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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第五章 ―― 魔王ハルトの改革記 ゴルゾーン編 ――

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第六十八話 ハルトは藤間流奥義を見せる

 
 ザイールの訪問からハルトは訓練を行っていたタッカ達軍部の主たる者とゼノンを連れ、本部を後にした後、のんびりとした歩調でゴルゾーンの東側にある森へと歩みを進めていた。

「……あの、先生?」

 森の木々を縫って歩みを進めるハルトの背中に向かって、タッカが戸惑いながら尋ねる。

「東門とは全く違う方向に向かっているようですが……」

 陽はまだ高い。森の木々の葉からこぼれる日差しは、鬱蒼と茂った道なき道を照らしている。
 ハルトが今歩みを進めている方向は東門から大分外れていた。

「――東門には私兵達がいるでしょ。そこを襲撃するのは今じゃない。確か東門には三十人以上の私兵がたむろしていた筈だ」

 そう告げるとハルトは軽く肩越しに振り返り、困惑の表情を浮かべているタッカとリーンに告げる。

「ま、俺一人なら一瞬で終わるけど、俺は今回の戦いであんまり前に出ちゃいけない立場だからね。それでもお前含めたタルクァル側の主要メンバーなら難なく突破出来るだろうけど、無駄な労力は好かないんだ」

「じゃぁ壁を飛び越えるつもりか? お前さんなら余裕かも知れんが、流石に四メートルを超える壁を乗り越えるのは難しいだろう」

 身にまとう甲冑と、その腰に差した剣の金属音を鳴らしつつ、アルヴァーが理解できない、と言った表情でハルトに尋ねた。
 ハルトはその言葉に歩みを止めずに『んー』と思案を巡らせると再び肩越しに振り返り、今度はゼノンに尋ねる。

「壁の厚さってどんくらい?」

「……場所にもよりますが、平均しておよそ五十センチ程度かと」

 なるほどね、とハルトは頷きながら、今度は笑顔を浮かべてハルトの後ろに続く者達に言葉を告げる。

「ま、その程度なら何ともでも出来るから」

 ハルトに続くタッカ達と軍部の主だったもの――アルヴァー、フリッツ、コンラート――がその言葉に訝しげに眉を細め、ゼノンはその言葉の意味に目を細めた。

 本部から約三十分も歩いた所で、ハルト達の前にゴルゾーンを囲む壁が見えてきて、ハルトはその前まで辿り着くと、腕を組んでその高さを見上げる。そして静かに壁に歩み寄ると、軽く壁を中指で叩き、その音を確かめた。

「……突貫工事で作った訳でも無さそうだね」

 ゼノンがハルトのその独り言にも近い言葉に頷いてから言葉を返した。

「ゴルゾーン建設の折、五年をかけて作ったと記録にあります」

「なるほど、ゴルゾーンの街の総面積に比べりゃ、掛ける時間もそれなりに費やした訳か……」

 因みにゴルゾーンの総面積は凡そだが十二キロ平方メートルだ。
 壁は土で出来てはいるが、それはしっかりと塗り固められ多少の衝撃ではビクともしないだろう。更に言えば、その内部には大小様々な石や岩が隙間無く詰め込まれているのか、反響して返ってくる音も硬い。

 再びその顔を上げ高さを確かめる。

 アルヴァーは四メートルを超える、と言っていたが、その高さは五メートルに近い。

「……一人一人を放り投げるって案もあるんだけど」

 ハルトが振り向きながら笑顔で告げ、その言葉にその場にいた全員が顔を引きつらせる。建物で言うのならば二階の屋上から飛び降りる様なものだ。しかもハルトの言葉のニュアンスから察するに、一度壁の頂上に登らせる訳でも無く、ボールを放り投げる様な形で壁外に放り出す方法だろう。

「……せ、先生、ちょっと、それは、大怪我をする可能性が……」

 顔を引きつらせタッカが紡ぎ、その隣でリーンが焦りを露にして何度も頷く。

「大丈夫。直ぐに治してあげるよー?」

 ハルトの笑顔にその場にいた全員がリーンに続いて青褪めた。ハルトはそれを少しの間笑顔で見つめると、やがて肩を竦めて笑って見せた。

「――嘘だよ。無駄な怪我人は出したくないからね」

 その場に居た全員が胸を撫で下ろす様な表情を浮かべたのを見て、ハルトは再びその目を壁へと向けた。


「……では、どうなさるおつもりで?」

「これを命を懸けて作った人には申し訳ないけど、一部壊す」


 ハルトがゼノンの言葉に間を置かずに答え、ゼノンは予想通りの言葉に、珍しく頭を抱えた。

「……壊すって、お前さんなぁ。殴ってどうにかなるもんでも――」

「――なるんですよ、アルヴァー」

 アルヴァーの理解できない、と言う言葉を、ゼノンの諦観を宿した声が閉ざした。

「この方は軽く触れるだけで石造りの家を破壊する方ですよ? 正直、本気で殴りでもすれば、一部分所か、一個小隊が余裕で出入りする位は崩壊します」

 それは過小評価だ。ハルトがある程度本気で腕を振るえば、東門から南門までの凡そ二キロ強の壁が吹き飛ぶ。更に言えば加減を抜けばゴルゾーン自体が吹き飛ぶ。

「大丈夫。今のタルクァルの兵隊は大体七十人強って所。人一人が抜けられる程度の穴を開ければそれで十分だよ」

 その言葉にそれぞれが困惑の表情を浮かべる中で、ゼノンだけが考え疲れたようにハルトに告げた。

「……そんな器用な真似が出来るのですか?」

「失礼な。おいらは意外と器用な人間ですよ?」

 ハルトはゼノンに背中を向けながら憮然とした色合いを込めて言葉を発した。


 ――とは言うものの、とハルトは考える。


 もう既にタルクァルメンバーには常識外の所を見せてはいるが、下手な事は出来ない。掘る、と言う作業も出来るが、少し時間が掛かる。被害を最小限に留める為に打ち抜けば、今度はハルトの拳程度の穴しか貫通しない。かといって多少下限を間違えれば、一個小隊は無くとも十人は手を繋いで一斉に通れる穴――と言うよりも空間――が出来てしまうだろう。更に下手に衝撃を加えようものなら、恐らく内部にあるぎっちりと詰められた石――恐らくそれも土塗りで固められているだろうが――が崩落する可能性がる。

 どうしたものか、と考えているハルトは、ふとある方法に思いつき、タッカに振り向いた。

「タッカ、悪いんだけど、その剣、少し貸してくれないか?」

「……え? あ、はぁ……」

 タッカが左の腰にぶら下げていた剣の止め具を外すと、ハルトに歩み寄り、それを困惑の表情で手渡す。タッカの剣は決して鈍らではないが、かと言って名だたる名工が作り上げた、いわゆる魔剣と呼べる程のものでもない。岩を斬ろうと思えば当然剣が負けて折れるだろう。

 ――そう言えば、と手渡しながらタッカは思った。

 タッカはハルトが剣を振るった姿を見た事が無い。
 勿論稽古の過程でハルトが剣を振るった事はある。ハルトの流水の動きの源流とも言える、タッカの足、腕、首を削いだ時がその最もたる所だろう。
 だが、ハルトはタッカに剣の流れを教えても、自分がそれを振る事は殆ど無かった。

 タッカの鼓動が僅かに高鳴る。


「――さて、日本刀で無いのがちっと痛い所だけども、まぁ、何とかなんだろ」


 ハルトは告げてからスラリとタッカの剣を抜き、その刃を確かめる。

 壁を切り抜く、ハルトのその行為の意図に気付いた者達――タッカは除く――が困惑の表情を浮かべる。

「……おいおい本気か? 幾らお前が凄腕の持ち主だとしてもだな、そんな事は無理だろうが」

 呆れ果てた様に腕を組みつつコンラートがハルトに告げる。しかしその後をフリッツが逆に言った。

「……いや、こいつは正真正銘化け物だ。下手すればやりかねん……」

「まぁ化け物だからなぁ」

「きっと、やるのでしょうね」

 フリッツの後にアルヴァーが続き、ゼノンが更にそれを引き継いだ。


「……黙ってれば化け物化け物と。人を何だと思ってるんですか貴方達は」


 やや気合を削がれたハルトが閉口した様子で肩越しに振り返るとジトリとした目を四人に向ける。

「――貴方は化け物でしょう? そうでなくとも、この世界では貴方に敵う者は居ないと評価します」

 ハルトはその言葉に憮然と告げる。

「魔王様とやらがいるでしょうが」

 ゼノンはその言葉に淡々とした表情で答えた。

「魔王様という方には出会った事がありませんので。今の私の中では貴方が最強である事に違いはありません」

 ――酷いなぁ、とため息に言葉を乗せながら、ハルトは再び目の前に広がる壁に目を向ける。

「……タッカ。良く見とけ。変形だが、藤間流古武術の奥義の一つだ」

 その言葉にタッカの目が見開かれ、そこに喜びの光が浮かび上がった。

 ハルトは腰に巻いていたベルトに剣の鞘を差すと、それを僅かに抜いて剣を収める所を左手で掴む。そして、ベルトと左手の間にある鞘の空間に剣の鍔元を押し当てた。
 刀と違い、この世界の剣は弧を描いていない。刀はその反りを利用して抜刀術を可能とするが、この世界で抜刀術はまず不可能だ。

 だが、剣と鞘が当たる場所を支点として、その動きをトレースする事は出来る。

 右足を前に、やや前傾の姿勢を取り、身体を僅かに沈ませる。


 そしてハルトは目を鋭いものにすると、静かに息を吸い込み――。

 ――目を見開いて一気に右手を開放した。


 耳をつんざく音が鳴り響き、そこに居た者全てが思わず顔を歪め耳を塞ぐ。

「……っつ、なんだぁ……?」

 アルヴァーが耳から手を離し、ハルトに目を見開いた。ハルトの剣は地に叩きつけられる直前で止められている。だが、その剣は折れても無く、刃こぼれらしいものも見当たらない。
 ハルトの目の前にあった壁にハルトの剣が食い込んだのは音からして間違いない。だが、その壁にも全く傷が無いように見えた。

「……ん、成功」

 ハルトは一つ溜息をつくと剣を鞘に戻し、タッカに歩みって笑顔で剣を渡す。

「……せ、先生、成功、とは……?」

 タッカは戸惑いの表情を浮かべながら、恐らくその場にいる全員が思っているであろう事を代弁する。

「ちなみに、今のは抜刀術って言うもんだ」

 ハルトは笑顔でタッカの頭に手を乗せると、それを軽く弾ませる。

「まぁ本当は違う形状の剣を使うんだが、今のはそれの真似事」

 タッカはその言葉に戸惑いの表情のまま言葉を続ける。

「……で、ですが、何も変わってない様に見えますけど」

「んー。まぁ俺も正直ここまで上手く行くとは思わなかったからなぁ」

 ハルトはタッカの頭から手を離すと、その手で頭を掻きながら再び先程斬檄を浴びせた壁に歩み寄る。


「――てりゃっ」


 そして、その箇所を軽く蹴りぬいた。

 ハルトの蹴りに耐えられなかった壁に、人一人が十分通れる程の綺麗な割れ目が生まれ、それが一気にハルトの力によって吹き飛ばされていく。


 ――ちなみに、それを見ていた者達は唖然として口を開けた。


「ま、簡単に説明すれば、気を込めて人一人分が通れる位の穴をくり貫いた訳」

 ハルトは唖然としている者達を捨て置き、くり貫かれた内部に入ると問題となる場所がないか細かくチェックする。

「――うん。予定通り内部も綺麗に切れてる。これなら崩壊する可能性も少ないな」

 勿論言うまでもないが、ハルトはこの世界に来てから生き地獄とも言える特訓を積んできている。その地獄を味わって身に付けてきた力によって初めて為せる技だ。
 もっとも、それ以前であっても、ハルトは薄さ二ミリ程度の鉄板なら、刀を選ぶが、切り落とす程度の力を有していた。

「……あー駄目だ。俺は理解を放棄する。こいつ化け物以上だ」

 アルヴァーが疲れ切った様に右手に頭を抱えた。

「――化け物言うなし……」

 ハルトが憮然とした表情で声を上げるが、四人の目はもはや人を見る目では無くなっていた。
 もっとも、タッカとリーンは尊敬の眼差しを浮かべてはいたが。

「さてっ! んじゃ、傭兵さん達の顔を拝みに行きますか!」

 ハルトが笑顔で紡ぎ、壁を抜けていく。そしてそれにタッカ達が続き、フリッツ、コンラートが続いた。

「……ん? どうしたゼノン」

 それに続こうとしたアルヴァーが、足を止めて目を細め、思案顔のゼノンに問う。

「……いえ、これからどう作戦を遂行するのかと思いまして、ね」

 そう告げると、ゼノンもまたアルヴァーの後を追った。
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