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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第五章 ―― 魔王ハルトの改革記 ゴルゾーン編 ――

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第八十話 ハルトは冷静に戦力を分析し、確実な作戦を伝える

 
 二人の立会いを見ていたゼルヴィスはふと思った事を隣に戻ってきたハルトに尋ねた。

「……そう言えば、君の実力は、あのアルヴァー殿ですら足元にも及ばない、そう言っていたな」

 ゼルヴィスはアルヴァーの言葉を逐一確認していた。そのアルヴァー自身が言っていた言葉だ。更に言えばゼルヴィス自身が手を合わせた事をから考えてそれは間違いないだろう。

「……ま、誰よりも酷い鍛えられ方してっからね。誰が相手でもそう簡単には負けないさ」


 ――むしろハルトを超える者が居るとすれば、ある意味ではリューシェしかいない。

 もし、万が一、いや、ハルトにとってはありえない事だろうが、リューシェが潤んだ瞳でハルトに懇願しようものなら、ハルトは呆気なく陥落するだろう。


 そのハルトの言葉に、ふむ、とゼルヴィスは頷く。
 当然戦い方には様々な方法があるが、刀を使うものに限って言えば袈裟斬りを初めとした八種に突き。それは剣の場合でも概ね変わらない。つまりその剣の動きを見極め、如何に裁くかが重要な守り方であると言える。
 しかし、レインならともかく、アルヴァーの動きは余りにも変則的だ。更に今の動きに剣が合わされれば、通常の守り方はまず意味を意味を成さない。レインならばその素直すぎる動きと軽い体重でいなす事も可能だろう。具足を纏えば数発はその蹴り、拳、肘、膝にも耐えるのも厳しいかもしれないが、その分速度は落ちる。
 そして何よりもレインは得物たる剣を持ちえていない。

 しかしアルヴァーは違う。変則的な動きに更に剣。そしてその体格に似合うだけの体重。今の五対一の戦い方も相当手を抜いていた事は間違いない。そしてそれはレインとの立会いで間違いの無いものだと確信した。
 剣のリーチよりも長い足、懐に潜られれば肘、打ち上げる拳、膝。更には容赦なく頭から叩き落す投げ技。もし立ち会うなら、常時自分の間合いを死守しつつ戦わなければ勝つ事はまず不可能だ。

 勝てる自信はそれでもあるが、しかし、その存在を持って足元にも及ばないと言わしめた人物がいる。


 ――神聖騎士団を名乗る、何者か。


 トーマと言う人物が神聖騎粉砕骨折を癒す魔法も、例え神殿に勤める者ですら一ヶ月を費やして治せるかどうかのものだ。それをこの存在はただの一瞬で治した。

 ――この者ならば、魔王様の左腕になられる。ゼルヴィスは心中でそう確信する。

 ゲルトは当然魔王の側近中の側近だが、しかし、その忠誠――と言うよりも妹を見守る心――はリューシェに向いている。だが、それでも話しに聞く『ハルト様』の右腕にはなるだろう。

「ほぇ? 何か俺の顔についてる?」

 目を細めて己の顔を見つめているゼルヴィスに気付いてハルトは尋ねた。その言葉に対し、ゼルヴィスはわざと肩を竦めて見せ、呆れた口調で言った。

「彼が足元にも及ばないなんていわせる君が恐ろしく感じてね。いやなに、それだけだ」

「恐ろしいとか酷くないですかねぇ。僕は基本人畜無害。大人しい事この上ないですよ」

 静かに笑いあう二人――もっともゼルヴィスの目は笑っていないが――の元に、ゆっくりとした足取りでレインが近づき、ハルトの前まで来ると、自分より僅かに背の高いハルトを真直ぐに見上げた。

「……何した?」

 その真直ぐすぎる目に、ハルトが軽く目を丸める。

「お願いがある」

 ハルトの目を真直ぐに見上げたまま、レインが告げる。

「あたしをあの人――アルヴァーの下で戦わせて。あたしとアルヴァーなら、最後まで彼を守りきれる」

 彼、とは言うまでも無くタッカの事だろう。

「あーそうか、レインには言ってなかったね」

 ハルトはそう告げえると苦笑いを浮かべて頬を搔いた。

「タッカ――タルクァルはアルヴァーさんに一任しているんだ。ほんで、レインと今回アルヴァーさんに認められた者は、そのアルヴァーさんの部隊の中で、直接タッカを守る役目を負って貰う。つまり、望む望まぬに限らず、レイン達はアルヴァーさんの指揮下に入って貰う訳」


 ――その意味を一瞬だけ取りこぼしたあと、レインの乏しい表情に輝きが点った。


「……じゃぁ、あたしは、あの人と一緒に、戦える?」

 その輝いた表情に、しかしハルトは僅かに言い辛そうに言葉を返す。

「戦うって言う意味よりも、盾に近い感じかな? タッカはあの通りまだまだ未熟だし、隙だらけだ。その隙をレイン達に埋めて貰う」

「それでも構わない。あの人の傍で戦えるなら、あの人の傍にいられるなら、それだけで、あたしは十分」

 無表情だったものに、一瞬だけ笑顔が浮かび、ハルトはその一瞬に気を取られた。無表情が故に気付かなかったが、一瞬浮かんだその笑顔は、ハルトが見開く程に美しかった。


 ――この世界、俺にはチート、酷すぎる。Byはると。


「……ふと思ったんだが、君は戦場には出ないのか?」

 訝しげに眉を寄せ、ハルトに尋ねるゼルヴィスにレインの後に歩み寄ってきたアルヴァーが答えた。

「……そいつを戦わせない為にお前らを呼んだんだよ」

 ちなみにアルヴァーの気配を背中で感じ取ったレインの表情が再び無感情へと戻った。

「……どう言う事だ。彼が戦えば勝率は飛躍的に上がる。いや、むしろ勝利以外に無いだろう?」

「だからこそややこしいんだよ」

 アルヴァーが頭を掻き毟りながらそれに答えた。

「こいつが指を弾いた瞬間、俺は再起不能に陥った。こいつが本気を出せば、下手すりゃ街が崩壊しかねん。街を救う為に街を壊してどうするよ」

 ハルトがその事実を乾いた笑いで否定する。

「ボ、ボクには流石にそんな力ないけどね。化け物じゃないんだし。ほ、本気を出したって、精々建物を一生懸命に壊す位だって……!」

 ちなみにゼルヴィスが横目でハルトを見つめる目には、何かを確かめるような色合いが宿っていた。

「……指一つで君を下すか。現実味の無い話だが、確かにありえなくも無い話だ。まぁこの規模の街が焦土に化すなど荒唐無稽だとは思うが」

 ゼルヴィスが呆れ果てた様に溜息をついて、静寂が訪れる。そして、その隙をハルトは見逃さなかった。

「さて、んじゃまず現段階で作り上げた作戦を説明するよ」

 そう言い置いてから、遠く離れた場所にいるフリッツ、コンラート、そしてゼノンを呼び、三人が集まってからハルトは外套の懐から取り出した地図を広げ、その四方に手ごろな石を置いた。

「……これは?」

 見た事の無い街の地図を見てゼルヴィスが眉を寄せた。

「ゴルゾーンの簡単な見取り図。流石に下町の詳しい抜け道までは記してないけど、その抜け道は精々が人が一人が通り抜けられる程度のものだ。もし万が一その場所を使われたとしても、十人もその場所の果てにいれば各個撃破は可能だ。同じ様に下町は狭い。それはあっちも十分に把握している。まず下町を主戦場にする事は無いと思う」

 確認の為にゼノンに目を送ると、ゼノンは『仰られる通りです』と頷いた。

「――あれから補充は何人行った?」

 ハルトの声が、最高責任者のそれとなり、低いものに変わった。そして、その変わりようにその場にいたタルクァルメンバー以外の者が軽く眉を寄せる。

「……エグモントは正面からこちらを叩き伏せるつもりの様です」

 そこに居る全ての者がゼノンの言葉を待つ。

「現在エグモントの抱える私兵は千人を超えています。中でも、エグモントを直接守護しているものは、他の者と比べ、かなりの精強かと……」

 だが、千人と言う数を耳にしても、それに恐れの表情を浮かべる者は一人も居ない。


「その数は?」
「凡そ五十人」


 その言葉にハルトは苦々しいものを浮かべた。

「千人のチンピラよりもよほど厄介だな」

 今回ハルトが集めた傭兵達は全員が様々な戦を経験し、生き延びてきた猛者達だ。録に戦も知らずに生きてきたチンピラなど三人を相手にしても問題は無い。つまり、今タルクァルの傭兵の勢力は五百人と数としては劣勢だが、戦力に換算すれば凡そ千五百人に匹敵する。

 しかし、人を見る目に優れたゼノンの目からして、精強なる者。下手をすれば、この五十人でかなりの数が食われる可能性がある。それも、幾戦もの戦を潜り抜けてきたハルトの傭兵達を相手にしてだ。

「……予想で良い。その五十人相手に何人食われる」

 ハルトの鋭い視線がゼノンに向かい、ゼノンはその言葉に僅かに眉を寄せてから答えた。

「……相手をする者にもよりますが、下手をすれば、最大で百五十人は」

 ハルトはその言葉に苦々しいものを更に深くした。

「一人頭三人って訳か……」

 そう言い置いて、ハルトはその目をゼルヴィスに向けた。

「ゼルヴィスの部隊は統率と連携、何よりも武力に優れている。間違いないな?」

 その言葉に静かに頷く。敬称を除かれたが、しかし、ゼルヴィスは何故かそちらの方が心地よく感じた。

「その数は百名を超える、と聞いたが、それも間違いないな」

 その言葉に再びゼルヴィスは頷いた。

「……しかし、確実に指揮を取れるのは五十名。二十名はその補佐。残り三十名は並以上の力量しか持たず、万一の時に指揮系統が乱れる可能性がある」

 ゼルヴィスは並以上と言ったが、それは方便だ。
 残り三十名は確かに特殊作戦実行部隊の隊員ではないが、騎士の中でも上位、精鋭に入る。

 ――その精鋭が、並以上程度である訳が無い。

「では逆に聞く。お前らの部隊で、今ここに居る傭兵、全て殺しつくせるか?」

 ハルトの真剣な表情に、ゼルヴィスは僅かな時間思案を巡らせると、真実を答えた。


「死傷者凡そ五十名。ここにいる例外、アルヴァー殿やレイン殿を除けば、確実にその程度で討てるだろう」


 ゼルヴィスは心中とは裏腹に告げた。
 ゼルヴィス率いる特殊部隊、並びにその補佐の部隊、そして騎士の精鋭ならば、或いは一人も欠けない可能性がある。
 だが、今回の作戦は決してゼルヴィス達の素性が明らかになってはならない。

 その言葉にハルトは僅かな間瞑目して無表情で思案を巡らした。

 ゼルヴィスの部隊ならこの五十人は圧倒出来るだろうが、しかしかと言って無駄な命は散らせたくはない。
 ならば、それを回避する方法をハルトは取らなくてはならない。

 やがてハルトは静かに意を決し、静かに目を開いて冷徹な目でゼルヴィスを見つめた。


「やり方は問わない。領主宅だけであれば火をつけても構わん」


 その言葉にコンラートとフリッツが声を上げた。

「火をつけるだと!? もし民家にそれが移ったらどうする!!」

「……とても賢いやり方とは思えん。もっと上手いやり方はないのか?」

 だがハルトはその言葉に動じず、冷え切った目を二人に向けた。

「領主宅は小高い丘にある。それに、決行当日は雨が降る。燃えるのは領主宅だけだ。だが、これは最悪の悪手だ。もしゼルヴィス達がもし苦戦を強いられ被害が大きすぎると判断した場合にのみこの手段を許可する。火が上がれば動揺が広がる。その隙を狙い、各個撃破、そして――」

 ハルトの目から、完全に感情が抜け落ち、そこにいた全ての者の背筋に冷たいものが走った。


「――容赦なく殺せ」


 その場にある恐怖から誰よりも早く立ち直ったアルヴァーはハルトにいつもの様に尋ねた。

「……聞きたいんだが、雨が降る保障なんて何処にある」

 ハルトはその言葉に肩を竦め、空を見上げた。ハルトの紅い瞳に映る空は美しい程に青い。

「なぁアルヴァー、これから雨が降ると思うか?」

「あぁん? 降るわけねぇだろう。今日は絶好の秋日和。出来れば弁当でも持って草原に寝転がりたい位だ」

 ハルトはその紅い瞳を空に向けたまま、その言葉に答えを返す。

「残念だが今日は行楽日和じゃない」

 ハルトは力を行使して大気中の水蒸気を集め、氷の結晶と為す。その氷の結晶はやがて雲となり、黒く染まり雨雲となった。


「……なんだ、ありゃぁ……」


 呆然とした様子でアルヴァーが呟いた。
 やがてポツポツと空から涙が降ってきて、それは少しだけ雨脚の強いものとなった。だが、それはほんの一分程度。しかし、雨が上がってからも空から雨雲は消えない。

「俺は鼻が効くんでな。ある程度の天候も読める。その俺が言ってる。作戦予定日前後から雨が降る。証拠なら今見せた通りだ。しかも、作戦の日は更に酷い雨になるぞ? こちらが先にそれを知っていれば、それも十分な武器になる位にな」

 貧民街を雨で洗浄した時、それでもハルトは力を抑えていた。洗浄にたる雨の強さを調整した意味でだ。
 カインズと違い、世界全体に暴風を巻き起こす事はハルトには不可能だが、それでもゴルゾーンと言う規模の街を覆う程度の暴風ならハルトには巻き起こせる。

「――さて、雨も上がった。細かい作戦に移ろうか」

 ハルトはその目をまだ灰色の雲が広がっている空から羊皮紙に映した。
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