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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第五章 ―― 魔王ハルトの改革記 ゴルゾーン編 ――

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第七十三話 ゼルヴィスはハルトの油断につけ込み当てる

 
 ゼルヴィスはハルトの意図を悟ると、タッカに目を向けて静かに問う。

「……果たしてその子に勉強させるだけの時間を稼げるかな?」

 ゼルヴィスが偽りのない、不敵な笑みを浮かべる。

 ハルトは表情を輝かせているタッカから剣を受け取ると、それを腰のベルトに差し、その不敵な笑みに対して満面の笑みで答えた。

「大丈夫大丈夫。こいつの勉強になるまでゼルヴィスさんに合わせるから」

 その言葉にゼルヴィスは不敵な笑みのまま心中で思った。
 虚勢や張ったりではない。事実、相対しているこの少年は、自分の剣の腕前に絶対の自信を持っている。

 ――油断はしない。全力で当たらねば。そうゼルヴィスは心で呟き、静かに剣を抜いた。

 ハルトがタッカに離れる様に指示を出し、自分もまた剣を抜くと、五歩程度ゼルヴィスから距離を取った。

「――俺はいつでも良いよ」

 ハルトとゼルヴィスが剣を抜いて対峙している事に気付いた傭兵達が一斉にそれに顔を向け、固唾を飲んだ。

「――なら、行かせて貰おう……っ!」

 静かに、しかし、力強く告げ、ゼルヴィスが大地を蹴る。その速さは親衛隊の末席に足るものの比では無い。並みの兵なら動いた事すら気付けなかっただろう。だが、ハルトはその速度に順応し、軽く足を蹴ると、ふわり、と僅かにゼルヴィスから距離をとった。

 ――反応速度、申し分なしっ! 

 ゼルヴィスが心で呟き、更に一歩踏み込んで、ハルトの胴体に、ハルトから向かって左側から救い上げる様な斬檄を繰り出す。
 しかしハルトは、今度は急激な動きを見せ、一瞬で差を詰めると、自分の右手に持っている剣の鍔元を迫る剣の鍔元に合わせた。

 耳をつんざく剣戟と共に、ゼルヴィスの目が僅かに見開かれる。

 ゼルヴィスから見れば、射程距離範囲の、更に最大の効果をもたらすだろう位置に居たはずのハルトが、その範囲の内部、最も効果を弱められる場所に迫られた様に映った。更に言えば、その動きは目に追えなかった。

 ふわり、とした動きの後に急激な動きを見せる事によって相手に錯覚を覚えさせる。これもまた流水の動きの基本だ。

 ハルトは自分の剣とゼルヴィスの剣に合わせた鍔元を利用して、刃に刃を滑らせながらそれを上に向け、半円状の弧を描く。鉄と鉄の重なり合う音と共に、ハルトの剣に誘導され、ゼルヴィスの剣もまた上空へと円を描いた。


「――させんっ!」


 だがそれが頂上へと差し掛かる部分でゼルヴィスが剣に力を込め、力任せに鍔迫り合いに持ち込もうと力を込める。常識的に考えて、ゼルヴィスの体格とハルトの体格には大きな開きがある。鍔迫り合いに持ち込み、そこから動きを封じる。
 しかし、力を込めた瞬間、抵抗する力を見せる筈のハルトの剣から突如力が抜け、結果ゼルヴィスは渾身の力を込めた一撃をハルトの頭に放っていた。

 剣を止める事は出来ない。このままでは、間違いなく命を奪う、そう確信して目を見開いたゼルヴィスの瞳に、冷静な目のハルトの表情が映った。

 ハルトは自分の頭に剣が振り下ろされるその瞬間、剣を握っていた右の拳でゼルヴィスの剣の腹を打ち抜くと同時に、前に出していた右足を軸にし、ひらりと身体を反転させ、ゼルヴィスとの距離をとる。

 一拍遅れて、ゼルヴィスの剣が大きな音を立てて大地を打ち付けた。

「……びっくりしたぁ。ゼルヴィスさん騎士時代どこの所属だったんよ。今の動き、ゲルトさんにも匹敵するよ?」

 ハルトはゼルヴィスの実力に、そして、ハルトに背中を向けているゼルヴィスは、自分の動きがまるで通用しないハルトの動きに大きく目を見開いている。

 ――ゼルヴィスは軽く自分の力があしらわれた事に激しい動揺を覚えていた。

 ゼルヴィスは自分の実力を正当に評価出来る。ゲルトには及ばないものの、それでもそれ以外の親衛隊ならば、勝敗は決していても互角に近い勝負が出来ると確信している。

 それを、目の前の少年は軽く凌駕した。
 逸材と言うレベルではない。その実力はゲルトすら届かない場所にあるかも知れない。

 ゼルヴィスは剣を大地に突き刺したまま大きく深呼吸した。

 今ハルトは剣を向けてこなかった。だが、実戦であれば、背を向けたゼルヴィスの首は既に飛んでいただろう。

「……驚いたな。まさか、足元にも及ばないとは」

「いやいや、凄い動きだよ。俺じゃなかったら最初の一撃で斬られた事も気付かず死んでるって」

 一瞬で困惑する心を抑え、感心した表情を浮かべてみせるゼルヴィスに、ハルトは飄々と答える。そして、その後タッカに笑顔を向け、『ちゃんと見てたー?』と軽い口調で尋ね、タッカがそれに笑顔で何度も頷いた。

「さて、悪いけどあの子の為にもうちょっと付き合ってくれないかな?」

 ハルトが剣を構えなおし、顎でタッカを示す。それに対してゼルヴィスは大地から剣を抜くと静かに呼吸を落ち着けて、敢えて不敵な笑みを浮かべて見せた。

「俺では全く刃が立たない様だが、まぁ勉強になるのであれば付き合おう」


 ――獲得する。どうやってでも、この少年を獲得する。


 ゼルヴィスは誰にも届かない声を心で呟く。

 人を纏め上げる器に、戦略を始めとした指導能力。そして柔軟且つ優れた思考能力。更に自分を遥かに越える剣の実力。この様な器は、ゼルヴィスからすれば小さな街に留まってて良い器ではない。更に言えば、旅人と言う不安定な存在にして置くのは絶対に許されない。

「……一つ、良いだろうか?」

 ゼルヴィスが右手に剣を構えながらそれを後ろにして、ハルトに尋ねた。

「何?」

 ハルトがそれに何の気負いも無く言葉を返す。

「もし俺の剣が少しでも君に触れる事が出来れば、たった一つで良い。願いを聞いて貰いたい」

 ハルトはその言葉に目を丸めた。

「……うーん、内容にもよるけど。俺が聞ける事であれば聞くよ?」


 ――その言葉にゼルヴィスの表情に凄惨な笑みが浮かび、ハルトはそれに目を丸めた。


「――言質はとった!」

 再びゼルヴィスが大地を蹴る。しかし、その速さは先程の比では無い。

「何をさせるつもりさっ!?」

 突然浮かび上がった凄惨な笑みに、ハルトが再び迎撃体制を取る。
 剣戟がなり、再びゼルヴィスの剣が泳がされるが、ゼルヴィスは既にハルトには剣が届かないと踏んでいる。もし届いたとしても致命傷にはなりえない。精々がかすり傷程度だろう。ゼルヴィスは泳がされる剣をそのままに更に一歩踏み出して肩口から体当たりを食らわせる。

「すげぇラフな戦法だねおいっ!」

 体当たりを受けながらも、ハルトはそれを既に読み、衝撃を殆ど緩和している。ついでに言えばある程度ゼルヴィスの動きを流水で見極めている。


「戦いに置いて、使えるものならば何でも使う! それが生き残る術だ!」

「激しく同意だけどね!? これじゃ勉強にならないよ!!」


 傭兵達は初めて見るゼルヴィスの戦法に目を見開いていた。ゼルヴィスと手を合わせたものは、ゼルヴィスの綺麗な動きにすらついていけなかった。もし変則的な動きを交えた今のゼルヴィスの動きならば、剣を合わせている間も無く命を取られていただろう。


「済まないが今はタルクァルの教育ではなく、君に剣を届かせるのを最優先に考えさせて貰う!」

「ちょっと待とうか! 話違うし! それじゃゼルヴィスさんと剣を交えてる意味が全く無いんだけど!」


 ハルトは時に剣を弾き、時に流し、そしてヒラリヒラリとゼルヴィスを翻弄しながらその目をタッカに向けた。

「タッカ分かる? 見えてる? 大丈夫?」

 首に迫る剣を頭を下げて交わしつつハルトはタッカに尋ねる。因みに目はタッカに向いているが、ゼルヴィスの攻撃はすべて避けている。

「だ、大丈夫です! 大体分かります!」

 その言葉を聞いて、ハルトの焦っていた表情に笑みが浮かんだ。

「オーケー! 命のやり取りで大分磨かれたな!!」

 突きを首を捻って交わし、胴を凪ぐ剣を剣で叩き落し、そこからすくい上げる剣に剣を沿え、その動きを綺麗に導いて流していく。

 ハルトにとって剣は脅威ではない。ハルトの肌はボニファルツの魔剣すら弾く程に強い。だが、それ故に下手に剣を受ける訳にはいかない。


「ゼルヴィスさん! あんたの底力は更にあると見た! こうなりゃとことんまで付き合おうじゃないの!」

 ――人のふりが何処まで通用するのか。ハルトはゼルヴィスならそれが見極められると判断した。

「上等だ! 何が何でも君の身体に一撃を浴びせよう!」


 一方ゼルヴィスは魔王城に可能性を広げる人材の確保に全てを賭ける。
 青白い光が剣戟と共に生み出される。そして剣が流され、時にゼルヴィスの剣によって大地から土が噴出す。

 二人の立会いを見ている傭兵達は唖然とした表情を浮かべていた。傭兵達はそれぞれがそれなりの技量をもった者達だ。だが、だからこそ、今の二人の立合いが異常なものなのだと分かる。

「……ありゃ、遊んでんな」

 憮然とした表情で腕を組み、ハルトの動きを見ていたアルヴァーが呟いた。

「まぁアレが本気出せば直ぐにゼルヴィスとやらの首は吹っ飛ぶだろうしなぁ。いや、跡形も残るかどうか……」

「しかし、それでも傭兵団の一団長とは思えんな。あの者の動きは」

 アルヴァーの後をコンラートが辟易とした様子で紡ぎ、その後を更にフリッツが告げる。当然だが、三人もこの二人がハイレベルの攻防を繰り返している事は理解できる。
 そして自分達がそこに辿り着いていない事もまた理解していた。

「タッカ! まだ追えてるか!?」

 ハルトは首に迫る剣を自分の剣の鍔元で受けつつそれを払い、流しながらタッカに顔を向ける。その瞬間を狙いゼルヴィスはハルトの胴に剣を向けるが、タッカに顔を向けながら、今度はそれを鍔元に近い場所で掴んでいた右手の下の柄で受け止める。


 ――何故防げるっ! ゼルヴィスは心中で声を上げた。


 ハルトは意識して体の動きを少しずつ早めていた。ゼルヴィスだからこそ喰らい付いてこれては居るが、腕の立つ傭兵程度では既にハルトの動きは追いつけないだろう。
 そしてハルトはタッカの表情に困惑が浮かんでいる事を確認すると、柄に食い込んだ剣をそのままに腕を流し、ゼルヴィスの体制を崩させ、その瞬間に大地を蹴って数歩の距離を置いた。

 ――再び静寂が訪れる。

「……まさか、喰らい付く事すら敵わないとはな……」

 静かに肩で息をしながらゼルヴィスは不敵な笑みをハルトに向けた。

「いやいや、俺にしてみりゃゼルヴィスさんも十分に人外だよ。ぶっちゃけここまで付いてこれると思ってなかったもん」

 対するハルトは剣を肩に担ぐ様な形で満面の笑みを浮かべている。

「――でもごめんね。これ以上付き合ってもらっても、肝心のタッカが付いて来れないみたいだから、そろそろ終わらせるよ?」

 その言葉にゼルヴィスの表情から不敵な笑みが消え、そこに真剣な表情が浮かぶ。
 今までハルトは防戦一方だった。もっともそれらは全て余裕と言える範囲内であり、ハルトが意識して攻めの姿勢を見せなかったからだ。

 ハルトは軽く息を付くと一度だらりと右手に掴んだ剣を下ろし、左手で腰に差した鞘を僅かに引き抜く。

「……おいおいおい、アレをやるつもりか?」

 アルヴァーがハルトの行動の意図を悟り、唖然とした様子で呟いた。僅かに腰から鞘を引き抜く動作から生み出された技は、五十センチの壁をいとも容易く刳り貫いたはずだ。
 人に浴びせては木っ端微塵になりかねない。

「……タッカ。どんな技でも身体裁きでも、完全ってものは無い。それは流水にも言える事だ」

 ハルトはタッカに紡ぎながら静かに身体を沈ませ、一度右手首を返し、剣をベルトと左手の間にある空間に滑らせる。そして、それを剣先限界まで滑らせると再び手首を返して静かに鍔元まで戻す。

 ――納刀と同じ動きだ。

 タッカはその全ての動きを一瞬でも逃すまいと瞬きすら忘れてハルトを見つめている。

「流水は流れる水の動きだ。故に一度流れ出したらそう簡単には止める事が出来ない。しかし、その流水たる動きも完全じゃない」

 ハルトは抜刀術の構えを取ると、僅かに目を細め、そこに鋭い物を乗せた。

「藤間流を考えた人は、それらを打ち破る方法も同時に編み出した。それこそが抜刀術奥義、『斬流』。しっかりと見届けろよ?」

 ハルトの言葉にタッカが大きな声で答える。


 そしてその答えを待って――。

 ――ハルトが動いた。


 数歩離れていた筈のハルトの姿が眼前に現れたのを見て、ゼルヴィスは瞬時に剣を前に出し防御形態をとる。

 ――そして次の瞬間、何故か自分の剣が半ばから切れ落ち、その首元に浅くハルトの剣が食い込んでいる事に気付き、ゼルヴィスは唖然とした表情を浮かべた。

 ハルトは鋭い眼差しをゼルヴィスに向けたまま、タッカに言葉を続ける。

「――全ての流れを一瞬で断ち切る。これが今見せた奥義の真髄だ。分かったな?」

 ハルトの言葉に再びタッカが歓喜の色合いを含ませた返事を返した。


「――とまぁそんな感じで……え?」


 ふう、と息を付いて剣を戻そうとしたハルトの首に、半ばから切り落とされたゼルヴィスの剣がトン、と寄せられる。

「……な、何さ?」

 僅かに困惑の表情でハルトがゼルヴィスに問いかけ、その問いにゼルヴィスは不敵な笑みを浮かべた。

「いや? 漸く届きそうだったのでね。剣を触れさせただけだ」

 ――その言葉で、ハルトはゼルヴィスとの約束を思い出し、唖然とした表情を浮かべた。
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