かべた。

「ニーナさん、失礼します」

 ニーナが唖然としている中、今度はアルマがその紙を取り、文面に目を通す。

「七日後の予定、明日決行に変更されました。この処置は内通者がある確証を得た時点から決定されていた事であったそうです。我々は作戦に変更無く、これに従う所存であります……」

 アルマが冷静に分析する。

「内通者から情報を守る為に敢えて嘘の情報を流して、七日後の作戦を五日後に前倒しした。そうすれば、情報が漏れる事は無い。そして、ゴルゾーンからここまでは鳥で一日……」

 そこまで言うと、アルマの表情から血の気が失せた。そして血の気の失せた表情をガラス越しの景色に向ける。


「……じゃぁ、もう、戦いは……」

「……もう、始まってる……っ」


 ゴルゾーンは比較的魔王城とは近い。更に言えば、ナバナスの様に道なき道を行く必要性も無い。故に二日もあれば十分に付く予定だった。予定でも本日出立し、二日後の戦いを最初から最後までわからない様に監視して、しかる後にハルトを迎えに行くつもりだった。

 だが、既に戦いは始まっている。


 ――そして今日中には戦いは終わるだろう。


 やがて力尽きた様にニーナがソファに腰を下ろした。

「アルマが気付けなかったんだもん。誰にも気付けなかったよ、リューシェ」

「……だけど……っ」

 気落ちした様子で慰めるニーナに、しかしリューシェは辛そうに声を上げた。


「……あたし達みたいに、ハルトを理解している人が居なきゃ、ハルトは……っ」


 自分が居れば、例え壊れたとしてもハルトを抱きしめてとめられる自信がある。
 そうすれば、ハルトは戻ってきてくれると言う自信もある。

 だが、今ハルトが戦っている場所に、その存在が居る可能性は分からない。

「……ごめんなさい。私が気が付いていれば……」

 その気落ちしたアルマの声に、リューシェは我を取り戻した。

「――違う、アルマを責めてる訳じゃない。ただ、気付けなかった自分が許せないだけ」

 アルマに告げてからリューシェは思案を巡らせる。

「……親衛隊の皆には負担を掛けるけど、昼夜を問わず行軍する」

 その言葉にニーナは目を見開いた。
 確かに昼夜を問わず行軍すれば二日の肯定を一日強に縮められる。

 その時、再び扉が開かれゲルトが姿を現し、片膝を着いた。

「準備、整いました」

 リューシェはそれに頷くと、アルマを見つめて申し訳なさそうに告げた。

「アルマ、ごめん。今回は連れて行ってあげられない……」

 だが、アルマはその言葉に少しだけ表情を曇らせた後、笑顔を浮かべた。

「大丈夫です。待つのは、慣れてますから」

 その表情に一拍の間を置いて、一度頷いてからリューシェはゲルトに向き直り声を掛けた。


「申し訳ないけど、今回は昼夜を問わない行軍になる。親衛隊の皆にはそう伝え――」

「――ご安心下さい。既に伝えてあります」


 だがゲルトがそれを遮って声を上げ、その言葉の内容にリューシェは目を丸めた。

「先程言葉を伝える折、恐らく強行軍になるだろう事は既に伝えました」

「……そう……」


 リューシェは複雑そうな表情で言った。


「……皆は、なんと……?」

 この行軍は明らかにリューシェの我侭だ。親衛隊はリューシェに忠誠を預けた身だが、かと言って感情の無い生き物ではない。
 今ではハルトの言葉どおり、全員が意思をもってリューシェに仕えている。
 ならば、その命令に対して思う所が出てくるのも仕方ない。

「全員笑っていましたな」


「……え?」


「ソルレイユなどは『ハルト様とリューシェ様の運命の再会だー! 一秒でも早くあわせたげようぜヒャッハー!』、などと申しておりました」

 ――因みにソルレイユは親衛隊の末席にいる親衛隊一のお祭り男である。

「心配しなくていいよ、リューシェ。皆リューシェとハルトの事はちゃんと分かってるから」

 にこりと微笑みながらニーナは続けた。

「――さ、行こう? 勿論、あたしもそれ位の苦行なんか喜んで引き受けるよ」


 その言葉にリューシェは胸が一杯になり、堪え切れず流れたものを軽く拭い、ゲルトに言う。


「――今すぐ発つ! 皆を!!」

 ゲルトはそのリューシェの威厳ある声に大きな声で賛意を告げた。
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