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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第五章 ―― 魔王ハルトの改革記 ゴルゾーン編 ――

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第七十二話 ゼルヴィスはハルト獲得の材料を探し始める

 
 ハルトの演説――ハルトが自分に背負っている覚悟の意味が終わった後、傭兵達のハルトを見る目は一変していた。

 ハルトが現れ、その姿を見た時傭兵達の目にあったのは侮蔑だ。多くの者がハルトを世間を知らない子供だと思っただろう。事実、ハルトの外見は細身で特筆すべき所が無い。屈強な戦士にも見えなければ、知略に優れた者にも見えなかった。

 だが、それはあの演説で全てが塗り替えられた。

 凍て付いた目と声色、そしてその存在から放たれる圧倒的な恐怖。
 責任の意味を知らしめ、そして自分がそれを負っている事を自覚し、全ての命を背負う覚悟を持っているその意思。
 そしてその後に見せた、慈愛にも近い優しさ。

 ハルトは全く自覚していない。


 ――その姿は、多くの者を容易に魅了する、理想像そのものだと言う事を。


「さて、とりあえず今はさっきみたいに思い思いに過して良いよ。今日は皆の顔を見に来ただけだから。作戦は一週間以内に行う。皆その時まで十分に英気を養って」

 ハルトが笑顔で傭兵達に告げ、傭兵達はその言葉に大きな声で賛意を上げた。
 ハルトはその声に満足そうに笑みを浮かべながら頷くと、その目をまだ僅かに唖然としているゼルヴィスへと向ける。

「さて、んじゃゼルヴィスさんにはちょっと話があるから、ちょっと来てくれるかな?」

「……あ、あぁ。別にそれは構わないが……」

 ハルトはゼルヴィスの言葉に頷くと、ゼルヴィスを伴って、少し傭兵達から離れた場所に移動する。

 その二人を見つめながら、ジスは様々な感情が入り混じった、深いため息を吐いた。

「……おいおい、大丈夫かジス」

 そのジスに、恐らくは馴染みの傭兵だろう男が声をかける。

「いや、何も問題は無い。ただなぁ……」

 ジスは遠ざかるハルトを見つめながら静かに告げる。

「……ただ、何だ?」


「――生まれて初めてなんだよ。誰かに心の底から尽くさなきゃならない、なんて思ったのはな」


 ――覚悟の在り方。そしてそれを背負うだけの強靭な意志。

 ジスはそれなりの年数を傭兵として過している。その中で当然様々な指導者、つまり指令を下す者を見てきた。
 だが、今回の指令者、ハルトはそれら全てと根底が全く違う。

「……くっそ。まさか命のやり取り以上に執着するものが今更出てくるとはぁ」

 苦い物を含ませながら、それでもジスの口調は嬉しげだった。

 それは心のどこかで追い求めていたものかも知れない。自分達の全てを背負い、そして導いてくれる存在。傭兵として長い間稼業を勤めてきて、いつかは巡り合うと信じていながら、いつの間にか諦めていた存在。

 ――それが、遂に自分の前に現れてくれた。

「……ったくあほらし。あんなもん見せられたら、あの人のもとで散れるなら、命なんかどうでも良くなるわ」

 傭兵は命あってのものだねだ。少なくても、しかし今までのジスにとってはそれをやり取りするスリルが最優先だった。だが、ハルトはその奥底にあるものを揺り動かしてしまった。


「お前も賭けるか。俺は賭ける以外にもう答えは無いがな」

 ジスに問いかけた男が不敵な笑みを浮かべながらジスに問う。

「あんな覚悟見せられて、賭けるなって言うのが無理だろうが。お前も分かってんだろ? あのガキ――いや、あの人は、あんな歳で俺らを軽く超えてんだぞ。もう見ちまったものを見なかった事には出来やしねぇよ」


 二人の会話を何気なしに聞いていた回りの傭兵がお互いに顔を向き合わせて、そこに笑顔がある事を確認する。
 ジスとジスに声を掛けた者以外の心も既に一つだ。

 ――その圧倒的な存在を前に、認める以外の道は無い。

 絶対的な恐怖と思えれば、気安さも兼ね備え、そして底知れない慈悲すら持ち合わせる。最初に見た在り方から考えるに、例え気安く声を掛けたとしても、ハルトは笑ってそれに応えるだろう。
 今までの依頼主や司令官は無駄に尊大な態度を取るものや、下手に媚び諂う者ばかりだった。つまり器が容易に知れる者だ。

 だがハルトは違う。その器は数多くの戦場を乗り越えてきた傭兵達にすら計れない。

 ジスは深いため息をついた。

「あんな人に最初から巡り合えてれば、そして導いてくれてたんなら、俺らの運命もまた違ってたんだろうな」

「何、これから変えていけば良いだけの話だ」

 ジスのため息に男が笑って答える。そしてその言葉に、ジスは今までの経験を振り返りつつ肩を竦め、苦笑いを浮かべて『そうだな』と小さく呟いた。



 ――一方ハルト達はゼノンや傭兵達と十分な距離を取ってから、ゼルヴィスに笑顔で感謝の言葉を告げていた。

「ゼルヴィスさんのお陰で傭兵達が纏まってくれた。本当に感謝してる」

 ゼルヴィスはその言葉に苦笑いを禁じえない。ハルトはそう言うが、実際の所、ゼルヴィスの苦労は無駄に近しい。

「そんで、良く皆を分からないからゼルヴィスさんに尋ねたいんだけど、傭兵さん達の中で集団に馴染めてない奴って居る?」

 ゼルヴィスはその言葉に訝しげな表情を浮かべ、ハルトはその表情をみてから更に続けた。

「今回集めた傭兵さん達の多くが集団で活動しているのは既に知らされているんだ。でも中には一人きりで活動していた人達もいるでしょ。そう言う人達って、集団行動に向いてないと思うんだ」

「……つまり、君がそれらを直接再教育する、と言う事か?」

 ゼルヴィスの真剣な表情に、ハルトは『まさか』と笑って見せた。

「集団に馴染めないのも一種の個性なんだよ。そんで、そう言う人達はその個性を磨いてきた訳」

 ハルトの言葉に訝しげにゼルヴィスの眉が寄る。

「集団行動は規律を要する。だけど、それ故に、作戦と言うシナリオが崩れれば簡単に瓦解する可能性がある。でも、個人で活動してきた人達には、その場その場の判断で的確に行動する能力に長けているんだよ。実際ここに呼ばれたって事は、そのやり方で成果を出してきた人達だ」

 その言葉にゼルヴィスは素直に感心した様に目を丸めた。

「だったらそれに無駄な規律は押し付けない。彼らは彼らで自由に行動した方が成果を上げられる。だからここで区別をすべきだ。集団行動で成果を発揮できる者。個々の技量で成果を発揮できる者。それらを区別して、全てに置いて最大の成果を上げられる作戦を練り上げる」


 ――そのハルトの意思に、ゼルヴィスは少しの間言葉を失っていた。


 ゼルヴィスは特殊部隊を纏める者だ。故に規律を第一に考え、その規律を守る事によって最大の効果を得られると考えていた。
 だが、ハルトは個々の性質を考え、それらを利用する事で更なる効果を生み出す事を考えている。
 特殊部隊隊長たるゼルヴィスの作戦能力すら上回るその思考能力。

「……君は一体何者なんだ? 先程の演説と言い、その演説がもたらした効果と言い、俺には君が何者なのか非常に気になるんだが」

 ハルトは何度も聞かれたその言葉に笑いながら答える。

「まぁ、ちょっと特殊だけど、知識が豊富な、無力を捨てた旅人だよ。偶然立ち寄ったゴルゾーンが余りにも酷くてね。捨て置けないから力を貸したら、何故か総司令官になってた訳。酷い話だろ?」

 ハルトの辟易とした言葉に、しかしゼルヴィスは一度ため息をついてから答えた。

「……君を知った者ならば、導いて貰いたいと思うのは道理だ」

 ハルトはその言葉に複雑そうな表情を浮かべるが、頭を軽く振ると話を元に戻す。

「んで、何人くらい?」

 ハルトの問いに、ゼルヴィスは顎に手を添えながら『そうだなぁ』と呟き、少しの間思案を表情に巡らせてからハルトを見つめた。

「二十人弱、と言った所か」

 その数にハルトはにやりと笑い、『上等』と呟いた。

「二十人からなら十分振り分けられるな。精強な守り手も得られる」

 そのハルトの言葉にゼルヴィスが再び訝しげな表情を浮かべる。

「……すまないが、どう言う事か説明してくれないか」

「今回の作戦に限らず、タルクァル……あぁ人物の方のタルクァルね? そいつも最前線に出て貰っているんだ」


 ――その思いもよらない言葉にゼルヴィスが目を見開いた。


「タルクァル様は改革後のゴルゾーンの領主となられる方だろう? 何故その様な最重要人物を最も危険な場所に送り込んでいる」

「簡単だよ。そうすれば、民はタルクァルを英雄と称える。英雄が領主となれば、民の信望は今までの領主の誰よりも強いものになるだろう。この街を根底から変えるには、それ相応のリスクが必要だ。リスクはある。だが、それ以上の見返りがある。躊躇う事を考えるなら、その成果を見る方を選ぶべきだ」

 ゼルヴィスは目を見開いたまま、固まった。

 ――この少年は、一体何歩先を見ている。どれ程遠い未来を見ている。

 危険を冒してでも、その危険と効果を天秤に量り、冷静にそれを見極める能力。
 その器は、指導者としても計り知れないようにゼルヴィスには思えた。

「話を戻すけど、統率が取れている者達は基本的に集団行動だ。だが、個人主義は個々の裁量でその場を切り抜けられる能力を有している。そして、その個々の技量を持つ者に、タルクァル直属の守り手を担わせる」

 その考えにあるものは、既にゼルヴィスを置き去りにしている。
 言われて見れば、集団でタルクァルを守れば、その数故に動きが鈍くなるのは間違いない。だが、ハルトの言う様に、個々の技量、そしてその裁量で動く者達であれば、数名でタルクァルを守りぬく盾になるだろう。そして、当然それらは集団で守るよりも数倍の速度を維持できる。

「……つまり、それらを抜擢して、タルクァルの直属の護衛に当て、臨機応変に行動させる、そう言う事か?」

「そ。言うなれば小規模な親衛隊みたいなものだよ。流石にリューシェを守っているゲルトさん達みたいな精強な者達は期待出来ないだろうけど、それでもここの私兵相手なら十分な護衛になる。タッカ自身もそれなりに腕は立つから、そうすれば、小規模な集団にもなれる」

 再び険しくなりそうな眉を自制して、敢えてゼルヴィスは呆れた様な表情を浮かべた。

「やけに王城内部に詳しそうだな。俺らが騎士だった頃にはお前みたいな奴はいなかったが」


 ――その言葉に、ハルトはゼルヴィスが自制していたものを自制できなかった。


 激しく泳ぐ目、そして引き攣った笑みと逸らされる顔にゼルヴィスの表情に、偽りではない訝しげな表情が宿る。

「さっきの演説には俺も心動かされたよ。だが解せないな。正直お前の器は底が知れない。俺が苦労して纏め上げた奴らを一瞬で掌握するその器は、こんなちんけな街に収まるもんじゃないだろう?」

 紛れも無い逸材だ、とゼルヴィスは判断する。
 今回の作戦は傭兵に混じっての治安維持活動だが、当然それらに武力衝突があるのは容易に理解出来た。
 指令を司る者が優秀であれば僥倖。そうでなければ、上手く統率をとり、司令官の大まかな指示の中で自由に行動する予定だった。
 だが、ゲルトが伝えた言葉は現場の指揮官に従え、と言うものだ。そして、現場の指揮官である、総司令官たるハルトは既に実績として二十四名の命で百八十名を削ると言う尋常ではない成果を出している。

 ――そしてその成果を出した者は、自分よりも十は年下の少年。

 ハルトがその言葉に答えず目を泳がせているのを見て、ふと思いついた事をゼルヴィスは尋ねた。

「ま、君が優秀な、しかも飛び切りと言う程の総司令官である事は分かった。それは俺達にとって何よりもない幸運だな」

 ――しかし、とゼルヴィスは続ける。

「あんた自身に剣の腕はあるのか? 勿論無くてもあんたの言葉には従う。総司令官は別に戦う必要性などないからな。言うなれば、俺達があんたの剣のようなもんだ」

 ハルトはその言葉に漸く泳がせていた目を止めて、きょとんとした表情をゼルヴィスに向ける。

「……んー、つまり俺の強さを知りたい、と言う事かな?」

「ま、端的に言えばそうなる。あんだけの器を示す君の事だ。それなりの修羅場を潜ってきているんだろう?」

 ――なるほど、とハルトは頷いた。ゼルヴィスが総司令官たるハルトの資質を見極めたいのだとハルトはその言葉から考えた。

 だが、ゼルヴィスの目的は違う。
 ゼルヴィスから見てハルトは逸材。それも、恐らくは砂漠から砂金を探し当てる程のものだ。せっかく見つけた砂の中にある砂金をそのままにして置くのは誰にだって惜しいだろう。

 器だけでも十分。その器に見合うだけの実力があれば十分以上。

 器だけだったとしても、軍部の作戦立案に参加させる戦略を目の前の少年は持ち合わせている。それは今までの成果がその証拠だ。更にこれに実力が備わっていれば、戦場にあったとしても十分な働きが見込めるだろう。

「――丁度良いかな。ゼルヴィスさん相手なら、タッカの見取り勉強にもなるし」

 そう呟くと、ハルトは振り返り、リーンと何かを話し込んでいるタッカに声を上げた。

「タッカー! ちょっとこっち来てー!」

 ハルトの突然の声に驚いたのか、ビクリとタッカは肩を跳ねらせるが、やがて駆け足でハルトの下に来ると、ハルトに尋ねた。

「……先生、何か?」

「悪いんだけど、もう一回その剣貸してくれない? んで、俺ゼルヴィスさんと少し手合わせするから、それをしっかり見て、勉強する事」


 ――その言葉に、タッカは先程まで抱いていた不安を忘れ、顔を輝かせた。
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