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天悪っ!! ―― 天使と悪魔の恋のお話 ( 改訂版 ) ―― 作者:背谷 燈

第五章 ―― 魔王ハルトの改革記 ゴルゾーン編 ――

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第六十七話 ザイールはハルトの現状に苦痛を覚える

 
 ハルトが応接室に向かうと、そこには既にザイールの姿があった。

「や、ザイールさん、待たせたね」

 ハルトが笑顔でザイールに告げ、ザイールはそれに一瞬目を細めてにこやかな笑顔を返す。

「いやいや、こちらこそお待たせしてしまいましたな」

 もはや恒例となっている握手を交わした後、ザイールとハルトは机を挟んでそれぞれがソファに座る。因みにゼノンはハルトの後ろ側に立ち、ハルトの背中に目を細めていた。

「漸くトーマ殿から依頼された数が揃いましてな。今日はその報告に」

 ザイールはにこやかに笑顔を浮かべながらハルトの表情を見つめている。
 ハルトは先程のレスカの指摘によって、その心にまだ僅かな動揺を感じている。その為、僅かに含まれた何かを確かめる様な色合いを、ハルトはザイールの目から気付く事は出来なかった。

「正直、本当に十日で集められるとは思って無かった。ほんと、ザイールさんのコネクションは幅広いね」

「いやいや。私なぞはまだまだ。トーマ殿こそ一日でタルクァルを治め、その求心力を取り戻しておられる」

 その目がにこやかに細められる。

「――これで漸くトーマ殿が思う構想へと至る道筋は立ちましたかな?」

 ハルトは能面の様な笑顔でそれに頷いた。

「今日明日には出来ないけど、近い内には必ず。アルベルトのじいちゃんにも啖呵きっちゃったし、結果はちゃんと出さないとね」

 ザイールはにこやかにそれに頷きながら、心中で呟く。


 ――限界に近い、と。


 ザイールには諜報、並びに密偵として長年の経験がある。その実績はゴルゾーンを舞台に活躍していたゼノンなど比較にもならないだろう。
 ゼノンは確かな腕のある諜報役だが、しかしゴルゾーンと言う街でしか行動を起こしていない。勿論他の街にも諜報役として赴いた事はあったが、ザイールの様に火中に栗を拾いに行く様な無謀な真似は殆どしていない。

 一方でザイールは魔族領を遍く行動し、必要とあらば身の危険を冒してまで情報を探っていた。

 その人を見る目はゼノンなど及びも付かないだろう。

 リューシェの人を見る目もその洞察力をもって、魔族領でも指折りだが、ザイールのそれはリューシェのそれを軽く凌駕している。
 そしてザイールはハルトをナバナスで発見してから長い間監視していた。
 ザイールが気配を殺せば、ハルトとて意識してその心臓の音を聞き分けない限り無理だろう。事実ザイールはハルトの監視を怠っては居ない。そして、その存在にハルトが気付けた事はなかった。

 勿論自分が離れる時は他の目を放ってはいたが、それ以外の時であればザイールはハルトの事をずっと監視している。

 故に、直ぐに分かった。


 ――ハルトの表情に浮かんでいた笑顔は、遂に完全に感情が無くなったのだと。


「……そう言えばレスカ様は? 今日はいらっしゃらないので?」

「え、あぁ……」

 ハルトが答えに窮すると、ハルトの後ろに立っていたゼノンが静かにそれに答える。

「現在レスカ様は、トーマ殿が立案された、これからのゴルゾーンの未来の在り方の案に今一度目を通していらっしゃいます」

「なるほど、勤勉な方ですなぁ」

 にこやかに頷きながら、しかしそれが事実では無い事を直ぐにザイールは悟る。二人の間に何があったのかまでは流石に分からないが、何かがあった結果、ここにレスカがいないのは確かな事だろう。
 或いはハルトの表情から感情が完全に抜け落ちた事にも関係があるのではないか、ザイールはそう考えた。

「今集めた傭兵の人達は手筈通りに東の森にいるの?」

 ハルトが笑顔から真剣なものに表情を変えてザイールに尋ね、ザイールもまた真剣な表情でそれに頷いた。

「流石に精鋭を五百人、と言うのは骨が折れましたがな。そのどれもが一騎当千なのは保障しますぞ」

 ハルトはその言葉に不敵な笑みを浮かべる。

「……んじゃ、それをどうにかしてまとめるのが俺の仕事か」

 その言葉に今度はザイールが不敵な笑みを浮かべる。

「いや、それには及びませんよ」

 その意外な言葉にハルトの眉が上がる。

「今回集めた傭兵の中には集団で行動している者達もいましてな。その中でも百名を数える傭兵集団がいる」


 言うまでも無く、その傭兵集団とされるのはゼルヴィスを筆頭にした魔王城の精鋭達である。


 ハルトはそのザイールの言葉に軽く目を丸めた。

「傭兵って、集団で活動している人達も居るんだ?」

「まぁ個々で動く者も少なくは無いですが、事戦いに関しては多くの傭兵は集団を好みますな。魔族領には魔物も当然多い。それらを討伐する為にはある程度統率の取れた者達が必要となって来る」

 ――もっとも、とザイールは言葉を続ける。

「流石に百名となると例外に近いですが、しかし、確かな実績は保証しますぞ」

 なるほどね、と頷いてから、しかし気になった事をハルトは尋ねた。

「でも、百名でしょ? 残りの四百人は何とかしなきゃいけないじゃない」

 その言葉にザイールは『いやいや』と微笑を浮かべてハルトに手の平を向け、軽く首を振って見せた。

「その集団を纏めている者はゼルヴィスと言う名前の男ですが、いや、これもどうしてなかなか。現在では残りの四百人の殆どもゼルヴィスに掌握されております」

 ザイールに出来るハルトへの補佐。それはハルトの負担を少しでも軽くするものだ。
 今回ザイールがリューシェに送った手紙の内容で、恐らくリューシェはゲルトに令を出し、ゲルトが人材の抜擢を行う事は予測出来ていた。そして、送られてくる人材は恐らく魔王城の精鋭達。その精鋭達の中でも抜きん出ているのが特殊部隊だ。
 そしてその特殊部隊を纏めているゼルヴィスは、その部隊長に任命され、部下から羨望を受ける程度にはカリスマがある。
 幾ら凄腕とは言え、傭兵は所詮傭兵だ。ハルトに比べれば劣るものの、圧倒的なカリスマを目の前にして、それに従わない理由は無い。
 ちなみに、ここの技量を計る上で、ゼルヴィスは傭兵の殆どの者と手を合わせているが、誰一人としてゼルヴィスに敵う者は居なかった。その事実がより一層ゼルヴィスへの信頼を厚くしている理由になっている。

「……そっか。それは心強いね」

 ハルトが安堵の溜息をつき、ザイールはそれに目を細める。

 だが、ザイールに出来る補佐はこの程度。ハルトがこれから行うつもりであっただろう統率力を高める訓練を省いた事位だ。それ以上の補佐はハルトの理想を優先させるには許される事ではない。
 傭兵は所詮傭兵。ザイールの手に掛かれば、金と言う力で領主側の私兵をある程度買収出来る。だが、それはハルトが願い出て初めて切れるカードだ。そして、ハルトはそのカードを切らせる為の言葉は発していない。

「ま、ともかく顔を合わせてみないと駄目だな。傭兵さん達もうちらの顔知らないと同士討ちしちゃう可能性あるし」

 もっとも私兵側の装備は統一されている。そしてタルクァル側の装備はバラバラだ。同士討ちの危険性は低い。

「よし、んじゃタッカ達連れて東の森へと向かいますか」

 言い告げてハルトが立ち上がる。そしてそれを見て、ザイールが尋ねた。

「……さて、では私は次に何をすれば宜しいですかな?」

 ハルトはその言葉に『んー』と顎に手を寄せ、思案を巡らせる。

「そうだね。ちょいと大変だと思うんだけど、傭兵さん達の一週間分程度の食料お願いできるかな?」

 その言葉に、ザイールは目を細めた。

「……なるほど。一週間以内に事を収めるつもりですな」

「正直これ以上もう余り時間食いたくないから。こんな通過点はさっさと終わらせて次の舞台に行きたいのよ」


 ――次の舞台。それは言うまでも無くタルクァルによるエグモント討伐の後にあるゴルゾーンだ。


 ハルトが正式にタルクァルに与してから十日。だが、その十日の間、ハルトは実は一睡もしていない。文字通りハルトは寝る間を惜しんでゼノンが作り上げた案の修正を行い、次にゼノンに振る案件について、ゼノンが同じ答えに辿り着ける様に、曖昧な、しかししっかりとした道筋をつけた改革案を作成していた。

 ゼノンを始めとした、行政の改革案に着手しているレスカ達は、ハルトがいつその改革案を作成しているのか疑問視していたが、一睡もしていないとは知らないだろう。
 兵士の指導を日中に行い、夜は行政改革案を推し進め、深夜には更に次の母体となる行政改革案の骨子を作る。

 ハルトは睡眠を取らずとも平気だが、かと言って疲労が消える訳ではない。

 更に言えば、二十四人と言う命への罪の意識が心労となって、今現在もハルトを苦しめている。


 時間を掛けたくない、と言うのは事実だ。

 これ以上時間をかければ、そう遠くない未来に、ハルトは自分の在り方が壊れるのだと、冷静に判断していた。


 これから一週間は作戦を休止して、傭兵との共同作戦の為に、協調性を図る訓練へと移行する。そして協調性をしっかりと確認した後、最終作戦――エグモント討伐へと移行する。


 ――多分、全部終わる頃には壊れるんだろうな。とハルトは笑顔を浮かべながら、その心中で小さく呟いた。


 だが、全てを終わらせるまでは壊れる訳にはいかない。

 母体となる改革案はほぼ出来上がった。この十日に渡る作戦で、二十四人と言う犠牲を払った事によって、今ゴルゾーンの住民はタルクァルに信望を寄せている。エグモントを討伐し、タッカがゴルゾーンの領主に就く道のりをつければ、ハルトの責務はそれで終了だ。

 ――その過程で壊れかけたとしても、最後まで貫き通せば、後はゴルゾーンを去るだけで全てが終わる。

 その後の事は一切考えていない。
 今を考える事だけで、ハルトには限界がある。

「ま、皆が笑顔になれればそれが一番なんだよ。んでもって、そんな未来が早く見てみたいと思うんだよね」

 だが、それが叶わないのはハルト自身が最も良く知っていた。
 民の顔に笑顔が溢れる頃には、ハルトはもうゴルゾーンにはいないだろう。

 今はまだ強靭なる理性を持って、ハルトは罪の意識に苛まれながらも、それを押しつぶしていられる。

 それは、目指すべき目標があるからこそ出来る事だ。

 目指すべき目標が達成された後、ハルトは自分にどの様な感情が襲い掛かってくるのか、全く分からない。だが、その結果にあるものはある程度理解できている。

 強靭に作られたバネは、押す力が強い分、跳ね返す力もまた強い。

 ハルトは今意志と言うものを理性と言うものでねじ伏せている。そしてハルトの意思は、ハルトの理性と等しく強靭だ。理性と言う強靭な押さえつける力が失われた時、意志と言うバネは大きく飛び跳ねるだろう。
 その時、周りに人が居たと仮定すれば、そこに居る者達はハルトの理性から開放された、鋼にも等しいハルトの意思の狂気に巻き込まれる。

 故にハルトに出来る事は一つだけだ。
 全てが終わり次第、即ゴルゾーンから離れる事。

 周りに人が居ない場所であれば、ハルトが狂気に犯されたとしても、その被害は最小限に抑えられる。山の一つ二つは消えるかも知れないが、それでも死人を出さずにすむ事が出来るだろう。

 ザイールは能面の様な笑顔を浮かべるハルトを見つめ、何かを告げようと口を開きかけたが、その言葉を口の中で押しつぶす。

 今のハルトには何を言っても届かないだろう。

 感情が消えた笑みは、既にハルトが異常な状態であるとザイールに示している。

「そんじゃ、ザイールさんには色々と迷惑を掛けるけど、もう少しお願いね?」

 ハルトは能面の様な、しかし満面の笑顔で紡ぎ、ザイールは表情に苦いものが浮かび上がるのを理性でねじ伏せ、笑顔で言った。

「いやいや、トーマさんの助けに少しでもなるのなら、幾らでも働きましょう」


 ハルトはその言葉に一度眉を上げると――。

 ――そこに『感情』が宿った微笑を浮かべた。



「……俺の為じゃなくて、この街の為だよ」



 そう言い告げた後、ハルトの笑顔から再び感情が抜け、そこには能面の様な表情が浮かび上がった。

「それじゃ、ザイールさん、宜しく」

 言い告げ、ゼノンを伴ってハルトは応接室を後にした。

「……堪えて下され……」

 ザイールのその小さな呟きは、誰の耳にも届く事無く、応接室の中で静かに消えていった。
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