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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第五章 ―― 魔王ハルトの改革記 ゴルゾーン編 ――

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第七十一話 ゼノンは立ち止まれない場所にいると諭す

おはよー(7/14)
 
 ハルトは睥睨する様に困惑する傭兵達を見回すと、静かに告げた。

「俺が求めてるのは命知らずの馬鹿じゃない。命以上に大事なものを胸に秘める強い者だ。命知らずの馬鹿は道具にもなれない。だが、命以上に大事なものを秘めている者は、その強さゆえに己の命を守り抜く事が出来る。そしてそう言う者こそが何かを変える力を持つ事を許される」

 リーンがハルトの声に、無意識にタッカに手を伸ばし、タッカはそれを掴んだ。そして、お互いの表情が完全に青褪め、引き攣っているのを確認する。


 ――あれは、自分達の知っている人ではない。自分達の知っている人の顔をした、何か別のものだと。


「――さて」

 ハルトは声が全員に届いた事を確認すると、再び先程の傭兵に歩み寄って、静かに尋ねた。

「……男。貴様、名は?」

 その傭兵は恐怖に奥歯を鳴らしながら、何とか答えた。

「……ジ、ジスと申します……」

「……そうか、ならばジス。貴様に一つ責任というものを教えよう」

 ジスの瞳に、何の感情も宿らない無表情なハルトの顔が映った。


「好きにするが良い。去るも残るも、貴様の好きにしろ」


 ジスは恐怖に引き攣った表情のまま、ハルトの言葉の意図が分からず困惑する。

「貴様がここで去ると言う選択肢を選べば、貴様に続いて、多くの者がこの場を去るだろう」

 ハルトは冷徹な眼差しでジスの目を見つめながら言葉を続けた。

「逆に残ると言う選択を選べば、お前についていく筈だった奴らは去る機会を失い、ここに残る事になる」

 既に回りに音は無い。そこにはハルトの冷徹な声だけが鳴り響く。

「お前が去れば、そいつらは死なずに済む。そして、お前が残れば、そいつらは命を落とす可能性が出て来る訳だ」


 ――選べ、とハルトは続けた。


「今お前の背中にはお前だけの命ではなく、多くの命がある。お前一人の判断で多くの者が救われ、多くの者が死ぬ」

 ――その言葉の意味を理解して、ジスの表情に更なる恐怖が浮かんだ。

 ジスは手練の傭兵だが、命は常に自分だけのものであり、他者の命を背負う必要性は無かった。だが今、一傭兵だったジスの背中には、多くの命が乗せられている。

 ハルトは右手を伸ばすとジスの襟首を掴み、鼻と鼻がぶつかりそうになるまでジスの顔を引き寄せると、目を見開いて、静かに告げた。

「――さぁ選べ。貴様の責任だ。貴様がたった今から背負う命の責任者だ」

 ハルトの血走った目に怯えを含ませながらジスが力なく首を振る。
 背負える訳が無い。自分以外の命など、重すぎて背負える訳が無い。

「……分かるか。俺はそれを背負わされてるんだ。そして二十四人を殺したんだ」

 ハルトは続ける。

「……そして、二十四人を生贄にして、百八十人を殺した」

 見開かれたハルトの目が更に見開かれた。


「――お前が背負えるのなら、全て背負わせてやる。俺が背負っているもの全てだ……!」


 ハルトが手を離すと、ジスは力なくその場に崩れた。そしてそれに虫を見るような目を向け、ハルトが告げる。

「……貴様が今感じた重圧が、責任と言う言葉の本当の意味だ」

 ハルトはその声を冷え切ったものから淡々としたものに変えてジスに告げる。

「貴様は剣を振るえばそれで満足だろう? だがな、貴様はたかだか数名だったかも知れない命の重みにたった今屈した」

 ジスは表情を青褪めながらハルトを見上げている。

「俺は既に百名以上の命の重みを背負いながら今居る。その命の一つとして軽視した事は無い。そいつらが生きてきた証を肌身離さず持っている」


 ――そして、ハルトはジスに柔らかく微笑んで見せた。


「――それが、俺の責任の取り方なんだよ。俺にとっては一人として無駄な命は無い。お前が背負えなかったのなら、誰かが代わりに背負えば良い。今はただ、その責任を負うものが俺だったって事だけだ」

 その微笑と柔らかな言葉に、ジスの目が大きく見開かれる。

「俺はそれをこれから五百人も預かろうとしてるんだ。預かるには、預ける方の理解を得たい」

 そして静かに溜息をついて、その目を細める。

「そうでなければ、俺もまた責任は負えない」

 ハルトは暫く瞑目すると、やがてその目を鋭いものにして、眼前にいる五百名の傭兵に大きな声で言った。


「自分の意思に従え! 命を今の俺に預けられないのなら去れ! 命を預けられない者は駒としてさえ使えない! 使えぬ駒は役にも立たない! 不要だ!!」


 毅然とした表情で告げるハルトにその場にいた傭兵達の表情から恐怖が消え、そこに引き締まったものが浮かび上がる。

「俺に命を預けられると判断した者はここに残れ! これからの作戦は貴様らの命を保障できるものではない! だが、一つの街を根底から覆す大きな意味のある作戦である!!」

 ハルトの大声が森に鳴り響き、木々の間から小鳥が数羽舞い上がる。
 だが、傭兵達は直立不動のまま動かない。
 崩れていたジスもまた立ち上がり、直立不動でハルトを見つめている。

 ――その目には、憧憬の眼差しが宿っていた。

 ハルトはその目を見つめ、一度頷いた後、再び傭兵達に目を巡らせ、誰一人としてこの場を去る意思が無い事を確認すると、大きな声を言った。

「感謝する。俺はここにいる誰一人として無駄に命を散らせない」

 そのハルトの声に、傭兵達から大きな賛同の雄たけびが上がった。


 ゼルヴィスはかつて無い激しい動揺の中に居た。


 ゼルヴィスが傭兵達を掌握までは酷い手間があった。手を合わせなければならない時もあり、反抗者を説き伏せた時もあった。

 だが、今目の前にいる少年とも言える存在は、まるで根底が違う。

 今の自分の在り方、覚悟、そして言葉。ただその三つだけでゼルヴィスの労力を一瞬で塗り替えてしまった。


 ――そして何よりもゼルヴィスはハルトの言葉に激しく心を打たれていた。


 特殊部隊隊長として、ゼルヴィスが畏敬の念を覚える者は少ない。上役とも言えるゲルト。そして絶対的君主であったリューシェ。

 そもそも特殊部隊はどの騎士団にも所属しない、リューシェ直属の親衛隊と似たような存在だ。つまり、ゼルヴィスの立場はゲルトとほぼ同様と言っても良い。それらの立場は各騎士団の団長、シュバータに代表される数名よりも上だ。
 各騎士団を纏めるシュバータ達を純粋に尊敬はするが、畏敬の念までは覚えない。それは同じく人を纏める者に対して向けられる同等のものであり、ゲルトやリューシェに向けられる程のものではない。


 ――しかし、その価値観は一瞬で崩れ去った。


 規律の取れた騎士達を纏める事は大した苦労ではない。
 だが、傭兵達はそれぞれが違う価値観を持つため、そこに規律を生み出す事は至難と言って良いだろう。

 事実、ゼルヴィスはある程度の規律を取れるようになるまで苦労した。

 だが、目の前の存在は一瞬でそれらを纏め上げてしまった。


 ――この人は、何者なのだ。ゼルヴィスの心の中で小さな疑問が浮かび上がる。


 その器はゴルゾーンと言う中規模の街、更に言えば、その内部にある小さなレジスタンス組織のリーダーには相応しくない。少なくとも、ゲルトでさえ今ハルトが要した時間で傭兵集団を纏め上げるのなら、武力を用いるだろう。

 だが、武力すら用いず、言葉と覚悟、そしてその在り方を示しただけで、目の前の少年はならず者とも言える傭兵集団を纏め上げて見せた。

 ――まさか、と思い、ゼルヴィスはハルトを見るが、ハルトの髪はやはり紅く染まったものだ。そしてその瞳も、まるで血の様な紅い色だ。

 第一に、絶対君主たる魔王ハルトは僅かな供を率いて魔族領を彷徨っていると言う情報がある。それに、もしゲルトがそれを知っていたのであれば、何故ゲルトがハルトの存在を伏せていたのか理由が分からない。

「……ん? なんしたん、ゼルヴィスさん。何か難しい顔してるけど」

「え、あ、いや……。俺が出来なかった事を難なくされてしまってな。少し驚いているだけだ」

 突然掛けられたハルトの言葉にゼルヴィスは瞬時に差し障りのない言葉を返し、肩を竦めて見せた。

「あー。昔色々とあったから。脅すのは慣れてるんだ」

 ハルトは飄々と返すが、それだけが真実でない事は明白だ。
 脅すと言う行為は中身が伴っていない事が多い。そしてその大半は虚勢だ。
 だが、今のハルトの言葉にはしっかりとした芯があり、その場に居た者を全て納得させ、そして惹き付けた。

 それはゼルヴィスとて例外ではない。

「……ったく、とんでもない奴だ」

 アルヴァーはハルト達の後方で腕を組みながら呆れ果てた表情で溜息をついた。

「……あいつは何者なんだろうな。ゴルゾーンの救世主となってみたり、タルクァルの総司令官になってみたり、傭兵達を纏め上げたり」

 アルヴァーの後をフリッツが複雑な表情で告げる。
 ちなみに総司令官は無理やりにその立場へ立たされた、だろう。

「俺は理解を放棄した。あれはあれだ。あれ以外に形容のしようがない」

 そしてフリッツの後をコンラートが呆れ果てた様に繋いだ。

「……タルクァル様、リネミア様、表情が優れないようですが」

 その中でまだ僅かに青褪めている二人に気付き、ゼノンが尋ねた。その問いにタッカとリーンは顔を合わせて一度頷きあうと、タッカがゼノンの手を引いてアルヴァー達から十分に距離をとる。

「……ゼノンさん、答えを」

 タッカが真剣な表情で静かに尋ねる。そして、その答えを待つリーンもまたゼノンを真剣な表情で見つめていた。

「……ご安心下さい。口外は致しません。あのお方は身分を隠しておられるのは私にも理解できています」

 ――それに、とゼノンは続けた。

「レスカ様含めてアルヴァー達は全員あの方が神聖騎士団の方だと思っている。誰もこの世界の王だとは気付いていないでしょう」

 予測していた答えに、タッカとリーンの表情が強張った。

「……あの方は私達では計りしえない力を有している。そして、魔王様が変わられた事を知った時、お二人は非常に緊張していた。更に言えば神聖騎士団の話が出た時、あの方は会話についていけない様子だった」

 ――そして、とゼノンは続けた。

「この世界の光たるリューシェ様を親しげにお呼びした。まぁ、以前からおかしいと思ってはいましたが。あの方はどうも嘘をつけないお方らしい。しかしご安心を。私以外ではお二人しかあのお方を知る者はおりません」

 ゼノン以外誰も知らない。その言葉を聞いて、二人の表情に僅かな安堵が浮かぶ。
 だが、それは直ぐに真剣なものに変わった。

「それなら話が早い。聞いて欲しい事があるんです」

 ゼノンがタッカの言葉に軽く目を丸めた。

「トーマさんは最近どんどんおかしくなって来ています。上手く言葉には表せないんだけど、表情に違和感があるんです」

 そのリーンの言葉に、ゼノンの眉が寄る。

「以前なら、先生は必要以外に相手に畏怖を与える事は無かった。さっきだって、気付いていると言えばそれで済む筈だった。あそこで相手を恐れさせる事なんかしなかった」

 タッカの後をリーンが引き継ぐ。

「上手く言葉に言えないけど、まるで違う人になってるみたいなんです」

 ゼノンはその言葉に目を細め、横目でちらりとハルトを見つめた。

 ハルトはゼルヴィスと何かを話し込んでいて、こちらの会話に気付いている様子は無い。

「……それは、何時ごろから?」

 その問いに、タッカは苦しそうな表情を浮かべ、軽くゼノンから顔を背けた。

「――多分、最高責任者になった頃から……」

 タッカの言葉を聞いた後にリーンに目を向け、その目にリーンが顔を青褪めながら頷いた。


 ――やはり、気のせいではなかった。ゼノンはそう心中で呟く。


 ゼノンはタッカやリーンと違い、ハルトとの付き合いはさほど長くない。だが、それでも多少の違和感は感じていた。レスカはハルトに対する危惧の余りその表情を注視していたが、ゼノンはハルトが魔王である可能性を見極める意味で注視していた。

 そして、感じたのは僅かな違和感だ。

 ハルトを慕う二人はハルトが変わり行く姿に敏感に反応していた。そしてレスカは危惧の余り注視していた。タッカ、リーン、レスカは既にそれが違和感ではないものだと気付いている。

「……このままでは、先生は壊れてしまう可能性があります」

 タッカの悲痛な、しかしハルトに聞こえない様に押し潰された声に、ゼノンは表情に困難なものを浮かべる。


 だが、優先すべき事柄は、優先しなければならない。


「……今は信じましょう。既に我々は止まれない場所に来ているのです」

 ゼノンは静かに告げると、悲痛な表情を浮かべた二人に目を細めてから踵を返した。


 ――もう止まる事は不可能なのだ、そう自分に言い聞かせながら。
今日もがんばるかー。
感想よろー。
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